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3 エガルテにおける結婚とは

「私は、幼い頃に王家を離れていて、自分が王族であることを隠して市井で生きていた。しかし三年前、二十六歳の時、先代の国王が悪政をしいていた関係で……細かいことは省略するが、とにかく王家に戻って先代を廃し、八十八代国王として即位せざるを得なくなった」

 リドリースさんは、おそらくかなりざっくりと説明してくれる。横からザクラスさんが、

「先代というのは、俺たちの父親のことだ」

と付け加えた。


 お父さんを廃して……ってことは、何かクーデターみたいなことがあったのかな。

 私はそう思いながら、おとなしく続きを待つ。


「ザクラスが私を探しに来た時、私は二十五歳だったが未婚だった。そのことからもわかるように、私には結婚する気がさらさらなかった。理由はいくつかあるが、一つには結婚などしたら、配偶者には王族であることがわかってしまう身体の特徴があったからだ」


 ……こっちの男の人って、二十五で結婚してなかったら、適齢期過ぎてるってことなんだ? じゃあもしかして、女で十八の私なんかとっくに適齢期なのかも……。


「しかし、国王となってしまったからには跡継ぎ問題が発生する。周囲は私に、貴族の令嬢の誰かとの結婚を迫った。私には結婚したくない理由が他にもあったので、ひとまず女嫌いを理由に、ひたすら突っぱねた。さんざんごねてから、一つ提案をした」

 リドリースさんは爆弾発言を落とした。


「愛する弟のザクラスが選ぶ女性となら、結婚してもいい。結婚生活も弟と一緒が良い、と」


 ……はい?


 ザクラスさんが、追い打ちをかけた。

「俺も言った。兄上と俺がそれぞれ結婚したら、それぞれの家庭のことも考えなくてはならない。それは嫌だ。俺は常に兄上と共にありたい、一人の妻を通じて三人でひと組の夫婦になりたい、と」


「ブラコン……!!」

 思わず口をついた。


 さぶいぼが立っちゃったよ、キモっ!


 でも……んん? リドリースさんの苦笑、ザクラスさんのニヤニヤ笑い……どういうこと?


「えっと、その提案が通ったってことなんですね……? この国は、一妻多夫の形が普通なんですか?」

 恐る恐る尋ねる。ところが、

「いや。その逆」

 リドリースさんは首を横に振った。

「結婚とは唯一の相手との結びつきであって、離婚は認められているものの、再婚は後継ぎの必要な王族しか認められない。それも、最初の結婚相手と死別した時のみ。複数の夫や妻、愛人を持つことなどもってのほか。大昔にはそれが認められた国もあったようだが、宗教が統一された現在はそういった制度はない」


 は、はあ……つまり一度誰かと結婚したら、その後運命の人と巡り合っても、もう結婚はできない、と……なんか厳しいなぁ。それに、王様や女王様でも、側室とかを持つことはできないのね。


「そんなこの国で、私たち兄弟の提案を無理矢理押し通したんだ。私が救国の英雄だという、その立場を利用して」

 リドリースさんは自嘲気味に言う。


 そこまでして無理を通す、どんな理由があるんだろう……?


「他に無理など言ったことがない私たちの唯一の我がままに、婚姻を司る神殿も即座に却下するわけにはいかないようだった。だが、問題は相手の女性だ」

「そう。俺たちはまあいい、『唯一の相手』が被ってしまった、という無理矢理な解釈ができなくもないからな。でも女性側は違う。二人の夫を持つなどという不道徳、喜ぶ女性などいない」

 ザクラスさんが「やれやれ」というように両手を広げる。

 うん……そういう下地があるなら、国民、ドン引きだろうなぁ。例え二人と結婚したいっていう女性がいても、周囲が大反対しそう。


「そんな風にこの国の女性が俺たちから遠ざかったところで、第二段階。ラメルが、神殿にある提案をした」

 ザクラスさんの声に、喉元の竪琴が反応した。

『はい。この国の女性に複数の夫を持たせることは無理がある。でも、異世界の女性ならどうか、という案です』


 まだ慣れない響きに、再びぎょっ、としたけど……え、私の話になった?


