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アンドロイドとパイロットの話し

作者: 赤川島起

目の前に映るモニターからいくつもの情報があふれる。

映し出される空、そこに浮かぶ雲、飛び交う友軍機。その数は14。

少年、それとも青年か。その男は操縦桿を握り、敵機へ迫る。

敵機は凄まじい機動力を魅せる。数は1。

そのスピードと旋回力。

そして何より小柄なその敵機。

飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。

こちらの銃撃もひらりひらりとすぐさま躱す。

圧倒的な性能差に一機、また一機と友軍機が撃ち落とされる。

それでも、彼は飛び続けた。伊達にエースの称号をもらっていない。

撃ち、容易に躱され、撃たれ、危なげに躱す。

どれぐらい経っただろうか。まあ、そんなに経ってないのは確実だが。

いくつかの銃撃を躱したそのパイロットは、そのあとに衝撃を受けた。

バンッ!強い音と、それに伴う衝撃。

躱した後に、敵機が空中に設置した空中小砲の一撃を受けた。


(しまっ!!)


その刹那、隙、チャンスに敵機に翼とエンジンを“切り裂かれた”。

エンジンと翼をやられ、成すすべもなく海へと落ちていく。

まだ映るモニターの前に写っていたのは敵機。

明らかに小さいそのフォルム。

背中から生えた機械の翼に、あどけない少女の姿。

美しい黒髪の少女の持つ、漆黒に光る高周波ブレードの刀。

強力な近代兵器、戦闘用『生体』アンドロイド。

その力の前に、エースパイロットは敗れた。


「ちくしょう…。」


そしてモニターが消え、目の前が真っ暗になった。


ひとりのエースパイロット、白川しらかわりょう

彼は、最新鋭の戦闘用生体アンドロイド、テトラによって。

完全なる敗退を戦闘“訓練”にて味わっていた。


―――――――――――


時は未来。

極東の島国、日本と呼ばれる土地は、戦争に巻き込まれていた。

別に戦争を起こしたわけでも、関わろうとしたわけでもない。

もともと、戦うという概念の薄いこの島国は戦争を嫌う風習があった。

そもそも温厚で、平和的。言ってしまえば大人な民族なのだ。

だが、ほかの国のゴタゴタに巻き込まれてしまい、その渦に飲まれてしまった。

回避しようと、和平条約を結んだ国や、中立と呼ばれた国とも接触した。

もともと、二つの大国の戦争に、様々な小国も巻き添えを食らってしまった。

その中でも、日本は小国ながら、技術の進んだ先進国だった。

そして、軍事的にその場所は重要な位置を占めていた。


だから、直接戦争に参加していなかった日本に核ミサイルが発射された。


間一髪。なんとかそのミサイルを撃ち落とし、無効化した日本だった。

だが、日本を巻き込んだことによってほかの国々は痛いしっぺ返しを食らうことになる。

戦争を嫌う、温厚な民族といったが、自殺者数は世界トップクラスだった。

終わりの選択肢に死を選ぶように、死を恐れずらい種族であることを示しているのだ。

散ることが美という概念さえある。

そして、“核”を撃ったことも、日本人の怒りを買った要因の一つであろう。

おとなしい人を怒らせると後が怖いという、まさに文字通り。

日本はその、高い技術力を本格的に軍事転用し、ある兵器を作り上げた。


生体アンドロイド。


もともと、世界初のアンドロイドを作り上げたのはロボット大国日本。

初号機、『零』を開発し、感情プログラムを作成し、公にはされていないが、戦闘用アンドロイドを開発したもの日本だ。

当然、ほかの国も技術を学び、調べ、盗み、戦闘用アンドロイドは多数の国で実用化された。

小回りの効く『無人』重兵器。矛盾しているが、戦闘用アンドロイドとはそういうものだ。

だが、日本が作り上げた戦闘『生体』アンドロイドは一線を博していた。

アンドロイドの根底を覆す、矛盾した内容。

そもそも、『機械』によって制作されていない。

生体コンピューターという言葉を聞いたことがあるだろうか。

現在では生体機器と呼ばれるが、最も身近なものに脳があるだろう。

そう、生物学的『肉体』を持って、『機械』と同等以上の働きをこなすアンドロイド。

徹底的に遺伝子操作を行われ、成長過程も強化された『生物』。

また、生体アンドロイドはその維持、向上、修理に部品や改造を基本的には必要としない。

そこが大きな利点なのだ。実際、戦争に局所的に優秀な兵士がいてもあまり効果はない。

もともとの武器、兵器、アンドロイドが強力すぎて意味があまりないのだ。

だが、生体アンドロイドは違った。

その戦闘能力もさることながら、大きいのは修理、維持にコストがかからないこと。

維持には食事(戦闘用は専用の食事がないと戦えないが)、修理には治療薬及び治療術があればよし。破格のコストパフォーマンスを実現した。

そして最も大きいのは、生産。

本当に簡単で、ただ子孫を残させればいいだけだ。

この形に至ったのも日本の特性を見れば当然の成り行きだった。

日本は資源国ではない、工業国だ。

日本から採れる鉱物は多くはない。完全パーフェクト再利用リサイクルもできてはいるが限界はある。

だから、機械から生物へ、軍事力のシフトチェンジをしたと考えられる。

まだまだ数は少ない。そもそも、最新鋭の技術で導入されたばっかりなので当たり前だろう。

だが無論、非人道的だとも言われることになるかもしれない。

それでも、最後の一線だけは守っている……と思うかは人次第だが。

まず、彼ら、あるいは彼女ら生体アンドロイドは軍事用であるないにかかわらず(まだ軍事用以外はいないのだが)ある程度、人権が認められている。

言ってしまえば、生まれたときから軍人になることが決まっているようなもので、ほかは人間と同じ生活を営むことができる。

同じというが、生体アンドロイドは計算上、平均で18才で肉体の成長期が終わり、100才まで若い期間を維持し、寿命は200才ほどらしい。

若い期間が長いのは、戦う以上必然。その後の寿命が長いのも、優秀な裏方として働けるように配慮されているのだろう。

また、意外だが、機械で作られた人工アンドロイドにも、感情プログラムがセッティングされていれば、生体アンドロイドと同じように、人権が認められている。


話を戻す。


生体アンドロイドたちは、生物で人型であるため、精神活動はヒトのものと変わらない。

人工アンドロイドも、感情プログラムがつけてあれば、生体アンドロイドと同じ。

そのため、裏切りやクーデターを危惧するのは当然だ。

最悪、ハッキングされてしまったら手がつけられない。

だが、緊急停止のプログラム、対生体アンドロイド麻酔、その他もろもろの停止要素をつけてしまえば弱点になりかねない。

その問題は、アンドロイドの最大の弱点が解決した。

それは燃費の悪さ。高い出力を誇るがゆえに、最大戦闘時間がかなり短いのだ。

最長で4時間。全力戦闘ならば2時間程で燃料スタミナ切れだ。

人工アンドロイドは燃費が良いわけではないが、さまざまなエネルギー利用で生体アンドロイドよりは上だ。

あと、日本の情勢も味方した。

日本は戦争に“巻き込まれた”。その火の粉を払うために、自分たちが作られた。

そういう合理的かつある意味当然な理論にしたがい。生体アンドロイドたちは日本に、創造主たちに味方している。

