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世界へ

 全日本参戦一年目で125チャンピオンとなった浩は、ヤマハの江原氏から250ccクラスへの転向を持ちかけられた。それもワークス仕様のマシンを貸し出すという条件で。


 正直迷った。ゆくゆくは250にあがるつもりではいた。ワークスマシンの貸し出しも魅力的だ。これまで125では、ほとんどノーマル状態のバイクで、高価なキットパーツを組んだ連中に加速で後塵を浴びせられたことが何度もあった。またとないチャンスだろう。しかし、まだ完全な状態の優と決着をつけてない。


 浩の背中を押したのは、ほかでもなく優だった。

「迷うことなんてないじゃない?浩の体格は125じゃ無理だよ。ライディングスタイルもパワースタイル。日本なら通用するけど、世界をめざすなら250に行くべきだ。二人で両クラス制覇をめざそう」

 優が夢や冗談でなく、本気で世界を口にしたのは、このときが初めてだった気がする。


 その優も入院中に整備工場は解雇されていたが、125を走らせるホンダ系の有力チームから誘いを受けた。そこのチームを運営するバイクショップで働くことになり、店のある三重県に引っ越すことになっていた。


 両クラスとも大きな世代交代の波が押し寄せていた。勿論その先陣に浩と優がいた。


 鈴鹿で開催された世界選手権第一戦の日本GPでは、125、250ともワイルドカードで参戦した日本人ライダーがトップ争いに加わり、125では怪我から復帰したばかりの優が、世界GP初優勝を飾った。

 250でも、浩をはじめとした三人の全日本ライダーが、当時絶頂期を誇っていたディフェンディングチャンピオンのイタリア人ライダーと互角に渡り合い、全日本のレベルの高さを見せつけた。



 全日本でも、125は上野や坂本など、後に世界に羽ばたく若いライダー達が登場し、優と激しく争った。

 浩も250で若い岡島や原野といった強豪達と幾多の名勝負を繰り広げた。


 レースには 必ず愛美も観に来た。二人の仲はパドックでは誰もが認めるものになっていき、彼女も否定しなかった。



 全日本の最終戦では、浩が岡島との熾烈なトップ争いを繰り広げ、フィニッシュは100分の1秒まで同じという全日本史上初めて、写真による判定という30年後も語りぐさとなる、劇的な決着で制した。

 



 シーズンが終わったあと、125で初の全日本タイトルを獲得した優と、二年連続チャンピオンに輝いた浩と、学生ながらサーキットに足を運び、撮った写真がバイク雑誌などに使ってもらえるようになった愛美の三人で祝杯をあげた。

 一年前と同じように。

 三人とも確実に目標に近づいていた。


「来年、僕は行くよ」

 唐突に、優が口にした。

 その意味を、浩はすぐにわかった。

 わかったが驚きだった。優の口から力強い挑戦者の言葉が出た事が……あの弱気だった優が自信に充ちた目を輝かしている。だが何か急いでいるようにも見える。


「イタリアのチームから誘われてる。浩も声掛かってるだろ?」

「ああ、オランダからオファーがあった」

 浩はぼつりと言った。浩も当然意識していた。手も届きかけていた。だが鈴鹿で互角に戦えたからといって、言葉も環境も違う海外で本当にやっていけるか不安だった。出来れば万全な体制で挑みたい。


 ヤマハは現在、海外でのワークス活動の中心を500ccクラスに置いている。国内における市販車販売の主力が中型車である事もあって、全日本は250で、という方針らしい。

 全日本での主力は浩でいき、計画では世界のトップライダーが集まる鈴鹿8耐にも出場させてくれるらしい。その結果次第では、来シーズンからワークスでの世界GP500クラス参戦の可能性もあると匂わせていた。


「来年も全日本を走る気かい?」


 優の質問は、浩の迷いの核心をついた。


 世界を走りたい!

 ずっとめざしてきた夢だ。

 8耐で活躍する自信はある。

 ワークスチームの地位は、プライベーターとは別世界の特権階級だ。

 頂点である500クラスにワークスとして挑めるなら、もう一年、日本での辛抱も耐えられる。


 だけど優は、確実に一歩を踏み出そうとしている。そして浩にも来いと誘っている。


「一年後、本当に500で世界に挑ませてくれるの?」

 浩の迷いの根底にあるものを、愛美は躊躇(ためら)いもなく突き刺した。


 確かにヤマハの言ってる事に保証はない。ヤマハには、エディやマモラといった500のトップライダーがいる。彼らと対等、或いは差し置いてまで、500に乗った事もない浩を起用するだろうか?浩を手放したくないヤマハの餌かも知れない。


 浩は愛美の顔を見た。


「世界GPって15戦ぐらいあるんでしょ?全部は観に行けないけど、私が行けば、プレスパスなくてもピットの中で、じゃんじゃん写真撮っていいんでしょ?こんなチャンスまたとないわ。浩が行かないんなら、優くんに連れてってもらおっ」


 浩は決断した。

 愛美に世界を走る自分の写真を撮ってもらいたい。

 連れて行くのは俺だ。

「いや、全戦観て欲しい。プレスも入れない特等席を俺が用意する。一緒に来てくれ」

 浩はいつか言おうと用意していたとっておきのセリフを、思わず口にしていた。


「決まりだね。愛美ちゃんはまだ大学あるから、全戦は無理かも知れないけど、浩の専属カメラマンとして契約成立。でも少しは僕も撮ってくれるよね」

 優が二人の関係をかなり強引にまとめてしまった。


 (こいつ、最初からシナリオ作ってやがったな……)


 いつか踏み出す新たな一歩を、優に無理やり踏み出させられた。

 だが後悔はしない。こういう事は勢いに乗ってる時に行かないとタイミングを失うものだ。レースと同じだ。様子見してると、ずるずるペースに巻き込まれる。抜ける時に抜き、行ける時に行かないと勝てない。

 運命を他人に任せて、いつまでも全日本で走るつもりはない。


 (愛美には、もう少し格好よく、ロマンチックに決めるはずだったのに……)


 浩は自分のくさいセリフを棚にあげて、脚本家の強引な展開に心の中で文句を言っていた。


 愛美も芸術を志す者として、安っぽい青春小説のような展開に呆れる。


 (プロポーズならもっと感動的な場面を用意すべきでしょ?)


 などと心の中で毒づきながら、紅潮した顔を気づかれていないかドキドキして、ますます顔を赤くしていた。


 まあ、現実はそんなものである。レースでも途中の展開がどうあれ、リザルトに残るのは結果だ。大抵は泥臭い駆け引きと強引な抜かし合い、気迫とエゴが上回った者が勝者となる。



 三人は 1年後に再び祝杯をあげる事を誓った。


「来年は4人にはならないの?」

 愛美は優にも素敵な彼女ができることを期待して冗談っぽく尋ねた。

「きっと金髪のすっごい美女が横にいると思うよ」

 優の笑顔にかつての弱さはなかった。


 しかし、その約束が果たされる事はなかった。


 永遠に……。


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