第三章 十一話
白銀の道は城を中心とする環状の形をした通りの一つで、上流階級層にある比較的静かな道である。
この通り沿いは、大きく立派な屋敷の建ち並ぶ高級住宅区画であり、城の高官や上級騎士、裕福な商人などの多くが居を構えている場所であった。
この辺りは屋敷の大きさもさることながら造り自体もかなり豪勢で、高価な白蝋の鉱石を構造材として用いている家が多い。
その白く輝く素材を建築方士達が意匠を凝らして細かい細工を至る所に施していて、まるで住人達がお互いの屋敷の造りの豪華さを、周囲の家々と競い合っているかのように見える。
高い鉄製の柵で区切られたそれぞれの家の庭には、大きな噴水や彫像があり、頑丈な門扉の脇には様々な色の組み合わせの紋章がその家の人々の身分を誇示するかのように輝いている。
トーマとキルチェは滅多に足を踏み入れないこの上流階級層街に来てから、まるで別世界の街に迷い込んでしまったかのような感覚がしてしょうがなかった。
人通りが少ないとはいえ、時たますれ違う人々のこちらを見る目の冷ややかさが身体を容赦なく貫いていく。
それに敵地のど真ん中でミルトが不在だというのも二人の心細さに拍車をかけていた。
二人はなるべく目立たないように道の端っこをこそこそ歩いていたが、前から歩いてきた貴婦人のような格好をしたおばさん二人組の冷たい視線や露骨な内緒話にさらされて、さながら子鼠のように、更に足を早めてすれ違っのだった。
その婦人達が見えなくなる位置まで行き、いないのを確認したトーマが天を仰いで嘆いた。
「……ったくもう!なんなんだよ。俺たちがこの道を歩いていたらいけないのかよ……!」
妙に悟った声でキルチェが答える。
「まあ駄目なんでしょうね。そうですね……例えばですよ、僕らの家のそばの路地裏で、あのさっきの二人組の婦人達が前から歩いて来たらどう思います?」
トーマはしばらくその様子を想像していたが、やがて納得したというように腕組みをして頷いた。
「……なるほど」
「そう言う事です。極端な話、鳥が川の中を泳いでいたり、魚が空を飛んでいたら目立ってしょうがないでしょう。この場合では僕らが異なる領域に入っているのですから……」
「くそっ、こんなところ早く抜け出したいよ。ミラーの家はまだかい?」
キルチェは前方を眺めながら答えた。
「もうすぐだと思いますよ。マレス母さんから教わった白銀の道と黄金の道の交わるところが見えましたから。たぶん、あの角を右に曲がったところらへんだと思いますが」キルチェは指差した。
「よし、さっさと見つけようぜ」
トーマは意気揚々と歩き出したが、何故か唐突に立ち止まった。キルチェは不意をつかれてトーマの背に鼻をぶつけてしまった。
「どうしたんです?」キルチェは鼻をさすりながら不審げに訊ねた。
トーマはその言葉には黙って突っ立っている。
キルチェがトーマの顔をのぞき見ると、やけに真剣な顔で鼻を動かし周囲の臭いを嗅いでいるのが見えた。
キルチェは、はっと思い当たった。「トーマ、もしかして……?」
トーマは真面目な顔で頷いた。「ああ、奴らだ……。あいつらが近くにいる!この鼻にむずむずくる不愉快な臭いは奴らの香水しかない!」
キルチェは慌てて周りを見渡したがどこにも姿は見えなかった。こんな敵地のど真ん中で、しかもミルト抜きで出会ってしまったら非情に厄介な事になる。
キルチェにはトーマの言うような臭いなどまるで感じられなかったが、トーマの言う事をほんの少しも疑ってなかった。トーマの嗅覚はそれは素晴らしく、夕暮れ時の帰り道に、まだ教会からだいぶ離れた場所から、今夜の夕飯の内容を当てる事すら出来るのだ。
キルチェはこの能力を特殊な力の一種ではないかと真剣に考えていたほどだった。
二人は周囲を警戒しながら少し先の曲がり角まで辿り着き、そっと向こうをのぞき見た。
そこには予想通りカデとリポ達の少年達の集団がいた。今日の人数は少なめで取り巻きは二人しかいない。彼らはいつも以上に派手に着飾った趣味の悪い服装で、ある屋敷の門の前で誰かを待っているように見えた。
トーマ達が曲がり角に隠れて、彼らのその様子を覗き見ていると、その屋敷の中から銀色の髪をした婦人が出てきて、何やら彼らに向かって話しかけているのが見えた。するとそれを聞いた彼らの大きな声での不平不満が聞こえてきた。
