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第三章 三話

 ポムは火の精霊を呼び集めて、手の平の上で火の塊を造ると、食卓の中央にふわりと浮かせた。

 淡い炎の暖かい光が周囲を照らし出す。

 窓の外からこれを見たら、幽霊屋敷の噂話がまたいっそう大きくなりそうな光景である。

 ナマスのこのポムの手際を見た時の感動は、目に余るほどだったので、また何か言われない内にとポムは質問を始めた。

「して、ナマスとやら。お主は何故この家に居着いたのだ?」

「はい。話せば長い事ながら……」ナマスは深い溜め息をついた。

「まあ、手短にな」

 ポムは嫌そうに言った。この男が長いと言うならばそうとう長いのだろう。

 ナマスが言うには、この街への旅の途中で不慮の事故に遭い死んで霊体になってしまい、何はともあれこの街に潜り込みこの家に辿り着いたと言うのだ。この家に入ったのは特に理由はないらしい。居心地のよい空き家だったからというのが主な理由のようだが。

 ポムはこれだけの事を聞くのにだいぶ時間をかけさせられた。そして次に聞き疲れた様子を隠しながら、本来ここに来た目的である調査の事で質問を始めた。

「それで、街の外の外界で死んだのならば、幽体であるお主は本来、街の隔護結界に阻まれて街の内部には入れないのではないか?」

 ナマスは神妙に頷いた。

「はい、その通りです。この街に辿り着いて何度も入ろうと試みましたが全く駄目で、何年もこの街の周囲を漂っておりました。幸い狩人の知識と技は憶えていたので何者にも喰われることなく過ごせましたが、一向に中に入るすべが見付かりません。まあそれは当たり前といえば当たり前なのですが……。しかし、長い年月の間しつこく結界を探っていると街の上空から小動物の霊がふらりと街の中に入ったのが見えたのです!その時はまだ分からなかったのですが、試行錯誤のすえ赤い月を結界の表面にかすめさせてそこに目を凝らすと、その場所の結界に小さな穴があることが分かったのです。その穴は私が入れる大きさになるまでまた何年も待たなくてはなりませんでしたが、やっと去年に私が通れる大きさになりこの街に入る事が出来たのです。そうして……」

 ポムはまた同じ様に手を挙げてナマスの話を止めた。だいぶこの男の扱いにも慣れてきたようである。

 ポムは胸の高まりを抑えながら考えていた。

 今のナマスの話は、かなり有益な情報をもたらしてくれている。

 街の上空に隔護結界の綻びがあり、それは幽体の目からは穴として見えて、そしてそれは次第に大きくなってきていると。

 これにより結界弱体化の初期段階における騒霊現象の多発化についても説明がつく。

 幽体にだけ見える穴から初めは力の弱い動物霊が入って来て、次第に大きくなるその穴から次は力を持つ複合霊や悪霊が入り始めるのだ。そしてもしもその綻びが上空ではなく地上に、それも門のそばに出来てしまったとしたら、それでは簡単に魔獣たちの進入を許してしまうではないか。

 ポムはこのナマスの情報から今採れる最善の緊急対応策を模索していた。

 今この城帯都市は龍精の減少で隔護結界が弱まった状態になっていると推測される。しかし多少弱まっただけで全体的に弱体化して使い物にならなくなっている訳ではない。

 この減少した龍精で穴を塞ぐ為に改めて都市全体に結界を張り直すのはとても大がかりになりあまり推奨出来ない。

 ならばここは応急策として綻びを見つけ、その場にだけ結界を強化もしくは、簡易結界を何重かに張れば強度的には問題なくなるのではないか。

 そして他の都市で、もしその場に結界を創れる者がいなくても結界の綻びさえ見つけることが出来れば、その場所だけを警戒すれば済むのだから、被害が出ても最小限に抑えられるし、街の人々の負担も減り心も安らぐだろう。

 そしてポムは次の思索に移った。

 さて、この時点での今までの考察の問題点は……?

 それは隔護結界の綻びの見つけ方……これに尽きる。

 明確な結界の綻びなど今まで論じられた事もないし、先ほどのナマスの話のような発見方法に関する文献すらない。そもそも赤い月が出ている時に外界に出て外から隔護結界を眺める事などあり得る話ではない。狂月期に外界に出る事すらあり得ないし、もし万が一に、街の近くにいるならば急いで街の中に入るのが当たり前だからだ。

 しかし隔護結界が生み出されて何千年と言う長い年月が経ち、未だこのような事例が報告されていない事を踏まえると、普通の物の見方では全く分からないのかもしれない。

 霊視といっても幽体の持つ特殊な視力で見る事で、始めて分かるものなのだろう。しかも赤い月の光の屈折が影響するらしいから難易度は更に跳ね上がる。

 そして我々がそれを知る為には、外界で死んだ理性の持つ幽体から聞き出さないといけないという訳で……。

 しかもそれはある程度力を持っている者で、何とか街に入り込もうとする忍耐とそれ相応の技量を兼ね備えた者でなければならない。

 ポムは頭が痛くなってきた。

 まずは外界で死んだ者が幽霊として街の中にいる事すらあり得ないし、死んでそこまで記憶や理性を残す者も少ない。更に力を持つ霊は得てして悪意を持ちやすいから仲良く話が出来る訳もない。

