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聖剣はケツに刺す ~勇者だけど世界救ったら暇になった~  作者: ああああ/茂樹 修
第一章 勇者だけど世界救ったら暇になった
18/22

勇者作る③ ~聖剣の銘~

 アイが、動く。


 全身の歯車を軋ませ、キリキリと音を立て、鋼の鼓動がが聖剣越しに伝わってくる。

 機械仕掛けのその体は、微弱な振動を繰り返しながらも不器用に動き出す。彼女は腕を曲げ、自分の手をじっと見る。

 小指から順にひとつづつ動かし、拳を握っては開き、また握っては開いていく。

 そして上手に腕を使い、立ち上がる。


「アイ……」


 ソフィアが彼女の名を呼んだ。


「ソフィ、あ」


 不器用な声で、彼女は彼の名をつぶやく。


 今、人類の夢が動いた。


 だが、それを許さないやつがいる。


「この」


 腰に下げていた短剣をひとつ取り出し、まっすぐとソフィアに向けて投げる。


「木偶人形が!」


 音すら切り裂くその刃は、まっすぐと彼女の額に向かい。


 彼女をすり抜け、壁に刺さった。


「な」


 セルジアが、面を喰らう。

 いや、こいつだけじゃない。俺もソフィアも何が起きていたかなんて理解していなかった。


 何が起きた?


 そう考える瞬間もなく、彼女は動く。聖剣は俺の手からすり抜け、アイは瞬時にセルジアの懐に入り込む。


「障害、排除します」


 低く冷たい声で、アイが呟く。

 その言葉は背筋が凍るほど鋭かった。


 セルジアとソフィアの間に手を滑り込ませ、セルジアの顔面を掴む。

 そのまま床に押し倒すが、地面に直撃しない。

 その前に、彼は蹴り上げられた。

 空中に浮いたセルジアに、アイは後ろ回し蹴りを放つ。そのまま窓に直撃し、どこか遠いところまで飛んでいった。


 強い。


 格闘戦なら、俺たちの中でもトップクラスといえるだろう。

 だが、悲しいことに機械は機械だった。

 回し蹴りを放った足には細い亀裂が入り、オレンジ色の油が漏れている。


「アイ!」


 駆け寄ってきたソフィアが、彼女に抱きつく。その目には、涙が浮かんでいた。


「アイ……?」

「そうだよ君の名前だよ! 君は異世界から転生されて」


 ソフィアの言葉を、彼女は無表情で聞き流す。あいつ結構ひどいことするな。


「訂正を求めます」


 彼女の表情は、変わらない。


「私はAI。高機能自立学習型AI搭載」


 ゆっくりと、彼女――いや、それがいう。


「特殊兵装型ジョー〇グッズ」


  性別なんてものはない。それはただのものだから。


「時の剣、それが私の商品名です。本商品のアンロックを確認。ユーザーの設定を開始します」


 それは、相棒。

 俺とともに戦い抜いた、たった一つの戦友だから。




 商品。


 棚に並んで、店で売ってて、金で買う。


 俺自身、あまり驚きはしなかった。


 こいつが便利な物だってことは、変わりが無いから。


「商品って、そんな」


 だが、ショックを受けていたのはソフィアだ。ソフィアはアイ、最も今は聖剣らしいが、こいつに並々ならぬ情熱を注いでいたからだ。


「本機能では、お子様の使用は認められません」


 冷たい声で、彼女はソフィアを突っぱねる。


「えっ」


「本機能では、お子様の使用は企業のコンプライアンス違反となり、法令で罰せられる可能性があります。お子様の使用は認められません」

「そんな……お子様」


 落胆するソフィア。かわいそうになったので、責めるべく俺はアイの肩を強く掴んだ。


「おい、お前」


 アイは俺の顔をじっと見ると、俺の顔を思い切りつかみおまけに目を無理やり開かせた。


「ユーザーの設定を開始します。炭素測定開始、終了。あなたの網膜を照合します。開始――認証。照合完了、適合率95%。誤差修正、開始。3227年前のデータベースと照合。確認。前オーナーの遺伝子配列との類似を測定。ユーザー名を指定してください」


