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週末のニチブくんち  作者: 雨宮さいか
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心理を自覚し、得る真理 その1

 人は誰しも差別をする。


 ある人は、自らの優位性を確保しようと進んで。

 ある人は、「差別」ではなく「区別」だと詭弁を吐きながら。

 ある人は、「好意」ですらも「差別」という事実に無自覚で。


 国、宗教、人種、男と女、大人と子供、友達と恋人、趣味の優劣、特技の有無、精神的または身体的な特徴、エトセトラ。

 ありとあらゆる人間が、酷く主観的で独断的な仕切りで他人を差別し、そしてさらにあろうことかコミュニティの中で進んでそれを共有しようとする。

 レッテルを貼り、属性を付けて、カテゴライズし、時に虚像を押し付ける。


 人間が社会的動物であろうとする限り、誰しもが例外なく、必ずそれを行っているのだ。



「そうは思わんかね、カナシゲ君」


「そのアダ名はレッテルだと思うね。後いきなり話題が重いよ」



 開幕からの俺の熱弁に、友人───金城(カナキ) (シゲル)は、呆れ顔で応えた。



「いいや、名は体を表すと言う。不幸神話に事欠かず、年中陰気オーラを発しているカナシゲ君にはこの上ないアダ名だと思うのだがね?」


「不幸神話なんて変な造語はやめて欲しいね。普通に不幸話でいいでしょ。後その口調気持ち悪いよ」



 週末の我が家。

 そこでは夜な夜な、怪しげな宴が繰り広げられている。

 宴の名前は特に無い。



「それにその理論で言えば、君は児童を慈しむロリータ・コンプレックスということになるね。日武(ニチブ) 児慈(コチカ)君」


「お前は『(いつく)しむ』という単語を辞書で引いて覚えなおせ。曲解だし、それはアダ名じゃない」



 人類の課題とも言えるこの有意義なテーマが、あっという間に程度の低い罵り合いに脱線する。

 不毛な争いを自覚し、互いにため息を一つ()いた。



「まぁ、日本は単一民族国家だからね。特にそういう傾向は強いのかもしれないね」


「いーや、イメージ的には欧米(あっち)の方が差別問題は……って、本題に戻すのは良いが、そういうガチでシリアスな方向性に話題を持っていくなや。急に何かと思ったわ」


「あ、そう」



 カナシゲ(こいつ)はチャラチャラした見た目とは裏腹に、意外と義理堅く付き合いが良い。

 興味の無さを少しは隠して欲しい所ではあるが。



「そういえば週末に二人だけって珍しいね」


「まぁみんな社会人だしな。こういう日もある」



 いつもは7~8人のメンバーが、()わる()わる3~4人程集まって飲み会を開いている。

 しかし時は10月。業種によっては年末商戦の準備が始まる頃であるし、この時期の集まり具合は毎年こんなものだ。



「で、何があったのさ」


「別れた」


「あー」



 そろそろ新入社員とも呼ばれなくなるような良い年した野郎二人での宅飲み。

 放課後のティータイムな女子高生の様なテンションにはどうしたってなれない。

 しかしなれないならなれないで、分相応な楽しみ方ってものがある。


 ポリポリとバーニャカウダソースにつけた野菜スティックを齧り、ウィスキーと共にゆっくりと嚥下してからカナシゲが口を開く。



「一応聞いとくけど、理由は?」


「決定的な理由が思い当たらなかったから、考えてみてた」


「ふぅん……それで差別問題って、いくらなんでもスケール大きすぎでしょ」


「いや、方向性は間違ってねーんだ。ていうかそれについてはもう一応結論がある」


「じゃあもっと簡潔にして結論から言えばいいじゃない……」


「いや、助走は必要だろ。いきなり結論言ったら変なヤツだろ」


「開幕からかなり変なヤツだったよ……で、結論は?」


「まぁ急かすなって」



 仕切り直しにドヤ顔で新しいグラスを出してブランデーを注ぐ。

 正直、酒の味なぞ俺達はよくわかっていない。

 なんか腹が熱くなって、気持ちよくなって、口がよく滑るようになるだけ。

 それで十分だ。



「人間は本当の意味で分かり合うことはできない」


「ちょっとちょっと、どんだけ助走つけるつもりなの」


「いいか、言葉に成る前の根源的な感情っていうのはな、単語の意味やイメージに引っ張られて、内から外へ発信する前段階には既に最初とは別物になっちまってるんだよ」


「続けるんだ……まぁいいけど、どういうこと?」



 ふむ。

 ほろ酔い気分で視線を宙にやり、どう説明するかを頭の中で組み立てる。

 元美術部員であるカナシゲに合わせて、芸術関連で例えてやろう。



「例えば、ここにかの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチによる絵画、『モナ・リザ』があったとしよう。お前はその絵画を見て、何を思う?」


