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2 家に帰してほしければ

 ぱらぱらと続く祝福の声に見送られて、私はリドリースさんとザクラスさんに挟まれるようにしてそのまま階段を降りた。槍を持った兵士さん(?)が何人かついて来て、圧迫感を感じる。


 階段を降りたところは広場になっていて、大きな水盤の真ん中を通路が貫いている。両脇には模様が彫り込まれた石柱が立っていて、その向こうは綺麗に整えられた庭園だ。

「あの……」

 私が誰にともなく質問しようとすると、リドリースさんが微笑んだ。

「詳しいことは、(みや)でゆっくり話そう。ユマも、周りが男ばかりじゃ落ち着かないだろう? 侍女が待ってるはずだから」

「じじょ……」

 状況がわかっていないせいか、耳慣れない単語は意味が頭に入って来ない。

 でも、綺麗な庭園のような場所をごく普通に歩いているうちに、ほんの少し落ち着いて来た。

 何だかちょっと暑い……おかしいな、今は二月の半ばで、こないだ降った雪が解け残ってたはずなのに。ポンチョを着た背中が、やや汗ばんでいる。


 水盤の切れ目で角を曲がったとたん、私は目を見張った。


 並木道の向こうに石のアーチがあり、そのさらに向こうに、可愛いお城が建っていた。

 まるでホワイトチョコレートでできているかのように、薄いクリーム色の建物だ。近づいていくにつれ、その壁のところどころを透かして、黄色い石が点々と埋まっているのが見えている。

「星歌宮だ。あそこに部屋を用意してあるから」

 ザクラスさんが言ったけれど、あまりに自分の常識と違う世界に、私は黙っていることしかできなかった。

 もしここが私の知っている場所だったとしても、自分が場違いなことくらいはわかる。ここで「わぁきれいなお城!」とかはしゃぐほど、空気の読めない女じゃない。


 門のすぐ向こうに、腰に剣を下げた深緑色の制服姿の男性が数人、待っていた。

 私たちが門をくぐると、彼らは右の拳をみぞおちのあたりに当てて軽く礼をし、私たちのすぐ後ろについて歩き出した。

 ちらっと振り向いて見ると、神殿から一緒だった槍を持った人たちがもと来た方へ戻って行くのが見えた。門を境にして、担当の場所が違う? そんな感じ。


 お城は両脇に二つの塔がくっついたような形をしていて、塔の上にはそれぞれ違う文様の旗が立っている。

 入口の、重そうな石(大理石?)の扉は開け放たれていて、中は小さなホールになっていた。緩やかなカーブを描く階段が二階から続いていて、その階段の下で何人かの人が待っていた。

「おかえりなさいませ」

 まず声をかけてきたのが、髭を生やして髪を七三にした、スーツ姿の男性。それに唱和したのが、頭をレースの布で覆った、焦げ茶のワンピースにエプロン姿の女性数人。 ……見た目で、どんな役割を持った人々なのかがわかるような気がする。さらに、全員一斉に「おめでとうございます」と頭を下げた。

 うなずいて応えたリドリースさんが、

「ありがとう。とにかく、部屋に」

と言うと、ワンピースの女性の中の一人がさっと進み出て、スカートをつまんで膝を軽く曲げた。赤茶っぽい髪をアップにまとめた、クールな感じの若い女性だ。

「ティキアと申します。奥方様、どうぞこちらへ」

「おく……?」

 聞き返す間もなくその人は歩き出し、私たちは後に続くことになった。

 くうう……も、もういい。行きつくところまで行ってやるっ。


 赤いじゅうたんが敷かれ、壁に燭台たぶんがたくさんついた廊下を、一行はどんどん進んで行く。皆さん私より背の高い人ばかりで、コンパスが長くてスピードが速いのだ。

 私の身長が百六十ちょうどなんだけど、左隣のリドリースさんは百七五かもうちょっとくらいありそう。右隣のザクラスさんはさらに高い。

 一人だけ走るのもおかしいので、競歩みたいにざかざか歩いていると、

「ティキア、早すぎ」

 ザクラスさんが私の肩に手を置いて、前方に声を投げた。気づいてくれたみたい。「あ、失礼を」とティキアさんの歩調が緩む。


 あれ? と、私も気がついた。

 さっきまで、あんなに肩を組んだり内緒話したりといちゃコラしていたリドリースさんとザクラスさんが、いつの間にかそういった行動をやめていたのだ。今は至極真っ当な距離を置いて歩いている。


