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第二章 七話

 子ども達は仲間同士顔を見合わせ、レオニスに向かって勢い良くぶんぶんと首を横に振った。

「そうか、まあ大世界地理なんて子どもの内に習うものでもないからな。取りあえず簡単に説明しよう。ああ、食べながら聞いてくれ。まずこの世界は〈デモル・カチオン〉と呼ばれている。そして世界は大きな四つの大陸で出来ているんだ。ではこの皿を世界に見立てて考えてみようか。まずはここ」

 レオニスは左寄りの縦長の菱形の形をした肉片を箸でつついた。

「この肉、いやこの大陸が俺たちの住んでいる大陸だ。名をファルストンという」

 ミラーだけが聞いたことがあるという顔を見せた。

 レオニスはミラーを見てにこっと笑った。 

「ミラーは知っていたみたいだな。このファルストン大陸に十二の都市群が環状に建造されている訳だ。今俺たちがいるファルメルト城帯都市はこの大陸の真ん中の少し上のほう、ポートリオが右端でレドリードは真反対の下の方だな」

 レオニスはつついていた肉片を一口で口に放り込んだ。

「……もぐもぐ、さてついでにそれぞれの大陸の特徴を説明しようか。それと言うのもこの世界は、何故か大陸によって全く異なる文化を持っているからなんだ。理由は分からん。不思議な幕で世界が大陸毎に隔てられているせいなのかもな。ん?そう幕だ。海上に水面から天まで届く半透明の幕が存在して世界を三つに分けているんだ。俺たちの知る隔護結界みたいなものなのかもな」

 キルチェが疑問を口にした。

「えっそれじゃあ、通行出来ないのですか?他の大陸には行けないじゃないですか」

 レオニスは頷き話を続けた。

「普段はそうだな。しかし慎月期の前後七日間はその幕がなくなるんだ。そこで急いで分界巡航船で往復するんだ。でもその期限を過ぎてしまったら、その乗組員は異大陸で二年間を過ごさなければならなくなるな」

 レオニスはそんな事は勘弁だと言うような表情をしている。それを見たトーマはふと疑問に思い質問した。

「うん?でもその他の大陸でも人は住んでいるんでしょう。なんてことないんじゃない?」

 レオニスは苦笑して考えながら答えた。

「うんまあ……、かなりきちんと準備した相応な実力の持ち主達なら何とかなるかな……?だが、どちらの大陸に置き去りにされても俺はかなり難儀すると思うがな」

 レオニスは気を取り直して話を再開した。

「まあその辺のことはおいおい説明しよう。まずは俺たちの住む大陸、ファルストンの特徴だ。ファルストン最大の特徴は魔法技術がとても発達していると言う点だ。この大陸の建造物や造作物のほとんどが魔法の力を借りて造られているのは良く知られているが、実は他の大陸では魔法というものが全く使われていないらしい。それに魔法や精霊といった概念が一般に広く浸透しているのも、この大陸だけとも言える」

 ミラーは驚き目を丸くした。

「ええっ、それでは他の大陸には魔法使いがいないという事なのですか?」

 レオニスは神妙に頷いた。「ああ、そうらしいな」

 キルチェが首を傾げながら訊ねた。

「ですが、それではその大陸の人達はどうやって生活しているのですか?僕の知っている限り魔法と精霊の力を借りないと社会が成り立たないのですけど……」

「そうだな、確かに俺たちは精霊や魔法というものに頼りっきりだ。俺たちの住んでるこの大陸は〈精霊域の魔法文明社会〉とでも言えるだろう。では他の大陸の人々がどう暮らしているのかを話そうか」

 レオニスは今度は右下の肉片を箸でつついた。

「では次はここだ。この少し近くて小さめな大陸の名はレイアレウスと言う。唯一俺達が交易を出来ている大陸だな。ここは多少の情報は入ってきているがまだまだ分からない事も多いらしい。ではこの大陸の特徴だが……」

 レオニスはにやりと笑って子ども達を見た。少し試してみようと考えたのだ。

「この大陸は陸地のほとんどが濃く深い森に覆われているらしい。それが人々の生活にどんな影響を与えるかだが、どうだ?分かるか」

 レオニスは教師のように子ども達を見回した。

 ミルトとミラーはレオニスの目を見て考えているようだし、キルチェはどこか遠くを見るような目つきで考え込んでいた。しかしトーマはレオニスと絶対に目を合わさないようにする事だけに気を配っていた。

