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第三章 六話

 ミルト達の長い監禁時間が一区切りつこうとしていた。

 彼らは模範囚のごとく真面目に席に着いて授業を受けたのだが、あまり馴染みのない文学の授業だったので、まるで時間が止まってしまったのかと錯覚するほど長く感じていた。

 それに周囲の生徒達からちらちらと見られるのでそれも気になって仕方がなかった。

 それは生徒達からしたら無理もない事なのだろう。

 以前から一部で有名人であるミルト達と校長による中庭での大捕物の後に、ミラーに連れられてその本人達が次の授業からの途中参加をしてきたのだから。

 しかもそれが休み時間が終わる直前だったので、ミラーが皆にあまり説明する間もなく授業が始まってしまったのも、皆の興味を増した要因でもあっただろう。

 そのせいで普段ならあまり見かけない授業中のひそひそ話や手紙のやり取りがあちこちで行われたのだった。

 授業をしていた若い男性教員は、事前に校長から事情を聞いていたので、今回は寛大な心で黙認していたのだった。


 授業の終わりを告げる鐘の音が天からの祝福のごとくミルト達の頭上から響き渡ってきた。

 教師がその鐘の音を聞き授業を締めくくると、日直の少年が元気に号令をかけて、皆で一斉に立ち上がり一礼をした。ミルト達はその時が一番良い笑顔を見せていた。 

 一番後ろの席に着いていたトーマが伸びをしながら大あくびをする。それを見た男性教員は少し嫌そうな顔をしたが特に注意することなく教室から出て行った。

 トーマが眠そうな目をこすりながらミルトのもとへとやってきた。

「よう、どうだった?面白かったか?」

 ミルトもだるそうな瞳で、首をすくめて答えた。「まあまあだね。キルチェは?」

 普段通りの表情をしているキルチェが二人の元にやって来た。

「うん、ためになりましたね。クヨルドの詩の中に格言があるってのが気に入りましたよ。心の中に強い信念があればたいていの事はやり遂げる事が出来るってのがいいですね。『決死の思いは万事を成す』ですよ」

 キルチェは手に持った紙をひらひらさせながら言う。

 どうやらきちんと授業の内容を紙に書き写していたようだ。ミルトとトーマはただぼんやりと聞いていただけだった。

 いつの間にかミラー達もそばに来ていた。

「どうだった?学校の授業もそんなに悪いものでもないでしょう」

 ミラーは屈託のない笑顔を見せている。

 少年達は、特にトーマとミルトはあまり同意出来ないといった曖昧な顔で応えるだけにしておいた。

 すると今度はミラーの後ろで様子を窺っていたサラが、もう我慢出来ないと言わんばかりに身を乗り出して訊ねてきた。

「それでどうなの?あんた達はこれからこの学校に通う事になったの?」

 サラは腰に手を当て少し先輩口調で言ってきた。

 サラは皆を見渡して言っていたが、トーマのほうを見ている時間が何か少し長いような気がした。ミラーの後ろで隠れる様に見ていたミクも興味深げな視線を彼らに投げかけている。

 ミルトが分かりきっている事を訊くなという顔で、あっさり否定する言葉を言おうとした時に初めて、教室中からのこちらを見る視線に気がついた。

 それは授業が終わってからずっと遠巻きにしてミルト達の事を見ていた子ども達の視線であった。

 いつもなら授業の終わりを告げる鐘の音が鳴ると、廊下に飛び出す活発な少年達や他の組へ遊びに行く子や本を読み始める少女達が、今日に限っては何もせずに教室の片隅に集まって、ミルト達を気にしながら小声でお喋りをしているのだ。それに他の組の生徒も何人か混ざっているようだった。

 ミルトは少し呆気にとられながら教室の中を見回すと、廊下にも人だかりが出来ていて、もしかしてと窓のほうをうかがうと、そこにも数人の子ども達の頭があった。ミルトとばっちり目が合った年下っぽい少年は顔を赤らめてびっくりしたように慌てて顔を引っ込めていた。

