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第三章 十二話

 玄関を出るとすぐにキルチェがミラーに訊ねた。

「まずはどうするんです?」

「そうね……、とにかく水のある場所なのだけど。私の力が出来るだけ活性化出来るように」

 ミラーは歩きながら答え、そして二人に訊ねる。

「ミルトの向かった外界の場所って、少しは特定出来るのかしら?」

 今度はトーマが答えた。

「ああ、それならたぶん、大手門を出て左の森がある斜面のほうだと思うぜ。昨日ゾクトさんがいつもその辺りでポム爺さんを見かけるって言っていたからな。ミルトもその事を知っているし、あいつもポム爺さんを当てにして外に出たはずだからさ」

 ミラーは考え込みながら質問を続ける。

「……大手門のほう、それもそのミルトの向かう場所付近から流れる川ってあるのかしら?」

 キルチェはすぐにぴんときた。

「なるほど、ミルト達の近くを流れる川があれば素早く見つけ易いって事ですね。あ、それならちょうどその森が水源だと言われている川がありますよ。街の東側を流れる……」

「ユセイラ川だな!」

 トーマが先に結論を言って走り出す。

「よし、行こうぜ。こっちだ!」トーマがいち早くそこまでの経路を思いついた様であった。

 三人で白銀の道から琥珀の道へと入り、城前の中央通りに向かって走った。次第に高級そうな住宅街が落ち着いた普通の街並みになってきていた。

 それにともなって、少年二人の落ち着かない気分がだいぶ楽になってくるのを感じていた。

 少年達は場違いな場所には来るもんじゃないなと、しみじみ思いながら走っていたのだった。

 トーマ達は上流階級層区画を駆け抜けて、街層と街層の中間にある閑散地帯に入り、そこでやっと目的のユセイラ川に辿り着いた。

 しかし、確かにそれは目指していた川なのだが、この川の両側はどこも急な斜面になっていて、とても川の中に降りられそうもない。川の流れも急でその水深も深そうな濃い色をしている。しかも川沿いを散歩している人が数人見えて、とても人目につきやすい。

 ミラーは少年達に向かってすまなそうに首を横に振り、遠慮しながらもいくつかの注文を出した。まず歩いて川に入れる事、膝くらいの水深である事、人目につかない事の三つである。

 トーマとキルチェは頭をひねりながらその条件に当てはまる場所を相談し合い、この川の上流側に向かう事にした

 ずっと川の土手沿いを進んでいたのだが、途中で道を逸れると、何故か少年達は方向の異なる雑木林のほうへと入って行った。

 ミラーにはまるで見当違いの方向に思えたのだが、とにかく黙って彼らについていった。

 少年達は林の中の道なき道を早足で進み、ミラーは少年達が生い茂る植物の障害物を、かき分けて作ってくれた道を後からついて行く。

 だがミラーの着ている服はこんな獣道を歩くような服装ではないので、もう少しでちょっと待ってと弱音を吐いてしまいそうであった。

 しかしその時ミラーは、視界の先が次第に明るく開けてきているのに気が付いた。

 今いる少し薄暗い雑木林を抜けると、そこはもう日の光がまぶしく降り注ぎ、小さい石がきらきらとその光を反射して輝いている様な半円状の川原になっていた。

 この緩やかに下る斜面の川原の下がちょうど川の瀬となっていて、水が緩やかに流れているような場所であった。そこでは川の水が川底の石に白く砕かれ、涼やかな音を奏でている。

