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4 リドリースの秘密

「な、なんっ、なんっ……!?」

 驚きのあまり、悲鳴を上げるタイミングすら逃した!


 私はあわてて、リドリースさんと距離を取ろうとした。でも、お湯の中では素早く動けない。

 手でお湯をばっしゃばっしゃかきながら後ずさる私に、リドリースさんが心配そうに何か言っているけれど、あのチョーカーを外してきてしまったので言葉がわからない。

 いやいや、言葉がわからなくても、ピンチだってことはわかるよ! お風呂の中で男の人と二人きりなんだから!


 その時、リドリースさんがするりと、お湯着を脱いだ。


 どうやら最初から、腰ひもを結ばないままお風呂に入ってきたようで、その動きは一瞬だった。つまり、私はまともに、リドリースさんのハダカを見てしまい……。


「えっ」

 お風呂の縁につかまったまま、私はテンになった目で凝視した。


 彼を――ううん、彼女を。


「……女のひと……?」


 リドリースさんはちょっと恥ずかしそうに苦笑すると、もう一度お湯着を羽織りなおして、ささやかながらもはっきりとわかる曲線を隠した。そして、脱衣所(?)に置いて来たはずのチョーカーを、紐の所を持って私に差し出した。

 おかげで、私がそれを受け取りながら、

「リドリースさんがブラコンで、ザクラスさんはシスコン……?」

とウッカリつぶやいたのが伝わってしまって、

「……説明させてもらえるだろうか?」

とリドリースさんを苦笑させてしまったのだった。


 そのお風呂の隣には、お湯着のまま休憩できる小さな空間があった。漆喰の壁の、ガラスのない窓からは庭が、ぽっかり空いた天井からは空が見えるようになっている。

 空は紫からオレンジへとグラデーションになっていて、すでに夕暮れ時であることがわかる。


「ザクラスと必要以上に睦まじくして、二人で一人の妻を持ちたいなどと言って女性を遠ざけたのは、私が女で、女性と結婚できないからなんだ。では、なぜ男のフリをしているのかを話そう」

 リドリースさんは相変わらず男前な口調で、ベンチに並んで腰掛けている私を見た。

 チョーカーの金具をつけ終えた私は、あ、と声を上げた。

「ラメルさんには、聞こえていてもいいんですか……?」

「うん。彼は知っている話だから、構わない。それに、『神殿としてあなたを見届ける』ようなことを言っていたけれど、あれはあくまで神殿としての建前であって……私たちの友人としての彼は、私たちを信用してくれている。風呂だと言ってあるから、たぶん今は聞いていないと思うよ」


 そうなんだ……。

 私は話の続きを待った。

 そよ風が窓から吹き込んできて、火照った頬を冷やしてくれる。


「幼い頃に、王家を出奔したと話したね。……結婚相手は唯一無二であるという文化は、宗教を下地にしたものだ。国民の心に深く根付いている。しかし、国民の模範となるべきはずの父王は、欲に負けた」

 リドリースさんは空を見上げる。

「王妃がありながら、侍女――私の母に手をつけたんだ。ユマの国の常識がどんなものか、私は知らない。けれど、とにかくこの国で、すでに王妃のいる父王のこの行動はあり得ないものだったと思って欲しい。そしてその結果、私が宿った。母はそのことを隠して職を辞し、密かに私を生んだが、ことをもみ消そうとする父王の手のものが私たちのことを調べ上げた。子どもが女であることも」


 空の色が徐々に深くなり、リドリースさんの玲瓏な横顔が、ベンチの横に灯るランプの光に浮かび上がる。少し長めの金の後ろ髪が、白い首筋にまとわりついている。


「母は、別の夫婦の元に私を預けてたった一人で逃げた。追っ手を引きつけるためにね。そしてその夫婦は身元をごまかすため、私を男として育てた。ここまではいいかな」

「あ、はい」

 リドリースさんは私を見る。

「結局、追いつめられた母は、赤ん坊に見せかけた荷物を抱いて、海に身を投げてしまったそうだ。そのおかげで、私は追われることなく生きながらえた」


 さらりとそう話したリドリースさんは、私が何か言う前に、次の話に移った。


「さてそれからしばらくたって、父王と王妃の間にザクラスが生まれた。王妃はその数年後に亡くなり、跡継ぎが一人では何かあったときに心許ないということで、神殿は父王が第二王妃を迎えることを認めた。王族だけは、死別後の再婚が認められているからね」

