短編(1)
嫁と二人でファミレスで晩飯を食っていた。
俺はテーブルの上のやや通路側にスマートフォンとタブレットを置いたままにしていた。
あ、これは来るな、と思い、食べるペースを落として精神を集中させた。
通路側からテーブルに小さい手が伸び、スマートフォンを鷲掴みにした瞬間、その手首を俺の手が鷲掴みにした。
俺は手の持ち主に微笑みながら身を乗り出して手首を真上に引き上げた。
4歳か5歳か、それ位の歳の女の子だった。女の子は地面から数センチ持ち上がった状態でぶら下がったまま、あっけにとられていた。
「これ、ボクのだから。返してね」
俺は笑顔のまま、もう片方の手の人差し指と親指で、彼女が掴んだままのスマホをつまみ、そっと引き抜いた。
そしてゆっくりと女の子をおろしてやると、彼女は大声で泣き喚きだした。
泣き出すのとほぼ同時に、母親とおぼしき若い女性が横から女の子を抱きかかえ足早でレジへ向かい、さっきまで飲んでいたコーヒーの精算をしようとしていた。
俺は女の子を引き上げた時の笑顔のまま、ゆっくりと母親へと近づいていく。レジとの距離が近づくに従って、母親の焦りの色が濃くなっていく。
残り1、2メートルまで近づいた時、俺は大声で母親に呼びかけた。
「たまには失敗する事もありますよ。あんまりきつく叱らないでやって下さい」
母親は怒りとも恐怖とも羞恥ともいえない表情を溢れさせながら、一言も発する事なく店を出て行った。
「あんた、ほんと悪趣味だわ」
嫁は呆れかえりながらも、俺が戻るまでの間に追加のデザートを注文していた。