 この川の両岸はずっと急な斜面が続いているのだが、あの雑木林を抜けたこの川原の部分だけが、なだらかな斜面になっていて楽に川の中に入っていけるのだった。

 しかも丁度この場所で川が曲がって瀬になっているので水深もかなり浅い。

 そしてこの川原の周りは木々に囲われているので全く人の目に触れる事がない。

 ここはまさにミラーの注文通りの場所であった。

 先頭に立って道をかき分けて進んでいた少年達はこの川原に辿り着くと、どうだと言わんばかりの自信顔で振り返った。

 ミラーはその汗だらけで枝葉だらけの少年達に、とびきりの笑顔で頷き返した。

 そしてミラーは、汗で額にへばりつく髪を片手でかきあげながら、涼しげな風の吹く川原の中へと飛び出して行く。

 ミラーは小走りで斜面を下りて、川の手前で靴を脱ぎ捨てると、裸足で躊躇なく川の中へと足を踏み入れた。

 透き通った川の水は鮮烈な印象で彼女を出迎えてくれた。

 水はかなり冷たく流れは思ったより急であった。川底の石はごつごつと少し尖っていて、彼女の柔らかい素足に容赦なく食い込んでいく。勢い良く流れる水は水面から出ている彼女の足に当たり、しぶきとなって宙を舞い彼女の服を足元からみるみる濡らしていった。

 しかしミラーは何も気にする様子を見せずに、口元に気持ちよさそうな笑みさえ浮かべて川の中央へと歩を進めていった。

 ミラーは膝くらいの深さになっている川のちょうど中央に来ると、ミルトがいる上流に向かって立ち止まった。

 ミラーは両手を広げて川の気配を全身で感じながら胸一杯深呼吸をした。

 目を閉じて意識を集中すると川に満ちている水の精霊の存在が感じられてくる。

 トーマとキルチェは岸まで近づいてきてミラーの事を見守っていたが、ミラーの近くを流れている川の水の変化に気が付いた。

 初めはミラーを押し流そうとしていた川の流れが、ミラーの立っているその場所だけが何故か緩やかになっているのだ。まるで川の水達が、彼女がその場所に居やすいようにと気を使っているかのように見える。ミラーの姿勢も初めは流れに逆らうように足を踏ん張っていたのだが、今は全身の力を抜いて楽に立っている様であった。

 ミラーが両手を胸の前で組み合わせて祈りの姿勢をとった。すると精霊術に入ったのだろう、ミラーの周囲の水が淡い光を放ち出した。

 ミラーは心の中で語りかけていた。

 ―水の精霊達よ……、どうか私の願いを聞いて。遠くにいる私の大事な人を私と共に探して欲しいの……どうか私に力を貸して……。その探したい人の名はミルト、赤い風を身に纏う少年よ―

 水の精霊はミラーの願いを聞き入れてその力を貸し、ミラーの意識を凄い勢いで川の上流へと連れて行く。

 ミラーは地表を流れる川だけでなく、それに繋がる細かな地中の水脈まで使ってミルトの存在を探し始めた。

 ミルトの気配はすぐに見つかった。向かったと思われた場所からそんなに大きく離れていなかったからである。

 だが、ミラーがほっとしたのも束の間、何かミルトの様子がおかしいのに気がついた。

 はっきりとは分からないが、ミルトの気が大きく乱れている感じがする。それに目的としているはずの場所から遠ざかるように動いている。

 ミラーは更に集中してミルトの気配を探った。

 気の乱れから推測すると、彼はいま急いでいる……?

 慌てている?困っている……?

 そして、怖れている?……怯えている?

 ……!

 とにかくミルトに良くない事が起こっているのが感じられて、ミラーはもう平静ではいられなくなった。

 集中が途切れそうで術が破綻しそうになったが、せめてポムの居場所までは見つけようとなんとかその状態を維持し続けた。

 そしてなんとか目当ての丘の中腹にいたポムの存在を確認出来た。

 大地のような強靱な気を纏う者、まさしくポムその人だった。

 ポムは何かしらこちらに気が付いたようだが、ミラーの術はそこで途切れてしまった。

 ミルトに対する心配と、ポムが一応ミルトの近くにいたという安堵が入り交じり、集中を続ける事が出来なかったのだ。

 ミラーは集中を完全に解くと大きく息をついた。

 すると途端に川の流れは元の通りになりミラーをよろけさせた。ミラーは何歩か後ずさりながらも踏ん張って耐え、固唾を呑んで見守っている少年達の元へと向かった。服が太ももまで濡れてまとわりついてくるので少し歩きづらい。

