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中学一年生の孟秋、幸福の定義 中

 美優と一緒に教室に入った太一は、もうすっかり不幸の手紙の話をクラスメートに披露する気は無くなっていた。道みち美優と語りすぎて、話す面白味がなくなってしまった。

――それにしても……。

 と、教室の自分の席に着いた太一は考えた。もしかしたら、手紙の差し出し人は、自分と美優のことをよく知っている人間なのだろうか。二つの文面の筆跡は非常によく似ていた。仮に同一人物だとすると、自分と美優のどちらにも不幸になって欲しい人間ということになるだろうが、さて。

――恨みか……。

 全く心当たりがない太一が美優にも訊いてみると、

「あるわけないでしょ! なんでわたしが恨まれなくちゃいけないわけ!」

 『手紙』の件で気が立っているのか、激しい声を浴びせられた。

 だとすると、単なる数合わせで二人が選ばれたか、それとも二人ともかなりのニブチン野郎ということになる。後者だったら嫌だなあ、と思った太一が、一限目の授業準備のため、机の中からごそごそノートやら教科書やらを取り出していると、

「――不幸の手紙が来たの」

 朝のがやがやしたクラス内で、それはむしろひそやかな調子だったが、太一の耳に確かに飛び込んで来た声がある。美優かと思ったが、そうではなく、別の女子である。どうやらその子にも不幸の手紙が来たらしい。近づいて行った太一が詳しい話を聞くと、詳しいも何もとにかく今朝ポストを覗いてみたら入っていたというのだ。

「わたしも!」

「おれもだ!」

 驚くべきことに、手紙をもらった者は、クラスの半分に及んだ。何人か、太一や美優のように現物を持って来た子がいて、照らし合わせてみると、みな同じものらしい。

「五人でいいのに、なんてサービス精神があるやつだ」

 一枚一枚手書きで書くなんて大変だったろうに、と太一が笑って言うと、そんな問題じゃない、とたしなめる声が上がり、ついでそれは、

「許せない!」

 手紙の発信人に対する怒りの声へと変わった。

 こうなるともう太一は、まったく不幸の手紙から興味を無くしていた。自分のところにだけ来たのなら話題性があるが、美優をはじめとしてこんなに来ていたんじゃ注目を集めることができない。

 騒ぎを遠巻きにしていると、太一は、ふと斜め前の席の男子に目を留めた。

 彼もまた、不幸の手紙騒動には加わらず、新書に集中している。我関せず、といった風であるが、盛り上がっているクラスメートたちを馬鹿にした様子ではない。ポーズではなく、本当にただ自分の興味に没頭している趣である。

 騒ぎがおさまらない中で、初老の担任が現れて、何をがやがやしているのか、と尋ねたところ得た答えに対するに、

「不幸の手紙なんてものは、まったく非科学的な迷信です。そういうものを皆さんは信じないように」

 という、並一通りの訓示が与えられた。

 太一は、全くその通りと思いながらも、アホか、とも思った。

 信じないように、と現に信じている者に言っても効果は無い。

「お前のところにも来た?」

 昼休み時間、太一は斜め前の席の男子に話しかけてみた。

 名前は、加藤(レイ)

 外見にも成績にも運動能力にもこれといって特筆すべきところはなく、性格は、朝の不幸の手紙話に加わらないあたり、一人を好む寡黙な、簡単に言えば暗い男子というのが、大方のクラスメートの評価だったが、太一はまた別の評価を下していた。

 とはいえ、どういう評価をしているのかと問われると、これに答えるのはなかなか難しい。小学校が違うので中学校で同じクラスになって初めて話す機会を得てから半年、まだはっきりとした評価を下せていない。

 どこがどう、とはっきり言うことはできないのだが、他のクラスメートの男子とは違っている。確かに口数は少ないがそれは暗いということではなく、言葉を惜しんでいるかのようであり、しかしそれでいてそのまなざしには人を拒絶する冷たさは無く透徹としている。

 来てないな、と、怜は読んでいた本を閉じ机の上に置いて答えた。

「ってことは、犯人はお前である可能性があるな」

 太一は、からかうように言った。

 怜は嫌な顔をせず、

「もしも犯人なら自分自身にも出すようにするだろう」

 と答えた。

「そうかな。みんながそう考えるからそうしないっていう心理トラップかもしれない」

 太一は、推理マンガを好んで読んでいる。

「なるほど」

 怜は面白そうな顔をするでも不快そうな表情を作るでもなく、真面目に聞いていた。そう真面目に来られると、冗談をやっている身としては返って恥ずかしくなる。太一は、今の話無しな、と断ってから、

「もし来たら、出すのか?」

 と訊いた。

「ん?」

「他人に出さないと不幸になるんだぞ」

「ああ」

 怜は、いや、と首を横に振った。

 太一は、うんうん、とうなずくと、

「まあ、そうだよなあ。信じる方がどうかしてるよなあ。出さないと不幸になるとかさ。大体、不幸ってなんだよ。幸福とか不幸とかって、人それぞれだろ」

 言うと、

「そうとは限らない」

 という答えが返ってきたので、意外に思った。

「ん?」

「確かに細かいところでは人の幸不幸に違いはあるかもしれないが、共通しているものもある」

「へえ、例えば?」

「例えば、健康。健康っていうのは、ほとんどの人にとって幸せなことだろう。健康よりも病気を望む人間を考えるのは難しい」

 おー、と太一は盲点を突かれた思いだった。なるほど言われてみれば確かにそうである。

「お金だって、ありすぎればトラブルの元かもしれないが、適度にあることは誰でも望むことだろうし。家族や友達など、自分の話を聞いてくれる人間の存在もほとんどの人にとって幸福なことだろう」