そしてハッキング。これに関しては、高いセキュリティで何とか防衛している。

人工アンドロイドならハッキング対策も当然だが、実は生体アンドロイドたちにも、ハッキング対策をされている。

にわかに信じがたいが、徹底的にカスタマイズしたコンピューターに、生体アンドロイドたちの脳が勝ったのである。


これらが、生体アンドロイドの性能。強力だが、まだまだ粗い。

まだ、最新技術なのだから当然だ。

しかし、機械を上回る、戦闘能力、低コスト、そして頭脳。

これからの主力になるであろう生体アンドロイドたち。

――――生体人造人間バイオロイドとそう呼ばれている。


―――――――――――


日本海上第2基地 通路


「あー、負けたぜチクショウ!」


「涼さんはかなり戦えてましたよ。っていうか、たった1機でアンドロイド“隊”と戦えるバイオロイドに勝とうとしてたんすか!?無理っすよ!」


「いーや、勝つ!次の訓練までに対人造人間アンドロイド対策シュミレーションを中心に徹底的に対策する。」


「それ普通の訓練メニューじゃないっすからね!!ほんと、“アンドロイドに戦闘機で勝つ”なんて芸当ができる人軍の中でもごく一部っすよ。」


「できれば、対生体人造人間バイオロイド対策シュミレーションをやりたいんだけどな~。」


「少なくともまだ出来てませんし、出来ても普通の人には無理ですよ!?」


シュミレーションを終えた二人の戦闘員。

一人はエースパイロットで、この基地最高の戦闘機乗り、白川涼。

もう一人は、涼の後輩にして、訓練生徒の、安室あづちまなぶ

訓練生徒というのは、優秀な隊員に与えられる後輩の訓練任務の対象者。

生徒とあるが、もちろん正規の新人軍人。しかも、将来有望の人物が就くものである。

優秀な隊員に直接教えてもらえるため、将来有望な人選がされるのも当然だ。

そんな二人が通路を歩いていると、渡りの空中通路に差し掛かり、さまざまな機械のメンテナンスがされる光景が見えた。

丁度いいと、涼はそのまま学の復習をすることにする。


「問題。生体人造人間バイオロイド生体人造動物バイオアニマ人造人間アンドロイド人造動物アニマロイド。強い順に並べなさい。また、逆順になるとどういう順になるか答えなさい。」


「バイオロイド、アンドロイド、バイオアニマ、アニマロイド。逆順は、燃費の良い順っす。」


「正解。」


「いやー、しっかしいきなりっす――。」


「問題。」


「ちょっ、またいきなりっすか!?」


「……なぜ、俺の機体は、あのブレードに切られたのか答えなさい。」


「え、……えーと。」


「質問を変えよう。」


「?」


「なぜ、こんなご時世に、ブレードなんてものを使っているでしょうか?」


「……よく切れるから?」


「7割はずれ。」


「あれ?なんか中途半端じゃないっすか?」


「アホ。オマケの3割だ。」


「でも、少しは合ってたんすよね?」


「重要な部分が抜けすぎだアホ。」


「ぐぬぅ。……答えはなんですか?」


「簡単だ、“あの”ブレードで切れないものは存在しないから。」


「あっ。あー!そうか、超高硬度炭素ダイアカーボン。」


「やっと、思い出したか……。」


「はい!」


「罰として、部屋に戻ったら、訓練シュミレーター戦闘版一周な。」


「一周!?あの厳しいシュミレーションどんだけあると思ってるんですか!!」


「口ごたえしたから二週。」


「鬼いいいぃぃぃー!」


そんな、件で歩く中。反対側からも人が通っていた。

そう、“人”だ。味方で、しかも休憩中に構える道理はない。

ただ、さっきの訓練の記憶が、二人を緊張させた。

涼は表に出さないが、学からは少し感じ取れる。

ただ、彼らの緊張が、その歩みを止めた。

やってきた涼よりふた回りも小さい少女。

生体人造人間バイオロイドの第1世代、空中型1ランク。


テトラ。


「………………。」


無言のまま通るテトラ。シュミレーションの後、簡単にメンテナンスを受けたらしい少女は部屋へ向かうのだろう。

最新で、最近配属したばかり。そして、女性の少ないこの基地では、話し相手もあまりいない。

この基地唯一のバイオロイドのため、同じ境遇のメンバーもいない。

全く話さないわけでもない。話しかけようとしたメンバーも何人かいたらしい。

ただ、もともと無口なこの少女は、会話を続けることができないそうだ。

その少女に歩み寄り、開口一番。涼は少女にこう言った。


「今から俺と、シュミレーターで勝負だ!!」


「………………。」



……


………


…………


……………


………………


…………………ゴスッ!!


無言チョップが炸裂した。


「――ぃってえええぇぇぇぇ!!」


「私は大尉。貴方は少尉。言葉遣いには気をつける。……わかった?」


「……はい!!わかりましたから勝負!!」


「それなら構わない。訓練は大切。向上心は立派。」


「ぃよっしゃー!!ぜってぇ勝ってやんぜ!!覚悟しろよ!!」


ガスッ!!


すねキック炸裂。


「ぐおおおぉぉぉぉ!!」


「だから言葉遣い。」


蚊帳の外の学。

あのグライダー隊のエースと言われている先輩が、少女にいいようにあしらわれている様がなかなかシュールだな。

と、そんな事を思いながら、なんか、シュミレータールームへ移動を始めたようなので、とりあえずついていく。


(なんか……。先輩、楽しそうだなぁ。)


「おい、学もるんだからな。」


「え?聞いてないっすよぉー!?」


―――――――――――


シュミレーター内 機体:戦闘機


「っしゃあ!!今度は勝つぜぇ!!」


(……この人にあるのは向上心じゃない。子供っぽい意地だ。絶対そうだ!!)


「いつでもいい。」


戦闘シュミレーター。

訓練用に全基地に配置されている機械で、様々な戦闘兵器の訓練を行うことができる。

なお、シュミレーターはバーチャルリアリティー型で、それ相応のコンピューターを使用している。

それでも、バイオロイドの訓練は負荷が大きいため、性能が足りないのだが、残りはバイオロイド自身の計算処理能力を借りている。


2人が乗るのは戦闘機「グライダー」。戦闘機の中では最新を誇る機体だ。

無論、新人である学に、この機体は支給されていない。

支給されているのは涼が所属する「グライダー隊」である。

そのためか、支給されている涼ほどこの機体には慣れていない。

それでも、さすがは将来有望の新人とも言うべきか。

戦闘前の機体のセッティングは迅速で正確。

比べて、基地最高のエース。涼のセットは格が違う。

戦闘前の機体のセッティングは拙速で完璧。

準備の出来た二人。戦闘態勢は整った。


「いくぜ……。」


ゴオオオオオオオォォォォォォォ!!


基地からの発進シークエンス。両端の発進口から飛び出す2機。

既に空中にて滞空しているテトラも、その様子を生体レーダーで感じる。

背中に接続された機械の翼。自動移動の機器、サブユニット。

なお、バイオロイドは自らの専用神経と電子機器と回線をつなげることができる。

右手のプラズマレーザーと、左手の高周波ブレードの最終確認は異常なし。

こちらも、戦闘体制は整った。迎撃準備完了。


ビュウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!!


