勇者再び世界を救う① ~忘れ物~
「それで、これからどうする?」
目的を失った俺とローリエは、とりあえず俺の家まで戻って来ていた。
「どうするったって、なあ」
ベッドに横たわり、天井を見上げる。
打つ手なし、それが現状。
そもそも、俺たちのやることはパッと行ってパッと帰ってくるような仕事だったはず。
それが、なんだ今の状況。
イノウエとソフィアは裏切り、セルジアは連れて行かれる。エルザはまあ大丈夫だろうが。
「魔王のことは、黙っていたほうがいいだろうな」
さらに、あの野郎。
俺たちにとっては腹立たしい奴でしかないかもしれないが、世界にとっては一大事だ。恐怖の象徴はやはりまだあの男のままだ。
「そうね、不安を煽ったって良い事無いでしょうし」
ローリエも、俺の意見と同じだったようだ。
「聖剣はどう? なんか随分とひどい物だったようだけど」
聖剣。
ソフィアの部屋で何かしゃべりだした時は随分と驚かされたが、今はそんなことなど無かったかのように昔の姿のまま動かない。
「うんともすんとも。今までのように使う分には、差し支えないんだがな」
適当に空を切り、刃を固定化する。
動きに全く問題はない。
この頼りになる能力も、ご先祖様が言うには副次的な機能らしいのだが。
「ジュウデンとか言ってたけど、心当たりは?」
「無いよ」
充電。まあそんな事を言ってたが、それが何なのか俺にわかるはずもなく。
「まあそうよね」
俺たちは、大きなため息をついた。
「アラト、なんかあんたに手紙来てるわよ」
重苦しい空気を破ったのは、ジュースを持ってきてくれた母さんだった。
「手紙?」
手紙。
全く身に覚えがない。
「小さい子の字みたいだけど、あんたまたなんかろくでもないことやったの?」
世界を救った息子に対してろくでもないとはなんだろくでもないとは。まったくずっとこの調子だからちょっと嫌なんだよな。
「いいから、そこ置いといてよ」
はいはいと言わんばかりにめんどくさそうにジュースと手紙を載せたお盆を俺たちの間に置く。
それからローリエの顔を見て、ニヤッと笑う。
「ローリエちゃん、私ちょっと買い物してくるから、ゆっくりしていってね~」
「あーもういいからそういうの」
また何かしょうもないことを期待している母さんを部屋から追い出し、とりあえずジュースを飲む。
それから俺宛という手紙を拾い上げると、そこにはよく届いたなと言わんばかりの拙い字がクレヨンで書かれていた。
「ほた……はた? じしょつ」
うーむ、読めない。
差出人の名前はなく、行き先もなんて書いてるかわからん。
「はたしじょう、じゃない?」
すげぇなローリエ、よく分かるなそれで。
「なるほど」
封を乱暴に開き、便箋を取り出す。
「ゆつ じゃ こる す! ……かかか ぅ て ろ い!」
やはり字は汚い。
「読めねぇわ」
「もう一枚あるわね」
同じ封筒に、もう一枚紙が入ってあった。
こちらは随分と達筆で、字がびっしりと書いてある。あとなんか恨み事っぽいことも。
「拝啓勇者殿……魔王だな、これ」
丁寧なのが却って腹立たしいが、とりあえず読んでやることにした。
拝啓勇者殿。
蛆虫以下の貴様の脳みそですらこの新生真魔王軍の恐ろしさをようやく理解してきた頃でしょう。金なし女なし人望なしの阿呆とは違い我々は真魔王様のカリスマに敬服しこれからこの世界を再び我々魔族の手中に収めようと思います。だが、その前に貴様の息の根を止める必要があるのです。まあ言ってしまえば貴様は世界征服のという大きな野望と比べたら月とすっぽんどころの騒ぎでは無くなってしまうのですが、私は完璧を重んじるタイプであり路傍の小石以下である貴様を全力で排除したいという所存です。
時間は今日の夕方、場所は旧魔王城跡。百五十年近くローンが残っているにもかかわらず貴様の適当な気分で粉微塵に粉砕されたあの私の貴様を憎んでも憎みきれない原因そのものが眠っている場所でいずれ世界を分割して統治するであろう新生魔王軍幹部と共に貴様をゲロ以下の汚物の如くぞんざいに扱い毛先一本残らずこの世から消し去りたいと思います。
敬具。
追伸。
ハゲ。
「ハゲてねぇし!」
勢いで、手紙を破りさる。
なんだよもう、子供かよあいつ。
「ちょっと、破かないでよ」
俺はもう今日何度目かわからないため息をついた。ローンなんて知らねぇよ。
「……夕方に魔王城だってさ」
しかも、夕方。時計ぐらい無いのかよ。
「あ、そう」
とりあえず、部屋にある時計を見る。三時。すごく微妙に時間が空いている。
「……まだ早いけど、行く?」
「そうね、ここにいてもしょうがないし」
「じゃあ……行くか」
一応魔王復活という世界の危機なので、俺たちは二時間ぐらい前行動を取ることにした。
まあ、当然誰も来てない訳で。
「まだ来てないわね」
「早いだろうな」
適当なガレキに腰をかけ、ぼんやりと空を眺める。
もう、一年以上前になる。
ここは世界中の恐怖の根源だった。
魔王という存在が、人間という種族に牙を向いたその牙城。
体に悪そうな瘴気が溢れ、世界最強の魔物たちが縦横無尽に闊歩し、攻め入った軍隊全てを塵に返し、世界が勇者とかいう便利な存在に頼らねばならなくなった諸悪の根源。
あの時、ここが終着だった。
あいつを倒せば、全てが平和になると思っていた。
実際は違ったが、おおむねそうだったことに間違いはない。少なくとも大魔王を倒しはしたが、魔王を倒したという事実は少なくとも世界中の人々の希望にはなったのだろう。
まだ、一年ちょっと。
それだけしか経ってないのに、俺は魔王と待ち合わせ。
特に何もない廃墟。草はその辺に生え、のんきなことに小鳥が空を飛んでいる。
雲は白く空は青。
平和でのどかな、いい場所だ。
「あーあ、暇だな意外と。本でも持ってくれば良かった」
「そうね、そう思うわ」
彼女も、ただぼんやりと空を眺める。いつもの冷静さはなく、少し口が半開きだ。
「なあ、ローリエ」
「何?」
そういえば、覚えているよ。
大魔王の城に行く前に、お前が言ってくれたこと。
「あー……、やっぱいいや別に」
だけど、それを言うのは恥ずかしいから、空を眺めて蜘蛛を見る。
「ふうん」
彼女が興味無さそうに、適当に相槌を打つ。
「天気いいな」
「そうね、サンドイッチでも持ってくればよかったわ」
「あとコーヒーも」
ただ景色見て、飯食って、茶でも飲んで。
「そうね、失敗したわ」
本当に、大失敗。
それぐらい、買ってくれば良かったな。
それならこれは、ちょっとしたデートになっていたから。