 あ、そういえばさっきそんなことを。

「やがて父王は自分の地位に酔い、徐々に税金を上げて軍備につぎ込み、大規模な徴兵を行って国民の生活を圧迫し始めた。詳しいことは省くが、本当に……国民にとって辛い時期だったと思ってくれ。成長したザクラスは父王をいさめたが、父王は聞く耳を持たない。そんな時、第二王妃が重い病にかかった。そしてザクラスは、それが毒薬によるものだと気づいた」

 えっ。それ、まさか……。

「もし第二王妃が死んでいたら、父王は第三王妃を迎えていただろうね。幸い命は取りとめ、郊外の離宮で静養されているが」

 リドリースさんは目を伏せる。

「あの……じゃあもしかして、最初の王妃……ザクラスさんのお母さんが亡くなったのも」

「ああ。落馬による怪我が元で、とはなっているけどね。……それがきっかけで、ザクラスは父王を倒すことを決意した。しかし、王は神託によって選ばれた者。追い落とすのは誰もがためらう。多くの人々を翻意させ、味方につけるのは難しい。多くの血を流さないためにも、味方は多ければ多いほどいいのだが……ああ、陽が沈むな」

 空を見上げていたリドリースさんは、私の方を向いて前髪をかき上げた。

「ユマ。これを見て」


 私は目を見張った。


 リドリースさんの額に、いくつかの光の点と、それを結ぶ細い線が浮かんでいた。まるで星座みたい……。


「それがさっき、王族の特徴って言ってた……」

「そう。王家の血を引く人間には、身体のどこかにこの星紋が出るんだ。そして夜だけ、こうしてうっすらと光る。私が結婚しなかったわけがわかるかな」

「あっ。そ、そうか」

 私は内心、手を打った。

 だってだってつまり、ねえ? 配偶者とは夜だって一緒に過ごすのに、ずーっとおでこ隠してたら変だものね。

「秘密を打ち明けてもいいと思えるほどの男がいれば、結婚しても良かったんだが」

 足を組む仕草まで男らしいリドリースさんは、そう言って冗談っぽくため息をついた。

 はは、まあ、ここまで大きい秘密だとなかなかハードルが高いよね。


「エガルテ王家の長い歴史の中には、『神に遣わされた救国の英雄』と言われる王が何人かいるんだが、その王たちには額に星紋があったと言われている。つまり、同じ場所に紋を持つ私が新しい王として立てば、父王を退けることにも多くの者が納得するだろう。流れる血も少なく済む。それで今、私が国王になっているわけだ」

「で、でも、女王として即位しなかったのはどうしてですか? エガルテは、女王は認めない国なの?」

「実はその通りなんだ」

 リドリースさんはため息をついた。

「国の黎明期には女王も何代かいたのだが、いずれも愚王でね。いくら私が額に星紋を持っていても、もし女王として現れたら、味方につかない者も多かっただろう」

 はぁ……女王様たちってば、後世にまで多大な迷惑をかけてくれちゃって……。


「まあ、私は元々男として育てられたから、この状況を少々面倒だと思いこそすれ、辛いと思ったことはあまりないけれど。……涼しくなってきたね。続きは後にして、もう一度、湯につかってから出ようか。食事の用意もできているだろう」

 リドリースさんは私の手を取って立ち上がらせ、慌ててその手を離した。

「ああ、ごめん……女だとわかったら、こんな風にされるのも複雑かな? 男としての行動が染み着いていてね」


「いえっ、大丈夫です。男でも女でも、リドリースさんみたいに綺麗な方に親切にしてもらって、嫌な人はいないと思います」

 私が思わずエヘヘと笑うと、リドリースさんは軽く目を見張ってから微笑んだ。

「ユマこそ可愛いよ。笑ったのを初めて見たな。……ユマを召喚するときに使った絵も、笑顔だっただろう。あれは、召喚者であるラメルに私たちの望みを伝えるためにザクラスが描いたんだが、実物はもっと可愛い」


 うわぁ……これ、傍目には男性に口説かれてるみたいに見えるんだろうな。傍目があればね。


 私は歩きながらも、斜め上に視線を逸らした。

「お、女の子の『あなたこそカワイイよ』は、あてにならないんだから」


 ふと、リドリースさんが立ち止まった。

 私も数歩先で立ち止まり、リドリースさんを振り返る。

「どうか、しました?」

 リドリースさんは、ちょっと視線をそらした。

「……いや。初めて『女の子』扱いされたな、と」


「あっ、ごめんなさい!」

 私は思わず口を覆った。確かリドリースさん、二十九歳……「女の子」とか超失礼だし!

「いや。意外と嬉しいものだな、と思ったんだ」

 リドリースさんは微笑むと――はにかんでる? ――またゆっくりと歩き出した。


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