機械の翼の出力を上げ、始まった高速移動。

小柄な体に合致するように、その素早さと小回りを生かし、空中を舞う。

バイオロイドやアンドロイドは、小回りや瞬間的な加速では、戦闘機に一歩も二歩もリードする。

ただし、直線距離の速さに関しては、大型で多量の燃料を積む戦闘機に遅れをとる。

そもそも、バイオロイドやアンドロイドは、長時間の飛行を想定していない。

悪い燃費と少ない燃料。

様々なところからエネルギーを得られるアンドロイドならともかく、食事しか燃料補給ができないバイオロイドに、持久飛行は不可能。

その代わりに、圧倒的な火力を持って敵を殲滅する。

短期決戦型。その体そのものが機体を破壊できる筋力を持つ世界最強の生命体。

肉体の強靭さもそうだが、専用にカスタマイズされたプラズマレーザーと一撃必殺のブレード。

レーザーの狙いは完ぺきで、ブレードに関しては、もはやリーチの長さなど無意味だ。

戦場内での旋回力も含めた素早さで、バイオロイドにかなう者などいないからだ。


そう、ほとんど一瞬で涼の目の前まで迫っていた。


「ゃられかよぉ!!」


その声と共に、涼の機体が一気に急降下する。

上方向へのブーストを使った緊急回避。

グライダーには、緊急回避のブーストが搭載されている。

上下左右正面背後。6方向全ての緊急移動だけではない。

いくつかのブーストを組み合わせれば、斜め方向へも移動可能。

それでもやはり、重力のある地球上では(シュミレートだが)、真下への回避が最も速い。


そのすれ違いざまに、真上にいるテトラを撃った。


音などほとんどしない、サイレンサー性の強いプラズマレーザー。

ブーストと同様、プラズマレーザーの配置も、上下左右正面背後。

エースの狙ったプラズマは、正確にテトラへと向かっていく。


だがそれも、テトラを避け、別の方向へと流れてしまった。


プラズマを“曲げた”その正体。それは、アンチレーザーフィールド。ALFと呼ばれるものだ。

アンドロイド及びバイオロイドにのみに搭載を許された、レーザーチャフ。

その圧倒的な計算処理で、付属の機器を使用し、即興でフィールドを生成する。

計算された電磁波を使用し、電気であるプラズマの“逃げ道”を作ってしまう代物だ。

ちなみに、一部の戦闘機にも似たようなものが使われている。

プラズマを多少拡散させ、防御に使用する。

だがしかし、完全に捻じ曲げてしまうのはALFしか、現在では開発されていない。

そして、戦闘機にアンドロイドのコンピューターを積めば使える、というものでもない。

強力な電磁波そのものが、戦闘機自体を狂わせてしまうからである。

アンドロイドのように、突出した手足による特殊な電界があれば、話は別であるが。

そもそも、アンドロイドに使われるコンピューターは安くない。

戦闘機に積むくらいなら、より戦果を挙げられるアンドロイドにしてしまったほうが賢明だ。

そんな、バイオロイドとアンドロイドが使用する特殊な防御フィールド。


それを貫けるのは、通常弾。そして学の機体から次々と放たれる。


しかし、放たれた銃撃は、ことごとく切り裂かれた。


当たる銃弾だけを判断し切り裂く。

バイオロイドの反射神経と、対応できる筋肉がそれを可能にした。

アンドロイドには無いしなやかさ。

そんな強力な相手に、隙を与えまいとする二人。

流石は師弟というべきか。抜群のコンビネーションだ。


ダダッ!!


そのコンビネーションを生かし、2発の銃弾がテトラの肩へ当たる。


ポロッポロッ。


だが、その銃弾は落下する。

さながら、人体に米粒を当てた要領で。


「……痛い。」


((嘘付けっ!!))


ダダダダダダダダダッ!!


降り注ぐ銃撃。


ダダピュンッダダダピュンッダダッ!!


銃撃にプラズマを混ぜた攻撃。


ギギギギギギギギギィン!!


切り裂かれる銃弾と逸らされるプラズマ。


ひたすら続く戦闘訓練。

いや、続け“られている”と言う方が正しい。

テトラが意図的に続けているのだから。

テトラが本気を出せば、今頃二人の機体はバラバラに切り裂かれているだろう。


「遊ばれてますね。……違いますか。訓練されてますね。」


「あのヤロウ……じゃなかった。あのアマ、絶対ぇ本気出させてやる!!」


「それはいい。是非やってみて。」


「言われなくとも……やってやらぁ!!」


集中していた訓練のさなか。その時に、突然それはやって来た。


ビー!


ビー!


ビー!


ビー!


「「「!?」」」


警報が鳴り、シュミレーターの視界がブラックアウトする。

明らかな異常事態。基地の隊員全てに警告を伝えるその音。

ところどころで光るライト。その色は――――赤。

赤が表す警戒レベルは、戦闘準備の危険度A。

ほぼ確実に戦闘が起こる合図だった。


―――――――――――


日本海上第2基地 コントロールルーム


「ん?」


「どうした、一村中尉。」


「いえ。この付近の日本海上空中のアニマロイドからの情報通信が途絶えました。」


「そうか。素早い通信の回復を急げ。早急にだ。」


「!?っ中佐!!レーダーに自国ではない機体の反応を確認しました。」


「なんだと!?長谷川少尉、詳しい情報は!?」


「熱源確認。戦闘機のたぐいではありません。機体証文。っ!?」


「なんだ!?機体の情報は!?」


「結果出ました!!アンドロイドです。機体数5機!!」


「5機だと!?他の機体は!?」


「確認します。……こ、これは!?」


「こちら、アニマロイドを確認できました。コントロール不能。ハッキングです!!」


「ちっ!!アンドロイドによるハッキングか……。機体の情報はどうなった!!」


「機体確認。アニマロイド44機、アンドロイド5機、総機体数49機です!!」


「よ、49機だと!?」


「ハッキング元特定。敵アンドロイドです!!」


「くっ!!どこの機体だ!!」


「ハッキングしている機体を確認。韓国製第4世代、「ネット・スパイダー」。他、すべての機体は国がバラバラです。「ネット・スパイダー」以外の機体はハッキングによる司令下に置かれています。あっ!!」


「また何かあったのか!?」


妨害ジャミングです。敵アンドロイドを中心に通信不能!!」


「この距離でか!?くっ、インド製の機体が混ざっているのか。ジャミングの停止時に奪えたか……。」


「現在の警備はアニマロイドとバイオアニマだけです。このままでは突破されます!!中佐!!」


「グライダー隊及びバイオロイド、バイオアニマの出動準備だ!!急げ!!」


―――――――――――


基地内 コントロールルーム及び緊急ミーティングルーム


「沢代中佐!!」


「テトラ大尉、白川少尉、安室三等兵、君たちで最後だ。これより、詳しい状況を説明する。」


ここにいるメンバーは訓練生徒を含めたすべての戦闘員。

立派な白い髭を持つ、高齢でありながら百戦錬磨の風格を持つ厳格な男。

沢代さわしろげん中佐が中心に立っている。

最前列にいるのは今回の戦闘で主力になるであろうメンバー。


基地最強の戦力。

生体人造人間バイオロイドのテトラ。

階級は大尉。


丁寧口調の紳士な男。

グライダー隊リーダーの新井あらい雅和まさかず

階級は中尉。


アンドロイド戦のエキスパート。

グライダー隊のエース、白川涼。

階級は少尉。


小竜のバイオアニマを肩に乗せる、長髪糸目の優男。

グライダー隊の遊撃手、紀伊きい憲洋のりひろ

階級は曹長。


体の上から下まで細めの女性。

グライダー隊の紅一点、安堂あんどう香菜かな

階級は曹長。


この5名が、今回の戦闘の鍵を握るメンバーだろう。

この日本海上第2基地に、アンドロイドは配置されていない。

もともとこの一帯は、戦略的に重要な位置ではないのである。

最新鋭のバイオロイド1人を所属させておけばいい、という考えだ。

対抗できるのはアンドロイド隊だが、それこそ、その国の主力部隊。

辺境の基地の攻略に投入する戦力ではない。


しかし、敵は来た。


彼らはまだ知らないが、今回の戦力はバイオロイド1人で対処しきれる数ではない。

戦闘時間もそうだが、アンドロイドが5機という時点で厳しい。

確かに、バイオロイドはアンドロイド隊と同等の戦力を持つ。

だがそれは、あくまで個体のみの強度の話だ。

プラズマレーザーや高周波ブレードが舞う戦場では、正しい数字になり得ない。

防ぐにも、躱すのにもエネルギーを消費する。

バイオロイドの戦闘能力で、致命的な弱点。

それは、遠距離攻撃の乏しさ。

個体の強度は申し分なく強い。だが、遠距離の攻撃は、結局のところ『武器』だ。

武器の攻撃力は、そうそう変わるものではない。

その分を、グライダー隊が“補う”。

今回彼らは、そのための要員だ。


「敵戦力は総勢49機。ハッキングされたアニマロイドが2機、多国籍のアニマロイド42機、多国籍のアンドロイド5機。敵司令塔は韓国製ハッキング型アンドロイド「ネット・スパイダー」。及び状況から、インド製のアンドロイドも支配下にあると推測されている。他は不明だ。多国籍アニマロイドの中には、友軍である台湾機も含まれている。なお、ハッキング及びジャミングの対策のため、今回の戦闘はオフラインとなる。」