 やがてたどり着いたのは、重厚な両開きの木の扉の前だった。

 ティキアさんが扉を開き、いったん脇に退いて頭を下げるそこへ、まずはリドリースさんに促された私が、そしてリドリースさんとザクラスさんが入った。

 最後にティキアさんが、扉を閉める。


 そのとたん、少し場の雰囲気が変わった。


「いつものことだが、神殿に行くと気疲れするな」

 ザクラスさんがマントを外しながら部屋の中へと進み、少々だらしなく足を開いてソファにどっかりと身体を預けた。ティキアさんがマントを受け取る。

「私もだ。ここに戻って来ると、ホッとする」

 リドリースさんもマントを預け、向かいのソファにどっかりと腰かけた。長めの前髪をかき上げながら大きくため息をひとつつくと、苦笑を浮かべて私に声をかける。

「ああ、ごめん。ユマ、どうぞこっちに座って」


 ……おそるおそる、示された一人掛けのソファに浅く腰かけた。


 ティキアさんが、傍らのワゴンでお茶らしきものを準備している。白いカップが鳴る密やかな音だけが、部屋に漂う。

「さて……どこから説明しようか」

 リドリースさんが軽く身を乗り出し、膝に腕をかけて手を組んだ。

 あ、ラメルさんじゃなくて、この人が説明してくれるんだ。

 この際、誰でもいい、とか思っていた私に、こんな言葉が降ってきた。


「ユマの世界では、自分が住んでいる場所以外にも世界があるという事実は、知られている?」


「………………」

 ……そんな、当たり前のように『事実』とか言われても。


「知られていないみたいだね。ここが、そう」

 リドリースさんは軽く両手を広げた。

「ただ、こちらの世界の人間も、一般人は異世界のことなどほとんど知らない……昔話のように、本当か嘘かわからないような曖昧なものだと思われている。エガルテの長い歴史の中で、こちらに来た人間もほんの数人らしいしね。とにかく、帰る方法はあることはあるので、はるか遠くに旅行にでも来たと思ってくれ。その、ユマの都合を無視してしまっていることは詫びなくてはならないけど」


「そ、そうだ。私、この後予定が」

 思わず腰を浮かせると、リドリースさんは今度は両手を下向きにし、抑えるような仕草をした。

「ああ、それは大丈夫。その予定がいつであっても、必ず間に合う時刻にユマを帰すから」

 いつであっても?

 ザクラスさんが口を挟んだ。 

「ユマがこちらに来たのと同じ場所、同じ時に、ユマを帰すことができるそうだ。さっきの神殿の力でな。そうだな、ラメル」


 ん? ラメル?

 だって、ラメルさんついて来なかったじゃ……。

『はい。その通りです』

 いきなり、私の首のあたりで声が響いた。


「きゃあ!?」

 私は悲鳴を上げた。チョーカーの竪琴の弦が震えて、人の声を発しているのだ。

 反射的に引っ張って外そうとする手を、横から止められた。振り払おうとして、それがティキアさんの手だと気づく。

 表情はクールだけど心配の色を浮かべた瞳、優しいほっそりした手に無体なことはできなくて、ひるんでいるうちに声が続いた。

『驚かせて申し訳ありません。ザクラス殿下、急すぎですよ』

「悪い。でも、ここでの会話を他にも聞いてるやつがいるってことは、早めに明らかにしたかったんだ。後からわかると気分悪いだろう」


「こ、これ、盗聴器みたいなものなんですか!?」

 かろうじて尋ねると、リドリースさんが言った。

「盗聴というか、こちらからも使用することができるから、通話するための道具だね。そして、異なる言語同士でも、言葉の持つ意味を相手の心に響かせることができる道具。勝手を言うようだけど、神殿の宝物だから大事に扱ってもらえると助かる」

