第四章 九話
ミルトはうっすらと目を開けた。
だけど何か、かなり目が開けづらい。あの夢の名残が頭の片隅に引っかかっているようにも感じる。
まるで覚醒しきってない頭でミルトは思った。
……どうやら僕はちゃんと帰って来たようだ。何か頭が重くだるい感じがする。それに何だか目の焦点も合わない。
何度まばたきしてみても、目の前に銀色の物があるようにしか見えない……。でもそれは、とても良い香りのとても安心できる香りを放つ何かだ。
あと少しだけ息苦しい。胸の上にちょっと重い物が乗っかっているような……。でもそれは、柔らかくてとても温かい何かだ。
その体の上の何かは左側からのし掛かるような感じで、ぴたりと体に密着してきているのでミルトはあまり身動きが取れなかった。しかし左手の肘から先が何とか自由に動かせたので、そっと動かしてその物の正体を触って確かめようとした。
滑らかな曲面の柔らかい手触りをまず感じた。
これは何だろうと思いずっとそのまま下のほうに向かって手を這わすと、さらに柔らかでなだらかな二つの膨らみがあった。そしてそのまま手を這わしながら、くびれからその曲面に沿って手を上に戻していくと、その物はもぞもぞと動き出しさらにミルトにすり寄ってきた。
ミルトはその瞬間全てを悟った。
こ、これは……人だ!
この手触りは女の子の……?いや、待て!この髪の色とこの香りは……!
ミラーか!
ミルトは一瞬で体が硬直して固まってしまったが、目の前ですやすやと眠るミラーがとても無防備にそして全幅の信頼を寄せてくれているのを感じて、ミルトも次第にその緊張を解いていった。
ミルトはミラーがこうやってあの夢の世界の様に、現実世界で自分の怪我や精神の不調を癒やしてくれたのだと気が付くと感謝の念で一杯になった。
ミルトはミラーをあやすようにその背中を優しく撫でてみた。
ミラーは気持ちが良いのか、少し身動きをしてミルトの左腕が動かしやすい位置へと体勢を変えてきた。ミルトからミラーの顔が見えるようになり、彼女の背中を撫でると何か嬉しそうにするのがとても気持ちが良かった。
しばらくの間ミルトはずっとそうしていたが、その内にミラーが目を覚ました事に気が付いた。
ミルトとミラーは目が合い、ミラーが嬉しさでその目を輝かせているのを見ると、ミルトも何だか胸が高まってきた。
「……ミルト!!目が覚めたのね!良かった!」
ミラーはそう言うと、掛け布団をはねのけて身を乗り出してきた。面食らったミルトは目のやり場に困りあちこちに目を向けている。
ミラーはそんな事にまったく気が付かずにミルトに質問を始めた。
「身体の調子はどう?どこか以前と感じが違う所とかある?何か痛いとか痺れるとか具合の悪いところとかはあるのかしら。もう悪いと思えるところは全て治しているつもりなんだけど。でも本人に聞かないと分からない事もあるし。……あら、どうしたの?顔がすごい赤いわ。熱でもあるのかしら……」
ミルトは額に手を当てようとするミラーを止めて言った。
「ちょ、ちょっと待ったミラー!」
ミルトはちらちらとミラーのほうを見ながら、何かすごく挙動不審な感じで言い出した。
「え~と、まずは何か着たほうが良くないかな……」
ミラーは一瞬戸惑ったが、自分の胸元に目を向けてきゃっと小さく叫び、急いで手で胸元を隠した。
「そ、そうね。話はそれからで遅くはないものね。そ、それじゃあミルト、私がいいと言うまで目をつむっててもらえるかしら」ミラーは真っ赤な顔で冷静さを装いながら言った。
ミルトはすぐに大げさに目をぎゅっと閉じて答えた。
「あ、うん。もちろんだよ!」
ミラーはそれを見てミルトの上からそっとどくと、急いで寝具から下りて衣服を引っ掴んで物入れの陰で服を身につけた。