通信無しオフライン戦闘ウォーですか……。」


「そういう事みたいだね、隊長。まあ、問題ないかな。」


「ノリ、もう少し気を引き締めなさい。墜ちるわよ。」


「相変わらず香菜は手厳しいな。まあ、香菜の言うとおりだ。油断は禁物だぜ、ノリ。」


「了解ですよ。やれやれ、ウチのエースも女性も厳しい人ですね。」


グライダー隊員の砕けた口調。

選ばれた人材である彼らのさまはこれで平常。

観察眼のない人物が見ればまるで危機感を感じてないか、現実逃避でもしているように見えるだろう。

だが、彼らもこの防衛戦が難戦であることは理解できている。

彼らの役割は、防衛だけではない。

基地に残される戦闘員、非戦闘員の心を支える柱でもある。

基地の中で絶対の信頼を誇るエース達。

期待を受ける絶対的強者のバイオロイド。

彼らの戦いは、既に始まているも同然だ。

少しでもうろたえてしまえば、基地の士気に関わるのだから。


「なお、今回の戦闘はその危険性のため、少数の遊撃部隊と残りは防衛にまわってもらう。」


「はい、わかりました。」


「頼むぞ、リーダー。なお、以下のメンバーが遊撃部隊だ。新井中尉。」


「はい!」


「白川少尉。」


「はっ!」


「紀伊曹長。」


「はい。」


「安堂曹長。」


「了解。」


「テトラ大尉。」


「……はい。」


「計5名。以下、バイオアニマを必要数を戦力とする。ハッキングを警戒し、アニマロイドは遊撃に使用しない。なお、さっきも言ったが、通信は不可だ。そのことに注意されたし。」


『はっ!!』


「テトラ大尉との連携をしっかり行うように。以上!総員、持ち場へ着け!!」


―――――――――――


基地内 戦闘機搭乗口 戦闘機内コックピット


「韓国機か……。」


「どうしたの?今になってビビりましたか?」


「違ぇよバカヤロウ。ノリこそ、通信無しオフライン戦闘ウォーで、ビビってんじゃねぇか?」


「まさか。最高の舞台じゃないですか。ねえ、ビス。」


『キュィイ!』


「さて、通信の回復は、ハッキング機とジャマー機の撃墜後でいいわけですよね、リーダー。」


「はい、そのとおりです。正確には、ハッキング機である韓国のアンドロイドを墜とせばオフラインを解除できます。繋がるかどうかは別ですけどね。」


「ちっ、まったく厄介な機体を作ってくれたものね。空飛ぶ泥棒ってとこかしら。一体どこの三世よ。」


「ホントだぜ。次々奪っていくなんて、とっつぁんも吃驚だな。」


「まあ、その代わり、新型のアンドロイドまで奪うほどの技術はありませんよ。韓国の一世代前の機体なんですから。」


隊長である雅和が韓国機の性能を正確に分析する。

なお、アンドロイドにはそれぞれの国で様々な特徴がある。

様々な機体が作られる以上、基本性能や特殊性能で汎用性があるのは当然だ。

だが、国によってその得意分野があり、それに伴ったやや尖った性能を持つ。

韓国製のアンドロイドはハッキングを得意としている。

情報操作もそうなのだが、機体自体のコントロールを奪い、自分の司令下に置くことができる。

それでも、通常はアンドロイドのハッキングなど、そうそうは成功しない。

成功する要因は、あちらが格下の機体であるか、機能を停止しているときに奪ったか。

以上が主な原因である。

中でも、妨害ジャマーを得意とする、インド製のアンドロイドをコントロールをしたのは、運が良かったのだろう。


「隊長。」


「どうしました?ノリ。」


「鹵獲はいりませんか?」


「ええ、奪われたアニマロイドは、こちらのバイオアニマで鹵獲します。他は墜として構いません。資源は海中にて、バイオアニマが回収します。」


「ピラニア隊も大忙しだな。オレらが大量に墜としちまうもんな。」


「涼、あなたも気を付けなさい。そのピラニア隊に救助されたくはないでしょう?」


「わーってますよ。」


「……そろそろ出動よ。」


会話に入るテトラ。その手にあるのは戦闘前のエネルギー補充飲料のビン。

即効性のバイオロイド専用エネルギードリンク。

生身の人間が飲めば、その難消化性でまず下痢を起こすだろう。


「わかりました、大尉。では皆さん、出撃いきますよ。」


それぞれの機体が発進シークエンスを迎える。

ここからは、互いの意思疎通ができない戦場。

命が最も安い場所へ向かう遊撃部隊。

危険であるための少数精鋭。

彼らが今、戦場へ飛び立つ。




「グライダー隊、新井雅和、発進!!」




「グライダー隊、白川涼、行くぜ!!」




「グライダー隊、紀伊憲洋、出撃!!」




「グライダー隊、安堂香菜、行くわよ!!」




「バイオロイド、テトラ、出動します。」


―――――――――――


日本海上空


「すげぇな……とんでもねぇ数だぜ。」


ハッキング防止のため、通信がないこの状況下でも、ふと漏らす言葉。

敵総勢49機。

こちらは、バイオアニマ32体、グライダー4機、バイオロイド1人。

だが、問題となるのはやはりアンドロイド。

拡大映像が表示できる範囲まで入ったため、はっきりと確認できる機影。

それぞれの機体を、記録されたデータと照らし合わせる。


韓国製、第4世代アンドロイド、「ネット・スパイダー」。


アメリカ製、第2世代アンドロイド、「ボム・グリズリー」。


中国製、第3世代アンドロイド、「ガン・アント」。


北朝鮮製、第2世代アンドロイド、「ロブ・スター」。


インド製、第4世代アンドロイド、「ヴェノム・スネーク」。



それぞれの国の機体。

そして、その特徴。



韓国製のアンドロイドはハッキング。


アメリカ製のアンドロイドは高火力。


中国製のアンドロイドは武器。


北朝鮮は、既に無い国だが、強奪。


インド製のアンドロイドは妨害ジャミング


なお、ここに機体は無いが、ロシアは飛行能力が主な特徴となっている。


中でも問題なのは、アメリカの第2世代「ボム・グリズリー」。

そして、インドの第4世代「ヴェノム・スネーク」。

アンドロイド先進国の日本は現在、第8世代が最新である。

他諸国は実践の最新機が第5世代。試作段階で第6世代だ。

なお、バイオロイドは他諸国では全く利用できずにいる。

日本では実践の最新が第1世代。試作段階で第2世代である。

なお、バイオアニマとアニマロイドは多少進歩しているが、それぞれ人型と同じ要領である。

日本は、技術では他諸国を圧倒しているが、物量では圧倒されている。

質より量と、量より質。

この戦場でも、物量は相手のほうが上。

アンドロイドとアニマロイド。

単体の戦力ならば、こちらのほうが上。

バイオアニマとバイオロイド。

だが、以上の2機はその拮抗を打破してしまう。

敵機のアンドロイドの中でも、最も“古い”アメリカ機、「ボム・グリズリー」。

この機体は、アメリカの機体の中でもとくに異端な機体だろう。

優秀とは言えないアンドロイドの燃費を度外視し、異常な高火力を可能にした砲撃機。

機体そのもののプラズマの砲撃はもちろん、空中小砲という自走式サブユニットの火力でさえ高威力。

その代わり、“起動時間”が2時間、全力戦闘で30分と異常に短い。

今までは、遊泳タイプのアニマロイドに乗ってきたのであろう。

宙を舞うその姿に燃料切れの兆しは無い。

そして、この通信無しオフライン戦闘ウォーを作り上げた機体。

IT先進国、インドが作り上げた妨害ジャミング機、「ヴェノム・スネーク」。

その強力な妨害ジャミングは、ここから基地へと届く広範囲。

しかし、おそらくこれは本当のジャミングではない。

これは、あくまで韓国機「ネット・スパイダー」のハッキングで動いている機体なのだ。

こちらだけにジャミングが効くように、セーブしているのであろう。

それでも、基地への距離がそこまで遠くないとはいえ、そこへ届かせるジャミング範囲。

1世代前とはいえ、インド機の力、そして成長は恐ろしい。

もちろん、他の機体もそれぞれ強力だ。

だがその中でも、この2機は戦況を覆す。


そして、最優先の排除対象でもある。


ビュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!


