勇者ヤキを入れる② ~『アラトはクズ、ローリエは貧乳』~
鉄格子を破壊するのに、3秒もかからなかった。勇者パンチ! 普通の鉄ならいちころだぜ。
牢屋を出て、セルジアを端の方に寄せてから、俺たちはとりあえず前へと進んでみた。
「さあて、武器を探しましょうか」
ローリエは炎で道を照らしながらそんな事を言うのだが、俺には俺の考えがあった。
「なあローリエ、一つ提案なんだが」
なによ、と聞き返すローリエに俺は説得を試みる。
「イノウエ相手なら、別に必要ないんじゃないか? 素手でいいだろ、そっちのほうが殴った感触がよくわかるし」
「それもそうね。それに土下座させてからあいつに持ってきてもらったほうが、確実に気分が良いわ」
それからまた進んでいくと、案外すんなりと地上への道が見えた。
看守がいない辺り、普段は使われてないのだろう。
それか、人手不足のどっちか。
ノカナイ村は、平和な村のはずだった。
過疎化が始まってはいるが、みな純朴で、ズーズー弁で、質素ながらも落ち着いた村。故郷という言葉がよく似合う、そんな村。
今は違う。
というか、ノカナイ村という名前は恐らく地図から消えているのだろう。
そう思えるぐらいにこの場所は変わっていた。
いたるところに、イノウエの顔の看板が立てられている。
右を見てもイノウエ、左を見てもイノウエ。
「何なのかしらね、これ」
「まて、アレを見ろ」
街のど真ん中だろう、ありとあらゆる建物の屋根を越え、そびえ立つのはイノウエの像。
親しみやすいように若干デフォルメされ、4頭身ぐらいになってる。
しかも、フルカラー。
とりあえず、その不気味な物体を目指して歩いて行く。不思議なことに村人の姿は殆ど見えず、どの家にも人の気配はない。時折吹いてくる隙間風の音ぐらいしか、ここには無かった。
それからまた歩いて行くと、ようやく人の姿が見えた。
それも、沢山。
だが、何かがおかしい。
どいつもこいつも不気味なぐらい幸せそうな顔をしている。俺たちは一旦足を止め、物陰に隠れて様子を伺う事にした。
「おい、そろそろ礼拝の時間だぞ」
「お前、今日のお布施はいくら用意した?」
「それにしても、あの子が世界を救うなんて……」
そんな会話が聞こえてくる。
まて、誰が世界を救った? 俺のはずなんだが、どういうことだろう。
突然、鐘が鳴った。
一、二、三、。
俺は時計を持ってはいないが、日の沈み方から察するに恐らく三時の鐘なのだろう。
確かにお菓子が食べたくなる時間だ。
村人たちは、ただ黙ってその場に正座し、像に向かって頭を下げる。
礼拝。
なるほどあのヘンテコなオブジェを崇拝してるのか。カルト宗教も真っ青だな。
像の前には、ちょっとしたステージがある。そこには誰も立ってなどいなかったが、村人たちが頭を下げ続けていると煙が焚かれ始めた。
そして、奴は現れる。
どんな技術かは知らないが、ステージの下からまるで生えてきたかのように姿を表した。
「オーブ様!」
「オーブ様!」
村人たちから歓声が上がる。その言葉を繰り返す度、音量が徐々に上がっていく。
彼女が、天に手をかざす。
するとどうだろう、言葉の波が静止した。
彼女が、口を開く。
村人たちは顔を上げ、恍惚とした笑顔を浮かべる。
「どうも、勇者オーブです」
よし、あいつ殺そう。
飛び出そうとする俺を、ローリエが止める。
「何だよ、放せ」
「まだよアラト、まだそのタイミングじゃないわ」
歯ぎしりをして、声を殺してただ耐える。ステージ上のイノウエのアホ面が、ただ憎い。
「今日も、みんなウチのためにありがとう……」
オーブ、オーブ。
村人たちが目を血走らせてはそう叫ぶ。
殺す、殺す。
俺は拳を握りしめ心のなかで叫ぶ。
「まあ、その成り行きで? 世界を救ったウチだけど……これからもこの村で愛と平和を歌います」
ギターを持って、あいつが喋る。その苦労なしでできちゃいましたみたいな雰囲気がとにかく鼻につく。
「それでは、皆さん聞いて下さい。今日のオープニングナンバーは」
息を吸って、吐いて吸って。
そして彼女はこう言った。
「聞いて下さい。『アラトはクズ、ローリエは貧乳』」
俺たちは、何も言わずに駆け出した。
「「イノウエエエエエエエエエエ!」」
俺たちは、叫び、跳んだ。
村人達が気づく頃には、もうステージの上にいた。
驚いたているイノウエに、ギターの上から回し蹴りを食らわせる。
ギターはその圧力に耐え切れず、弦はちぎれネックが折れる。
もちろん、イノウエだって吹き飛ばされる。このままだと地平線の彼方まで飛んでいきそうな勢いだったが、それをせき止めるための氷の壁はローリエが既に用意していた。
壁に勢いを殺され、さらにイノウエがめり込む。
まだ状況を理解していないイノウエとの距離を一瞬で詰め、首根っこを片手で掴む。
「おいイノウエ、随分と楽しそうな歌じゃねぇか」
指先に力を入れ、奴の気管を締め上げる。
爪が刺さり血が滲むが、そんなこと俺の知ったことじゃない。
「ゆ、勇者様!? そんな、象も殺せる毒なのに……!」
「そう、だからあんな変な夢を見せられたのね」
後ろにいるローリエが、そんなことを言う。このクソアマ、本気で俺たちを殺す気だったのか。
「た、助けて下さい! これはその、何かの手違いで……」
泣きながら懇願するイノウエの首を、さらに締める。
「何の冗談で、お前が勇者なんだ? この荷物持ち」
突然、ステージに何かが投げられた。
目線を移し確認すれば、それはただの石ころだった。
「オ、オーブ様を放せ!」
村人が立ち上がり、叫ぶ。
「その方は、世界を救った勇者なんだぞ!」
もう一人が立ち上がっては、いきり立ってそう言った。
「お前、知ってるぞ! 偽勇者のアラトだろ! この人間のクズめ! 全部知ってんだぞ!」
指を指し、彼らが言う。
「クズ!」
クーズ。
「クズ!」
クーズ、クーズ。
石が、俺に当たる。
目頭が少し切れ、血が流れる。右目で見える景色の全てが赤い色で塗りつぶされる。
畜生、痛えじゃねぇか。
俺はイノウエを汚物を拭いた雑巾のようにその場に叩きつけ、村人たちと向き合った。
「ほう、誰がクズだって?」
奴らの顔に一瞥をくれてやれば、全員怯えた顔をしている。
俺は、叫ぶ。
「遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」
拳を、握る。
「俺はアラト」
血が垂れようが、痛みはない。
「勇者アラトだ!」
そしてそいつを、
「世界を」
ただ乱暴に振り回し、
「救った」
無様な像に、
「男だ!」
叩きつける。
そして、像が裂けてゆく。
粉々に、ただバラバラに。
かつて何かを讃えたそれを、俺は一瞬で滅ぼした。