『異世界から女性を呼んで、その女性に特例を与え、三人を夫婦にさせる。苦しいですけど、それならかろうじて神殿の面目も保てると、そう提案したわけです。リドリース陛下とザクラス殿下のおっしゃることは無茶苦茶なのは誰もがわかってますから、それでも後継ぎを望むならこれしかないと、そういう風に話を持って行きました』


「な……」

 ……色々と突っ込みたい事はあるけど、裏に何かありそうな感じ。続きを聞こう。


『生まれた子が陛下の子か殿下の子かわからなくとも、どちらにせよ後継ぎの資格はありますからね。あ、そう言ったのはもちろん建前で、本当に子どもを作らなくてはいけないという意味ではありませんよ、もうちょっと聞いて下さい』

 ラメルさんの声が、すまなそうな響きを持たせながら続く。

『それで、異世界の女性をこちらに召喚することになりました。女性は、一目でこの世界の者ではないとわかる外見がいい。もしエガルテ国民だとでも思われたら、国民の反発は必至だからです。それで、こちらには存在しない髪色、瞳の色、顔立ちの女性を呼び出すことになりました。それが、あなたと言うわけです』


 え? それだけの理由で、異世界から?

 髪の色なんて染めればいいじゃない。瞳の色くらい、カラーコンタクト……はなくても光の加減とか何とかでごまかせそうだけど。

 顔立ちはまあ難しいか……でも、探せば一人や二人くらい「こっちの顔立ちっぽくない女性」なんていそうだけどなぁ。日本人にだって、欧米人に間違われるような彫の深い顔立ちの人、いたもん。


「あの……そろそろ教えて下さい。なぜ、そんな無理を通す必要があったのか」

 私が恐る恐る申し出ると、リドリースさんが腕を組んでちょっと視線を逸らした。

「うん、そうだな。……訳を話しただけでは信じられないだろうから、見てもらうのが手っ取り早いんだが……」


 すると、控えていたティキアさんがさらりと言った。

「お湯殿のご用意ができております。ユマ様もお疲れでしょうし、いかがでしょうか」


「え? お風呂!?」

 何を唐突に!? と思っていたら、ザクラスさんが一つうなずいた。

「それがいい。そろそろ、腹も減っただろう。風呂の後、食事しながらまた話そう。いいな、ラメル」

『はい。では後ほど』

「はあ……」

「ユマ様、こちらへどうぞ。お着替えもご用意いたしますから」

 ティキアさんに促されたけど、さすがに、迷った。


 こんな知らない場所に一人ぼっちで来たばかりなのに、服を脱いでお風呂!? そんなことできる人がいるならお目にかかりたい。むしろ、一人になれる場所に閉じこもって、布団かぶってひきこもりたいくらいなのに。


 でも……そうか。一人になれるなら。


 少し、誰もいないところで頭の中を整理したかった。お風呂でも何でも、いったんこの場を離脱して一人になれるなら……。

 私はためらいつつも、ティキアさんについていくことにした。


 案内されたお風呂は、いわゆるローマ風呂、というやつだった。

 直径十メートルくらいある円形のお風呂はクリーム色の石(大理石?)でできていて、透明なお湯の中にすり鉢状の階段が見えた。天井はドーム状で、木や花などの絵が掘りこまれている……とよくよく見てみたら、外光を透かすほど精緻に彫り込まれているみたいだ。明るいと思った。