この中で“最も速い”影が、アメリカ機を切り裂こうと迫る。


バオオオオオオオオォォォォォォ!!


だがそれは、「ボム・グリズリー」から放たれた砲撃で牽制された。

牽制でさえ、その威力は異常。

サイレンサー性のあるプラズマレーザーのはずなのに、響く爆音。

あれでは、ALFも役には立たないだろう。

そして、そのやりとりが合図となり、―――――互いの陣営からの攻撃が始まった。


バババババババババッ!!


ピュンッピュンッピュンッ!!


バララララララララララッ!!


ドッグワァーンッ!!


舞う銃撃。駆け巡るプラズマ。突き刺さる砲撃。

シュミレーターとは違う、現実の空気。

ほとんどがアニマルタイプのこの戦場で、やはり多い鳥型のアニマロイドとバイオアニマ。

それぞれに接続された攻撃ユニットから、様々な攻撃が繰り広げられる。

海上からも放たれる砲撃。遊泳型同士が激しくぶつかっている。

流れ弾や時折、狙われた攻撃も空へと届く。

そして、墜ちる機体、と死骸。

オフラインであるため、仲間の状況はわからない。

だが、今のところは墜とされた様子はない。


(今は、こっちのやるべきことをしますか。)


ガガガガガガガガッ!!――――ピュンッ!!


バチ……バチ…………ドッグワァーンッ!!


「まず1機!!」


アニマロイドの戦闘力は、だいたい通常の戦闘兵器と等しい。

だが、彼らグライダー隊は、“通常”の戦闘機ではなく、最新鋭の機体だ。

もちろん、パイロットである彼らの技術も、通常とは比べ物にならないほど高い。

攻撃の飛び交う戦場の中、彼らは確実に敵機を墜としていく。


「3機目ぇっ!!」


ドオオオオオォォォォォン!!


海上の戦況はこちらが優勢。

もともと、バイオアニマとアニマロイドでは自力が違う。

オフラインウォーで連携は難しいが、できなくはない。

それも、人間より反射の良いバイオアニマなら可能である。

不利な状況の中、アニマロイドを制圧し、なおかつ資源を回収していく。

これがまた、完全パーフェクト再利用リサイクルによって、新たに生まれ変わるのだろう。

だが、空中は違った。

5機のアンドロイドによって、戦況が拮抗していた。


ピピピピピピピッ。


アンドロイドからのロックオン。

爆音響く戦場の中で、その音は聞こえるはずはない。

だが、その不気味な予感によって、それが聞こえたのかもしれない。


ズドドドドドドドドドオオオオオオォォォォォォォ!!


中国製第3世代アンドロイド「ガン・アント」。

その特徴「武器」は、アメリカの「高出力」とは違い、無数の弾幕を張っていた。


『ギイイイィィッ!!』


墜とされるバイオアニマの悲鳴。

生きているか、前線復帰が可能か、それは分からないが、確実にこちらの戦力が削られていた。


「っ!!」


涼は、理解した。予想以上の敵アンドロイドの性能。

こちらのバイオロイドと同等以上を誇る火力を持っていたのが、既に計算外。

設置型サブユニットの空中小砲でさえ、ALFはギリギリ。

このままずるずる30分も長引かせては、確実にこちらが壊滅だ。

「ネット・スパイダー」を墜としても、おそらく感染は治らないだろう。

既に命令がインプットされているのだから、それまで動き続ける。

その命令がどこまで設定されているか、それは知ることができないだろう。

完遂することは、こちらの死を意味しているのだから。


だから、彼らは自らの“役割”を遂行する。


「うるああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ガガガガガガガガガガガガッ!!


グライダーが放つ銃撃は、「ネット・スパイダー」へと向かっていく。

だが、その銃撃は、高速移動によって躱されてしまう。


ピピッ。


狙われた涼。の機体が完全に目標を設定した。


―――――――――――


「はああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


ヒュウウウウウウウウウウウゥゥゥゥ!!


グライダー隊の隊長である雅和が撃ったのはミサイル。


バンッ!!―――――ドオオォォン!!


それは弾幕を張る「ガン・アント」に容易に撃ち落とされた。

が、これは計算通り。「ガン・アント」がこちらに狙いを定めるが、雅和もまた、ある準備をしていた。


ピピピピッ。


―――――フィュウウ、ピピピピピピピピピピピピピピピィン!!


張ったのはプラズマの弾幕。

逃げ場などほとんどない、あっても移動など不可能なルート。


「いいですね。やっぱり難易度は高くなくては……やりがいがありませんから、ね!」


ビュウウウウウウウウウウウゥゥゥ!!


その動きは、明らかに戦闘機のものではなかった。

後ろへ、斜めへと、時折回転までしながら正解のルートを抜けるグライダー。

グライダーの真骨頂、「フルブースター」。

上下左右正面背後にあるブースターを完全に移動の主力とした、小回りの効く高速移動。

だが、これを扱える人間はこの基地に2人しかいない。

涼と雅和である。

だが、この無茶な動きは、非常に強力なGを発生させてしまう。

体へかかる、限界以上の負荷。

それは、“普通の機体”ならば、だが。

グライダーのコックピットは、回転式だ。無論、360°。

たとえ、上下逆さまに飛ぼうが(ブースターがあっての芸当)コックピットはそのまま。

そしてコックピットの周りには、ある程度の空洞がある。

この空間をクッションにし、最適な移動をしながら力を逃がす。

これにより、無茶な動きも可能にした。

だが、Gの負荷がなくなったわけではない。


「♪~。」


それさえ鼻歌交じりに耐えてしまうのも、彼が隊長である証だろう。


「こちらですよ。」


聞こえない挑発。

相手を引き寄せる雅和。

今のところ、作戦に支障はない。


―――――――――――


「これで4機ですか、骨がないですよ。ねぇ、ビス。」


『キュィイ!』


憲洋のりひろが次々と敵アニマロイドを墜としていく。

グライダー隊きっての遊撃手である憲洋が得意とするのは銃撃。

好戦的な彼がこれを得意としたのは、ある意味必然。


キイイイイイイイイィィィィィィィィン!!


「おっと。」


そこに迫るのは、今は亡き国の機体、北朝鮮機「ロブ・スター」。

「強奪」を得意とするこの国の機体は第3世代までしか存在しない。

その理由は、国そのものが無くなってしまったからである。

日本に核ミサイルを撃ち込んだ後、日本の反撃を喰らい、後から横やりを入れてきた中国に吸収されてしまったのである。


それはさておき。


「ロブ・スター」は、その特徴「強奪」を支えるために、その手―――――鉤爪クロウを持っている。

五方星型のその鉤爪は、敵機に強引に喰い込み、重要な機器を奪ってしまう。

そのため、鉤爪の威力は高い。

アンドロイドでもないグライダーがこれを喰らえば、ひとたまりもないだろう。

その力を生かすために、ハイスピードの機体でもあるのだから。


「いいですね。最高に墜としたい機体ですよ。まあ、僕には難しいでしょうが……、それは僕の役目ではありませんね。」


『キュィィイ!』


作戦は、問題無く進んでいる。


―――――――――――


「で、残った機体がコイツなのね。」


作戦を続けていくグライダー隊。

香菜の目の前にあるのは、インド第4世代「ヴェノム・スネーク」。

この戦場のアンドロイドにおいて、「ネット・スパイダー」と「ヴェノム・スネーク」は、攪乱かくらんや妨害が強すぎるため、戦闘能力においては同世代の機体と比べると見劣りしてしまう。

この中の機体でも、直接的な戦闘力では数世代下の「ボム・グリズリー」と「ガン・アント」とは、少し差があるだろう。

が、それはあくまでアンドロイド内での話だ。

戦闘機とアンドロイドでは、戦闘能力の格が違う。


「喰らいなさい!!」


だが、それはあくまで一般論。


ドガガガガガガガガガガガガガッ!!


