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聖剣はケツに刺す ~勇者だけど世界救ったら暇になった~  作者: ああああ/茂樹 修
第一章 勇者だけど世界救ったら暇になった
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勇者ヤキを入れる④ ~宿敵と書いた紙を破り捨てギッタギタにしてやりたい~

「ふむ、そういえばお主と会うのは初めてじゃったな……よかろう勇者アラトよ、お主の命を奪うことになるこの高貴な名をおしえてやろう」


 宙に浮かぶやたらと仰々しい口調でせわしなく口を動かすそのガキを、ひと目見てわかったことがあろう。


「真魔王、ヴェール。それが我が美しき名だ。覚えるのだぞ」




 こいつ、凄い弱い。




「まあ、覚えたところで無駄になるのはわかりきってることじゃがな」


 浮遊魔法の魔法陣がここからでも見えるが、それが凄い拙い。

 魔法陣には正解があり、展開された魔法陣ががその正解に近ければ近いほど効果は上がり魔力の消耗も抑えられる。まさにその正解を出せたなら、ほぼ魔力は消費されず、自在に操ることが出来る。

 ローリエの氷魔法がいい例だ。正直な所、最低ランクの氷魔法でギターを作るなんてのは神業といって差し支えない。

 この生意気なクソガキの魔法陣に点数をつけるなら、100点満点中5点。努力賞や運試し以下の次元だ。


「なぜなら貴様は、いまここで死ぬからだ!」


 ガキがバカみたいに突進してくる。羽を動かしてはいるが、多分まだ未発達なのだろう。加速もしない、ただの徒労。


「勇者ビンタ」


 だから、そのガキの頬を叩いてやった。

 ほとんど力は入れていなかったはずなのに、ガキの顔は真っ赤に腫れている。


「え……」


 目を丸くして、何度も頬をさすりながら、そいつは随分と間抜けな台詞を吐いた。


「えじゃねぇよ」


 痛いって顔じゃない。殴られた事そのものを、理解できてないって顔だ。


「な、、あ、なぐったの……?」

「そうしないと殺されるらしいからな」


 そんな気はしなかったが。


「そ、そうか……」

「ああ」


 それから、沈黙すること数秒。


「いだい、いだいよ……、いたいよ、ひっく、パパァ……会いたいよぉ……」


 戦いの真っ最中だというのに、ガキはメソメソと泣き出す。まったく、やりづらいったらありゃしない。


「あんたが誰かは知らないが、これからイノウエにヤキを入れなきゃならないんだ」


 足に力を溜める。ついでに、靴に魔法陣を展開させ電流を走らせる。まあ、気絶させるなら少しでいいか。


「すっこんでろ」


 左足で大地を掴み、土踏まずを軸にする。右足に回転をかけ、狙うはガキの延髄。

 当たった。


 そう確信した。




 はずだった。


「久しぶりですね、勇者アラト」


 俺の右足は、止められた。

 病的なまでに白く、芸術家のように細い指。

 ナイフのように鋭い爪を、俺の脛に突き立てる。


「ああ、お前か。そのツラ、二度と見たくは無かったが」

「それはこっちの台詞です」


 この顔は、覚えている。知り合いなんて生易しいものじゃない。


 俺はこいつを滅ぼすために、あの街を出たのだから。


「いいですか、あなたは真魔王復活のためにあの場で倒される予定だったのです。それを理解もせずに、あろうことかビンタするとは。全く、いや全くもって嘆かわしい。空気がよめないというか、あいも変わらず脳みそに何も詰まってないというか」


 魔王。


 かつてあった名は消えて、魔王という称号だけが残った。

 世界征服一歩手前までいったものの強くて格好良い俺に家ごとぶっ壊されてガレキの下に消えた男。

 結局は中間管理職でしか無かった哀れなエリートの成れの果て。


 なるほど、あの偉そうなガキの口調はこの悪趣味な貴族趣味のこいつの教育の結果か。


「悪いんだけど、ガキに叩かれる趣味はないんだ」


 お前はあるんだろうけどな。


「これだから、おっぱい以外に性的興奮を覚えられないような野蛮人は」


 わざとらしくため息をついて、魔王がそんな事を言う。


「こっちだって、ロリコン相手に喋ることはないな」


 ロリコン、という言葉が癪に障ったらしく魔王は笑顔で額に血管を浮かべた。


「低俗」

「無能が」

「語彙が少ないな、低学歴かな?」

「サイコ野郎」

「悪いんだけど、もっと偏差値の高い喋り方をしてくれないかな」

「バーカ、バカバーカ」

「……アホめ」

「バカ」

「アホ」

「バカバカバカバカ」

「アホアホアホアホアホ! はい私の方が一回多い私の勝ちー!」


 睨み合って、沈黙。


「……バカが!」


 靴に溜めた雷を、一気に放出させる。


「アホめがあっ!」


 魔王は、黒い雷を無数に放つ。

 陰と陽、プラスとマイナス北と南に上と下。

 俺たちは、そういうものだった。


 