これで大丈夫と一息ついて、ミルトにもう良いわよと言おうとした時に、壁に掛けてある鏡に自分の今の姿が映っているのが目に入った。
この自分の寝起きでぼさぼさの髪、急いで着た為にまるでなっていない服の着こなし、しかもまだ自分は顔すら洗ってないと思い至り、ミラーはこれは絶対に駄目だと心底思った。
ミラーは、まずはきちんと自分の身支度をするために寝室から脱出する事に決めて、寝室の扉を開けてからミルトに声をかけた。
「もう良いわよ。私は少し用事があるから、そこで大人しく待っててね」
ミラーはそう言い残して早足に部屋から出て行ったのだった。
一人残されたミルトは目を開けて今までの事を思い返していた。
ミラー達とのいさかい、街からの脱出、外界での冒険、獣との闘い……。
ミルトは首を少し起こして、自らの身体の具合を確かめてみようとした。肩と腹部にはかなり痛い箇所があったが今はもう全く痛くない。左腕にはあの獣の爪で大きく引き裂かれた傷があったはずだがそれも跡形もなくなっていた。
ミルトは左腕を持ち上げて目の前で握ったり開いたりしてみた。あまり力が入らなかったが寝起きではこんなものだろうと思った。
同様に右腕も試そうとしたが、今度は全く持ち上がらず、まるで言う事を聞いてくれない感じだった。
何故だろうと思い記憶をたどっていくと、自分の右腕がどんな状態になっていたのかを思い出して一気に血の気が引いていった。そう、自分の右腕はあの時に黒焦げの燃えかすのような物体に成り果てていたのだった。
ミルトはおそるおそる左腕でその右腕を触ってみた。あのごつごつした炭の感触があると思いきや普通の肌の手触りだった。それにその右腕にもちゃんと左手に触られた感触が確かにある。
動く左手を使って右腕を目の前まで持ってきて具合を確かめてみた。
見た目はまるで何事もなかったかのような普通の腕でかなり安心できた。だけど力がまるで入らずに、反応もかなり鈍くて半分も指が曲げられない。
しかしミルトはこのくらいの事は大したことではないと思った。
あの獣の前で死を覚悟した時の身体の状態を思えば、今こうして痛いところもなく布団の上にいられる事などまさに奇跡と言うしかなく、またはあれは悪い夢だったと思っても良いくらいだ。
だが実際に、どうやってこの身体を治してくれていたのかはうっすらと分かっている。頭の片隅に残る夢の中の記憶で、ミラーがどれほど身を尽くして献身的に治してくれていたかを憶えている。
ミラーには感謝してもしきれるものではない。これで一生ミラーには頭が上がらないかも。ミルトの頭に尻に敷かれると言う言葉が思い浮かんだ。しかしミルトはそれが嫌なのかと考えるとそれが別に嫌ではなく逆にそれは待ち望んだ結果なのではないかと思い始めていた。
部屋の前で慌ただしい足音が響いたかと思うと、勢いよく扉が開いて、普段は厳しい顔が多いポムが喜びに溢れた表情で部屋に入ってきた。
「おお!ミルトよ。目が覚めたか!」ポムが近寄り覗き込んできた。
「……うん、おはようポム爺さん……」
ミルトは挨拶を返したが涙が溢れてくるのを止められなかった。自分の目覚めをこんなにも喜んでくれている。その反対に自分がこの人にどれほどの心配をかけてしまったかと思うととても申し訳なくなってしまったのだ。
ミルトは鼻声で何度も謝った。
「…ごめんなさい。ポム爺さん…。心配をかけちゃって。……ほんとに、ほんとにごめんなさい…あんな無茶をしてほんとにごめんなさい!」
ポムは優しい目でミルトを見つめて言った。
「うむ、とにかく小言は後回しじゃ。もっとちゃんと元気になった時のお楽しみじゃな。それにしてもよく帰って来た。どうじゃ?身体の調子は」
ミルトは左腕だけで体を起こそうとしたがうまくいかず、ポムに介添えしてもらってやっと枕を背にした状態で身を起こした。