 ポムはこの話を聞けたのはまさしく天文学的な幸運と偶然と奇跡が重なり集まったものだと思った。

 ポムは運命的な導きを感じながら、行儀よく待っているナマスに再び問いかけた。

「それで、ナマスよ。街の中から結界の綻びがどこにあるか分かるか?」

 ナマスはその質問を聞き少しうろたえすまなそうに答えた。

「申し訳ありません、大賢樹様。街の中に入ってからは、その綻びを見つけようとした事はありませんので……」

「……む、ああ、まあそうじゃな」

 ナマスは付け足して言った。「でも、私が思いますに街の内側からは見付からないと思います。あれは赤い月の光の適度な屈折で分かるものだと…。私も気がつくまでに長い年月が必要でしたから」

 ポムは新たな難問を抱え唸った。

 結界の綻びがあるという問題があって、一応その対応策があっても、その場所を特定する方法がないとは。

 結界の内側である街の側から分かるのであれば綻びの発見に協力してくれる大人しい幽霊も見つける事も出来るだろう。しかし外界からでなければ見つけられないとしたらどうなるか。わざわざ外界に出ようとする酔狂な幽霊などいないのではないか。基本的に幽霊も普通の人間と同様に外界は危険に満ちているのだ。肉体という鎧がないぶん更に危険だとも言える。幽体で外界に出るというのはまさしく自殺行為なのだ。そう、死んでいるにも関わらず。

 ポムはナマスのほうに目を向け、この暗礁に乗り上げたこの難問をもしかしたらこの者ならと期待を込めた目で見つめた。

 ナマスは何でしょうと行儀良く首を傾げた。

 ポムは駄目で元々と決心してナマスに話しかけた。

「ナマスよ。儂がこの屋敷に来たのは別にお主をどうこうしようと思って来たのではない。儂はある難問を抱えており、それに対する情報を求めて今この街を巡っているのだ。あわよくば有益な情報や解決の糸口が見付かることを期待してな。そして今回儂は、幸運にもお主に出逢え、非常に重要な話を聞けた。儂は言葉で言い表せないほど感謝しておる。何故なら、儂が喉から手が出そうなほど知りたかった答えがお主の言った〈結界の穴〉なのだ。それを聞き儂の中で様々な事柄に対しての霧がはれた。……しかし新たな問題が浮かび上がってきた。それがその穴、結界の綻びの見つけ方じゃ。今の時点で普通の方法ではそれは見つけられないということはもう分かっておる。これから長い年月をかけて研究を重ねればその内その方法が見付かるかもしれんがいまはそんな余裕はない。そこでお主に頼みがある。率直に言おう、儂と一緒に外界に出てその穴の正確な位置をもう一度調べて欲しいのだ。長い年月をかけてやっと中に入る事が出来たというのに、また外に出てくれなどと無理な事を言っているのは分かっている。しかしお主以外にこの様なことを頼める者がいないのだ。お主は他の幽霊とは違って理性を強く持ち続けているし、更には狩人の経験から外界での活動を可能にしている。どうだろうか、儂を手伝ってその穴の位置を教えてくれるだけでよい。それさえしてくれれば、これからは儂や他の者達がこの街でお主に干渉しない事を誓おう。まあ悪さをしない前提じゃがな。そしてお主が望むのならば、この問題の解決後に、儂が全身全霊をもってお主の抱える未練を解消する為に動こうではないか。どうじゃ、この老人にお主の力を貸しては貰えないだろうか。頼む!」

 ポムは食卓に両手をつき滅多に下げない頭を深々と下げた。

 ナマスは高名な、しかも尊敬する人物に頭を下げられ心底動揺しうろたえるばかりであった。

 ナマスは気を取り直し、急いでポムの手を取ると感動を抑えられない声で言った。

「大賢樹様、どうかお顔をあげてください。私ごときの者にそのようなことをなされてはいけません。もちろん私は喜んで貴方様のお手伝いをいたします」

 ポムは顔をあげて、喜びに満ちた声で言った。

「おお、そうか。やってくれるか。ありがとう」 

「はい。いえ、私は貴方様が私に命令したとしても進んでお手伝いをしたでしょう。しかし貴方様は私の様な者に誠意を持って話して下さいました。私はそれ以上の誠意を持ってそれにお応えしましょう」