「何だよ!せっかく誘ってやったってのによう!」甲高い耳障りな声ですぐにカデだと見当がついた。
彼らは婦人に向かって何か大声で文句を言い、ぷいと行ってしまった。婦人は疲れた様子を見せて中に入っていった。
トーマとキルチェは奴らが自分達とは違う方向に行ったのでほっと安心したが、完全に見えなくなってもしばらく経つまで曲がり角に潜んでいた。
「そろそろ行ってみるか?」とトーマ。
「そうですね。行きましょう。……何となく思ったのですが、あの家がミラーの家じゃないですかね?」
トーマも同意した。「うん。俺もそう思った。それにさっきの女の人はミラーに雰囲気が似てたしな」
二人は先程カデ達のいた屋敷の前までやって来た。
その屋敷は周りの他の屋敷と比べるといくぶん小さめで、一応立派だが落ち着いた感じの造りをしていた。門の脇の紋章は水の王冠のような形が銀で縁取られて内部が青と白で波の模様であった。下のほうに流暢な字体でアクウォートと書いてある。
二人はミラーの家はここだと確信したが、どうやって家の人を呼べば良いのか分からない。家の玄関の扉を叩こうにも頑丈な鉄柵の門扉が立ち塞がっていて、まずそこまで辿り着けない。大声で呼ぶにも、さすがのトーマすらここではためらいがあるようだ。この高さの柵なら乗り越えられなくもないが、普通そんなことはやらないだろう。
トーマは悩んだあげく門扉を少し叩いてみたが、その場で響くだけでとても家の中まで聞こえそうもない。
キルチェは何かあるはずだと門の周辺を探っていた。そうしていると紋章の下のほうの石垣のくぼんだ穴の中に一本のひもがぶら下がっているのに気が付いた。
キルチェはすぐにぴんときて軽く引いてみた。すると玄関の中のほうから軽やかな鐘の音が響いているのが聞こえてきた。
キルチェは門扉にしがみついているトーマにぐっと親指を立ててにやっと笑った。トーマもおとなしく門から離れて、キルチェと並んで家の中の反応を待った。
しばらくすると家の中から一人の若い女性が出てきた。
黒い可愛らしげな家政婦の服を着て栗色の髪をきちんと縫い上げた年頃は二十歳位の綺麗な女性である。
彼女はトーマ達を見て、どう対応してよいのか困った様な感じに少し眉をひそめている。
「あの……どちらさまでしょうか?」
トーマが答えた。「え~と、ミラーの友達で自分はトーマと言います。んでこっちはキルチェ。それで、ちょっとミラー……さんに用事があるんですけど……」
彼女は何か納得したように言った。「ああ、またミラーお嬢様の……」
彼女は少し考え込み、少年達を値踏みするように眺めると申し訳なさそうに話し出した。
「申し訳ありませんが、ミラーお嬢様はただいま体調を崩しておいでで誰ともお会いになる事が出来ません。また日を改めてお越し下さいませ。では失礼致します」
彼女は丁寧にお辞儀をして扉を閉めようとしている。
慌ててトーマは叫んだ。「ちょっと待ってよ!大事な用件があるんだ!」
しかし彼女は聞こえないというようにそのまま扉を閉めようとしている。
その時キルチェが早口で言った。「実は僕達、ポム爺さんから大事な言づてを預かってきたんです。どうかミラーに取り次いで下さい!」
彼女はその言葉を聞いて、動きを止めキルチェを見つめた。
「ポムイット様からの……?」
お嬢様が師事している大賢樹の名前が出ては無下には出来ないと思ったのだろうか、彼女は二人に改めて向き直って言った。
「少々お待ち下さい。」
彼女はそう言って扉を少し開けたまま家の中へ姿を消した。
トーマは吹き出した冷や汗をぬぐった。
「ふ~、危なかった……。それにしてもよくあんな事思いついたな」
「いえ、あれが僕らの奥の手、最終最後の手段ですよ。僕らが自慢できる最高のものがポム爺さんの知り合いだという事実ですからね。大賢樹様の名を出せば大抵のことは何とかなるでしょう。……ただ乱用は禁物ですけどね」
「ふ~ん、そんなもんかねえ。でもこれでやっとミラーに会えるな」
「いや、どうでしょう?僕はやっと第一関門突破という感じがしますけどね……」キルチェは何か気乗りしない表情であった。
ひそひそと二人で話をしていると先程の家政婦の女性が再びやって来た。
そして、扉を大きく開けると後ろについてきていたもう一人の女性に場所を譲った。その人は案の定ミラー本人ではなく、先程カデ達と応対していたミラーの母親とおぼしき女性であった。
キルチェは内心溜め息をついた。
