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プロローグ

 小国エガルテの、城の前広場は、集まった国民たちのささやき声で満ちていた。


 広場の中央には、月光に照らされた丸い石舞台。祭典の時などに神に奉納する舞や演劇などを催すのに使うそれに、今は銀色の鎧をつけた兵士が数人、物々しく立って八方を見渡している。

 石舞台の中央には装飾的な東屋があり、その中に地下に通じる階段があった。階段を上り切ったあたり、東屋の丸い天蓋の陰になった場所に、マントをつけた人影が一つたたずんでいる。


 やがて、地下の階段から石舞台に、一人の男が数人の兵士によって引き上げられた。後ろ手に縛られたその男はうなだれていたが、石舞台に膝をつかされると顔を上げて辺りを見回した。

 憎しみにゆがんだ初老の男の顔、その左の頬に、小さな光点が細い線でつながった星座のような文様が浮かび上がっている。


「陛下」

 国民のざわめきが、一瞬だけ大きくなった。

 が、その声は再びささやきに戻った。その様子は、戸惑いと――そして、この舞台でこの後に起こるであろう何かへの、期待に満ちていた。


 男を連れてきた者のうちの一人が、舞台の端まで進み出た。

「聞け! 皆に圧政を敷いた王は、玉座から退けられた!」

 腹の底から発せられ、響きわたる声。その声の主は灰色の短髪の若い男で、銀の鎧にマント姿。その他大勢の兵士たちと同じ出で立ちでありながら、臆することなく立つその姿には威厳があり、集まった者たちを心服させる何かがあった。

 人々の視線を受け、若い男は安心させるように、わずかに頬をほころばせた。

「神に選ばれし王を退けることに、皆が不安を覚えているのは知っている。しかし、神は皆の苦しみと願いを知り、新しい王をお遣わしになったのだ!」

 男が振り向くと、その視線に応ずるように、東屋の陰にいた人物が前に進み出た。


 月光に照らされて立ったその人物は、やはり銀の鎧にマントという姿だったが、幅広の赤い布を額に巻いていた。

 ゆっくりとした動作で、その布が取り去られる。

 軽くうつむいていた顔が勢いよく上がると、首筋までの金の髪がふわりと舞った。

 まるで冠か何かのように、額にぐるりと星座のような文様が浮かび上がった。


「額に星紋が……」

「『救国の王』だ!」

 広場のざわめきが、一気に大きくなった。


「我こそは新王リドリース!」

 王旗のように掲げた赤い布が夜風にひらめく。金の髪のその人の、高らかな声。

「エガルテが神から預かる玉座、血で汚すことなく引き継ごう。エガルテに安寧を!」


 とたんに、歓声が爆発した。

 長らく愚王に虐げられてきた国民は、喜びと祝福の声を新王に送った。身体に神の紋を持つ王に背くことを恐れ、耐え忍んできたが、額という最も神聖な場所に紋を持つ新しい王が現れたのなら何の憂いもない。

 いつの間にかかつての王は兵士によって連れ去られ、新王は国民の祝福の声を聞き届けようとするかのように、石舞台を一周して広場を見渡していた。

 


 歓喜の爆発はおさまったものの、興奮冷めやらない広場を後に石舞台を降りた新王は、兵士の護衛によって地下道を通り、城の前広場に出ると正門を入った。

 城へと続く石畳の道を、かがり火に照らされながら進む。後ろから、先ほどの灰色の髪の男が後を追って来る。

「国民の理解が得られて良かったですね、兄上……いえ、新王リドリース陛下」

「ザクラス」

 リドリースは歩調を緩め、二人は並んで歩き出す。ザクラスと呼ばれた男の方がわずかに背が高くがっちりとしているが、リドリースも引き締まったすらりとした体躯をしている。

「広場の人々の顔を見て、名乗りを上げて良かったと、心から思った。お前が私を探し出し説得してくれたお陰だ」

 その言葉に、弟は口角を上げた。

「俺は何も。額の星紋を隠して暮らしていたあなたを見つけるのが骨だっただけで、後は全てあなたのお力です」

 そして、付け加えた。

「どこまでも、お供しますよ」

 リドリースは笑って何か言いかけ、ぴたり、と足を止めて顔を上げた。


 城へと続く道の途中、分岐した道のずっと向こうに、壮麗な神殿が建っている。その手前に白いマントをまとった者が数名立ち、こちらを見てゆっくりと頭を下げた。

「神導長と神官たちも、無事に新王が認められて安堵しているのでしょう」

 ザクラスがささやくと、新王は軽くうなずいた。そして、傍らの弟にだけ聞こえる声で言う。


「エガルテの安寧のために、私は守ると誓う。この、ただ一つしかない真の星紋と――ただ一つの、“(いつわ)り”を」


 ザクラスはうなずきで応える。

 二人は再び足を踏み出すと、城の中へ入って行った。


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