シェアハウス★カッコカリ
「ねぇ、好きな人って誰なの?」
彼女はふざけたフリをして軽く笑うが、実際その心臓はバクバクで、大荒れも大荒れ。大雨洪水暴風波浪警報が発令中だった。
知りたいのに、知りたくない。夢から覚めてしまうのが怖い。
「なんだよ」
問われた彼はつれない態度をとるが、誰がどう見ても照れ隠しなのは確かだった。――訂正。"目の前の彼女以外の"誰がどう見ても照れ隠しなのは確かだった。
「い、言いなさいよ」
「なんで言わなきゃならないんだよ」
「いいから」
「よくない」
二つの視線が交差する。
長く続くかに見えた攻防は、意外と早く決着がついた。
彼女の瞳の奥は揺れていた。
彼は小さくため息をつくと、リビングを見渡す。誰も見当たらない。来る気配も無い。
「いいか。一回しか言わないからな?」
念を押す彼の頬はほんのりと朱が差しているように見える。
彼女はうん、と頷いた。
――彼の好きな人とは一体誰なのか。
きっと恥ずかしさから小声で言うであろうと予測し、彼女は恐る恐る彼との距離を縮める。
一瞬の出来事だった。
ふわっと引かれるような感覚がしたかと思うと、彼女の顔は彼の胸元に預けられていた。
「――これ」
何が起きたのか理解が追いつかない。
自分が彼に引き寄せられたのだと気付くのに三秒を要した。
肩に添えられた大きな手。
頬を包む、ふかふかのパーカーからは柔軟剤の匂いがする。
同じ柔軟剤を使っているはずなのに、少し違う。彼の匂いが混じっているからだろうか。
いや、それよりも彼女の意識を捉えるものがあった。
早鐘のように打たれる鼓動。
これは自分のものではない、と彼女には判った。
パーカー越しに聴こえるからである。
胸のあたりがじわっと震える。その振動が頭まで伝わってきて思考がままならない。瞳は潤んでくるし、頬どころか耳まで紅潮していた。すぐに自分の心臓も主張を始め、彼の鼓動と混ざりだす。
そんな愛らしい彼女の姿を、彼は見ていなかった。いや、見られなかった。
恥ずかしさと恐怖で彼女を直視できない。
――言ってしまった。
彼女を引き寄せたのは、反応を見るのが怖かったから。攻めのようで、これは逃げだ。
心臓の音がうるさい。ああもう絶対彼女にも聴こえてしまっている。落ち着け。落ち着け。
言い聞かせれば言い聞かせるほど、余計に現状を突きつけられるようで動揺が増す。悪循環だった。
一秒とも永遠ともとれる奇妙な時間を、二人は無言で過ごした。
やがて、時計の秒針の音が耳に入り始めた。ストーブが換気を促し停止していたことにも気付く。全身熱いので全く気付かなかったが、そういえば手の甲に当たる空気がひんやりしてきている。
二人とも、少しずつ思考機能が復旧してきていた。
しかし、冷静になったところで二人とも動く気配はなかった。
どちらも遠慮がちに寄り添った今の体勢を崩せずにいる。
――ここからどうしたらいいんだろう。
――ここからどうしたらいいんだろう。
悩める子羊たちよ。
今はもうしばらくまどろみなさい――。
あー!! こんな恋がしたいよー!!!
という煩悩の表れですね!