無色☆サンタクロース
表札に書いてあるのは、“【さんた】ご自由にお入り下さい。”の文字。
『いらっしゃい』
なんだか興味をそそられた表札の文字に、覗くだけ覗いてみようとドアの前まで足を踏み入れた。
するとすぐに、カラカラとドアが開いて、どこからか声が聞こえた。
そうっと中に入ってみると、玄関には小さな台の上に紙とペンが置かれていた。
“あなたの願いを書いて下さい。
奥のテーブルでどうぞ”
パステルカラーの花が適度にちりばめられた、かわいらしい便箋だった。
私はその紙と、緑色のインクのボールペンを取り出した。この便箋には、緑色が合う気がして。
奥へ進むと、テーブルには一人、既に座っている人がいた。
同い年くらいの男の子だ。
私は、彼の右斜め前に座った。
(願いごと…)
表札の文字からして、サンタクロースへの手紙、のようなものだろう。
そういえば昔はよく、サンタさんに手紙を書いたことを思い出す。目立つように、カラフルにしたっけ。
(願いごと………)
今の私の、欲しいものはなんだろう?
100点の数学のテスト。
ってそんなことを頼むのは、なんだかサンタさんに失礼だ。
そんな点数とれたら夢みたいだけど、とれなくてもそんなに困らないような気がする。
(う~ん…………)
右斜め前に座る男の子の紙を、ちらりと盗み見た。
「……弟の病気が、治りますように―――?」
心の中で読んだつもりだったのに、声に出ていたらしい。
男の子は驚いて、ぱっと顔をあげた。
「――あ、ごめんっ…参考に…しようと思って……」
「いいよ」
「弟さん、病気大変なの?」
「…まあね。コレも願掛けみたいなものだけど」
「そっか……。」
自分の願いばかりを考えていた私は、なんだか恥ずかしくなった。
「じゃあ私も―――」
『人の真似は駄目ですよ』
「!」
さっき、玄関で聞いたのと同じ声がした。
でも周りを見渡しても誰もいない。
さっきもそうだった。何?幻聴?
「今、声しなかった?」
「うん」
「どこから………?」
「?ここにいるじゃん」
男の子の指差す場所には、ただ壁があるだけだった。
『サンタクロースの姿は、願いの強い人にしか見えないのですよ』
「え、君見えないの?」
驚いたように、男の子は言うから、馬鹿にされたような気がしてちょっとむかっとした。
それじゃあまるで私が――――………、でも、その通りだ。
強い願いなんて、持っていなかった。
毎日どこか、満たされないような日々を送ってるように感じていたけど、よく考えてみれば、足りないものなんてない。
身体は健康、お金持ちじゃないけど、貧乏でもない。
数学の成績は悪くても、体育の成績はむしろ良い。
欲しい物はたくさんあるけれど、どうしてもって訳じゃない。
「……………」
自分のためじゃなくて、人のために―――願いたい。
「……世界、平和?」
しばらく考え込んだ末に書き出した私の願いごとを、男の子は読み上げた。
「や、ふざけてる訳じゃないんだよ。真剣に―――、そう思ったの。ていうか、思ってたの、きっと」
『これは素敵な願いだね』
またあの声が聞こえた。
髭に隠れて少し微笑んだ口元が、ぼんやりだけと見えた。
(おしまい)