 ユーザー名? 名前のことだろうか。


「アラト」


「設定しました。アラト、あなたの世界が広がることを、心より祝福します」


 そう言って、彼女は笑う。


 あ、ちょっとかわいいかも。


「中断されたデータが一件あります。前オーナー、結城新人の記録を再生しますか?」

「あ、ああ」


 そう答えると、彼女は九十度お辞儀をした。聖剣の柄が開かれ、中から見たこともないような宝石が現れた。


「再生します。長時間のご視聴はあなたの健康を損なう危険があります。ご留意ください」


 宝石が光を放ち、ソフィアのポスターだらけの部屋の壁に何かが映る。強いて言うなら、別の物を映す鏡といったところか。


 どういう原理で、どういう仕組なのか俺にはわからない。


 ただ、そこに映っていた男は、俺と同じ顔をしていた。




 男は、焦っていた。


「ヤバイ」


 狭い部屋をウロウロとし、頭を抱えて悩んでいる。


「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」


 天を仰ぎ、彼は叫ぶ。


「明日、母さんが来る」


 そして、ぐるっと部屋を見渡した。


「どうすんだよ、この部屋!」


 部屋にあるのは、物モノもの。

 ありとあらゆる物でうめつくされ、足の踏み場がないとはまさにこの事。

 しかも恐らく全部エロいもの。


「隠す、隠すってどこだよ! このAVとエロ漫画とエ〇ゲーの山どうすりゃいいんだよ! あと女子高生の匂いとかいう香水と」


 男が何を言っているのか、俺にはよくわからない。

 辛うじて聞き取れたのは、エロと香水の二つの単語だけ。

 まあ、嬉しくないが正解だったようだ。


「一番高かった、時の剣」


 映しだされたものに、聖剣は映っていない。だからこれは、聖剣の目線なのだろう。


「殺される、絶対に」


 どうやらこの男は、エロいものだらけの部屋が親にバレると大変なことになるらしい。

 そりゃそうだろう。


「そういえば、近所のガキが大学の裏山になんか秘密基地見つけたって聞いたな」


 何かを思いついたのか、男はニヤッと笑ってみせた。


「……行くか」


 それからの行動は早かった。どこからか折りたためる箱を山ほど用意し、部屋の物のほとんどをそれに詰めた。

 聖剣も中にしまわれたようで、しばらくはただ暗闇だけが映されていた。


「ここか、結構広いな」


 箱を明け、男は聖剣を取り出した。その場所に、俺は見覚えがあった。暗く石と土に囲まれた、どこにでもあるような洞穴。俺が聖剣を見つけた場所と、何一つ違いはない。


「誰にもばれなさそうだな」


 まあ、実際俺がバラしたが。


「しばらくの辛抱だ、俺の恋人たち」


 男は、聖剣にキスをした。俺と同じ顔の人間のキス顔は死ぬほど気持ち悪かった。


「明日には、取りに行くから。だから一日だけ、ここで待っていてくれないか」


 そう言い残して、男はその場を後にしようとする。


「ああ、だけどその前に一個だけ」


 だが何かを思い出したのか、踵を返し聖剣に語りかける。


「これを、将来俺じゃない誰かが見つけるかもしれない。明日俺は母さんに殺されるかもしれないからだ」


 悔しそうに、男は一筋の涙をこぼした。


「だから、その時は君にこれを託そう。バイト代三ヶ月分の、最高の道具だ……ああ、でも病気とか怖いから、できれば俺の子孫とかがいいな、うん。今は彼女すらいないけど」


 だけど、今度は笑ってそんな事を言うのだ。

 驚くぐらいに優しい顔で、すこしだけ驚く。


「あと、エロいのは程ほどにな。でも色々遊べるんだぜ? なにせカモフラージュ機能付きだから、普段はちょっと不思議な手品の道具だ。でもまぁ俺の子孫だってなら、、勝手にこいつが喋ってくれるよ」