 いくつも建っている柱にも何か模様が彫り込まれていて、柱の合間合間にもランプがいくつも灯されていた。


「いかがですか? 入られますか?」

 先に中を確かめたい、と着衣のままお風呂を覗いていた私に、後ろからティキアさんが声をかける。

「はい……それじゃあ……でもあの、私の荷物、このままにしておいて下さいね」

 携帯やら筆記用具やら入っているトートバッグを頼むと、「もちろんです」とクールなティキアさん。できる女、という感じだ。

「お着替え、手伝いますね」

「いえあの、私の国では、そういうことは自分でやらないと恥ずかしいんです。大丈夫ですから」

 慌てて説明すると、ティキアさんは割とあっさりと、

「そうですか。それでは、こちらがお湯着ですので……あ、必要なら、ということですが、どうぞ。わたくしはすぐ外におりますので、何かありましたらお声をおかけ下さい」

と言って出て行った。


 お湯着、というのは、リネンっぽい生地のバスローブだった。裸が不安だったので、急いで服を脱いでそれを着る。着たまま入っていいってことだよね。

 ここまで来たらさすがに開き直ろうというものだ。私はチョーカーを外して脱いだ服の上に置き、浴室に入ると、木桶でお湯着の上からざっと湯を浴び、恐る恐るお湯に浸かった。


 強張っていた身体がじんじんして、ほとんど強制的にほぐれて行く。お風呂の力は偉大だ。私の好きなぬるめの温度なのも、神経を落ちつけてくれた。ふんわり甘い匂いがするのは、何かお湯に入ってるのかな……。


 さあ。状況を整理しよう。


 私はここに来る前、大学のサークル棟にいた。ちょっとした事情から、入学した春にはどこのサークルにも入らなかったんだけど、一年生も終わりの今になってから自分を変えるために色々なことに挑戦しようという気になって、面白いサークルがあったら入ってみようと偵察に行ったのだ。その日は大学の試験の最終日で、サークル棟にはかなりの学生がいたように思う。私はぶらぶらと中を歩いていて……。

 そして気がついたら、この国……エガルテ? の神殿にいた。この流れがよくわかんないけど、気を失ってる間に連れて来られたとか、そういう系だろうか。気を失った覚え、ないけどね。

 最初に会ったおじいさんは、たぶん神殿の偉い人だと思う。その人とラメルさんという神官、それに国王のリドリースさんと王弟のザクラスさんに会った。二人と書類上の結婚をしないとここから出られない、と言われて、書類に偽名を書いて結婚した……らしい。

 神殿だと自由に話ができない、っぽい感じだったな。何か神殿の人たちに知られたくないことがあるんだろう。それで、リドリースさんとザクラスさんと私は、こっちの……星歌宮って言ったっけ、お城に移動。

 そこで聞いた話によると、リドリースさんはこの国の女性と結婚したくないわけがあるらしい。それで、妻を兄弟で共有したいとか言っちゃって、女性たちをドン引きさせて遠ざけ、この二人と結婚したいというものはいなくなった。

 日本は一夫一婦制だけど、他の国には必要があって一妻多夫にしているところもあると聞いたことがある。だから私は、それを変わってるなと思いはしたものの、とんでもなくおかしいことだとは思わなかった。

 でも、こちらの人は違ったってことね。結婚相手はたった一人という文化、ていうか宗教? だと言っていたから、そういうつもりで考えてみれば、確かにしょうがないと思う。

 ――で? 私と結婚して、その後はどうするんだろう。それに、そこまでしてこの国の女性を遠ざけたい訳は?


「ユマ」

 いきなり声がした。


 私は飛び上がった拍子に、座っていた段差から滑り落ちて頭までお湯に浸かってしまった。

「……っぶはぁっ、げほっげほっ」

「――、――!?」

 心配そうな声、私の手を握るもう一人の手。その主は……。


「り、リドリースさん!?」

 目の前に、お湯着を着たリドリースさんが、腰までお湯につかって立っていた。


 二人の男性と書類上の結婚をしたその日、私は夫の一人と一緒に、お風呂に入ることになってしまった模様です。


お約束その1?

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