勇者再び世界を救う② ~勇者アラト~
何時間過ぎたのだろう。
時計を忘れたせいで正確な時間はわからなかったが、ちょうど日が傾き始めた頃に、以前聞いた高笑いが聞こえてきた。
「フハーッハッハ、フハーハッハッハッハッハ!」
空を見上げる。そこには残念ながら知り合いになってしまったガキがいた。
「よく逃げずに来たな、勇者よ! この真魔王ヴェールを相手にするとは、よほど命知らずと見える」
あくびをして、背筋を伸ばす。
「やっときたよ……」
こいつだけなら、楽勝なんだけどな。
「いいから、さっさとやろうぜ」
聖剣を抜き、空飛ぶガキに突きつける。
今までどこに隠れてきたのか、付き人が姿を表す。
「せっかちですね、相変わらず。早い男はこれだから」
早いという単語を随分と強調して、魔王がそんな事を言う。
全く、いちいち癪に障るやつだ。
「おい、お前ら倒せば良いんじゃないのか?」
「ええ、そうですよ」
クックックと声を殺して奴が笑う。
「倒せますか? あなたに我々が」
「二人ぐらいならな」
どうせ相手方の一人は戦力外だし、俺とローリエならなんとかなるだろう。
「まさか、手紙に書いたでしょう? 全力で排除すると」
瓦礫の山の上に、特大の魔法陣が出現する。
移動魔法。恐らく世界で一番便利な魔法だ。
「行きなさい、新生真魔王軍」
四つの影が、並ぶ。
「お前らは……!」
残念ながら、全員知り合いだ。
「もう、世界なんて滅べばいいんだ……」
セルジア。
「よう坊や。また遊びに来てやったよ」
エルザ。
「この、このオーブ様が、いたっ、顔痛っ……」
イノウエ。
「悪いけどアラト、聖剣は僕がもらうよ」
ソフィア。
俺の自慢の仲間たちが、そこに立っていた。
全員ここ数日で顔を合わせていたはずだが、イノウエだけはその容姿が著しく変化していた。
顔は赤く腫れ、とてもステージに立つ人間のものだとは思えない。
「……イノウエ、お前顔腫れてない?」
「エルザさんにやられちゃいました……」
泣きながら、彼女が答える。
エルザ。
ああ畜生、なんでお前がいるんだよ。
「ああ、やっぱエルザなのか」
「アタシ以外の誰に見えるっていうんだい?」
彼女は自慢のメイスを担ぎ、いつものように笑っている。
「誰って、まあ他人の空似だったら良かったんだけどさ。お前って、超強いから」
「残念、本物さ。この間言っただろう? アンタと戦ってみたいって」
「この間やっただろう」
「あれはノーカン。あんた全力じゃなかったから」
よく言うよ、こっちはひどい目にあったというのに。
「おいアラト! 僕の理想のため……死んでもらうぞ!」
連射式の拳銃を俺に突きつけ、ソフィアが叫ぶ。
「まったく、本当に馬鹿なガキだ」
本当、馬鹿だよお前。そういう理想、もうちょっと大人になってからで良かっただろうに。
「もうおしまいだ、ソフィア殿に嫌われた……全部滅んでしまえばいいのに」
「セルジアは……ダメっぽいな」
恨み事のようにブツブツと何かつぶやいていたが、俺は聞かなかった事にした。
「ローリエ、援護を頼む」
剣を握り、仲間と向き合う。
「三体二なら、行けるさ」
イノウエは、除外だ。
最初に狙うべきは、ソフィアだ。
銃弾、爆弾砲丸地雷。そんな危険な爆発物を、惜しげも無くばら撒くのがこのガキだ。ローリエがやられたら全滅。ならその可能性は一つでも排除したい。
だから、俺はまっすぐとソフィアに向かって走りだす。
先手必勝、戦闘開始の鐘なんて気の利いたもの、ここにあるはずなんてない。
まっすぐに振り下ろした聖剣は。
「行かせないよ!」
当然の用に、エルザに止められた。
「……ダメ?」
目を見て、笑ってみせる。
「駄目」
彼女も笑う。
――想定内だ。
エルザの足元が凍る。ローリエの援護は、いつも頼りになる。
固まったエルザを飛び越え、その奥にいるソフィアをもう一度狙う。
「ソフィア、少し寝てろ!」
一瞬のことで、対応できていないようだ。聖剣に角度をつけ、ソフィアの顔面を叩くように横で薙ぐ。
「穿水」
左から、音がする。それはつまり、もうそこにあるってことだ。こいつの矢は、そんなものより早いのだから。
「勇者殿、拙者ようやく気づきました」
吹き飛ばされながらも、横目でセルジアを見る。
「見守る愛も、あるのですね」
鼻で、笑う。