「……ふう、ありがとうポム爺さん。そうだね体の調子はいいよ。特に痛いところもないし。何か変なところはこんな感じで右腕にあまり力が入らないくらいかな」
ミルトは左手で自分の右腕を持ち上げてみせた。
ポムはふむと頷くとミルトの足元に回り掛け布団をめくって質問した。
「では、足のほうはどうじゃ?動きや感覚は」
ミルトは両足をぱたぱたと上げ下げしてみせた。
「どうだろう……?別に自然な感じがするけど。立ち上がってみてはいないから何とも言えないけど大丈夫そうだよ。」
ポムはミルトの枕元の椅子に腰掛けて、ミルトの右腕を手に取り丁寧に調べ始めた。目視と触診から始まり曲がり具合まで確かめて、最後には術による腕の内部の透視までして調べた。
「ふむ、そうじゃな。肉体的な原因ではないな。それに精霊の宿しによる影響でもない。これはたぶん肉体と霊体の同調率の低下によるものじゃろう。お主も憶えておろう。お主の右腕はあの時焼き焦げていてほぼ死んでいた状態じゃった。形が残っているのが不思議なくらいの大怪我じゃ。それをミラーが今の完全な状態にまで治してくれた。その右腕は生まれ変わったと言っても良いほどじゃろう。言わばその右腕は新しい肉体なのだから、元からある霊体との若干のずれが生じてもしょうがあるまい。まあ少しずつ訓練していけば元通りになるじゃろう」
ミルトは原因が明らかになり、そして元通りちゃんと動くと言われてほっとした。
ポムとミルトの体調についての質疑応答が続いている時に、入り口の扉がとんとんと叩かれて、その手にお盆を持ったミラーが部屋に入って来た。そのお盆にはほんのりと白い湯気を上げる湯飲みが載っている。
ミラーは先程までの装いとは違うきちんとした服装をしていた。ポムとミルトはそのミラーの着替えてきた姿を見て関心を寄せた。
ミルトはこの久し振りに見るような、ミラーの姿をただ純粋に可愛いと思い、純白の前掛けをしている彼女がとても家庭的で、とても似合っていると思っていた。
しかしポムは関心の方向がミルトとは少し異なっていた。
それはミラーの纏う雰囲気が、ついさっきと今とで全く異なっていたからである。
ミルトが目覚める前は治療師としての意識の元、最低限の装いしかしていなかったのだが今はまったく異なっていた。
無造作に髪を束ねていた布きれは真っ白な絹の帯に変わり、それを使った髪型もただ根元で縛るだけの単純なものとは違って、馬の尻尾のような感じに少し上でくくって、更にそこで絹の帯を蝶の形に綺麗に結んでいる様な形をとっている。
着ている服も治療師のような服から、お気に入りの青いひと連なりの服に着替えていて、前掛けも年期の入って使い慣れていそうなものから、染み一つない可愛らしい白い前掛けになっている。あれはたぶん新品だろうとポムは推察していた。
さらには、ミラーはずっと身を飾るような装飾品は一切つけていなかったが、今は右手首に細い金の鎖を巻いて、首元には小さな宝石がついた同様の細い金の鎖を身につけていた。
さりげない装飾品があるとないとでは、やはり異なって見え、少しの動作で光をきらりと反射するのがとても綺麗で優雅に見える。
ポムはミラーを観察していちいち納得しながら考察していた。
女性というものは気構えを変えるだけで一瞬で変わるものなのじゃなあ。まあこれもミルトを気にかけているがゆえか。愛の絆の奇跡も起こるという訳じゃな。
ポムは集中して考え込んでいてミラーに声をかけられているのに気が付かなかった。
「……お爺様。ポムお爺様!」
ポムが意識をミラーに向けるとミラーが少し怪訝そうな顔で見つめてきていた。
「うむ?何じゃったか」
ミラーはもう一度同じ事を言うような口調で言った。