グライダーから放たれる機関銃。


ドキィンキィンィキンィキィン!!


回転しながら躱し、それでも当たる銃撃には堅牢な機体を持ってかすらせる。

ただでさえ堅いアンドロイドに、かすらせて威力を殺す計算能力。

敵機の中では最新鋭。それが垣間見える。


ピピッ。


ピュンッピュンッピュンッ!!


振り向きざまのプラズマレーザー。


シュゥウンッ!!


ブーストにて躱す。


「お返しぃ!!」


ブウウウウウウゥゥゥゥン!!


低い音を立て、グライダーから発射された超高硬度炭素ダイアカーボンによる、サイクロカッター、数は2つ。

回転しながら迫るその攻撃力は、アンドロイドやバイオロイドでさえ切り裂く絶対の切断力。

涼がアンドロイドに勝ったのも、これをうまく利用したからだ。

数少ない、戦闘機がアンドロイドを墜とせる武器。


ピピュンッ!!


だが、それはすぐさま撃ち落とされてしまう。

アンドロイドにとって、優先度の高い撃墜目標。

当然、それに対抗すべき手段は多く持ち合わせている。

だからこそ、アンドロイドは戦闘機の上位に立つ。


もちろん、それは香菜の予想通り。


「そろそろ、かしらね……。」


作戦遂行まで、まもなくである。


―――――――――――


「うわっと!!」


「ネット・スパイダー」からのプラズマを躱し、態勢を整える涼。

「フルブースター」を時折使い、交戦が続けられている。

抗戦ではなく交戦。

戦闘能力の差を感じさせない対等な戦い。

作戦の実行中だが、それ以上の行動を目指す涼。


ドガガガガガガガガガガガガガッ!!


ALFにより、プラズマが効かないアンドロイドに、プラズマは使用しない。

銃撃、砲撃、爆撃、斬撃を駆使する。

だが、未だ有効な一撃は入っていない。


フィュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥン!!


すさまじい短距離加速により、銃撃を躱す「ネット・スパイダー」。


キィィィン!!


取り出したのは、ブレード。超高硬度炭素ダイアカーボンによって作られた絶対的切断力を持つやいば

涼が操るグライダーを切り裂こうとその刃が迫る。

接近されてしまえば、細かい攻撃が可能なアンドロイド相手になすすべはない。


涼もまた、グライダーからブレードを出した。


ブウウウウゥゥゥゥゥン!!


仕込み刀のようにとび出したブレードは、まるでチェーンソーのように高周波の音をまき散らす。

グライダーは、最新式の名にふさわしい多重装備の戦闘機だ。

プラズマレーザー、機関銃、ミサイル、サイクロカッター、ブレード。

ブースターも含め、様々な状況に対応できる万能機。

その分、使いこなすことは難しく、グライダーを操る人間は多くない。


ピピッ!!


ピュンッピュンッピュンッ!!


すぐさまブレードを警戒し、遠距離攻撃での破壊に切り替える「ネット・スパイダー」。

涼の方もまた、作戦に問題なし。


ドオオオオオオオオォォォォォォォォォンッ!!


『!!』


その爆発音を確認したグライダー隊の面々。

バイオロイド、テトラによる、作戦開始の合図である。


―――――――――――


「………………。」


ビュウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!!


テトラが対峙する機体、「ボム・グリズリー」。

その火力はバイオロイドにも引けを取らない。

攻撃は最大の防御。

それ体現するかのように、怒涛の連続砲撃で距離を詰めることができずにいる。

だが、バイオロイドであるテトラはそれを容易に躱していく。

隙を伺い、銃撃を細かく当てる。

それはアンドロイドの堅牢な装甲にはじかれてしまう。

が、当たる角度は常に垂直。

そのため、威力を逃がすことができない。

徐々に徐々に、ダメージは蓄積していく。


ドガガガガガガガガガガガッ!!


互いの銃撃が舞う戦い。

アニマルタイプの銃撃なども混ざり、様々な弾が飛び交う戦場で、全く銃撃を受けていないテトラ。

いかに相手がバイオロイドクラスの大出力でも、こちらは正真正銘のバイオロイド。

その柔らかな動きは、アンドロイドには実現不可能。

移動速度、頭脳、精密作業、どれにおいてもテトラには及ばない。

だが、この機体「ボム・グリズリー」は、テトラからの接近を許さない。

いち早く落とさなければならない機体だが、最も威力のあるブレードが当てられない。


ギギギギギギギギギギイィン!!


そのブレードで銃撃を切るテトラ。

隙が許されないこの戦闘の中、そのハイスペックな頭脳は別のことを思考していた。


(平均発砲銃撃数、回避パターン、攻撃パターン、主砲による威力と飛距離、サブユニットの威力と飛距離)


バイオロイドは3つの脳を持っている。

それはコンピューターで例えると、メインコンピューター、サブコンピューター、計算処理ブースターの3つからなる。


(レーザー弾幕量、牽制パターン、気温、湿度、風速、重力、それぞれの補正、以上すべての解析完了)


その、3つの脳による計算処理は、量産不可能なアンドロイドのコンピューター、―――――小型サイズのスーパーコンピュータークラスである。


(以上を持って解析戦闘を終了。これより殲滅戦を開始する)


無論、実際に使用されているハイパーコンピューターに比べれば能力は落ちる。

が、それでも1個体にある力としては規格外だ。

戦闘中に“5機”のアンドロイドの解析ができてしまうほど。


(成功率を計算。損害ゼロでの撃墜確率、…………97.6%)


そして、全てが見えた彼女には、もはや勝利を捉えていた。


バビュウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!


ピピッ!?


データ以上の動きをしたからであろうか、アンドロイドから本来出るはずのないノイズが作動音に混ざっていた。


バババババババババババババッ!!


高出力のプラズマレーザーの銃声。

本来でないはずの音を出す。

燃料を無視したその攻撃は、そう長く持たないだろう。

が、刹那の隙も許されない戦場で待てるほど、この戦闘は優しくない。


ビュッビュッビュッビュッ!!


回避のパターンや牽制を読み切り、確実に迫るテトラ。

「ボム・グリズリー」もまた、サブユニットを含めたプラズマ砲を放つ。


バオオオオオォォォウ!!

バオオオオオォォォウ!!

バオオオオオォォォウ!!


しかし、ひとつとして当たることはない。

ひたすら距離を詰めるテトラ。


ギイィン、ギイィン、ギイィン!!


そして、ゼロ距離まで追い詰められた「ボム・グリズリー」は。


ドオオオオオオオオォォォォォォォォォンッ!!


ブレードによって完全に切り裂かれ、破壊されていた。


そしてその音が、作戦開始の合図。

その中核であるテトラは、各グライダーによって“足止め”されていた各アンドロイドを標的とする。

これにより、バイオロイドによるアンドロイドへの殲滅が開始された。


―――――――――――


「時間ですね……。」


合図を確認した雅和まさかず

「ボム・グリズリー」を破壊したテトラがこちらへとやってくる。

自らが足止めしているアンドロイド「ガン・アント」の撃墜を目的として。


「では、任せましたよ。」


オフラインのため、聞こえないはずの声。

だが、テトラは確かにそれを聞き、静かに頷いていた。

コクン、と。


ガシャッ、ガシャッ、バシュウッ!!


グライダーから飛び出すユニット。

左手の銃を捨て、それを受け取るテトラ。

それは、バイオロイドのテトラの“ため”の装備ユニット

これが、グライダーが“補う”もの。

グライダーは多重装備の戦闘機である。

そしてバイオロイドは、遠距離の攻撃力を武器に依存する。

ならば話は簡単で、武器を“補う”ものがあればいい。

雅和から渡されたユニットは超高硬度炭素ダイアカーボンによるシールド。

弾幕を張る「ガン・アント」に対抗する防御力。

高周波をまとうブレードでもない限り、このシールドはそう簡単には破れない。


バババババババババババババババババババッ!!


