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聖剣はケツに刺す ~勇者だけど世界救ったら暇になった~  作者: ああああ/茂樹 修
第一章 勇者だけど世界救ったら暇になった
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勇者再び旅に出る② ~重ねた炭水化物の思い出~

 一度家に帰って念のため本物の聖剣を持って来て、腰に提げる。

 防具と盾は、まあいらないだろう。道具も、まあポケットに入るぐらいでいいや。体と剣だけあれば十分だ! 

 うん、久しぶりに格好いいぞ俺。


「ちょっと、いいから行くわよ」

「はいはい」


 ローリエに急かされて、街の門を後にする。

 街の外にでるのは、文字通り一年ぶりだった。


「ところであんた、この一年何やってたの?」


 歩きながら、彼女はそんなことを聞いてくる。畜生、同じ街だから大体知ってるくせに。


「……まあ、その、なんていうか、ね。魔法の研究?」

「へえ、裸で研究してるんだ。今日みたいに」


 この女、なんで自分のことを棚に上げてそんな嫌味が言えるのか。

 確かに、俺は悪いかもしれない。

 そういう所もあるのかもしれない。平日の昼間からベットの上で新しい魔法を開発するのは確かにいけないことかもしれない。

 でも、これは俺が暇だからいけないんだ。


「普通さ、ノックしない? 人の部屋入る時。知ってる? 親しい仲にも礼儀ありって言葉」

「そうね、今度から絶対にそうさせていただくわ。もう最悪、なんであんなの見なければならなかったのよ。思い出しただけでゲロ吐きそう」

「俺だって、見られたくなかったよ……」


 それから、並んで二人で歩いて行く。

 空気は重く、足取りも重い。


 最悪だ。


 そういえば旅の始まりも、こんな感じだった気がする。ある日世界を救ってくれと言われて、俺は旅立つことにした。正確に言えば前々から勇者になれとは言われていたが、日程に関しての相談は一切されていなかった。

 ただ、才能があると言われて、ああそうなんだと思って、街を出た。


 気概とか、正義とか、そういうものは無かった。だから、ローリエは俺を馬鹿にした。あんたが世界を救うとか、悪い冗談だとも言われたっけか。それから心配だからついていってやると言って、理由を聞いたら顔を真っ赤にしてどんどん前へと進んでいったっけか。

 そうそう、その直後に魔物が飛び出してきて、ローリエは随分と震えていたんだったな。


「ちょっと、あんた何笑ってるのよ」


 どうやら、思い出し笑いをしていたらしい。

 自分の顔に手を当てて、頬が緩んでいたことを初めて知った。


「別に、なんだっていいだろう?」

「そう、そういう事にしといてあげるわ」


 前を行く彼女の後姿は、あの日と対して変わらない。

 着ている服は違うけれど、伸びた影は変わらない。

 それが、妙に嬉しかった。きっと世界を救ったという事は、こういう事なのだろう。


 まあ、金は欲しいんだけど。


「ところで、さ」

「何よ」

「こうやって二人で歩くのって、本当二年ぶりなんだな」


 そう言うと、彼女の足が止まった。面白そうだったから表情を見てやろうとしたら、今度は早足で歩き始めた。


「別に、そんな機会山ほどあったじゃない。あんたが家から出たがらないだけで、店にだって来ればよかったのに」


 まあ、言われてみればそうなんだが、何というか毎日家でゴロゴロすればするほどまじめに働いている人とは顔を合わせづらくなるという暇人心もあるわけで。

 そこら辺をわかってくれとは言わないが、まあ用事が無いのに会いに行くのもなんとなく気がひけるというこの俺の謙虚な心ぐらいはわかってほしい。


「いいだろ、別に。それにあの店、絶対男一人で入れないだろ」


 まあ、行ったのは今日が初めてだったが。


「結構来るわよ? だいたい媚薬買いに来るけど」

「まて、そんなエロいアイテムが売っているならもっと早く教えてくれないと」

「したかないわね、一個あげるわ」


 カバンから彼女は小さな小瓶を取り出して、俺に向かって放り投げた。見事キャッチして中身を確認すると、赤い液体が中に入っている。蓋を開けて嗅いでると、少し酸っぱい匂いがした。

