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第三章 四話

 こうしてこの夜から狩人の幽霊であるナマスはポムの家の裏手の奥にある古い小屋に住む事になったのであった。

 その小屋は普段はポムが物置として使っていて、ほとんど中に入らないので室内は埃っぽく空気がよどんでいた。だが幽体のナマスはそれがとても落ち着くと言ってとても喜んでいた。

 それにここは周囲が完全に森に囲われ、とても静かで誰かに見られたりして騒ぎになることもない。もし誰か人に見られるとしても、それはミルト達だけなので問題はないと思われた。

 ポムはナマスを小屋に案内すると、細かい打ち合わせなどは後にして、ただまた朝来ると言い残してすぐさま家に戻った。

 ポムは疲労と睡魔に襲われてもうかなり限界にきていたのだった。こんなに夜更かしをしたのはいつぶりだろうか。もう思い出せないほどである。

 ふらつく足取りで自室に入ると食事も着替えもなしに寝具の上に倒れ込んだ。寝付きのあまりよくないポムもこの日はすぐに深い眠りに落ちることが出来た。

 しかし、情け容赦なく朝はすぐにやって来る。

 まぶしい朝日に無理矢理起こされ、老体にむち打って起き出したが、今日から始まるであろう長くそして忙しい日々を思うと正直うんざりする。

 今日くらいは休んでも良いのでないかという甘いささやきがふと心によぎるが、一日の遅れが大事を招くという考えがそれを非情にも打ち消した。

 ポムは気合いを入れる為に頬を軽く両手で叩くと、まずはこの寝ぼけた頭をすっきりさせるために洗面所に歩き出したのだった。


「こんにちは~!……ポム爺さんいますか~?」

 雲一つない抜けるような青空の下で元気な子どもの声が響き渡る。

 ミルトが声をかけながら玄関の扉を叩き、トーマとキルチェが上下顔を揃えて玄関そばの窓から家の中の様子をうかがっていた。しばらく反応をうかがっていたが、皆顔を見合わして揃って諦め顔になった。

「駄目だ~、今日もいないよ……」肩を落としてそう言ったのは扉を叩いていたミルトだ。

 腕組みをして考えているキルチェが言った。

「何でこうも留守なんでしょう?」

 まだ諦めきれずに窓にずっと張り付いていたトーマが答えた。

「分っからないな~。しかも今日で十日連続だぜ!」

「今までこんな事ありましたっけ?」とキルチェ。

 思い出すまでもなくミルトが答える。

「ないない!僕の記憶では一度も無いよ。まあ二日位はあるけど三日以上はないな」

 家の中を覗くのをやめたトーマは玄関前の階段に腰掛けて呟いた。

「どこにいったんだろな?もしかして旅にでも出たのかな」

 ミルトとキルチェはそれを聞いて首をひねった。

「う~ん、僕らに黙ってですか?それはないと思いますが……」とキルチェ。

 ミルトも同じ考えだったが、ポムに会えなくなった前日の光景をふと思い出した。

「あっ!でも……もしかしたらありえるかもしれない。そう言えばあの日、僕ポム爺さんに手紙を渡したんだよ。いつもならその辺にうっちゃっておくのに、あの日はすぐに読んだんだよね。そしたらなんか変わった事はないかって質問されて……」

「ああ、それで狼の幻獣の話になったんだよな」とトーマ。

 察しの良いキルチェはすぐに思い当たったようだ。

「……なるほど。その手紙に何か重要な事が書かれていたのかも……ですね。それも僕たちにも言えないような。そうでしょう?ミルト」

 ミルトは神妙な顔で肯いた。

 ミルトとキルチェは自分達に言えないような事がどんなものかを考えてみたが、あまり考えはまとまらなかった。

 考え込んでいる二人を横目にトーマは大あくびをしていた。考えるのは自分の役目ではないと言っているかのようだった。しかし、そのあくびの拍子に天の啓示ともいえるような考えがトーマの頭の中に閃いた。

「んん!まてまて。ミルトが言ってる手紙の事もそうだけど、幻獣の話の部分はどうだ?いいか、ポム爺さんはこの街で一番頭が良い爺さんだ。もしそんな人のすぐそばに幻獣が現れでもしたらどうだ?調べずにはいられないんじゃないか。そう、だからポム爺さんは俺たちが目撃したあの森を毎日調べているに違いない!」

 なんだか自信満々なトーマの口振りだった。

「北の廃墟森ですか……」キルチェは少し感心したように呟いた。

 ミルトもトーマの考えを聞いてそれもあり得るとも思ったが、少し腑に落ちない点もあった。

 あの森を調べるのに朝早くから十日連続で行くというのも何か変だし、もしそんなに詳しく調べたいのなら目撃者である僕らを連れて行くんじゃないのかな……?      

 ミルトとキルチェは他にポムが向かいそうな場所が思い浮かばなかったので、取りあえずトーマの案を採用して皆で北の廃墟森に向かう事になった。


 北の廃墟森はいつも以上に陰鬱な様相を呈して少年達を出迎えていた。

 少年達はだいぶ前にこの森の入り口に着いたのだが、この鬱蒼と茂る森を見上げてどうにも足が止まってしまっていた。この森に来るまでの道中はいつも通りにはしゃいで、森の中での狩人ごっこの計画を練っていたのだが、今はみんな揃って無口になっている。

 いま少年達がいる場所は、お日様の光が降り注ぎとても明るいのに、一歩森に踏み入れればそこは木々が覆い被さりそこかしこに闇を作り出している。少し前まではそれを見てわくわくしたものだが今は少し不安がよぎる。近くの枝から一羽の鳥が飛び立つ音に三人が三人ともびくっと体を震わせた。