銃撃の弾幕。ALFのあるバイオロイドに対抗するための弾。


ギギギギギギギギギギギギギギギギギィンッ!!


だが、それもシールドに防がれる。

それも、最もダメージを蓄積しない角度で。

なお、雅和から射出されたユニットはシールドだけではない。


シュバッ、シュバッ!!


飛び出すのは空中小砲のサブユニット。

シールドの裏に付いていた実弾の装備。

数は2つ。そのユニットが銃撃を開始する。


ドガガガガガガガガガガガガッ!!


ピピッ。


躱す「ガン・アント」。両者が放つ銃撃音。

だがしかし、銃撃によって逃げ場をコントロールされたアンドロイドは、既に侵入を許してしまった。


シュウゥンッ!!


自らの懐への侵入を。


キイィンキイィンキイィンキイィン!!


ドッグワアアアアアアァァァァァァン!!


「フュー♪さすがですね。」


本気を出したバイオロイドに、アンドロイドが敵う道理など、無い。


―――――――――――


「次はこの機体かな?」


『キュィイ!』


憲洋のりひろが相手する北朝鮮機、「ロブ・スター」。

先程からどんどん迫ってきて、グライダーの重要な部位を「強奪」しようと鉤爪クロウを振るう。

だが、憲洋もやられまいとブースターで緊急回避を多用する。

「フルブースター」こそ使えないが、次に習得するのは憲洋だと言われている。


ビュウウウウウウウウゥゥゥゥゥ!!


迫る「ロブ・スター」。そのスピードは速く、5機のアンドロイドの中では最速の機体である。

その鉤爪クロウに「強奪」されたあとは、星形の空間が残る。

強奪するロブ五芒星スターとはよく言ったものだ。


バシュウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!

ドガガガガガガガガガガガガガ!!


しかし、グライダーの緊急回避で躱しながら銃撃を食らわせる憲洋。

タイミングは完璧。躱すことのできないタイミング。


キキキキキキキキキキキイィン!!


銃撃を食らう「ロブ・スター」。

だが、堅牢な装甲に弾かれる銃弾。


ピピピピピピピピュンッ!!


「ロブ・スター」から放たれる、プラズマの銃撃。

グライダーに、レーザーチャフによる装備は無い。

プラズマの銃弾は、一撃たりとも受けることを許されない。

「ガン・アント」ほどの弾幕を張る訳ではないが、それでも躱すのは容易ではない。


だがそれは、既に読んでいた憲洋には関係無かったのだが。


バシュウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!


ブーストで躱す憲洋。もちろん、躱すだけでは留まらない。


ッバッシュウウウウウゥゥゥゥ!!


2回目のブースト。向かう方向は敵機。

近接戦闘を得意とする「ロブ・スター」に不用意に近づくことは自殺行為である。

―――――――――――ならば、用意すればいい話だ。


ブウウウウウウゥゥゥゥゥゥン!!


上下左右正面に飛び出すブレード。

「ロブ・スター」へと突っ込むグライダーは切り裂こうと迫る。

直線の最高加速に関しては、アンドロイドに勝るグライダー。

「ロブ・スター」は躱す。が、それは刹那のタイミング。

既に躱した「ロブ・スター」に余裕はない。


そこで憲洋は、後方からサイクロカッターを射出する。

敵機を切り裂こうと飛ぶ刃。


ピピッ。


バシュウウウウゥゥゥゥゥゥ!!


が、それは撃ち落とされた。

今のタイミングで、プラズマレーザーなどの銃を構える時間などない。

事実、「ロブ・スター」は新たに武器を構えたりはしなかった。


シュウウウゥゥゥゥゥゥ。


まだ発射直後だからか。まだ熱のあるてのひらから湯気が上がる。


これが、「ロブ・スター」の緊急武器。

これだけの出力だ、多用すれば戦闘可能時間を大きく減らしてしまうのだろう。


そして、発射直後の隙は、テトラにとって格好の餌食だった。

いつの間にか、彼女は敵機の背後に回っていた。


キイイイイイィィィィ、ズバンッ!!


一刀両断。


ドッガアアアアアアアァァァァァァァァァン!!


テトラが持つ、背丈以上の長さの武器は大太刀ロングブレード

憲洋がサイクロカッターを射出したとき、同時にテトラのいる方向へ飛ばしていたものだ。

それを受け取ったテトラが回り込み、憲洋の作った隙に切るという算段。


「流石と言ったところですか。一撃で仕留めるなんて、こっちは何度も攻撃してやっと作った隙なんですけど。」


聞こえない声。が、聴覚の鋭いテトラはたしかに聞き取った。

付属のコードを飛ばし、ジャミングの入らない有線にて通信する。


「無茶をしないで。あなたが敵機に突っ込んで平気だったのは運の要素も大きい。」


「無茶ぐらいしますよ、戦争なんだから。」


「だからと言って人が死ぬのは見過ごせない。これは大尉としても言います。…………命を粗末にしないで。」


ブチンッ、と外れるコード。

警告のためだけに行われた通信。


『キュイ?』


小竜のビスも疑問に思った憲洋の表情。

難しい顔であり、少し、優しい顔だった。


「くっくっくっ。人が死ぬのは見過ごせない、ですか。」


確かに、テトラはそう言った。

グライダー隊がでもなく、戦闘員がでもなく、軍人がでもなく、人が死ぬのは見過ごせないと。

それはほかの戦闘員も、非戦闘員も、日本国民も、ひょっとしたら他国の民間人が死ぬの―――――も見過ごせないのだろう。


「甘い考えですよねぇ……。」


軍人としては邪魔になるかもしれない感情。

割り切らなければならない場面で障害となってしまう壁。


「だからこそ、人はついていく。そんな素質があるのでしょうけどね。」


香菜の下へと飛ぶテトラを見て、静かにそう言った。


―――――――――――


「喰らえええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


ドガガガガガガガガガガガガガッ!!


銃弾が撃たれる。が、その攻撃は効かない。

いくら強力な銃撃でも、アンドロイドには効果が薄い。

例えるなら、戦艦に銃撃を行うようなもの。

ただ、効果は薄くても、ALFがある以上は攻撃は制限される。

サイクロカッターやミサイルという手もあるが、大技は当てにくいのが普通。

早々に撃ち落とされるのがオチなので、下手には撃たない。


だから、上手に撃つ。


バシュバシュバシュバシュウ!!


“小型”の連続攻撃型ミサイル。

絶妙なタイミングと位置で迫る。


が、「ヴェノム・スネーク」から発せられた音が、香菜を苦しめる。


ィィィィィイイイイイイイイイイイイン!!


「がっ!?」


刺すような痛みの音。訓練を受けた香菜でさえ我慢できない攻撃。

グライダーのスピーカーからではない。

金属であるボディを直接“利用”しての攻撃音波。

直接的な破壊力より、他の方面に生かしたアンドロイドの武器。

そしてその音は、ミサイルのロックオンさえ狂わせた。

動きを止められたその隙に、ロックの外れたミサイルを悠々と躱す。

おそらくこれもまた、妨害ジャミングと並んで出力を大きくできない機能。

大きい出力は、味方でさえも狂わせる。

アンドロイドならばともかく、他の兵器は影響を受けてしまうから。

そして、動きが弱くなったグライダーに、撃ち込まれるプラズマ。


「…………っ!」


なんとか躱す。が、そこに余裕はない。

その場限りの時間稼ぎ。次は無い。


そう。もう稼ぎきったのだから。


ビュウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ!!


