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6 お披露目の準備

 携帯のアラーム音で、はっ、と目が覚めた。

 あう、もう試験は昨日で終わったんだし、今朝はゆっくりで良かったのに、切るの忘れた……と手を伸ばし、枕元をポンポンと探る。携帯、携帯……。

「んあ」

 おもむろに起き上がる。


 私はやっぱり、豪華な部屋の豪華なベッドの上だった。明らかに異質な響きのアラーム音が、雰囲気をぶち壊しにしている。

 ベッドの上を足もとまでハイハイで移動し、急いでトートバッグから携帯を出してアラームを切る。静けさを取り戻した部屋には、窓の外でさえずる小鳥の声だけが聞こえていた。ちなみに携帯は圏外、そして時刻は朝の六時過ぎ。


 ベッドから降り、絨毯敷きの床を踏んでそっと両開きの扉に近づいた。

 耳を押し当ててみてから、ドアレバーを慎重に押し下げる。小さく隙間を空けて、廊下をのぞいた。


 ……兵士さんと、目が合った。


「おはようございます」

「お、お、……はょごさいマす……」

 うろたえて返事をすると、深緑色の上着に白のズボンの兵士さんは私の足元を見てハッと目を見開いた。

「ユマ様、靴がございませんでしたか? 申し訳ございません、今、連絡して持ってくるように……」

「ありますあります、ごめんなさいっ」

 私は慌てて扉を閉めた。


 ……ここは外国。家の中でも靴を履く文化の、外国。

 私は顔を両手でパンとはたくと、ティキアさんが用意してくれた柔らかな布靴(部屋履き?)を履いてからカーテンを開け、陽の光を浴びて頭をしゃっきりさせた。

 さっさと終わらせて、帰ろう!


 そうこうするうちに、ティキアさんが寝室に朝食を持って来てくれた。朝食は脚つきの大きなトレイに載っている……脚つき?

「ユマ様、寝台で召し上がりませんか?」

 まさかこんな所で、「ベッドで朝食」を初体験するとは……。せっかくなのでそうさせてもらったけどね。


 パンにジャムとクリームの添えられた朝食(甘……)を食べながら、こちらの結婚の形についてティキアさんにもう少し話を聞くことができた。

 現代日本人の私からすると、例えばDVとか浮気とか、結婚した後で問題が起こったらどうするんだろう、それで離婚した後にいい人と巡り合ったとしても再婚できないなんて……と思うわけで、そのあたりの感覚を聞いてみたのだ。

 ティキアさんが言うには、前提からして違うらしい。

 まず、本人同士の恋愛結婚もあることはあるけれど、親同士の決めた相手に神様がオッケーを出す形(占いのようなお告げのような何かがあるらしい)で結婚が成立するのが基本。神様の認めた唯一の人と結婚するわけだから、相手を大事にするのが当たり前だし、もし大事にしなかったら天罰が下ると信じられているそうだ。たとえ天罰が下らなかったとしても、神への冒涜をはたらいたことになるので神殿に呼び出されるわ、村八分みたいなことになるわ……とにかく大変なんだって。

 じゃあ、伴侶とうまく行っていても他に好きな人ができちゃったら、それも神への冒涜になっちゃうのかな。とすると、やっぱりその気持ちは胸に秘めて……。


 教会での結婚式で誓われる、「健やかなる時も、病める時も……命ある限り真心を尽くす」という、あの有名なフレーズが思い浮かぶ。

 神様との約束を、大事に大事に守り抜く……。

 ここはそんな世界なのだと、私は解釈することにした。だからこそリドリースさんは、女王イコール愚王だったという歴史よりも、神様に選ばれた証である星紋を信じて、男のフリをするという一番モメない形で王様になったのかもしれない。


 そんな風にしみじみしていたら、ティキアさんが相変わらずクールに

「離婚した後で、好いた相手と一緒にひっそり暮らしている人もいますけどね。要は、死んで天に召された時に『結婚した相手は生涯唯一人でした』って神様に言い切れればいいわけですから。まあ、王族や貴族は体面もありますから、同棲って訳にいきませんけど」

 と付け加えたので、ちょっとガクッと来てしまった。



 朝食の後で昨日の居間に移動し、リドリースさんにザクラスさん、それにラメルさん(音声のみの参加)との打ち合わせが始まった。

 リドリースさん、ザクラスさんと私の三人で、まずは本宮にいる人たちの前に姿を現して、結婚の報告をしなくてはならない。披露宴を催すそうだ。

 それを手始めに最初のうちは、無理を言って私を呼びだしてくれた神殿の手前、三人で仲睦まじくしている様子を見せる。

 私はともかく、ちやほやされてにこにこしてればいいらしい。何か困ったことがあったら、「こちらのことはわからなくて……」と二人の夫に甘えればいい、と。そんな感じ。

人目もあるし余計な波風を立てないために、私もリドリースさんザクラスさんを「さん」付けじゃなくて、ちゃんと「陛下」「殿下」と呼ぶことにした。


 それから、しばらくは本宮の陛下たちの部屋で暮らす。元々ここしばらくブラコン兄弟を演じていた二人は、一つの居間を共用して両脇にそれぞれ寝室のある形の、三間続きの部屋で暮らしていたらしい。