 二人は深い絆が結ばれたのを感じ、短い間に師弟の間柄のようになっていた。

 ポムとナマスは夜が更けていくにも構わず語り合っていた。

 ナマスの生まれ故郷や若くして狩人になってからの生活など、饒舌なナマスの語る話は泉が湧くかのごとくとめどなかった。

 話が一段落して、ポムはナマスの話を聞く内に一番疑問に思った事を訊ねた。

「それで、お主をこの世に留めている未練というものは一体何なのだ?まさか何かに対する恨みというものでもあるまい」

 ナマスはポムに言われて初めてその事について考え始めたようだ。ナマスは腕を組みんで眉を寄せ首をひねり、頭の中の引き出しをかき回しているかのように必死に考え込み、もしくは思い出そうとしていた。

 ポムはナマスの苦悶する様子を半ば呆れながら見ていた。下らない事は細かい事までいくらでも憶えているのに、幽体になってこの世に留まった者にとって一番重要で肝心要な事柄を憶えていないとは一体どういった訳だろうか。

 ナマスは泣きそうな声で答えてきた。

「……分かりません。何故私は現世に留まっているのでしょう?自分が死ぬ以前の事や、死んでこの街に来たところからははっきりと憶えているのに、死んだ瞬間の前後のところだけがすっぽりと抜けてしまっているのです。……そう、死んで間もなくはかなり気が動転していましたが、その時一番始めに思ったのがこの街に急いで向かわないといけない、そして報告をしないといけないという気持ちで……」 

「この街に来て報告をしないといけない?誰にじゃ。」

「……誰?」ナマスはポムの言葉が理解出来ないといった顔でおうむ返しに呟いた。しばらく考え込んでいたが思いついた様に言った。

「ああ、そうです。私の所属していた狩人組合に報告する義務を思い出したのです。……ですが、私は一体何を報告しようとしたのでしょうか?」

 真面目に耳を傾けていたポムは、呆れて儂に分かるかと言いそうになったが、ぐっとその言葉を呑み込んだ。

 だが、どうやらこの辺りにナマスの未練がありそうだと推測出来た。

 死ぬ前後で何か狩人関連で重大な事柄を見たか、知ったかしたのだろう。それはなんとしても狩人の組合に報告しなければならないと思わせるものであり、それが未練として遺り幽体となってこの世に留まったのだろう。しかし、それほどまで強く思うものとは何であろうか。

 ポムはその事にも興味を持ったが、当の本人のナマスはとうに思い出すのをのを諦めてポムのほうを静かにうかがっている。

 ポムは溜め息をついて本人が諦めたのならどうしようもないと思い、とりあえずナマスの未練の件は考えないことにした。

「よし、取りあえずは儂の調査に協力をしてくれ」

「はい。結界の穴を見つけるのですね」

「うむ。それとだ、儂の準備が整うまでの間、お主にはその狩人の腕前を生かしてもう一つ頼みたい事がある。それはこの街にすでに入り込んでいる騒霊達を見つけていって欲しいのだ。何故なら奴らは時が経ち力をつけると人に害をもたらすからじゃ。それに霊達が直接人に害を与えなくても、それが増え続けると今度は霊同士の諍いが起き始める。そうなると街の者達の生活が危うくなる。それらを防ぐ為にお主に見回りを願いたいのじゃ。そうじゃの、街の守護霊といったところか」

「私がこの街を守護すると……?」ナマスは身を震わせている。

「うむ、初めは悪意を持つ者を見つけてくれれば良い。それを報告して案内してくれ。それだけで儂は大助かりじゃ。どうじゃ?」

「はい!やります、いえ、やらせて下さい!」ナマスは決意のこもった輝くまなざしを向けてきた。

「よし、ならばこれからお主は儂のお付きの士霊として動いてもらうことになるから、契約の霊印を授けよう。それがあればもし他の魔法使いや除霊師達とかち合っても問題ないじゃろう。それにこの霊印を持って儂の背に憑いていれば街の結界も問題なく抜けられようて」

 ポムは指先で宙に輝く小さな六角形を描き出し、その中に幾何学模様とともに自分の名前を書き入れ霊印を創り、ナマスに授けた。ナマスは嬉しさで身を震わせつつも慎んで霊印を受け取り、それを誇らしげに胸元に飾っていた。

 ポムは取りあえずはまず一つ肩の荷が下りたと思いほうと一息ついた。それと同時にかなりの時間が経っている事に気がついた。すでに真夜中になっている。

 ポムはもう家に帰ろうと思って立ち上がり、きちんと行儀良く座ってこちらを見ているナマスに向けて話しかけた。

「さて、儂はもう家に帰るが、お主はどうする?儂に付いてくるなら儂の家の裏庭にある小屋を貸すが。儂の物だから誰にも文句は言われんぞ。まあ小さくてぼろいがな」

 ナマスは当然のごとく頷いた。 

「はい、ポム様。どうか連れて行って下さい。貴方のお邪魔でなければ」

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