相変わらず、下らねぇ事言いやがって。
「アラト!」
ローリエが叫ぶ。失策だ。タイムオーバーだ。
「よそ見はいけないよ、ローリエ」
エルザがもう、そこにいる。彼女はメイスを振り下ろし、エルザにそれを直撃させる。
一撃。
魔法使いが、耐えられるものじゃない。
遅れて、俺が地面に激突する。瓦礫の布団は最悪の寝心地だった。
「……なあ、やっぱ戦わなきゃダメか?」
体を起こすが、ろくに動かない。だというのに、口が勝手に動いていた。
「あんま仲間って柄じゃねぇけど、一緒に世界救っただろ」
本当、ろくでもない奴ら。
ショ○コン、アル中、オタク、パシリ。
信用なんかしちゃいないが、信頼はしている。
「じゃれるのなら付き合うけどさ……畜生、やりづれぇよ」
別に、嫌いじゃ無いんだよな。居心地だって、悪くなかった。
だから、遊んでやるならいいんだけど。
なんだよお前ら、殺しに来てるじゃん。
「さっきから、誰か忘れていませんか?」
腹を、生暖かい血が襲う。魔王の指先がゆっくりと抜かれ、血がボトボトとこぼれ落ちる。
「五体一、これでもう五体ゼロかな? この戦いはもう既に、チェックメイトと言うわけです」
咳き込めば、血が出る。内蔵がやられたかな。
「ああ、なんて……なんてあなたは馬鹿なんだ。どれほど度し難い低能野郎何ですか? ご覧なさい、彼らを。一緒に世界を救っても、何一つ気づかないのですか?」
魔王は俺の髪を掴み、ご自慢の仲間の顔を俺に見せる。
「それぞれ、譲れないものがあるからでしょう。だから戦うんですよ、あなたみたいな腑抜けと違って」
何だそれ、聞いてねえぞ。
いや、昔聞いたっけ?
――どっちでもいいか、そんなの。覚えてないなら、興味が無かっただけだから。
「全く、こんな男に負けたとは……私の人生の汚点以外の何物でもない」
ため息をついて、魔王が聖剣を奪う。俺にはもう興味が無いようで、ぞんざいに俺を投げ捨てた。
「貴様こそ、どうして戦っておるのじゃ?」
真魔王とかいう別のクソガキが、俺を見下ろし聞いてくる。
「ソフィアさん、約束のものですよ」
遠くで、魔王の声が聞こえる。そうそう、あいつは悪いやつで。
俺は勇者で、殺さなくちゃならないんだ。
「人を……守る?」
「そのことなんじゃがな、貴様が心配することはないぞ」
「だって、前みたいに……」
人を沢山殺すんだろう?
そう聞こうと思ったが、口がまともに動かない。
「阿呆か、我らも学んで進歩するのじゃ。前のように殺しはしない――脅すのじゃ。殺さないから金をくれ。どうじゃ? 誰も傷つかないじゃろう?」
ああ、本当だ。
誰も人は死なないのか。
「でもそれ、僕じゃ使えない……」
「そうでした、これは失敬」
ソフィアと魔王が、なにやら会話をしている。なんだっけ、あの棒きれ。もう、どうでもいいか。
『警告。ユーザー設定の書き換えは、管理者権限が必要です。警告。 ユーザー設定の書き換えは、管理者権限が必要です』
「よく喋る奴だ」
『警告。不正なアクセスを発見しました。警告、警告、ケイコク、ケイ、ケイ、ケイ、ケケケケケ』
「一度世界を救ったのだろう? なら、もういいじゃろうに。二度も三度もやる事ではない筈じゃ」
ああそうだな。俺はずっと休みたかったんだ。
金が欲しかったワケじゃない。
ただ、どこかの空の下で。
ゆっくり寝てれば良かったんだ。
「もうやすめ、勇者。貴様を見てると、なんだかこっちがかわいそうになる」
誰かの声がする。
おやすみなさい。
そう言った。
だから、眠ろう。
それが世界を救った勇者の。
今、一番やりたいことだから。
「起きなさいよ、バーカ」
腹立たしい声がする。
『スタートアップを開始します』
起きろ、馬鹿。
『スタートアップを開始前に、バッテリー残量を確認して下さい。残量、残り5%。省電力モードに移行します』
「……なんか言ってるけど」
うるせぇぞ、てめぇら。
「ああ、電池切れですか。こうするんですよ」
クソ汚え黒い雷の音がする。俺の雷とは違う、汚い雑音。
なんだ? あの野郎。あの得意そうな顔。見てるだけで腹が立つ。
辺りを、見回す。
クソガキその2は俺を見下ろし、可哀想な目で俺を見る。
……喧嘩、売ってるのか?
そうやって、俺を見下して、優越感に浸るのか。
誰が許可した。俺を笑っていいなんて、何時何分いつ許した?