 怜の語り口は穏やかで、聞きやすい。そこには自分の主張を押し付けようとする強さが無く、やわらかである。

「だから、共通して持つ『不幸』のイメージはある。そういう手紙が効力を持つのは、そのためだろう」

 太一は納得した。

「それでもお前は出さないんだよな、来ても」

 ここまで理路整然と話せる人間が、出すわけないと確信した太一が、話を継ぐためにだけ訊いてみると、やはり、怜はああ、と言ってうなずいた。

「でも、この様子じゃ、出すやつもいそうだな」

 太一は、クラスの動揺ぶりを見ながら言った。昼休みになってもなお、手紙話の熱は冷めず、その熱は正常な思考力を奪うかもしれない。いや、あるいは、そもそも正常な思考力をなくした状態が、そういう熱気を生むのか。

「みんな不幸にはなりたくないからな」

「手紙なんか何の意味も無いだろ」

「意味があるかないかはそれこそ個々人によって違うところだろう」

「どうやって説得する? もしも友達が出そうとしてたら」

 太一は、少し離れたところにいる美優を見ながら言った。他のクラスメートの男子と手紙話をしている声がひときわ高い。

 どうしても説得しないといけない、というそこまでの義理もないのだが、折角楽しく付き合っているのだから、できるならこのまま付き合いを続けたい。不幸の手紙を人に送るような女の子とこの先楽しくやれるかどうかといえば、自信は無い。だから、できれば止めたかった。これは彼女のためと言うよりは、多分に自身のためである。

「出した方が不幸になる」

「え?」

「不幸の手紙を出せば、本当は、出したヤツが不幸になる」

 怜は静かに言った。

「それ、どういう――」

 ことか訊こうとしたところで、予鈴を聞いた。

 怜はもうそれ以上は話す気はないようで、机の上に、次の授業の準備を始めた。太一は、仕方なく自分の席で、教科書とノートを出した。

――出したヤツが不幸になる、だって?

 いや、不幸の手紙は、出せば自分が不幸になることからは逃れられるシステムである。それなのに、逆に不幸になるというのはどういうことだろうか。人の不幸を願うような人間には、結局不幸が訪れるという、そういうことだろうか。人を呪わば穴二つ、ということわざがあったような気がする。

――うーん……。

 そんなことを考えていたら、あっという間に、昼休み後の五限目の授業が終わっていた。

 自分の考えを確かめてみようと思った太一だったが、今日は五時限で授業は終わりであり、その後掃除をすると、すぐに怜は、部活に出てしまい、太一も部活に行かなくてはならないので、機会を得なかった。

――まあ、いいか。明日聞けば。

 そう思って、部活を終えて帰ろうとしたときに、ちょうど怜の姿を見かけたので、おっと思って声をかけようとしたところ、それよりも先に声をかけた人物がいて、

――川名か。

 それは、同じ一年の女子だった。川名(タマキ)。端麗な容姿を持つ子で、男子の中で特に人気の高い女子である。

――え、あいつら、付き合ってるのか?

 と傍目に見えるほど、二人は、まるで長年そうしているかのような風情で、連れだって歩く姿がしっくりしていた。

 太一も、他の男子と同様、ちょっと環のことがいいなあと思っていたので、これはちょっとしたショックだった。

――いろんなことが起きた日だなあ。

 複雑な思いを抱きながら家に帰ると、美優から電話が来た。

「あのさ、タイチに出してもいい?」

「……不幸の手紙か?」

「それ以外にないでしょ」

 いよいよもって本気らしいぞ、と思った太一は、自分の解釈を彼女に伝えた。人の不幸を呪えば、結局それは自分に帰ってくるんだぞ、と言ってやると、なるほど、と美優は携帯電話越しに感心したような声を出した。分かってくれたかと思ってホッと胸を撫で下ろした太一だったが、

「で、出してもいい?」

 全然分かっていなかったようである。

「お前さ、本当にいい加減にしろよ」

 太一は癇癪を起こしかけた。こんな分からず屋、見たことない。

「ダメなの? ダメじゃないの? どっち?」

 ダメだと言えば、そんな手紙を気にしていると思われてムカツクし、とはいえ本当に出されたりしたら、そんなもの頭から信じていないわけだけど、さすがに気分が悪い。美優に出すのをやめてもらうしかないわけだけれど、説得する材料が無い。太一は進退極まった。そうして、

――なんでこんなことでグズグズ悩まないといけないんだよ。

 と、不幸の手紙を出したヤツを呪った。これは正当な呪いだから、呪ったってかまやしないだろう。

「……分かった、じゃあ、一週間経って気が変わらなかったら、好きにしろ」

 太一は譲歩した。

「サンキュー、タイチ。今度デートしてあげよう」

「デートって、オレがおごる罰ゲームじゃないか。それにオレ、カノジョいるし」

「別れたら」

「縁起でもないこと言うな」

「じゃ」

 美優は電話を切った。太一が悩んでいるのに対して、美優の方はなにやらビジネスライクである。それもそれで気に入らない。

 ベッドに横になった太一は、怜があのときどういうことを言いたかったのか気になった。

 明日訊いてみようと思って眠りについた。

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