 ミルトはさすがに気になって小声でミラーに訊ねた。

「……ねえミラー。何かすっごい見られている気がするんだけど」

 ミラーもミルトに言われて改めて自分達の周りの様子を確認すると、驚きとも賞賛ともいえる表情でミルト達を見つめてきた。

「……すごいわね。以前にも言ったでしょう?あなた達は学校では少しは有名人だって。でも、ここまで人が集まるとは思わなかったわ」

 ミルトはこれだけの人数に注目されているというのは、なんだか誇らしい反面気恥ずかしい感じがしてなんだか居心地が悪かった。

 ミルトが仲間達に意識を戻すと、そこではトーマがサラに言葉の集中砲火を浴びせられているところだった。

 学校に来る来ないの話で、トーマは曖昧な否定の言葉で反論していたが、本来はもう通わなくてはならなかったので、言葉に力が入らず弱々しかった。キルチェは素知らぬ顔ですまして立っていたがトーマ達の会話にしっかり聞き耳を立てている。気後れがちのミクはサラの後押しをするかのようにサラの言葉にいちいち頷いてあげていた。

 ミルトはトーマの態度を見ていて、あれはもうすぐ陥落するなと思い始めていた。

 トーマが行く事になったら自動的に僕とキルチェも行く事になるんだろう。確実に。まあいいや。そろそろ僕も基礎的な狩人の知識とかも身につけたいと思っていたとこだし。それに専門分野だけではなく一般教養も身につけるべきってレオニスさんも言っていたしな。

 ミルトは諦めに似た心境で早々に思い至り、これから通う事になるであろう学校の教室というものを改めて見渡した。その時廊下のほうで顔を半分隠すようにしてこちらを窺う一人の少年に気がついた。

 その視線は子ども達の好奇心溢れるまなざしの中で異質な光を帯びたものだった。

 ミルトの眉が警戒するかのように険しくなった。ずっとミルトを見ていたミラーがそれに気づきミルトの視線の先を追ってみて、はっと息を呑んだ。金髪を短く刈り込んだ細目の少年の顔が見えたからだ。

 ミルトとミラーは目を合わすと、ミラーが困ったような顔でミルトに話しかけてきた。

「あなた達が有名なのも考えものね。短時間の間に向こうの上流階級学校まで伝わりそうよ。いまあなた達が学校に来ているって」

 ミルトは頷いた。

「うん。あいつはカデ達の腰巾着の一人だ。名前はしらないけどね」

「……あの人達、来るかしら?」

 ミラーはこれから起きるかも知れない出来事を想像して不安そうな顔になっている。

「どうかな。でもあいつらは心が狭いからな。学校のあるこの学士域は今のところあいつらの縄張りだと思っているだろうし。そういえば、その上流学校だっけ?どの辺にあるの」

「この学校の斜向かいにあるわ。林を越えた先ね。学校は派手で教室も豪華でとても学び舎とは思えない立派な造りなの。でも私はあまりあそこには通いたいとは思えなかったけど……」ミラーは昔を思い出して何か困った様な表情であった。

 ミラーは三年ほど前に上流階級学校に通う事になったのだが、城の役人の子どもや金持ちの子息達とどうしてもなじめず無理を言って、今通っている普通科の学校に変えてもらっていたのだ。

 今では昔から仲の良かったサラやミク達と一緒になれて、楽しく学校生活を過ごす事が出来ていたのであった。

 ミルトがさっきのヵデの仲間の少年のほうをもう一度確認すると、もうそこにはいなくなっている。

 ミルトはこれからのカデ達の動きを考えてみた。

 今から向こうの学校まで報告に行くのだろうか。いや見物人が減ってきているのを見るともうそろそろ休み時間が終わるのだろう。ということは今から奴らが来ることはないし、次の休み時間もたぶん大丈夫だろう。そうなると、一番危険な時間帯は…やはり下校時間か。学校の近くで暴力沙汰の喧嘩はないだろうが難癖つけにくるに違いない。ちぇっ、面白くない事になりそうだぞ……。

 ミルトは取りあえず仲間達に注意を促そうとしたが、トーマはサラに問い詰められて窓際まで追い詰められていたし、キルチェはいつの間にかミクと二人で席に着き楽しげに会話をしている。ミクが紙の綴りを広げているところを見ると勉強の話でもしているのだろう。

 ミルトは改めてトーマの様子を窺ってみた。

 トーマはまだ抵抗を続けているらしい。あれだけしつこく言われたらいつもならすぐに怒り出すのに未だに弱々しくだが言い返している。

 ミルトはそんなトーマの様子を見て思った。

 トーマはサラに弱いんだな。そう言えば、サラもトーマ達と同じ教会に所属しているんだっけ。昔は一緒に暮らしていたとか聞いた事があるな。たぶんトーマの事だから世話になる事も多かったのだろう。だから頭が上がんないんだな。