 レオニスはトーマを見て苦笑しながら、キルチェのほうに問いかけた。

「よし、どうだ?キルチェ。人々がいつも大自然に囲まれているという事は……?」

「身近に獣が多い……?」キルチェはまだ考えがまとまっていない感じだ。

「そうだ、それを詳しく言うと?じゃあ、ミラーだ」レオニスはミラーを見た。

「食料となる獣も身近に多いが、危険な獣も身近に存在する」ミラーは自信を持って答えた。

 レオニスは嬉しそうに頷いた。

「そうだな、そういうことになる。大自然が周りにあるという事は、採集や狩りで食料には事欠かないが、野獣がいつでも生活空間のそばにまで来てしまうので、いつも危険がつきまとうという訳だ。しかもこの大陸ではやはり魔法が発達してないらしい。ではどうやって街や人を守っているかというと、実はそこの住人一人一人が戦闘に長けているらしいんだ。女性も老人も子どももな。小さい頃から訓練を受けて自分の身は自分で守れるようにならないと周りにも迷惑をかけてしまうというほど厳しい世界なんだと聞いた。そしてどうやら俺くらいの戦闘技術が向こうの大陸では一般的な腕前らしい。そう聞かされて正直衝撃を受けたよ」

 少年達にも衝撃だったらしい。ミルトが信じられないといった様子を見せた。

「……街の人、全てがレオニスさん並の腕前……?」

 トーマがそれを想像して言った。「無敵じゃん……」

 レオニスはそんな少年達の様子を嬉しく思いながら言った。

「ははは、まあ噂だがな。だがこれを裏付けるような物が交易品として入って来ているんだ。それが飛竜の身体の部材だ。鱗や皮膜、大きな角や頑丈な大骨とかがな。俺たちの大陸では忌み恐れられている最強の魔獣の飛竜が、どうやら向こうでは通常の狩りの対象らしい」

 ミラーが大きく目を見開いて驚きを現した。

「ええっ!飛竜って、あの伝承記とかに書かれているあの飛竜の事ですか?炎や雷の息吹を吐いて大空を自在に飛び回り、そしてその鱗はあらゆる刀剣を弾き返し様々な魔法を無効化してしまう、まさに生き物の頂点に君臨するという……」

 レオニスもいつの間にか真剣な顔になっていた。 

「そうだ、その飛竜だ。俺たちは滅多に目にする事はないな。それは俺たちが住んでいる平地にはほとんど棲息していないからだ。俺たちの大陸では中央のディムド山脈や南西のサマール大森林くらいだと言われている。奴らが人里まで来ることも稀にあるらしいが、その時の対処法はあらかじめ決まっている。それはな、もう何処までも逃げる事と、結界のある都市の中にいつまでも引きこもる事だ。それしか生き残る手はない」

「そんなのをどうやって狩るんでしょう?」キルチェが眉を寄せ訊いてきた。

 レオニスは首をすくめて答えた。

「さあなあ?俺には想像もつかんよ。たぶんその大陸独自の秘術でもあるんじゃないか。剣も魔法も効かないんじゃ、俺たちにはどうしようもないよ。だが実際、飛竜の身体の部材が高値で取引されているのは事実だからなあ」

 レオニスはその肉片を口に放り込んだ。

「……とまあこういう訳でこの大陸は、竜が多く棲むということで〈棲竜域の狩猟文明社会〉とでも言えるだろう」

 レオニスは最後に残った右上の台形の肉片を箸で指した。子ども達はすでに食べ終えて話に聞き入っている。シーメルが食後のお茶を持ってきてくれていた。

「では、この大陸だ。この大陸の名はトゥワイトルと言う……のだが、実はここはほとんど情報が入ってこなくてな、そして交易も全く出来ていないとても謎の多い大陸なんだ。大陸全土に人はいるはずなのだがなかなか会えないらしい。それは何故かというと機械兵士という動く金属人形が邪魔をしてくるからなんだ。それに、どうやらこの大陸の文明は一度滅亡しているという話でな、噂によると人々は巨大な機械の塔に隠れ住んで暮らしているらしい。過去の超文明の機械の遺産が人々を救い、また脅かしてもいる不思議な世界だな。そしてこの機械を造っている技術の名前は科学というものらしい。ある学者から聞いたのだが科学とは〈万物に宿る物理法則を利用する技術〉なのだと言っていた。よく分からないだろ。まあ異なる理論の魔法だとでも思っていれば良いんじゃないかな」

 戦いの話が大好きなトーマが質問をした。

「でもその機械…兵士だっけ?それとは戦えるのかな」

 レオニスは困ったように首を傾げた。

「どうなんだろうな?噂は聞いた事はあるが、まず恐ろしく固いらしい。そして急所がなくて、魔法もあまり効かないとか。もっと恐ろしいのは感情がなく襲ってくる事だとも聞いた。命のない人形なら痛みや恐怖もないんだろうな……。とにかく俺はそんなのとは絶対に戦いたくないね」

