勇者ヤキを入れる③ ~イノウエスペシャルライブツアーinノカナイ村~謝罪~~
「マジ調子に乗ってすいませんした……」
ステージ上で土下座をして、イノウエが謝罪する。
脇を見れば、村人たちも土下座していた。いや、これは礼拝か。どちらにせよ像をぶっ壊したのは良かったらしい。
ふざけた連中の目覚ましには丁度いい音量だったようだ。
「本当、反省、反省してますから……命、命だけは取らないで下さい」
「毒を盛ったくせにか」
「出来心です、出来心なんです本当。なんかウチが世界救ったことになってたから、つい調子に乗って……」
まったく、ため息が出る。
事情は全く飲み込めないが、なんにせよどこかでおかしな勘違いがあったのだろう。おめでたい連中だ。
「だってよローリエ、どうする?」
イノウエに対する殺意は、俺の中では薄れていた。あとは、まあ禁句を言われたローリエの舌先三寸といったところか。
「ねえ、イノウエ」
「は、はいっ! なんでしょうかローリエ様!」
前進を震わせ、涙声になってイノウエが応える。正直な所、今のローリエは俺も直視できないぐらい怖い。
「さっきの、楽しそうな歌聞きそびれたわ。歌ってちょうだい」
なるほど、そうきたか。
楽しそう、という単語のところで眉間に皺が寄っている。
「あの、あのですね、その喉が、さっき誰かに潰されちゃって血が出てて……」
冷や汗を滝のように流しながら、イノウエが弁明する。きっと、歌えば死刑が確定するような内容なのだろう。
ローリエが指を鳴らし、イノウエの喉に魔法をかける。
回復魔法。
一瞬で傷は癒えた。
「ギ、ギター、こわ、壊れちゃったんですよう……誰かに壊されて。だから、あれがないと歌えないから……」
言い訳は、ローリエに通じない。彼女はなにか呪文を二、三言唱えると見事な氷のギターをその場に生成した。
「はいイノウエ、これで歌えるでしょう?」
それを、笑顔で手渡す。全く、あいつは頼りになるぜ。
「あ、でもこれ冷たいな、すごく冷たいな! あーこれ無理、もう無理だから! 寒くて歌えないから!」
無駄だと知っているはずなのに、イノウエは叫ぶ。
村人たちはそっと目をそらし、かつての教祖の醜態を見て見ぬふりをしていた。
――うるさいわね。
たった一言つぶやくと、ステージに豪炎が上がる。意思を持つように動き出し、円となってイノウエを囲んだ。
「そのギターが、溶けきる前に歌いきりなさい。3、2、1」
「そ、それではイノウエ、歌います」
涙を流し、膝を震わせ、髪を炎で焼かれながら。
彼女は歌う。一秒でも長く、今を生きるために。
「聞いて下さい。『アラトはクズ、ローリエは貧乳』」
― アラトはクズ、ローリエは貧乳 ―
作詞 スペシャライズド=ギフテッド=オーブあらためイノウエ
作曲 スペシャライズド=ギフテッド=オーブあらためイノウエ
WOW アラトはどうしようもないクズさ
WOW 虚勢だけのインチキ野郎
ある日あいつは言ったのさ お前が世界を救ったら 俺の手柄にするってさ
あの時あいつは言ったのさ お前女郎に売り飛ばす 俺の金にするってさ
AHH 行く先々で女を孕ませ
AHH 暴力沙汰で流産させる
WOW そんな奴らにかこまれて
AHH 私一人が世界を救った
WOW 手柄も何もないけれど
AHH それでいいんだ 人の笑顔を 人の幸せ 守ったのだから
WOW ローリエには胸がないのさ
WOW 今日も元気に胸パッド
ある日彼女は言ったのさ パンとコーヒー買ってこい お前の財布で金を出せ
あの時彼女は言ったのさ カレーパンの気分じゃねぇよ メロンパンって言っただろ
AHH どこに行くでも荷物をもたせ
AHH 給料なんて払わないのさ
WOW 私の財布すっからかんさ
AHH 私は今日もコーヒー買うよ
WOW 持ち金なんてないけれど
AHH それでいいんだ 私の歌で 恵んで貰い 許してもらうさ
WOW そんな奴らにかこまれて
AHH 私一人が世界を救った
WOW 手柄も何もないけれど
AHH それでいいんだ 人の笑顔を 人の幸せ 守ったのだから
「セ……センキュー」
燃えるステージで涙を流し、イノウエはやりきった。
拍手が、起きる。村人たちは声を上げて泣き始めた。
二番、事実じゃねーか。
「なあ、一つ聞きたいんだが」
「なんでございましょう勇者様……あと一番は完全に創作です根も葉もない嘘八百です許してください本当筆が乗ったせいなんです……」
ひと通り焼け落ち、もはや廃墟となったステージの上で土下座をしながら、そこじゃないのに弁明を始める。まったく、聞きたいことは別にあるのだが。
「一番、は?」
ローリエが、笑顔で聞く。答えは、知っている。
「に」
泣きながら、イノウエが言う。
「二番も、です……!」
彼女は、今日一番の嘘をついた。それは、生きるための嘘だった。
「それでアラト、聞きたいことって?」
「そうそう、気になってたんだ。どうしてお前、俺達がここに来るってわかったんだ? 手紙が来てたってタイミングまではわからんだろう」
俺達は、着くや否や襲撃された。それはいくらなんでもおかしい。誰かが、俺たちの事を監視でもしていない限りは。
「そ、それはですね。親切な方に教えて頂いて……」
「誰?」
聞いただけで、イノウエはまた冷や汗を大量に流す。言いづらい相手なんていただろうか。
「なんじゃなんじゃ、間抜け面が雁首揃えて」
空から、声がした。女の声。だがよく通る。
「失敗したのか、この役立たず。毒まで使って、情けないのう」
空を見上げる。そこには、羽の生えた小さな少女が、腕を組んで浮いていた。
「お前は……」
年端もいかない、黒く髪の長い少女。肌も黒く、目は赤い。でも無駄に露出度が高い。
「誰だ!?」
そんな奴の知り合いなんて、俺は一人もいなかった。