「ですから、夕食の支度が出来ました。温かい内に召し上がって下さい」
ポムは頷いて部屋を出ようとした時にミルトを見た。ミルトは寝具の上で湯飲みを持ってちびちびとその中身を飲んでいる。
ポムはミラーに訊ねた。「あれははちみつ湯か」
ミラーはお盆を胸に抱き頷いた。
「はい。言われた通り、かなり薄めに作ったものです。あれを飲んでもらって、しばらく様子を見てからポムお爺様特製の濃厚果実煮汁茶を飲んでもらいます。今はまだそれを煮詰めている状態であと三種類ほど混合すれば完成です」
ミルトは何か得体のしれない名前のものを飲まされると聞いて遠くで少し嫌な顔をしている。
ミラーはそれに気が付くとくすりと笑った。
「大丈夫よ。別に毒になるものを入れている訳じゃないし。ただちょっと入れるものが多くて作る手順が何だか魔女の秘薬みたいなだけで、色も匂いも……その、まあまあよ。ただ少し見た目がどろっとしているのと味は……私にはちょっと分からないけど」ミラーは味見はしてないからと小声で付け加えた。
ミルトはそれを聞きさらに嫌そうに眉をひそめた。
ポムが笑いながら慰めるように言った。
「まあそんなに心配するでない。少し甘いがかなり有効な栄養がとれる飲み物じゃ。胃腸が弱っている時には最適だろうて」
ミラーも後押ししてきた。
「そんな顔をしても駄目よ。体を治すためだもの。絶対に飲んでもらうからね」
ポムとミラーは顔を見合わせて、笑いながら部屋を出て行った。
ポムとミラーは、居間の食卓で夕食を食べながらミルトの様子を詳しく話し合い、今後の事も相談し終えた。食事が終わる頃には煮汁茶も出来上がってきた。
ポムは食事が終わるとすぐに書物を開き研究の続きを始めた。
ミラーはポムの分を湯飲みについでポムの机の脇に置き、ミルトの分の湯飲みをお盆に載せてミルトのいる寝室へと向かった。
ミラーは寝室の扉を軽く叩いて、どうぞと言う返事を聞いてから中へ入った。
ミルトは寝具の上で身を起こしたまま、首や肩を動かして体の調子を自分なりに色々と試しているようだった。
ミラーはきちんと回復してどんどん元気になっていくミルトを見て嬉しいと思う反面、まだあまり急激に動いて欲しくないなという少々過保護な気持ちもあった。
ミラーはミルトに熱い白濁した液体の入った湯飲みを手渡した。
「はい、どうぞ」
ミルトは慎重に左手だけで受け取った。「ありがとう……」
ミルトはじっと湯飲みの中を怪訝そうな顔で覗き込んでいたが、ちらりとミラーを窺って思いっきり見られていると分かると観念してぐいっと一口くちに含んだ。
「んん!ん~……うん……?」
ミルトの眉が激しく上下していて、この液体の味を雄弁に物語っている。
しかしミルトはごくんと音を立ててそれを飲み込むと、首を傾げて不思議そうな顔をしてまた一口すすり、また眉をしかめる。ずっとこの繰り返しをしていた。
ミラーはミルトが文句を言わずにちゃんと飲んでいるので安心して、枕元の椅子に腰掛けてミルトの様子を眺めていた。
ミルトは休みもせずに飲み続けて、その湯飲みの中身を一気に飲み干してしまった。
「ふ~、ごちそうさま。なかなか不思議な感じだったけどまあまあおいしかったよ」
ミラーは空になった湯飲みを受け取った。中を見ると綺麗に最後までなくなっている。
「そう?良かった。作っていた時この手順で本当にあっているか不安になった箇所があったものだから。なんか魔女の秘薬でも作っているみたいって言ったでしょ?……でも大丈夫よ。蛇も蛙も蝙蝠も入れてないから」
ミラーは含みがありそうな口調で言い出してきて、ミラーとミルトはその件について笑いながら語り合ったのだった。
話が一区切りついてミラーはミルトの体調について訊ねた。
「それでどうなのかしら?ポムお爺様から伺ったけど右腕の違和感と言うのは」