 白と黒の雷が、複雑に絡み合う。

 流れる電流の一つ一つがぶつかり合い、何もなかったかのように消える。

 漏れ出た数の何倍もの衝撃が、俺たちの間にはあった。


 埒が明かない。


 そう判断した俺は、左足を蹴りあげ魔王の右手に直撃させる。一瞬のよろめきを見切り、素早くその手から逃れる。

 間髪入れずに、右腕を突き出す。

 魔王は、左足を蹴りだした。

 両者がぶつかり、肌を焦がすような衝撃が生まれる。

 その反動に吹き飛ばされて、俺たちは自然と距離を取った。


 強い。


 こいつを倒した時より、間違いなく強い。俺も、魔王も同じぐらいに。

 反吐が出る。

 頭の上からつま先まで、こいつの全てが気に食わない。

 だから、俺は無駄口を叩かない。

 こいつと言葉を交わすほど、冷静さが失われるのは明白だから。


「イノウエ、聖剣持ってこい」


 冷たく低い声で、俺は言った。

 武器に頼る? 

 馬鹿を言え、あれはもう俺の一部だ。

 イノウエ相手に必要ないが、魔王相手に無いのは困る。殺すためじゃない、こいつをこの世から抹消させるために。


 細胞を消せ。

 存在を許すな。

 ただの返り血一滴たりとも存在させる道理はない。


「はいストップお二人さん。あ、別にアラトは止めなくていいか」


 ローリエの声が、不意に俺たちに割って入る。

 彼女は氷の刃を作り、そういえばまだいたガキの喉元に突き立てていた。


「久しぶりね、魔王。大人しく降伏すれば、この子の命は助けてあげるわ」


 すまないローリエ、それとありがとう。口が裂けても言わないが、心の中で礼を言う。

 二体一だと忘れていた。


「悪い取引じゃないでしょう?」


 彼女は笑う。

 冷静で、リアリストな彼女の判断に助けられる。


 だが、魔王も笑った。魔物らしく、邪悪な笑み。


「全く、下賎なあなた方はすぐそういう手段を取る。わかっていましたよ、そうする事は。だから先手を打たせてもらいました」


 魔王はポケットから何やら小さな小瓶を取り出し、俺たちに見せびらかした。


「これは、あなた方にわかりやすく説明してあげると致死性の毒の解毒剤です」


 自分に酔ったかのような仰々しい仕草を交え、嬉々として奴が語り始める。


「勇者様! 聖剣持ってきました!」


 どこに隠していたのか、嬉しそうな顔をしてイノウエが聖剣を抱えて走ってきた。


「先日イノウエさんにその毒を仕込ませていただきました。どうです? 仲間は大」

「勇者パンチ!」


 間髪入れずに魔王の腹を殴る。


 なんだろう、仲間は大便とかかなあ。

 

「ちょっ、まだ話の途中」


 殴られうずくまる、魔王。今がチャンス。


「勇者サッカーボールキック!」


 ジャストミート。魔王の鼻から出来の悪い玩具のように血が噴き出る。


「た……」


 潰れかかった鼻をつまみ、血を滴らせ魔王は立ち上がる。

 足をよろめかせ、生まれたての子鹿のように震えている。こいつが受けているのは、恐らく精神的なダメージだろう。イノウエが人質として価値がないと判断した俺に対して、ショックを受けているのだ。


「退散!」


 魔王はどこからか煙玉を取り出し、その場に投げつけた。煙が溢れ出し、視界が奪われる。


「イノウエさん、私達の仲間になりなさい! こんな奴の下で働くなんてとんでもないことですよ! あとその聖剣をこっちに!」

「喜んで!」


 煙が晴れる。


 真魔王とイノウエを抱えて、魔王は空を飛んでいた。大きく息を吸い込んで、叫ぶ。


「勇者よ! この借り、いづれ返させてもらうぞ!」


 真魔王は、まだ叩かれた恐怖が抜けきれていないのか放心状態で白目を剥いていた。


「やーいバカクズマヌケクソ勇者~♪ お前のことなんか始めっから信用なんてしてなかったもんね! ウチがビックになるための踏み台の分際でさんざんデカイ面しやがって! 貧乳まな板洗濯板の無い乳と乳繰り合ってろこの発情期のシコリザル♪ このスペシャライズド=ギフテッド=オー」

「ライトニング」


 イノウエは挑発してきたが、聖剣を持っていたので容赦なく落雷を直撃させる。精神的に優位に立っていると勘違いしていたあいつにはちょうど良い不意打ちだったようで、難なく聖剣を落としてくれた。


「あああああせいけんがあああああああ!」


「イノウエさん、いいから早く解毒剤を飲んで!」


 魔王が抱えたお荷物の心配をしながら、遠い空へと羽ばたいていった。




「とりあえず、次はソフィアに会いに行くか」


 聖剣を拾い上げ、ローリエに提案する。


「そうね、後セルジアと残りの武器も回収しないと」


 しまった、と少し悔やむ。

 セルジアを起こしておけばさっき全部が解決したのに。


「ところでローリエ」

「何よ」


 一つ、気になることがある。


「変な夢って言ってたけれど、お前はどんな夢を見たんだ?」

「言ってないわよそんなこと」


 至って真面目な声で、彼女が応える。


「言った」

「言ってないわ」

「本当?」

「当然よ」


 だから追求をやめておいたが、一つわかったことがある。


 どうやらこいつも、恥ずかしい夢を見るらしい。

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