 ラメルさんの声が続く。

『あなたが大事なく過ごしているかどうか、神殿としては常に確認しておきたいんですが、神殿の人間は許可を得ないと城の中に立ち入れません。お互い基本的に不可侵なので。それで、今はこれを通して、神殿の人間では僕だけが話を聞かせていただいています。後で、あなたが聞かれたくない時はきちんと聞こえないようにする方法をお教えします』


 そして、すぐに話を続けた。

『その、竪琴の弦のように、あなたの世界とこちらの世界は並行して存在します。そして、こちらで行使した力を、隣の弦に――あなたの世界に響かせることができます。僕たちはそうやって、あなたをこちらの世界へ呼びました。あなたの助けを求めて』


「助け……?」

 聞き返すと、ラメルさんの声が続く。

『エガルテ王室は、とても不安定な存在です。それを確固としたものにするために、あなたの力が必要なんです』


 異世界とか何とか、私には相変わらずわけがわからなかった。でも、自分が普段過ごしている場所から切り離されてここにいさせられている、それだけはわかる。

「何……なんなんですか。それ、私じゃなきゃダメなんですか? この国の人じゃなくて?」

 声がだんだん大きく、叫び声のようになってしまった。ティキアさんが、リドリースさんやザクラスさんと私を心配そうに見比べているのがわかる。


 その時突然、

「おい」

 ザクラスさんが立ち上がった。

「ラメル、言葉を飾るな。俺たちが行っているこれは、彼女にとっては犯罪だ。どう取り繕ってもな」

 そして私に近づくと、ソファの肘掛けにズン、と両手をついた。ソファがわずかに揺れ、私はザクラスさんの両手の間で身体をすくませる。

「ユマは、俺たち一味に誘拐されてここに拘束された。家に帰してほしければ、俺たちの出す条件を呑め。そういうことだ」


 誘拐……拘束。言うこと聞かないと、帰してもらえない……。

 自分の目に、涙が盛り上がるのがわかる。瞬きをしたらこぼれそうだ。でも、ザクラスさんの視線がそれを許さない……。


 突然、ぱこん、といい音がした。


 ザクラスさんが「がっ」と変な声を出して振り向く。

「っ兄上……」

 リドリースさんが、トレイを片手に立っていた。あれでザクラスさんの頭をぱこんとやったらしい。

 袖で涙を拭く私を見てから、リドリースさんはザクラスさんに強い視線を投げた。

「彼女を泣かせるな。お前も別の意味で言葉を飾りすぎだぞ。……自分を悪者に仕立てるのはともかく、酔うな」

 ザクラスさんは頭に手をやりながら、苦笑してソファに戻った。


 リドリースさんはトレイをティキアさんに返すと、私の腰かけたソファの脇に片膝をついて、私を見上げた。

「率直に言う。私たちの抱える問題を解決するには、この国の者ではなく異世界の女性が必要だった。それで、勝手を承知であなたをこちらに呼び出し、私と弟の両方と婚姻関係を結ばせたのだ。ただし、これ以上はユマの望まないことは決してしない。どうか、協力してもらえないだろうか」


 私はリドリースさんを見つめ返してから、目線だけを動かして、部屋の中の人々を見回した。


 表情だけは変わらないのに、胸にトレイを抱きしめて心配そうなのが丸わかりのティキアさん。

 先ほどから声を発しない、ラメルさん。竪琴は沈黙している。

 そして、少し下がって私たちの会話を「やれやれ」という表情で聞いているザクラスさん。

 ――自分が悪者になることを恐れない物言いに、信用できる人だ、と思った。


 台風みたいな状態だった頭の中が、すーっと凪いだ。


「……お……けほん、けほん」

 私はこわばった喉を咳払いでほぐし、言いなおした。

「お話を、聞いてからでも、よければ……とにかく、続きをお願いします。あの、騒がないでちゃんと聞きますから」


「……ありがとう」

 リドリースさんはふんわりと微笑んだ。


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