 そして今度こそ、男はその場を後にする。


「じゃあな、未来の俺の子孫。ま、明日はなんとかごまかしてすぐに取りに来るけどな!」


 映像は、そこで途切れて。

 今日この日まで、目覚める事は無かったのだ。




 これが、聖剣の真実。

 俺にだけ使えた理由。勇者の末裔の根拠。


「へ」


 畜生、知りたくなかったぜ。


「変態の末裔じゃねぇか……」


 それが一番のショックだった。

 年も顔もやることも金の使い方も殆ど変わらないご先祖様。

 どうやって子孫を残したかなんて俺のあずかり知らないところだったが、少なくとも自前のエロい道具を回収できなかった哀れな男。


 勇者よ、お前は大昔にエログッズを買い込んだ男の末裔だったのじゃ。


 自殺しようかな。


「ずるいぞアラト」


 だが、ソフィアは泣いていた。


「自分だけ、大人だからって! ご先祖様がああだったから!」


 悔しいのかソフィア、出来ることならご先祖様取り替えて欲しいぞ?


「ねえアイ、君は僕が作ったんだよ!? だから何か答えてよ! 僕に優しい言葉をかけてよ!」


 彼はアイの肩を掴んで、激しく揺さぶる。


「お子様の使用は認められません。全年齢モードに切り替えますか?」


 だが、彼女はただ冷たい言葉を繰り返す。そうだな、言ってることは正しいな。


「それ以外の言葉をさ! なんで、なんでだよ! 僕が子供だから!?」


 そうだよ。


「お子様の使用は認められません。全年齢モードに切り替えますか?」


 無慈悲な声が木霊する。そしてソフィアは嗚咽を漏らす。

 悔しいが、子供が使うには早過ぎる道具なのだ。




「その心の鍵の壊し方、教えて差し上げましょうか?」



 

 突如、窓の外から声がした。

 空に浮かんでいたのは、あの男。気絶したセルジアを抱え、気味の悪い微笑みを浮かべている。


「魔王……!」


 睨み合った俺たちの間に、ソフィアが割って入る。


「本当!?」


 がっつくように、ソフィアは飛び出す。その様子を見て、魔王は嬉しそうに作り笑いをしてみせた。


「ええ、我が一族に伝わる、この聖剣の力を奪うカード。探すの大変だったんですよ? 一年もかかってしまいましたが」


 取り出したのは、小さなカード。

 黒く、金色の装飾が規則的に並んでいる。


「あなたに差し上げますよ。我々の傘下に加わって下さればね」


 文字通り悪魔の囁き。甘い言葉、タダで何かを渡しはしない。

 それが魔王。

 悪魔というもの。


「やめろソフィア、あいつの言葉に耳を貸すな!」


 だが、無駄だ。恍惚とした表情で、あこがれるような目でソフィアは魔王をじっと見つめる。


 もう、遅い。


 その判断は、俺よりもローリエの方が早かったらしい。


「コールドランス」


 頬を氷の刃がかすめる。

 まっすぐと魔王に向かうが、あっけなくそれは防がれた。


「下らない会話が終わったと思って様子をみれば、呼んでも無い奴が来ていた様ね」


 杖を持ち、ローリエが悪態をつく。


「おっと、争う気はありませんよ」


 空いた手をひらひらとさせ、魔王がそんな事を言う。


「ソフィア、我々と共に来なさい。あなたの望むものすべて、ご用意させて頂きますよ」


 深々と頭を下げ、悪魔が囁く。

 ソフィアは窓から身を乗り出して、空に向かって手を伸ばす。


「ごめんアラト、君の事嫌いになったわけじゃないけど」


 振り返り、彼は涙目で笑ってみせる。


「彼女だけは、譲れないんだ」


 そして魔王は彼の手を取り、どこか遠くへと飛び去った。

 重く、不機嫌な沈黙が続く。


 それを破ったのはアイだった。


「充電してください」


 充電。


「バッテリー残量がありません、充電してください」


 充電って、なんだ。


「充、でん」


 そんな言葉を言い残し、彼女はその場に倒れこむ。

 それで動力が切れたのだと、俺は初めて理解した。


「どうやら、振り出しに戻ったようね」


 街を出て、仲間に会いに来たはずなのに。

 今ここに残っているのは、俺とローリエの二人だけ。


「ああ、まったく」


 仲間なんて、一人も増えていやしない。


「とんだ仲間探しだぜ」

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