ミルトは自分の左手で右腕を掴んでぶらぶらと揺らして見せた。
「こんな感じ。感覚はあるんだけど、力がうまく入らないってのが適当かな」
「ふ~ん、ちょっと良いかしら?」
ミラーはミルトの右手を手に取り、両手で包み込む様に握りしめてきた。
ミルトはミラーのこの動きに内心どきりとしたが表面には出さなかった。
ミルトは密かにずっとどぎまぎしていたのだが、ミラーがとても自然にさも当たり前のように触ってくるので、これはこちらが動揺するのがおかしいのだと思い直していた。
「……そうね。確かに何も異常はないわ。同調率の低下か……。私に出来る事はなさそうね。これはもう地道に時間をかけていくしかないわね」
ミラーはミルトの右手を引き寄せるとミルトの手の平を上にして自分の太ももの上に置いた。そしてミルトの指先を自分の人差し指でちょんちょんと触っていった。
「それじゃあ、触られた指を動かしてみてね」
ミルトは言われた通りやろうとしたがなかなか上手くいかなかった。隣の指も一緒にぴくぴくと動いてしまっている。
「あはっ。同時に二本ずつ動いているわ」ミラーはとても楽しそうだ。
ミルトは真剣にはやっていたが実はとても気恥ずかしかった。この体勢でこれをやるのは他人が見ている前では決して出来ないだろう。
ミルトはミラーの太ももの感触を、手の甲で感じながら考えていた。
……これはなんだろう。何というか、前よりお互いの距離感がかなり近づいているというか、触れ合うのは当然といった雰囲気をミラーから感じるんだよなあ。前はもっと遠慮があったと言うか壁があるような感じがしていたけど。
……でも僕のほうもかなり変わっているんだよな。不思議と。前はミラーに近寄られたり触れられたりしただけで体が硬直してたけど、今は何というか頭の奥のほうが慌てるだけで、体のほうはそれをすんなり受け入れていてまるで動じてない感じがする。まあミラーに触れられるのはまったく嫌じゃないから別にいいんだけど。
しばらくの間この訓練を二人で続けていたが、どうやら少しは効果があるのが分かってきた。反応の早さや指の曲がり具合などが良くなってきていたからだ。しかし大した運動はしていないはずなのにミルトは額に汗をかき始めていた。集中力を使うからやはり疲れるのだろう。
ミラーはミルトの様子を見て今日はもうやめておく事にして、お湯と手拭いを用意してきた。そしていつも通りにミルトの体を拭こうとして慌てて思いとどまっていた。
危ない、もう起きているのだったとミラーは思った。
しかし慣れというのは怖ろしい。何故かミルトのほうも、ミラーの行動をただ見守るだけで別段嫌がる様子もなく、なすがままの状態だったのだ。
ミラーは少し赤い顔で濡らした手拭いをミルトの手に押しつけて、ちゃんと自分で拭くように言って一歩下がった。
ミラーがそのままこの場に残った理由は、ミルトはまだ片手が不自由なので手拭いをゆすぐのだけは手伝おうと考えていたからだった。
ミラーはミルトが自分の体を拭くのをじっと監督していて、拭き残した箇所をみつけたり、とても拭きづらそうな仕草をしていた所があったので、もう見るに見かねて濡れ手拭いを手に取り、その場所の背中と左腕は代わりに拭いてあげた。
しかしミラーは手拭いをゆすいでいる時にふと気が付いた。
これは自分がこのままミルトの様子を見ていたら、ミルトが下半身を拭く時も気になって自分はまたしても手を出しかねないと言う事に。
ミラーはそれはまずいと内心焦り一瞬考え込むと、先に濡れ手拭いを何個もあらかじめ準備してミルトのそばに置いておく事にした。
そしてミラーは、ミルトにこれを使ってちゃんと体を拭くようにときつく言いつけて、その場から逃げ出すように部屋を出たのだった。