ほら、第二関門だ……。
その婦人はうっすらと微笑みながら話しかけてきた。
「初めまして。私はミラーの母親のミレーヌと言います。あの子は昨日から床に伏せていまして表に出られる状況ではありません。聞けばあなた達はポムイット様からの言付けを持ってきたと言ってましたが、それは私がうかがってもよいものなのかしら?」
ミレーヌはミラーと同じ銀色の髪で顔立ちもよく似ていてかなりの美人であった。服装もミラーがいつも着ている服と似た感じの青いひと連なりの服を着て、その上に薄手の上着を羽織っていてとても上品な感じがする。ミレーヌの彼らに対する表情は優しげだが、その微笑みの中に潜んだ少年達の心の奥を見透かすようなまなざしが、何となく教会の神父様を少年達に思い起こさせる。
あ、これはまずい……。下手な嘘をつけばすぐにばれそうだ。キルチェは思った。
しかし、すぐにトーマがしどろもどろに答えだしてしまっていた。
「あ~、え~と、やっぱりですねえ、ミラー本人に直接話をしないと……」
そのトーマの言葉を聞いていたミレーヌの表情に、うっすら不審感が現れたのを感じ取ったキルチェが強引に二人の間に割って入る。
「あ!実はですね、ポム爺さんの事もあるのですが(ポム爺さんからの言づてはうやむやにしてしまおう)、ミラー……さんに頼み事があるのです。緊急な用件で、僕らのミルトって言う友達の件なんです!」
ミルトと言う名前はミレーヌの興味を大きく引いたようだ。
「あら、ミルト君?そう言えば、あの子が昨日から元気がないのはそのミルト君と喧嘩をしてしまったせいなのだけど、その事と何か関係があるのかしら?あら、そう言えばうっかりしていたわ。あなた達のお名前を聞くの忘れていたわね。ご免なさい、失礼ですけどお名前は?」
ミレーヌの先程までよそよそしかった微笑みがいつの間にか温かい笑顔に変わっている。
トーマとキルチェは改めて自己紹介した。
ミレーヌは嬉しそうに顔を輝かせ話し始めた。
「あらあらまあまあ。そうなの、あなた達がトーマ君とキルチェ君なのね。ミラーから話は良く聞くけれど、あなた達は全く訪ねてきてくれないのですもの。ミルト君はもう何度かこの家に来てくれているのだけどね。あなた達に会えて本当に嬉しいわ。さあどうぞ入って」
ミレーヌは二人を家の中に案内した。初めに対応した家政婦さんが申し訳なさそうな顔で出迎え丁寧にお辞儀をしてくる。二人は気にしてませんと笑顔を作りお辞儀を返して通りすぎた。
二人はミレーヌに連れられて、初めて目にする上流階級層の屋敷の中をきょろきょろと目を丸くしながら歩いていた。高い天井に吊されている硝子の吊り照明や、寝そべって転がりたいほどのふかふかな絨毯、高価そうな家具や調度品、精細な風景を描いた大きな絵画など、彼らにとっては本当に別世界であった。
二人が通された応接間も広くて開放感があり、部屋の中央に柔らかい素材の詰まった革製の長椅子と磨かれた石の卓が据えられていた。
二人は高級そうなその椅子に行儀良く腰掛けて、ミラーが来るまでミレーヌと話をしながら待つ事になった。ミラーを呼びに行った家政婦さんが言うには、ミラーは二人が来た事に驚いてはいたが、すぐに支度をして出てくるとの事だった。
初めはぎこちなかった少年達とミレーヌの会話は、ミルトとミラー二人の話になると驚くほど会話が弾むようになった。ミレーヌはトーマとキルチェ達から見たミルトとミラーの仲の事を聞きたがりころころとよく笑った。それに釣られて少年達の舌も滑らかになり、二人がどれだけ熱く見えるかを面白おかしく語っていた。
身支度を終えたミラーが応接間の扉を開けると、ちょうど三人の笑い声が巻き起こったところだった。ミラーが驚いた顔をして中に入ると、ミレーヌが娘に気が付いた。
「あらあら、ごめんなさいね」
ミレーヌは何故か娘に謝ると目に溜まった涙を拭いた。少年達も笑いを収めようと必死になっている。
ミラーはこの見慣れない光景を呆気にとられてしばらく眺めていたが、取りあえず自分もこの輪の中に加わった。
ミラーはいつも通りに見えたが、よく見ると目の下が少し腫れていて何か痛々しい表情をしている。昨日からだいぶ泣いていたのだろうと推測出来た。
トーマとキルチェはそんなミラーを見て、さっきまで笑いの種にしていたのを少し後悔したような顔になった。