 少し抑えた声でミルトが訊ねた。

「……ねえ、今は狂迎節だよ」

「はい。狂迎節ですね。一度意識すると怖すぎです」キルチェも何故か声を低めて答えた。

 普段なら二人を急きたてるトーマもこの時は早く行こうぜとは言わなかった。やはり三人ともこの前の幻獣との遭遇という恐ろしい体験を思い出しているのだろう。

 しばらく森の入り口を三人は無言で眺めていたが、じっとしてられない性分のトーマが口を開いた。「なあ……、どうする?」

 そう問われた残りの二人は困った様に目を合わせた。このまま森に入るのには勇気がいるし、でも引き返すのは他に行く当てがないからそれも決断しづらい。

 ミルトは本当にどっちにするかを悩んでいたが、キルチェは違っていた。

 キルチェはこの時内心かなり焦っていた。

 この森に至る道中までは一応入る気満々だったが、この森の暗さを見た途端にそんな考えはもうどこかに吹き飛んで行ってしまっていた。この前の恐怖と狂迎節の影響下であるという事実が合わさってもう完璧にこの森には入りたくなかった。

 しかしこのままだとトーマの我慢の限界がきて無理にでも入る事になりかねない。だけどそれを拒否すればなんか弱虫発言と言われそうでそれも面白くない。このまま森に入らずにすむ方法は、他にポムが行きそうな場所を思いつく事なのだが、それがまったく思い浮かばない。

 キルチェはどうしようどうしようと頭をひねっていたが、ふと発想を変えて自分達がこの森に入らずにポムがこの森にいるかどうかを調べられないかと考えた。

 するとキルチェの頭の中に一筋の光明が差し、ある答えを照らし出した。

 キルチェは密かに安堵の溜め息をつくと、二人に向き直って朗らかに話し出した。

「さて、どうしますか?このままこの森に入るとしても、この狂迎節にあたる今の時期に入るのは少し無謀だと思います。つい最近ポム爺さんにも叱られたばかりですしね。では諦めるのかと思うでしょう?そうではありません。僕は自分達が今この森に入らずにポム爺さんがいるか調べられないかと考えました。そうしたら一つだけ方法を思いついたのです」

 他の少年二人は、おおと唸り身を乗り出して訊ねた。

「何?どんな方法?」

 キルチェは少しもったいぶって答えた。「ふふん、それは前にミラーが使っていた方法です。憶えてますか、ミラーが森の奥にいる僕らの前にひょっこり現れたのを。この森の中で人捜しをするのは絶対に不可能だというのにですよ」

 二人はすぐに合点がいった。

「おっ、なるほど。精霊術か!」と明るい顔のトーマ。

 ミルトはというと反対に渋い顔だ。

「ああ、あれね。精霊術の対話と使役の応用による精霊探査術ね……」溜め息までついていた。

「どうしたんです?」キルチェがいぶかしんで訊ねた。

 ミルトは皆から視線をそらしてしばらく無言だったが小さい声で答えた。「出来ないんだ」

「えっ?」トーマとキルチェは揃って聞き返した。

 ミルトはやけになって言い返した。「だから、出来ないんだってば!その精霊探査術は。僕は対話も使役も出来るけどその応用はまだやってないんだよ」

「ええっ、だってミラーが訓練しよう訓練しようってうるさく言ってきてるって、あんなに言ってたのに……」とキルチェ。

 トーマも思い出しながら言った。「そうだよ!あんまりうるさいから精霊術の訓練してくるってあれから何度も二人っきりで会ってたじゃないか。ん?そういや、昨日もそうだったな」

 どきり。ミルトは焦りだしていた。

 そうなのだ、そんな理由をつけてミラーと会っていたのだった。確かに精霊術の真面目な訓練もしたのはしたけど、それはほんの一部分で、あとはもっぱら散歩をしたりたわいもないお喋りをしていただけなのだ。あの二人の手前、勉強と訓練ばかりでつまらない様な事を言っておいたけど…。やばい、二人のあの目は怪しんでいる目だ。

 二人に猜疑心のこもった目で睨まれたミルトは必死に知らん振りを続けたが、ここで弁解をしておかないと窮地に追い込まれると思い至り、言い訳を始めた。

「……だからあれだよ、まだ全然修行中の身でさ~……。頑張ってるんだけど、僕って不器用だからさ~……」

「ミルトが不器用~?」とトーマ。

「もしかしてミルト、実は……」とキルチェが問い詰めるような口振りを見せる。

 ミルトは気をそらすように声を張りあげて違う提案をした。

「まあ、とにかく!僕にはまだそれは出来ない。そこでどうだろう、ミラーにやって貰うというのは。それなら確実だろう?ポム爺さんならミラーだって見つけやすいと思うし、案外簡単に見つかるかもしんないよ」

 ミルトはまだ何か言いたげな二人を強引に説き伏せて、取りあえずミラーの所へ向かう事になった。

「まあ、いいけどさ。それでミラーは今日はどこにいるんだろう」トーマはまだ何か不満そうな声で言った。 「学校じゃないですか?」とキルチェ。

「うん、そうだよ。今日は昼まで学校だってさ。昨日言ってたよ」ミルトは気軽に答えてしまった。

 それを聞いた二人はまた疑惑が再燃してきた。「昨日~~?」

 ミルトはまた声を張りあげて反論した。

「だ~か~ら、精霊術の訓練しながらでも少しは世間話くらいするって!」

 まだ何か言い足りない表情のトーマとキルチェを強引に説き伏せたミルトは、内心びくびくしている気持ちを隠して、とにかく皆で街の中心部にある学校へと向かったのであった。

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