勇者転職する③ ~俺が正義だ~
「まさか、成り行きでこうなっただけさ。そっちこそ、どこにいたんだ? 結構探したんだぞ」
エルザは仲間になった時は肩にかからない程度のショートカットだったが、面倒くさがり屋なので冒険中一度も髪を切っていなかった。何かの願掛けかと思っていたが、どうやら本当にかったるかっただけらしい。
今は、腰まで伸びた長い髪を首の後で縛っている。
一番変わったのは、服装だろうか。
以前は動きやすいようにところどころ布を取った修道服を着ていたが、今は完全に男物の神父服と重そうなコートを着用している。前の服のほうが全体的に肌色が見えていてエロかったかも知れないが、今の服も胸元がはだけているので悪くない。
「あーそれね、まあ話すと長くなるからねぇ、本当は酒でも飲みながらゆっくり説明してやりたいけど」
そう言うと、彼女は持っていた酒を全部飲み干して、瓶をその辺に捨てた。
今酒飲んでるんだから説明してくれると嬉しいのだが、それはかなわないだろう。
「今はほら、お国の一大事だろ? 悪いけどアタシ教会の人間だから」
まるで球技でもするかのように、彼女は馬鹿でかいメイスをその場で素振りした。
あの武器を、俺は知っている。
彼女が最初から持っていた武器だ。
ただの鉄の棒に、ただの頑丈な鉄の塊がついただけの物体。
叩くという行為を全うするためだけの武器。
彼女は冒険の中で、一度も武器を変えなかった。
この鉄の塊以上に彼女の力を発揮出来る武器が存在しなかったのだ。
「まずは平和を」
彼女が、駆ける。メイスを持ち上げ、満面の笑みでやってくる。
「守らなきゃね!」
鉄塊が、目の前で迫る。聖剣を通常状態に戻し、防ぐ。
鉄と鋼が打ち合う音が、街中に響く。聴衆たちはもう逃げ出し始めていた。
どうやらテロ行為は、一旦お休みらしい。
「おいおいエルザ、いつからそんな殊勝な人間になったんだ? 国のためなんて冗談だろ」
この女は、誰よりも信念や信条からかけ離れている。シスターのくせに、神の教義など信じておらず、ラベルにに書かれたアルコール度数以外は信用していない人間だ。
「半分本気さ。だけど、アタシは前からあんたと戦ってみたかったワケよ」
彼女はシスターだが、回復どころか魔法を一つも使えやしない。
ただ壊し、ただ潰す。
狂戦士。
それが彼女の称号だ。
「おいおい、俺たち仲間だろ?」
ただ、戦いたい。ただ、試したい。
「今は公僕とテロリストだよ!」
笑顔で彼女は、その鉄塊を振り回す。
再び、防ぐ。
轟音が響き、その衝撃は空気を揺らし路傍のレンガを砕いてゆく。血税で作った道も、案外脆くできてるようだ。
エルザの攻撃に、技術はない。
ただ、速く振る。それしかない。
それだけしかできないのに、彼女は誰よりも頼もしかった。誰よりも恐ろしかった。
聖剣の力を持ってすれば、彼女の攻撃は防ぎきれる。いくら素速く叩かれようが、一つ一つ対処すればいい。
だから、このままでは負ける。
腕力より単純な、体力の差。スタミナに分があるのは彼女だ。
防げば防ぐほど、俺の体力は奪われる。
「セルジア、援護しろ!」
俺は叫ぶ。彼女にタイマンで挑むのは無謀でしか無い。
「御意!」
セルジアの矢が、頭上から飛んでくる。狙うのは、彼女の手足。動きを止めれば勝機はある。
二体一なら、勝てるはず。
「馬鹿ね、させないわよ」
大気が凍り、矢が空中で固定される。エルザに、攻撃は届かない。
「ローリエ……! どこにもいないと思ったら!」
空に浮かび、杖をかざすその女。魔法使いなんて生易しいものじゃない。
「これで二対二ね? テロリストさん」
魔女。その姿には、その名前がふさわしい。
作戦の候補は、いくつかある。
俺とエルザ、セルジアとローリエがそれぞれ一騎打ち。
――却下。それで勝算が無いから、困っているのだ。
俺とローリエ、セルジアとエルザが一騎打ち。
――これも却下。エルザは俺を狙うだろうから、結局はさっきの作戦と同じことになる。
セルジアと協力して例のでかい剣を作ることも考えたが、時間がかかりすぎるので却下。
一瞬でも気を抜けば、エルザのメイスで吹き飛ばされるのがオチだ。
ローリエが邪魔だ。
確実に二対一に持ち込むためには、彼女がいると困る。
正攻法は通用しない。
「セルジア、ローリエを狙え! エルザは俺が抑えこむ!」
ならばわざと、そう叫ぶ。
予想通りエルザが笑ってくれた。タイマンできて嬉しくて仕方がないって顔をしてくれた。
誰か戦うか、このバーサーカーめ。
ローリエはセルジアを、セルジアはローリエを狙っている。間に割って入るなら、今しかない。
一度バックステップで距離を取り、聖剣で地面を叩く。見立て通りレンガは脆く、粉々になり土煙となってくれた。
即席の煙幕だが、一瞬だけ持てばいい。
左手に魔法陣を展開させ、呪文を唱える。
「落ちろ閃光、ライトニング!」
ライトニングは、低級の雷魔法。威力は少ないが、ローリエには十分なはず。
セルジアの矢と、俺の雷。二方向からの攻撃は、どちらかは直撃する。
「やったか!?」