 レオニスですら想像して寒気を感じていた。

「まあ、そうだな。この大陸は遺された機械が重要な役割を持つということで、〈遺械域の科学文明社会〉と言えるだろうな」

 レオニスは最後の肉片を周りの出し汁に全て絡めてから一口で食べた。そしてそれを美味しそうに咀嚼しながら、果たしてその機械兵士とはどのようなものかを考え始めた。

 子ども達も初めて聞く見知らぬ世界に各々が思いを馳せて、しばらく静寂の時が流れた。

 その時ミルトはふと初めにレオニスが言っていた言葉を思い出した。

 そうレオニスは四つの大陸と言ったのだ。しかし肉は三つに切り分けられ、大陸毎の説明も三つしかなかった。

 ミルトはレオニスにその事を訊ねた。

「ねえねえ、レオニスさん。話の初めにこの世界は四つの大陸で出来ているって言っていたよね?でもまだ三つしか話してないよ」

 キルチェもそうだと思い出した。

「あ、ほんとだ。このファルストン大陸、レイアレウス大陸、あとトゥワイトル大陸の三つだ」記憶力の良いキルチェは指折り数えて見せた。

 レオニスは初めは怪訝そうな顔つきだったが、すぐに思い出したようだ。

「ああ、そうかそうか。すっかり忘れていたよ。この世界〈デモル・カチオン〉を語る上で忘れてはならない大陸があった。それがどこにあるかと言うと、その大陸は……ここいら辺にある」

 レオニスは空になった皿の上の空中を指でなぞった。

「……皿の上?なにもないよ?」とトーマが分からないと言った口調で言った。

 子ども達もそうだそうだと同意する。だがレオニスはにやりと笑ってそのまま指を巡らし説明を始めた。

「そうだな。だが俺もその大陸が正確に今どこにあるのかは分からないんだ」

 レオニスの説明に子ども達はなおさら分からないといった顔だ。レオニスは話を続けた。

「実はな、その大陸は浮いているんだよ。そして世界中を飛び回っているんだ。その大陸の名はラビリオンと言う」

 少年達はまだ当惑顔だったが、一人ミラーだけが驚き顔を見せていた。ミラーは勢い良く身を乗り出してレオニスに訊ねていた。

「ええっ!あれは伝説のものではないのですか?」

 みんなの視線がミラーに集まり、ミラーは恥ずかしそうに座り直した。レオニスは窓から遠く空を眺めて語り出した。

「そう、あれは伝説のものではない。現実の世界に存在しているんだ。それなら何故、あまり知られていないのか?それにはいくつか理由はあるが、まずあの大陸がこの広大な世界中を飛び回っているからだと言う点が挙げられる。しかも正確な道筋というのもないと言われていて、故に一般人が一生の内に一度も見た事がないというのもやむを得ない事なんだ。それにあの大陸はいつも嵐を纏って移動している。もし上空に存在したとしても地上からでは大きな雲の塊にしか見えないので遠目では気づかない事もあるだろうな。あとあれは大陸と呼ぶには少し小さい。大きさとしては、そうだなあ……せいぜいこの街十個分くらいの大きさか……」

 ミルトはレオニスが昔見た光景を思い出すように話すので疑問に思い、遠い目をしたレオニスに問いかけた。

「レオニスさんはそのラビリオンを見た事があるの?」

 レオニスは少し驚いたようにミルトを見つめてから、静かに頷いた。

「ああ。……あるよ」

 子ども達はすごいと騒ぎそうになったが、すぐにレオニスに諫められた。

「しっ!あまり騒がないで欲しい。あまりこの事は口外したくないんだ」

 レオニスはだいぶ空いてきた店内を見て少し安心したようだ。「まあ、ここなら聞かれても大丈夫だとは思うがな」

「なんで秘密にしているのですか?」とキルチェが訊ねた。

「う~ん、まあこれは俺が狩人だからという理由なんだが。狩人の中でも高位の者になると移動の制限というものがなくなり自由に街を出入り出来る様になる。本来は人口の管理の為に勝手に街を出る事は禁じられているのだがな。まあ外界は危険に満ちているという理由が主だが。だが狩人の特殊な免状があれば自由に外に出られるようになる……が、一つ義務が生じてしまうんだ。それが特殊な出来事に対する報告の義務だ。そういった事に遭遇した際には狩人組合や王立外界研究連盟に報告しないといけないんだ。特殊な出来事とは、希少な動植物の発見とか、未知の遺跡の発見とかだが、特に連盟が目の色を変えて情報を欲しているのがラビリオンと幻獣に関する情報なんだ。その二つ以外なら口答や簡単な記述による報告で済むのだが、その二つの事になると話は別で、三日くらい軟禁され細かいところまでしつこく質問されたあげく、最後には確認をするために心まで読まれてしまうんだ。もちろん特殊な魔法でな。心を丸裸にされて全てを見られてしまうんだぜ。報告をしたことに対してかなりの額の報奨金が出て地位すら上がるんだが、俺は真っ平ごめんだ」

 レオニスは苦虫を口いっぱいに含んでからかみつぶしたような顔であった。

 子ども達もつられて嫌そうな顔になった。誰もが心を読まれるのは絶対嫌だという感じである。

 その時トーマが思いついたようにキルチェをつつき小声で訊いてきた。

「なあなあ、すると俺たちの体験した事ってけっこうすごい事なんじゃないか?」

「……たぶん、そうなんでしょうね」とキルチェは小声で答えた。

 二人はひそひそ声で話していたのだが、レオニスは耳ざとく聞きつけ、二人に興味深いといった眼差しを向けてきた。さすが一流の狩人の聴力と言ったところか。

「ん?何だ何だ、いったい何を体験したんだって?」

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