ミラーはミレーヌの横に腰掛けるとか細い声で少年達に話しかけた。
「来てくれてありがとう。トーマ、キルチェ。……もしかして私とミルトの取りなしに来てくれたの?私のほうはもう大丈夫……もう何とも思ってないわ。昨日はちょっとびっくりして涙が出ちゃったけど」ミラーが無理に笑顔を作っているのがすぐに分かった。
ミラーは皆の反応を待たずに昨日からずっと考えていた事を話し始めた。
「私ね、ずっと考えていたのだけど……。何であそこまでミルトを怒らせちゃったのか。でもまだよく分からないの。私はただ外の世界は危ないから行っちゃ嫌だと言っただけだと思ったのに……」ミラーは行儀良く膝の辺りに置いた両手をじっと見つめている。
また泣き出しそうな様子のミラーを見て、キルチェが慌てて言った。
「いやいやあれはミルトが悪いんですよ。あんなきつい言い方しなくても良いのに。やっぱりあの時はゾルトさんとの言い合いでかっかしてたのでしょう。あの時はミラーが勇敢にもいち早く止めに入ってくれましたけど、あの時点では誰がミルトをなだめようとしても結果は同じだと思いますよ。ミルトはああ見えてけっこう頑固なところありますからね」
ミラーはその話を聞いてもあまり心が晴れた様子は見えなかった。
トーマはそれを見て、しょうがないというように溜め息をつき唐突に言い出した。
「いや、あれはミラーが悪い」
「トーマ!?」キルチェは何を言い出すのだと非難するように言った。
ミラーも驚いて顔を上げる。その瞳はやはりもう潤んでいた。
トーマは腕を組み、ミラーから視線をそらしてぶっきらぼうに話し始めた。
「なんで俺がミラーが悪いと言ったか分かるか?それはな、ミラーがミルトの事をちっとも分かっていないからだ。これはあまり言いたくない事なんだがな……。いいか、よく聞いとけよ。ミルトはな、実は、お前の事が大好きなんだよ!」
ミラーはトーマの口から思いもかけない事を言われて目を丸くした。キルチェもぽかんとしている。ミレーヌだけが冷静に、しかし楽しそうに事の成り行きを見守っている。
「確かにミルトは、ゾクトさんと言い合ってむきになっていたのは確かだろうけど、間に入っていったのがミラーじゃなければ、あいつもあんな感じにはならなかっただろうと思う。いいか?自分の好きな人に自分が出来ると思っている事や自信のある事を否定されたらどう思う?何とも思ってない奴にそんな事言われても別に無視すればいいし流してしまえばいい。だけど、ミルトにはミラーの言葉にはどうしても反応しちゃうものなんだよ。気楽に流せるものじゃないんだ。好きなんだから。だから感情が抑えれなくて怒っちまった。普段は怒りなんか滅多に見せない奴なんだけどな」
ミラーはトーマにそう言われて少し納得出来たようだ。心の中が少しぽうっと暖かくなってきている。
トーマは話しを続けていた。「だから、ミルトは意地になってあんな事を……、ってああっ!」
トーマはそこまで言ってやっと当初の目的に気が付いたのだった。
「……あ~っ!」キルチェも同時に思い出したようだ。二人で目を合わしている。
「やばい!ここで長話をしている場合じゃなかった!」とトーマ。
「そうです!早いところミルトの事を……」キルチェも珍しく動揺を表に出していた。
トーマとキルチェは今度は揃ってミラー達のほうをじっと見た。ここで全て話したほうが良いのか、それならどう話を切り出したら良いのか決めかねていた。
ミラーのほうは突然話が途切れていきなり二人からじっと見つめられたので、戸惑いながら見つめ返すのみだった。
キルチェはちらりとミレーヌのほうも見てから、決心をした様に身を乗り出して話し始めた。
「実は今日ミラーのとこに来たのは、ミルトとの仲直りのためではなく、ミラーの力を借りたいと思ったからなんですよ。ミラーの使う精霊術の探査術でミルトの居場所を見つけて欲しいんです」
トーマも口を挟んできた。「そう。この前ミルトなら見つけられるって言ってたじゃんか」
ミラーは唐突に言われて驚いたが、二人のとても真剣な様子を見て座り直してから問い返した。
「ちょっと待って。確かにミルトなら見つけ易いとは言ったわ。でもどうして?まさか、ミルトが昨日の事で家出でもしてしまったと言うの?」
「……家出……」二人は揃って口に出していた。溜め息まで一緒だ。
トーマが呟いた。「ただそれだけだったらどれほどいいか……」
キルチェが暗い声で説明を始めた。