「何と言われても……芸術的だなー、とか?」


「語彙とか、発想とか、もう色々と貧困だな」


「辛辣!?」



 絵画、音楽……これでも俺は芸術に一家言をもっている。

 絵画は二次嫁イラスト(鑑賞)だし、音楽はロック(リスナー)だが、芸術に貴賎なしだ。



「いいか? 俺はな、これを見て“古風な美人”という感想を持った」


「……その感想も相当に貧困だと思うけど、まぁ確かに概ねそんな感想だね。よくモナ・リザは完全に均整のとれた美貌とかいう評論見るし」


「それだよ、それ。確かに俺はモナ・リザを“古風な美人”と評価した。でもそれは俺の中に生じた心象とは既に別物なんだ」


「なんかすごい上からだね」


「ぶっちゃけ最初は“当時では美人と言われる容姿だったんだろうなぁ。でも交際したいって程でもねーなぁ”と思った」


「どんだけ上から!?」


「大体その感情をパーセンテージで表すと、なんか不気味が30%、ちょっと可愛いが20%、なんとなく美人が50%ぐらいだ」


「どうでもいいけど、なんだかコッチンには二度と芸術を語って欲しくないね」


「でもそのなんとも言えない感情を表現する言葉が見当たらず、俺はそれを“古風な美人”というフレームに詰め込んだわけだ」


「それがコッチンの当初の心象を捻じ曲げ、僕に曲解をもたらしたと?」


「うむ。つまり言語によってコミニュケーションが行われる以上、その欠陥を克服しなければ“本当の意味で分かり合う”だなんて妄言は空想上の産物というわけだ」



 カナシゲはグラスを傾け、ふむふむと顎に手を当て今の会話を反芻する。



「“本物が欲しい”ってこと?」


「やめなさい」



 お約束の茶化しを入れてから、ようやくアルコールが回ってきたのか口の滑りが良くなったカナシゲは反論を始めた。



「でもさ、それは言葉のチョイスや言い回しが悪かっただけなんじゃない?」


「ほう、続けてみ」


「そもそも意味やイメージを共有する為に言語があるわけでしょ。長い歴史の中で何万何億っていう人間が日々、日本語を使い続けて脈々と変化し続けてきたんだよ? その突端(とったん)とはいえ、たった一個人である君ごときが感じた思いを正確に言い表す単語や言い回しが日本語に無いとは、僕には思えないね」


「なるほど、一理あるな」


「そもそもさっきのだって、そのパーセンテージを一から事細かに説明すれば伝わったことじゃない?」


「それを言われると何とも」


「まぁ僕の考えでは、分かり合おうとする意思を尊重するべきであって、一から十まで分かり合えてしまったらそれはそれでつまらない世界だと思うけどね。こんな会話にも意味が無くなるし」


「参りました」



 はい、完全論破されました。

 大仰に頭を下げてみせる。



「日本語って難しいね」


「難しいな」



 二人して暗い窓の外に遠い目を向ける。

 ああ、俺達は分かり合うためにどれだけの言葉を重ねていけば良いのだろう。


 で、本題は何だっけ。

 いいえ、脱線こそが本懐です。



「そんなコッチンに『その場しのぎの魔法の言葉』を教えましょう」


「ほう、言ってみ」


「その名も『郷愁感』、またの名を『ノスタルジー』」


「フランス語で言い直しただけじゃねーか」


「『ノスタルジー』ってのはつまり、“あ^~懐かしいんじゃあ^~”って感じることでしょ?」


「そういうネタ挟むの、やめようね」


「この言葉には、最初から思いを共有しようという意図が無いんだ」


「ほう、その心は?」


「だって、“懐かしい”だなんて感想はその人の過去によりけりでしょ? “これはノスタルジーだね!”なんて言われても、“ああ、君はこれを懐かしく感じるんだね”って思うだけじゃない」


「ふむ」



 確かにそうなのかもしれない。

 しかし酔っぱらいの屁理屈にうんうん頷いているだけでは癪なので、先刻の意趣返しとばかりに反論を始めてみる。



「でもそれは、一種の前フリに聞こえるんじゃねーか? “これはノスタルジーだね! 僕は昔こういう事をしていたんだ……”っていう、壮大な過去回想への前フリ」


「なんだか論点をずらされてる気がするけど、一理あるね」


「つまり『ノスタルジー』とは単なる枕詞(まくらことば)であって、それ自体には共有すべき意味合いは含まれていないということだ」


「空虚な言葉だね。『ノスタルジー』」


「空虚だな。『ノスタルジー』」



 そもそもモナ・リザを見て、“ノスタルジーですね”なんていう感想を言うやつがいたら、逆にそいつの過去が気になって仕方がないだろう。

 質問攻めの雨嵐だ。全然その場をしのげてない。完全論破である。



「いや、言うほど他人は自分の過去に興味は無いよ」


「おおう、冷めてるな」



 顔ばかり見られて、人間性は見られないという傾向からくる、イケメンにありがちな人間不信だろうか。

 残念ながら身に覚えがないので、共感はできないが。


 カナシゲ(こいつ)は一度心を許せば気兼ねない付き合いができるが、そうでない人間関係に対しては消極的だ。

 気を引きたいだけの悲劇のヒーロー気取りとは違い、こいつの人付き合いの下手さは本物(ガチ)である。



「僕はよく使ってたからね、『ノスタルジー』。言葉に詰まるとすぐ出ちゃうんだ」


「ほう、ピヨ彦が言う『前衛的だね』みたいな」


「そうだけど……何人に伝わるんだろうね、それ」


「やはり芸術に対する評価は曖昧な言葉でお茶を濁すに限る、ということだな」


「さっきのモナリザの(くだり)は何だったの!?」



 脱線に次ぐ脱線。

 そろそろ20時を回るという所で、自慢の2DK(家賃53000円、共益費無し!)にインターホンが響いた。


第一週目は前後編構成です。


今後も前後編でまとめられるか不安だったので、その1その2としました。

既に後編は書き終えているので、近いうちに投稿します。

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