 ミルトはミラーがまだこちらを見つめているのに気づいた。彼女のその不安げな表情は変わっていない。

 ミルトは元気づけるように笑顔を見せてわざと気楽そうな声で話しかけた。

「大丈夫だよ、ミラー。別に僕らが裏口から抜け出してもいいし、堂々と奴らを無視して帰ってもいいしね。……でもあのトーマ達の行方次第では、カデ達とは近い内に一度きちんと対峙しないといけなくなるけどね」

 ミルトはトーマとサラが言い争っているところをこそっと指差した。

 そこでは、ついにトーマが逃げ道のない教室の隅に追い込められて、サラがトーマの鼻先に人差し指を突きつけている光景が見えた。

 トーマはその指を見つめて降参の仕草をしてしきりに頷いている。

 その光景が何か面白くてミルトとミラーは顔を見合わせてくすりと笑った。

 その内に満足げな顔をしたサラがこちらに戻ってきた。トーマは燃え尽きたかのようにぐったりと俯き、その場所の壁の寄りかかり動こうともしない。

 サラが明るい声でミルトに向かって、ついでにその隣のミラーにも報告するかのように言い放った。

「それじゃあ、豊穣祭の次の日からね」

 ミルトは諦めたように肩をすくめる仕草で返事をした。キルチェも聞きつけて離れたところから指で丸をつくってそれに応えた。

 サラはミラーとミクから拍手で迎えられて、トーマとの話の内容を嬉しそうに説明していた。

 ミルトのところにキルチェがやって来た。

 そして二人で燃えかすのようになっているトーマを眺めた。

 キルチェがしみじみと言い出した。

「豊穣祭ですか……。頑張りましたね、トーマ」何か賞賛するような響きがある。

 ミルトも同感だと頷いた。

「うん……。いっときはもう明日からでもって感じになってたからね。僕も覚悟はしていたよ」

「豊穣祭というと、あと百日くらいですか」

「まあトーマの希望はあと一年は行きたくないって思ってたはずだけど」とミルト。

 キルチェが恐ろしげな様子を見せながら話し始めた。

「それなんですが、ミクの話ですと、サラは今回が絶好の機会だと思ったみたいですね。強引にでもトーマを説き伏せて、もう明日からでもこの学校に通わせるようにしてみせるって意気込んでいたみたいですよ」

 ミルトはトーマの立場を自分に置き換えてみて考えると、本当にぞっと鳥肌がたった。

 もしもミラーがそんな気で自分にせまってきたとしたら、あんなに長く抵抗など出来ないだろう。すぐに陥落して何でも言う事をきいてしまいそうな気がする。

 あらためて尊敬の念を持って善戦をしたトーマに二人は歩み寄った。

 うつむいたままその場から動かないトーマに、ミルトは優しく声をかけた。

「お疲れ様、トーマ」

 トーマは引きつって泣きそうだった顔を上げる。

 キルチェはその顔を見て、人は精神的に急激に疲労するとこんな表情になるんだとこっそり分析していた。

 トーマは力ない声で弁明を始めた。

「……おう、……すまない。約束させられちまったよ。だって、あいつしつこいんだもんよ。でも俺だって結構頑張ったんだぜ。一年後には必ず通うって言ってるのにそれでは駄目って言い張ってよう。俺が適当言ってこの場を切り抜けようとしたら今度は『誓う?』って言うんだぜ。誓える訳ないじゃないか、嘘なんだから。だから俺も腹くくって近い内に通う方向で話を始めたんだ。そしたらあいつも次第に折れてきて妥協し始めて……、それでやっと豊穣祭まではって事にまで話をこぎ着けられたんだよ」

 トーマは仲間二人をすがるような目で見た。「なあ……俺、頑張ったよな?二人とも納得してくれるよな?」

 ミルトとキルチェは黙ってトーマの肩に手を置き頷いた。二人の瞳には揺るぎない友情の光が宿っていて何も言わなくてもトーマには伝わってきた。トーマは涙ぐみそうになっていた。

 その光景は離れた所から見ると何やら三人で円陣を組んでいるようにも見える。

 すぐにその話は生徒の間で広がっていき、他の教室の生徒達もその最新の情報を持って授業が始まる前にと散っていった。

 三人のその円陣は授業の始まりを告げる鐘の音によって解かれ、三人は次の授業を受けるために神妙に席に着いた。

 ミルトが席に着くと、隣の少年がはにかみながら教科書を見せてくれた。

 どうやら話によると次の授業は〈外界学〉というものらしい。

 ミルトは今回はどうやら退屈せずにすみそうだと思って、ちゃんと机の上に紙と鉛筆を机に出しておいたのだった。

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