 そこを少々模様替えして、居間が一番大きいのでそこを寝室にする。なにしろ三人一組の夫婦の寝室だからね……うわー。で、元々リドリース陛下の寝室だった部屋を居間に改装して、夫婦のプライベートな時間はそこで過ごす。ザクラス殿下が使っていた居間の方は、私のドレスを置いたり色々するらしい。この作業はすでに始まっているそうだ。


 それから徐々に、私とリドリース陛下だけの時間を増やす。

 人々が「やっぱり三人の夫婦なんて無理だったのさ、陛下とユマが一組の夫婦であるのが自然だ」と思うように。


 そして、ある日突然、私は不思議な現象で元の世界に呼ばれてしまい、あらがえずに帰ってしまう。この辺は、ラメルさんが協力してくれる。

 リドリース陛下は一生私を想い続けると誓い、あぶれた(?)ザクラス殿下はちゃんとしたお相手を見つけて結婚する。元々、異世界の女は特例扱いだったし、陛下と私がお互い唯一無二の相手だったのだとなれば、殿下がもう一度結婚するのも通るだろう。

 めでたしめでたし、というわけだ。


 ティキアさんに生活の基本的な所を教えてもらったり、ラメルさんにチョーカーの使い方を教わったりしながら、数日が経ち――。

 いよいよ、本宮へ移る日がやってきた。


「ちょっと地味じゃないか?」

「ユマがこれでいいなら、いいと思う。私は控えめな方が好きだ」

「陛下はそうかもしれませんが、城の女性たちはもっと華やかですよ」

「違いが出た方がいいと思うが……比べられるとユマが辛いかな」


 二人の夫に検分されているのは、初めてドレスを着た妻です。


 ティキアさんが何種類か用意してくれた中から私が選んだのは、薄いのに割とカッチリした生地でできたクラシカルなドレスだった。星歌宮みたいなホワイトチョコレート色で、胸元は四角く開き、チョーカーの金の竪琴がよく見えるようになっている。

 袖はレースの七分。スカート部分は逆さのチューリップみたいに丸く広がり(下にパニエみたいなのをはいてる)、後ろは何やら襞を寄せて立体的になっている。化粧は自分の化粧道具でしたけど、ティキアさんから一発オッケーが出た。


 陛下と殿下は、そんな私の姿を上から下まで眺めながら真剣に話し合っている。

 でもさぁ、誰かと美しさで張り合わなければいけないわけじゃないんだから、お二人がオッケーならもうそれでいいような気がするんですけど。


「あの。もう行きませんか」

 私は訴えた。本宮へ行くんだと思って緊張するのにも疲れました、さっさと行きましょうよ。

「お、やる気十分だな」

「よし。行こう」

 ザクラス殿下、リドリース陛下が私の両脇に立ち、私の側の腕を軽く上げる。

 私は思い切ってお二人の腕につかまり、星歌宮の正面玄関を出た。玄関ホールで、ここで働く人々が「いってらっしゃいませ」と見送ってくれた。

 さあ行くぞ、本宮まではどのくらい歩くのかな?


 ……目の前に、きらびやかな馬車が停まっていた。

 ……徒歩はないよね。そりゃね。


 最初の勢いはどこへやら、これに乗って城に乗りつけるという華々しいシチュエーションにしり込みしそうになった私は、お二人の腕にぶら下がるようにしてどうにか馬車に乗り込んだのだった。

 次は聖歌隊が歌っちゃったりフラワーシャワーが舞ったりしちゃうんじゃないでしょうね。誰の結婚よ。……って、私か。


 それからはもう、あれよあれよという間だった。

 シンデレラ城、じゃなくて本宮、その正面の車寄せ(あ、馬車寄せ?)で馬車を降りる。数段の階段を上って吹き抜けのホールに入って行くと、老若男女がまるでウェーブするみたいに順々に「おめでとうございます」と頭を垂れ、膝を曲げる。

 もはや道など覚えられないまま進んだ、赤い絨毯の敷かれたきらびやかな廊下。廊下? 広いし天井高いし色々飾ってあるしで、細長いホールみたい。

 はるばる歩いて、ヒールのある靴に足が痛くなってきた頃、彫金の施された扉の前にたどり着いた。「ここが私たちの居間だよ」と通されたその部屋は星歌宮の居間に似ていて、私もひとまず休憩することができた。

 でもそれも、クロールの息継ぎみたいにほんのつかの間。夕方になったら、また移動。


 いよいよ、リドリース陛下の秘密を知らない人たちが大勢集まる、私たちの披露宴が始まるのだ。


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