煙が晴れ、視界が明ける。そして自分の間抜けさに気づく。高々視界を封じたぐらいで、エルザの足を止められるはずもなく。
「相手が違うよ、坊や」
後ろから声がする。
ガードが間に合うわけもない。
為す術もなく、鉄の塊が直撃すれば。
誰だって、吹き飛ばされるに決まっていた。
壁に激突したおかげで、俺の体はようやく止まってくれた。
空を見上げれば、ローリエに雷は直撃したらしいが、そもそも魔法使いに魔法で挑もうというのが間違いだったらしい。セルジアの矢は防がれ、俺の雷はかすり傷。
俺の体は、恐らく何本か骨が折れているだろう。
魔法で回復できる範囲だが、そんな猶予はない。
勝機はない。
俺たちの負け。
だから、ここはあえて、勇者にしか使えない作戦を選ぶ。
勝ち負けは、いつだって結果でしかない。
そう、説得だ。
「おいローリエ、なんでこんな事するんだよ!」
天に向かって、俺は叫ぶ。
「だってそこのロリコンのオッサン、一億の賞金首だもん」
なるほど、それは本気出すよね。
後を振り返ると、リーダーは逃走の準備を図っていた。
確かに、よく考えたらテロリストの上に変質者だもんな。
賞金高過ぎる気もするけど、まあ変態だしな。
俺は目出し帽を脱ぎ捨て、リーダーに向かって跳んだ。
わかっていた事だが、このオッサンに戦闘能力は皆無だ。
だから、せめて死なないよう、手加減してやらなくちゃな。
「くらえ、必殺!」
俺は足に力を溜めて、叫んだ。オーラとか、炎とか雷とか、特に巻き起こることもなく。
「勇者キイイイイック!」
逃げ出そうとするその背中に、俺は飛び蹴りをかましてやった。
リーダーは軽く吐血して、その場に倒れ込む。
「正義は……勝つ!」
聖剣を高々と掲げ、俺は勝利の雄叫びを上げた。
さて、何に使おうかな、一億。
教王に呼び出された俺たちは、城の大広間に来ていた。もちろんこの国の平和を守ったことを褒め称えるためである。
ありがとう勇者。さすがだよ勇者。
そんな声が、今にも聞こえて来そうな気がする。
「えー、このたびは、テロリストの捕縛に務めた勇者殿にまずは感謝の言葉を……」
まあ、欲しいのは金なんだけど。
「いいからさ、金くれよ金」
催促すると、金のインゴットが山盛りになって台車で運ばれてきた。くそっ、黄金め。、ハゲの教王より眩しく輝いているぜ。
しかしまあ、一億とはいっても、俺たちは今四人いるから、一人頭二千五百万になる。それだけあればもう、アレ買って、コレ買って、保存用にアレコレ買って……まだ余る。
とりあえず、街に繰り出して宴を開こう。
「あ、待ってください」
台車を押して帰ろうとした所、空気の読めない教王に呼び止められる。
「器物損壊公共物占拠名誉毀損に不敬罪……賠償請求があるのですが」
全く気の利かない連中だ。
「うん? いくら? 一万? 十万?」
そんなはした金、天引きしといてくれればいいのに。ほうら、払ってやるよ。何せ一億も持ってるんだから。
「一億です」
「えっ」
まてよそんな高いもの壊したか?
道のレンガだろ、そのへんの壁だろ? それから……この城の塔のてっぺん。
「没収、全額没収です! はーい犯罪者逮捕ご苦労様でーす!」
教王がそう叫ぶと、どこからか現れた連中が俺の金塊を奪っていった。
ロリコン野郎は、一つだけ事実を言っていたのかもしれない。
金、金、金。
神の威光を忘れ去り、まやかしの黄金の輝きに目を奪われた。
「それで、エルザは何してたんだ?」
城の受付の前で、俺たちはエルザに尋ねた。あのいけ好かない眼鏡のババアはいなかったので、心置きなくのんびり出来る。
「いやあ、実は強くなり過ぎたせいで教会の中でも厄介者になっちゃってさ。割と口外できない始末屋みたいなとこに配属されちゃったワケよ。まあ、いつでも酒飲めるからいいんだけどさ」
なるほど、まあ元々手を付けられなかった狂犬が旅に出て狂戦士になって戻ってきたのだから、教会だってどうしようも無かったのだろう。
受付のあの時の態度も、なんとなくわかる。存在しない組織に属しちゃったので、おいそれと口外出来ないのは仕方のない話だ。
「そうそう、それで大魔王討伐一周年記念のパレードがあるんだけど、エルザもどうかしら? きっとお酒飲み放題よ」
「あ、手紙来てたなそういえば。あの日程でいいなら、行かせてもらうわ」
ローリエの提案に、エルザは快諾してくれた。本当、たったこれだけの事聞きに来たってのになあ。
「ついでにこれからイノウエに会いに行くんだけど、良かったら来るか?」
「えっ、ソフィア殿は……」
「うっさいわねこの変態」
ただ、俺の提案には乗り気じゃなかったようだ。困った顔で頭を掻いて、決まりの悪そうに返事をする。
「悪い、まだ仕事が残っていてね。あんたらだけで行ってくれると助かるよ」
なら、仕方がない。
俺は移動魔法の魔法陣を展開させ、目的地を決める。
「そうか、じゃあさっさと向かうか。ノカナイ村へ」
「じゃあねまたね、エルザ」
「ソフィア殿……」
次はイノウエに会いに行こう。
戦闘では使えないが、あいつはとってもいいやつだ。
なにせ俺たちに必要なのは、囮と生贄なのだから。