 トーマが待ちかねたように戻ってきたミラーに訊ねた。

「どうだったんだ?」

 キルチェもミラーの靴を持ってそばに寄ってきて彼女の返事を待った。

 ミラーは靴を受け取りながらも、ミルトが本当に外界にいたことを確認出来て喜んでよいのか悲しんでよいのか分からない複雑な心境で答えた。

「ええ、見つけたわ。確かにミルトは外の世界にいる」

 少年達もそれを聞いて、どう思ったら良いか分からず曖昧な表情だった。

 キルチェが気になっていたもう一つの事を訊ねた。

「それでポム爺さんは?一緒にいたりしないの?」

 ミラーは手早く濡れた服の裾を絞り、靴を履きながら答えた。

「ポムお爺様も外界にいたわ。二人とも大体予想通りの位置でお互いそう遠くはないのだけど……。ああ、急がなくちゃ!」

 ミラーは胸元にしまった石を大事そうに取り出して、母親から貰った紙をもう一度確認の為に読み始めた。

 ただならぬミラーの様子に少年達は口を挟めずにいたが、トーマがもう我慢出来ないと口を開いた。

「なんだってんだよ!何かまずいことが起きているってのか?」

 ミラーは紙に書いてある文章から目を離さずに答えた。

「たぶん今、起こっているのだと思うわ。ミルトの気が大きく乱れていたから。それにさらに悪い事にミルトはいまポムお爺様から遠ざかる方向に向かっているの」

 とりあえず少年達はミラーの邪魔をしないようにそっと見守る事にした。

 ミラーは何度も紙に書いてある魔法具の説明を読み頭に叩き込んだ。

 魔法具は魔法の使えない万人でも使用出来る便利なものだが、いまミラーが使おうとしているのは消費系の魔法具であり失敗は許されない。

 ミラーは起動の呪文を記憶してポムに伝える言葉を決め、そっと透明な鳥形の石を地面に置いた。その石は日の光を反射して明るく輝いている。

 ミラーは二歩下がると大きく息を吸ってから凜とした声で石に呼び掛けた。

「目覚めよ!伝心鳥珠!我が声に応え、かの者に声を伝えよ!」

 地面に置かれた石は、ミラーの言葉に反応して自らを輝かせ白い光を放つ。

 その目がくらむほどの光は、次第に凝縮して形を取り始めて、やがて小鳥の形へと変わっていった。

 その輝く小鳥はそのまま地面にとまり、静かにミラーの事を見上げている。

 ミラーは、これで相手に伝える言葉を言う段階になったのを確認して、早口で語りかけた。

「ポムお爺様!ミラーです。どうかお願いです。ミルトを助けて下さい!ミルトが一人で外界に出てしまいました。ミルトはポムお爺様のところまで行こうとしているのだと思います。だけど今ミルトに何か危機が迫っているような感じがしています。ミルトの居場所は街の南東方向、ポムお爺様がいる丘の手前付近です。そんなに遠くはないと思いますが、何故かミルトは次第に遠ざかっています。……ええと、ええと……、以上です!ミルトをどうか……お願いしますっ!」

 最後が少し涙声になってしまったが、ぐっとこらえて空を指差し最後の言霊を口にした。

「飛べ!」

 輝く小鳥はその言葉で宙に舞うと、一瞬その場で輝いて、凄まじい速さで光の帯を後ろになびかせながら南のほうへと飛んでいった。

 ミラーとトーマとキルチェはとにかく今出来る事は全てやり尽くした気がして、光が飛び去った方角をただ見つめるだけであった。

 あと、今出来る事と言えば、神様にミルトの無事を祈ることぐらいしかないだろう。

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