だいたい、俺がみたいのは、お前らのそんな顔じゃない。
「ほらね?」
『このケーブルは、社外品のためご利用になりません』
聖剣が、訳の分からないことを喋る。
だが、気分は良い。
魔王の不機嫌そうな顔は、見ているだけで元気が出る。
ああ、そうそうこの城壊した時だって。
泣きそうだから壊したんだ。
『あなたの未来を切り開く。セイクリッドソード社の純正品をご使用下さい』
「戦う、理由か」
俺は、つぶやく。
「ないのじゃろ?」
ガキが、答える。その悟ったような顔が、他の何より腹が立つ。
「――いいや、今見つけた」
立ち上がり、
「テメェの」
クソガキの頭を掴む。
「態度が」
それを、おおきく振りかぶって。
「気に入らねぇなああっ!」
魔王の奴に投げつけた。
驚いた顔、泣き叫ぶ顔。ああそうだ、テメェらがこうなることが。
俺は世界中の誰より嬉しいんだ。
「ありがとよ魔王、ジュウデンの仕方教えてくれて!」
宙に舞った聖剣を、掴む。そして、ありったけの雷を右手に集める。空気が帯電し、世界が痺れる。それが、何より心地いい。
『スタートアップを開始前に、バッテリー残量を確認して下さい。バッテリー残量、100%です。スタートアップを開始します』
こいつはただの便利な棒。これからだって、俺のモノだ。
「遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」
それを今から、証明してやる。
『アカウント名を登録して下さい』
「俺はアラト」
息を吸って、叫ぶ。世界の端まで聞こえるぐらい、ありったけの大きな声で。
「勇者アラトだ!」
傷口に、回復魔法をかける。気力体力余裕あり。今の俺ならなんでも出来る。
そう、何でも。
「これから」
これから。
「世界を」
世界を。
「救う男だ!」
救う事もだ。
『登録しました。勇者アラト』
勇者。
世界で一つ、俺のためだけにある称号。
『あなたが世界を救うことを』
気に入らない奴をぶっ飛ばす。
『心より祝福します』
唯一無二の、正義の名だ。
「この死にぞこないが!」
魔王が、馬鹿のひとつ覚えの用に突進してくる。何も無いところを聖剣で切りつけ、刃の鎧を実体化させる。
「うるせぇな、テメェが一番ムカツクんだよ!」
相手のことなどお構いなしに、邪魔な部分だけ解除する。隙間から、魔王の腹を蹴りつける。
ナイスシュート。
かつて玉座があった場所に、魔王は飛んでいってくれた。
『本製品の機能説明を開始しますか?』
「全部知ってる!」
『了解。機能説明をスキップします』
間髪入れずに、エルザが襲ってくる。
「やっと本気を出したかい!?」
「遊んでやるよ、エルザ! 前から酒臭いと思ってたからなあ!」
ああそうだ、いつか文句を言おうと思ってたんだっけ。俺の服に、さんざんゲロを吐いたことを。
「僕の、僕の聖剣が!」
「俺のだこのクソガキ! 悔しかったら自分で拾え!」
お前のじゃねえだろ!
「ソフィア殿おおおおおおおお!?」
「ショ○コンはどっか行ってろ!」
弓を構える変態に、特大の落雷を落とす。気持ち悪いんだよ、その性癖。
一度、全員と距離を取る。
勝てる。
だが、もっと楽に勝ちたい。勇者ってのは、こんな雑魚どもに苦労なんてしないからだ。
「埒があかねぇな……おいなんか無いのか、超強いやつ」
聖剣に向かって声をかける。すると律儀に返事がくれた。
『本製品の機能を全てご利用頂くには、遺伝子情報の登録が必要です』
飛んでくる黒い雷を、聖剣で払う。
「それで強くなんのかよ!?」
『あなたの遺伝子に最適化された本製品は、他を圧倒するパフォーマンスを発揮します』
「なんだかよくわからんけど、強いんだったらやってるよ!」
迷ってる暇はない。セルジアが放つ無数の矢が、俺に向かっているのだから。
まあ、これぐらいなら剣を実体化させれば済むんだが。
『了解しました、遺伝子情報登録モードに移行します。なお、現在お使いの全ての機能は遺伝子情報の登録が終了するまでお使いになりませんので、ご注意下さい』
「は……?」
剣が、実体化しない。
運良く急所は免れたか、両手両足に穴が開いた。
「……おい、さっさと使えるようにしろ」
『本製品を、肛門に挿入して下さい』
無機質な声が、そう告げる。
「え」
『本製品を、肛門に挿入して下さい』
無慈悲な声が、そう告げる。
「……肛門?」
肛門。
ケツの穴。
『なお、現在お使いの全ての機能は遺伝子情報の登録が終了するまでお使いになりませんので、ご注意下さい』
それは、さっき聞いたね。うん、だからもう一回言って?
『本製品を、肛門に挿入して下さい』
ははっ、何言ってるか全然わからないな。
前を見る。矢と銃弾と雷と、エルザそのものが襲ってくる。
「やれば」
迷っている暇はない。
「いいんだろ」
俺は手汗でぐしょぐしょになった聖剣の柄を握りしめ。
「やればよおおおお!」
聖剣をケツに刺す。
『遺伝子情報の登録を確認。お疲れ様です、勇者アラト。それでは本製品の機能を心ゆくまでご堪能下さい』
その姿、勇ましき者と人は言う。
『あなたの未来を切り開く。セイクリッドソード社がお送りしました』