「実はミラー、まだ推測の域を出ないのですが状況はもっと悪いのです。僕らの考えだとたぶんミルトは外の世界へ出てしまったのではないかと……」
「え?ええっ!」ミラーは驚いて立ち上がった。
「え?でもどうして?一体どうやって?昨日見てた限りだと門番さんが絶対外には出さないって感じだったけど……」
隣に座っていたミレーヌが座って落ち着きなさいとミラーの服を引っ張り促した。ミラーは取りあえずそれに従ったが、いてもたってもいられないようだった。
キルチェは大急ぎで説明をした。
昔からのミルトの外への憧れと囚われ、昔考えた街からの外界への脱出方法、ミルトの性格、そして最後にポム爺さんが外界に出かけているという事実。
黙って全てを聞き終えたミラーは二人と同じ結論に行き着いたようだ。太ももに置いた両手が落ち着かなく動いている。そしてミラーはすがるような瞳で隣の母親を見つめた。
ミレーヌは落ち着いた様子で、子ども達の話しを聞いていたが、眉を寄せて何かを考えているかのようだった。
ミラーに見つめられたミレーヌは慎重に口を開いた。
「私は、あなた達ほどにミルト君のことは知らないからはっきりとは分からないけれど、あなた達がそう考えるならきっとそうなのでしょう。外の世界はあなた達が思っている以上に危険なところです。もし今本当にミルト君が外界にいる可能性が高いのならば、今すぐ門の護人さん方に通報をして捜索隊を編成してもらうのが一番良いのかもしれませんが……」
ミレーヌはトーマとキルチェと、最後にミラーをじっと見て言った。
「あなた達はどういった選択をするのかしら?」
子ども達はいきなり話の急所を突かれてぐっと言葉に詰まった。
「……確かにそうするのが一番なのかもしれませんが……」とキルチェ。
「……でも、そうするとほんと大事になって……。……でも、もしかしたらミルトはポム爺さんともう合流出来ているかもしれないし……」トーマは口ごもりながら言った。
ミラーは俯いて考えている。
ミレーヌは小さく息をついた。
「そうね……、ポムイット様の事があったわね。あの方とさえ合流出来れば危険は一切なくなる訳だし、もしまだ合流出来てないとしてもあの方が、いま最もミルト君の近くにいると思っても良い訳ね」
ミレーヌは厳しい表情で考え出した。皆黙ってミレーヌを見守っている。
「……そうなれば、あの方に連絡を取るのが一番早くて効率が良いわね。それにあなた達にとっても最も都合が良いと」
ミレーヌはそう言って子ども達を優しく見つめたのだった。
ミレーヌは立ち上がると、皆に少し待つように言って部屋から出ていった。部屋に残された子ども達は黙ってミレーヌの帰りを待った。三人とも不安と期待の混ざったような心境だった。
しばらくして、部屋に戻ってきたミレーヌは手に持っていた小鳥の形をした透明な石を皆に見せ、そしてミラーにそれを手渡した。ミラーがその石を大事そうに両手で受け取るとその石の表面が、一瞬滑らかに輝いたかのように見えた。
「これは何なのでしょう?お母様」ミラーは石とミレーヌを交互に見て訊ねる。
ミレーヌは重々しく答えた。
「それは〈伝心鳥珠〉と呼ばれる宝珠です。遠くにいる人に思いを伝える事の出来る魔法具なのですよ。お父様の大事な仕事道具ですが一つあなたに渡します。これの使用方法や条件、起動呪文はこの紙を見なさい」そう言って紙を差し出した。
ミラーは紙も受け取ってから、次第に手の中にある物の重大さが心に染みてきた。
「えっ、そんな貴重な物をもらっても良いのですか?魔法具なんて……」ミラーの声と手が若干震えている。
トーマとキルチェもいつの間にか近寄ってきていてミラーの手にある石を興味深そうに眺めていた。
ミレーヌは微笑み、頼もしく言った。
「大丈夫です。人の命がかかっているのですから。お父様には私からよく言っておきます」そしていたずらっぽい笑みで一言付け加えた。
「ただし、それを使うからにはミルト君に説教する権利を私たちも貰いますけどね」
三人はもちろんと笑顔で快く請け負った。三人とも笑うだけの余裕が少し出てきたようだ。
ミラーは石を大事に胸元にしまい込み、少し時間を貰って紙を一度熟読してから同じところにしまった。
そして三人はミレーヌにお礼を言うと、急いで家を飛び出したのだった。
そして向かう場所はミラーの力が活性化出来うる場所である。