幕間~黒髪黒目を喚んだ理由(わけ)
柚真がエガルテにやって来た、その前日のこと。
「それでは、お二人で相談なさって、どんな女性を召喚したいかを表現して下さい」
神官ラメルが言うと、国王リドリースは
「表現?」
とつぶやいて王弟ザクラスを見た。ザクラスは口の端を上げて言った。
「絵画や詩などの、芸術的表現のことです」
つやつやと光る木の長机に背の高い椅子が並べられた、神殿の一室。
リドリースとザクラスが並んで座った向かい側にラメル、そして神殿で最も力を持つ神導長が座っている。高齢の神導長はラメルに話を任せ、静かに会話を見守っていた。
「僕になるべく、正確な像を伝えていただきたいのです」
ラメルは二人を交互に見る。
「普通の言葉だけでは伝わらない部分を、補うものが欲しいのです。女性を召喚する術を使うのは僕ですので。そうでないと、僕の想像が入ってしまいますから」
「なるほどな」
リドリースはうなずき、面白そうに笑って顎を撫でた。
「ちなみに、ラメルの好みの女性はどんな女性なんだ?」
「どっ」
ラメルは口をパクパクさせた。
「僕にっ……好みなんて……なっ……も、申し上げられませんっ」
「神官は結婚もできるのだから、うろたえることなどなかろうに。何を慌てている」
片方の眉を軽く上げるリドリース。ラメルは口元をもごもごさせて下を向いた。
「……しかし困ったな、私には芸術の素養がない。王家で育ったお前の方が、そういったことは得意だろう?」
リドリースが椅子の背にもたれて隣に視線を送ると、話を振られたザクラスは肩をすくめた。
「教養としてはやってましたが、昔の話ですし、嫌々です。陛下こそ、市井で過ごされた自由な感性をお持ちかと」
「そんなことはない。先だってお前が描いてくれたお前の母上の絵など、その辺の紙にさらさらと描いたにしては見事なものだった」
「ふふ……兄上は褒め上手ですね」
「真実を言っているだけだ、弟よ」
微笑み合う二人の様子に、神導長がちらりと視線を投げ、また下げた。
「それに、女性を苦手にしてきた私に、好みの女性などいないしな。お前が描いてくれ」
リドリースが言ったのを受け、ラメルは自分とザクラスの間あたりに厚地の紙を一枚と木炭を置いた。
「とにかく、二人の夫を持つという特例が唯一認められることになる、異世界の女性です。こちらの女性とは見た目からして異なる必要があります」
ザクラスは人差し指ですっ、と紙を引き寄せると、木炭を手に取りながら言う。
「しかしな……こちらの女性と言っても色々だ。それの全てに当てはまらないような女性など、想像もできないぞ」
「とりあえず、こちらで『女性らしい』ともてはやされる容姿は避けた方がいいだろうな。胸が大きく、腰のあたりも肉感的で、顔や首回りがすっきりとした……その逆か」
リドリースの意見を聞き、ザクラスは視線を宙に浮かべて考える。
「とすると、小柄でほっそりした女性が思い浮かびますね。俺は本当は、胸があった方がいいですが。後はそうだな……髪や目、肌の色はどうします?」
「色、ね……それも、そんなに突飛な色を持つ女性など存在するかな? 青だの緑だの」
「エガルテの昔話で、異世界から人がやってくる話がありますが、あれは確か陛下のような金髪だったな……」
「あ、色……申し訳ありません、今、顔料をお持ちします」
二人の会話に、ラメルがあわてて立ち上がる。宗教画を描く部署がある関係で、彩色の道具は神殿内にあった。
ザクラスが、ふと目を見開いた。そして、
「いや……いい」
とラメルを止めると、興が乗った、という風に手を素早く動かし始めた。
髪の部分を黒炭で塗りつぶし始めると、リドリースは面白そうにうなずいた。
「なるほど。黒髪か」
「ひと目で、この国の女性ではないとわかって良いのではないかと」
「うん。黒髪など、おとぎ話にしか出て来ないしな。いっそ、目も黒くて良いのではないか」
「そうですね。年の頃は」
「こちらの成人年齢で良いだろう」
詳細が決まって行く様子を、神導長とラメルは黙って見守る。
そうして描き上がったのは、顎の長さの黒髪に黒い瞳、頬はややふっくらしているものの全体的に細身の女性の絵だった。貴族の女性のようなしとやかな雰囲気ではなく、にっこりと大きく笑っている。
「いかがですか、陛下」
「うん。何だか、悪戯好きの妖精みたいだな。お前がいいなら、私はそれでいい」
リドリースとザクラスはうなずき合い、紙をラメルに渡した。
ラメルがそれを神導長に見せ、神導長がうなずくと、ラメルは二人に向き直った。
「お預かりします。……それでは、僕は今夜から『響弦の間』で、召喚の準備に入ります。明日、陽が中天に差し掛かる時刻までに、『響弦の間』の前に起こし下さい。召喚が成功すれば、その頃に女性が現れます」
「わかった」
リドリースとザクラスは、同時に立ち上がった。神導長とラメルも立ち上がる。
「面倒なことだが、これが最ももめごとが少なく済む方法と思う。よろしく頼む」
「神のお導きのままに」
神導長の言葉にリドリースはうなずいた。さらにラメルにもうなずきかけてから、彼はザクラスを従えて部屋を出た。
神殿を出る大階段は、陽光に眩しく照らされている。
「さて……うまく行くかな」
階段を降りながらリドリースがつぶやき、ザクラスは答えた。
「最終的に女性を呼び出すのはラメルです。あいつは俺の幼馴染ですから、性格はわかっているつもりです。そのあいつが心に浮かべた像を響かせて呼び出すんですから、おかしな女は来ないと、俺は思います」
「うん。そうだな。私の方は彼との付き合いは浅いが……信頼している」
階段を降り切ったところで、リドリースは辺りをちらりと見回して立ち止まった。ザクラスに顔を近づけ、ささやく。
「なるべく早く、元の世界に帰すのだから……深い付き合いになると、辛いぞ」
やはり足を止めたザクラスは、軽く目を見開いた。
「わかってますよ、何を心配されてるんです。俺はいいんですよ、国の女性を遠ざけるためだけの役ですから、異世界の女性と仮の結婚をしたらお役御免みたいなものだ。一番大変なのは陛下でしょう」
「……それはそうだが……うん。そうだな、私がうまくやらなくては」
リドリースはつぶやくと、苦笑した。ザクラスは肩をすくめる。
そして二人は庭園を抜け、星歌宮へと戻って行った。
タイトルの答え:黒炭一本で描けたから(ドヤァ