 畜生、よく考えたら貰っても使う相手がいないぜ。


「これ、どうやって作ったんだ?」

「水とトマトと小麦粉とお酢を混ぜただけよ。まったく馬鹿がこぞって買いに来るから、笑いが止まらないわ」

「その事、バラしてもいい? 純情な同志たちのために」

「いいけど、あんたの研究してた魔法バラすわよ?」


 さらば無知なる性の奴隷どもよ、せいぜいこの詐欺師の鴨となるがいい。

 だいたい、媚薬を盛るような相手がすぐ回りにいることが腹立たしいわ。

「ところでさ、覚えてる?」

 唐突に、振り向かず、彼女はそんな事を聞いてきた。


「何を?」

「……大魔王の城に行く前に、私が言ったこと」


 二、三秒その場に立ち止まって、少し思い出してみる。

 うむ、全く思い出せない。

 だが、これをこのままごめんね覚えてねーやなんて答えたものなら八つ裂きにされるのだろう。

 女は記念日とかにうるさいってどっかの町の占いババアが言ってたっけ。

 こういう時は、もっと真剣に思い出してみるしかないのだろう。




 そう、あの日俺たちは人里離れた天をつくぐらい高い山の九合目にテントを張り、空を見上げていた。大魔王の城は、どういう原理か空に浮いていたからだ。本当は自宅とか栄えているどこかの首都あたりから一発で乗り込めたら気楽だったのに、その城に乗り込むには死火山の頂に朝一で降り注ぐエネルギーを使って虹色の橋だか箸だかが必要とか随分と面倒くさい手順を踏まないといけなかったからだ。


 正直言って、全員疲れていた。


 何が悲しくて大魔王の城に行く前に早朝山頂アタックなんて挑まないといけないのか。

 どうしてこう世界の危機だというのにどこのお偉いさん方も馬車とかそういうもので送ってくれないのか。

 これから世界を救おうって連中に荷物持ちに衛兵を1ダースぐらい用意してくれないのか。

 

 そんな愚痴をひと通り話し合った後に、俺たちは重要な問題に気づいてしまった。それは、晩飯がクリームシチューなのにイノウエがご飯を用意したことだった。パンの備蓄は、もう無くなっていた。

「ダメですか勇者様、シチューライスはお気に召さないということですか」

 気でも狂ったのか、晩飯はシチューをご飯の上にかけて食えと言い出したのだ。まさに邪悪、実に異文化。どうやら田舎ではこういう食い方をするらしいと俺は鼻で笑ってやった。

 シティボーイの勇者様にシチューかけご飯を食え? まったくそんな命令例え国王でも背くしか無い。

 そこで、俺は多数決を取った。

 シチューかけご飯用のお米は明日のおにぎりにして、今日はマカロニをゆでてグラタンにするかどうかという決議だ。明日の世界より今日の晩飯が大事なのは、今でも俺は変わってない。

 結果は、賛成が一人、反対が一人、どうでもいいが四人だった。

 らちが明かないので、どうでもいいとのたまう連中に意見を聞いてみた。


「勇者殿、拙者はカレーが食べたいのですが」


 セルジアは余計な事を言い出し、


「別にどっちでも酒のつまみにならないし……」


 アル中のエルザは酒のことしか考えてなくて、


「僕もどっちでもいいかな」


 ソフィアは本当に興味が無さそうだった。

 畜生、冒険で強くなった絆はきっとシチューライスに反対してくれると信じていたのに。

 ローリエにも意見を聞こうとしたが、なんと彼女は耐え切れなくなったのか皿にご飯をよそって上からシチューをかけていたのだ。こんな人間が俺の幼なじみなのかと頭がクラクラしたが、なんとか気を持ち直した俺は彼女に意見を聞いてみた。




 ああ、そうだこの時の返事なら覚えている。


「俺は、やっぱりシチューとご飯は合わないと思う」


 そう答えるや否や、ローリエ目にも留まらぬ早さで振り向いた。その表情は、まさに悪魔といって差し支えないだろう。

 畜生、怖いぜ。


「……はあ!?」


 彼女が叫ぶ。

 木は揺れ、鳥は逃げ、心なしか天気も悪い、気がする。


「あんた、全然覚えてないわけ!?」

「お、覚えてるよ、シチューの話だろ? お前、あの時言ったじゃないか。『別に、ウチじゃ普通にご飯にもかけるし』って」


 そう、知らなかったのだ。まさか隣の家がご飯にシチューをかけるなんて。


「は? シチュー!?」

「ビーフじゃない奴な」

「もういいわ、私が馬鹿だったわ……」


 頭を抱えながら、ローリエが小言をぶつぶつと呪文のように唱えていたような気もするが、俺は懸命な判断をした結果耳を傾けないことにした。どうせ俺に対する恨み言な気もするし、万が一シチューライスの素晴らしさだとしてもそれは俺にとって何一つ関係のない事なのだ。


「ほら、もう見えてきたぞ」


 そんな話をしているうちに、ネクト村が見えてきた。

 温泉とトウモロコシが有名で、遠巻きで見える湯気と硫黄の匂いがこの村の特徴だ。湯治で泊まりに来る人がそこそこいるので、村にしては活気がある。

 ここもこれといって代わり映えのなく、『ようこそ温泉のむら』とかかれた商魂丸出しの看板の古さは変わっていない。


「ところで、セルジアはどこにいるのかしら」

「探すの面倒だし、家に行けばいいんじゃないか? 温泉まんじゅうでも買って行けば、お茶ぐらいもらえるだろ。それに、妹さんはいるだろうし」


 そう答えると、ローリエはなにか言いたそうな顔を一瞬したが、そういえばあそこの角の温泉まんじゅうがうまいとか言い始めたので、結局寄り道をしてからセルジアの家に向かうことにした。

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