曲がるプラズマ。ALFによるレーザーの屈折。

そして、レーザーを曲げたその姿は、大きな機器を身に付けていた。


テトラが付ける『コ』の形をした機器。

射撃タイプの大型サブユニット。

香菜が撃った小型ミサイルと同時に射出されたものだ。

肩にある小型ミサイルの発射機器。

それと、腰の横から伸びている大型のプラズマ砲。

バイオロイドが使用する、装着型のサブユニットの中でも強力な機器である。

ミサイル発射機器2つ、大型のプラズマ砲2つ、そして、手に持つプラズマ砲2つ。

計6つの射撃武器を扱える射撃特化型ユニット。


ガチャ。


構えるテトラ。

それに対応するように、「ヴェノム・スネーク」が先制攻撃する。


ィィィィィイイイイイイイイイイイイン!!


「っ!!」


甲高い音。我慢などでは耐えられない特殊音波攻撃。

機械をも狂わせる音に、聴覚の鋭いテトラでは耐えられないと踏んだ敵機。


実際、バイオロイドは人間より優れた五感を持つことは事実。

さらに、「ヴェノム・スネーク」が知ることではないが、テトラはその中でも五感に特化したバイオロイドである。

数キロ先も見通せる視力。

犬や機械を超越する嗅覚。

何も聞き漏らさない聴覚。

正確に作業を行える触覚。

無味の毒でさえ解る味覚。

その鋭い五感の中を逆手に取り、音による攻撃に重きを置いた。


「………………」


だが、その音など歯牙にもかけていない。

ただ、正確に狙うだけ。


ビュイイイイイイイィィィィィィィン!!


4つの強力なレーザー。


ババババババババババシュウウゥゥゥ!!


2つのミサイル砲台による砲撃。


サブユニットに重きを置いた連続砲撃。

これほどのレーザーでは、アンドロイドのエネルギー残量では曲げきれない。

ミサイルに対する音の攻撃も、ロックオンではないマニュアル攻撃は効果なし。


バイオロイドがその五感を逆手に取られることは予想できていた。

だから、五感を自らコントロールするようになった。

バイオロイドは、非能動的な動作を能動的に行うことができる。

普通の人間には自動的にしか行われない動作や反応を、自らコントロールできる。


もはや、躱すことを度外視してしまった「ヴェノム・スネーク」に、避ける手段は残されていなかった。


ドオオオオオオオオオォォォォォォォォン!!


巨大な爆発音の後、ドカンドカンと、複数の爆発を上げるインド機。


「すごいもんねぇ。」


ふと出た言葉。

それは、テトラに対する称賛。

当たり前のような差に、それでも思ってしまう頼もしさ。

そして、敵に回った場合の恐ろしさを考えてしまう。

未だ、外国が実現できていない安心感も。


「でも、いつかは追いつかれてしまうのかねぇ……。」


科学の発展は止まっていない。

バイオロイドも、いつかは外国が発明するかもしれない。

もしかしたら、もっと強力な兵器が、開発されるのかもしれない。

ただ、今はそんなことを考えても仕方がない。

今できることは、この戦闘を終わらせること。


そして1mmでも、―――――追いつこうとすることだ。


「そこまで、…………行ってやろうじゃないの!!」


―――――――――――


「あと1機。」


大型のサブユニットを外し、バイオアニマに回収させながら言うテトラ。

「ボム・グリズリー」「ガン・アント」「ロブ・スター」「ヴェノム・スネーク」。

4つの機体は墜とした。

が、この戦闘の原因となった機体はまだである。

「ネット・スパイダー」。

韓国の1世代前の機体であり、大量のハッキングを可能にしたアンドロイド。

迎え撃つは、対アンドロイド戦のエース、白川涼。


「後はあの機体を墜とせば終わり。」


テトラの目の前で繰り広げられている戦闘。

明らかに、“足止め”ではなく“撃墜”を目的としている戦闘。

結果的に、「ネット・スパイダー」はグライダーに手を出すことができなかったため、作戦に支障はなかった。

だがそれは、もう、終わらせなければならない。

明らかな涼の勝手。

いや、「ネット・スパイダー」を足止めはしている。

任務は果たし、その上で行動しているため、勝手ではあるが違反ではない。

でも、テトラはそれを容認しなかった。


『大きな力があるものは、大きな責任を持つ』


その言葉をテトラは、


『大きな力をもつものは、弱いものを守る義務がある。』


そのように解釈している。

この基地では、テトラより大きな力を持つ者はいない。


生まれながらの絶対的な力。


生まれながらの大きな義務。


そして、


生まれながらの強者の孤独。


力あるテトラに、肩を並べようとする者など、バイオロイド以外いないのだから。



……


………


「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ババババシュウッ!!


グライダーから飛び出すやいば

超高硬度炭素ダイアカーボンによる4つのサイクロカッター。

高速回転しながら迫るそれは、通常の発射と異なっていた。


ビュウウウウウウウウウウウゥゥゥ!!


グライダーが行っているのは「フルブースター」。

高速移動の代償である強烈なGが、涼の体を酷使していく。

さらに、この無茶な環境の中で、反応が難しい高速移動を正確にこなしていく。

銃撃を躱し、別の角度から銃撃を放つ。


その中で、「ネット・スパイダー」に迫るサイクロカッター。

数は4つ。


ヒュッヒュヒュツ、ヒュッ!!


タイミングをずらし、敵機を切り裂かんとする動き。

シュミレーターでの戦闘訓練とはまるで段違い。

アンドロイドである「ネット・スパイダー」も、グライダーの移動、攻撃に対応しきれなくなっている。

すでにこの戦闘は抗戦でも善戦でもない。

涼が優勢の、アンドロイド殲滅戦である。


この戦闘、ただの見物人なら、あるいは事情の知らない諸外国の目から見れば、ただアンドロイドを負かす強い戦闘機としか見えないだろう。

だが、テトラの目から見た戦闘は、すさまじい技術力をそこから見抜いた。


(強烈なGを人間の生身で受けながら、移動、銃撃。さらに、あのサイクロカッター……。自動オートじゃなくて手動マニュアル操作で動かしてる。あの多重操作をあの環境で……生身の人間が行うなんて……。…………人間の能力データに、あんな実力を出せるなんて、私は知らない。)


それは予感。

戦闘のことさえ忘れて、その戦闘からの涼に対する見方が、変わる。


(人間で…………あれだけのことができる。)


テトラに同じことをやれと言われたら、おそらく初見でできるだろう。

だがテトラは、実力ではなく、涼の技術力の位置に魅せられていた。

テトラは、少ないバイオロイドの中でも優秀といわれる個体である。

だが、少ないバイオロイドの中で、とてつもなく他者を追い越した個体でもない。

だから見入っていたのだろうか、涼の姿―――――人間が限界へと近づいた姿を。


「うらああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


戦闘は終わりに近づいていた。

テトラが介入するまでもなく。


その時に


(!?)


テトラは感じた。

その鋭敏な感覚器官と、常人より発達した第六感で。


(観られてる……。この戦闘……アンドロイド5機を使ってまで……。まさか…………。)


―――――――――――


「うらああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


追い込む涼。

終わりに近づく戦闘。

終わりの形は「ネット・スパイダー」の撃墜か、はたまた涼の集中切れか。

涼の集中力は少しずつ削れていく。

敵機は少しずつ追い込まれていく。

圧倒的に違うはずの戦力。

アンドロイドと戦闘機の戦い。

戦力差でいえば、戦闘機一機で戦艦を相手にするようなものだ。

無茶としか言いようがない。

が、涼はそれに当てはまらない。

無茶ではある。

アンドロイドとの戦闘は、いつもギリギリなのだから。

だが、戦闘はそれが普通。

もちろん、それは『対等』な戦力同士の話だが。


「もういっちょおおおおぉぉぉぉぉ!!」


涼は自らの戦力を、無理やり当てはめる。


「ネット・スパイダー」の高速移動。

「フルブースター」による高速移動。

違う機体で繰り広げている高速戦闘。


「ネット・スパイダー」は押され、逃げ場がなくなっていく。

純粋な戦闘用でないアンドロイドは火力に乏しい(もちろん、アンドロイドのレベルの話だが)。

それにより、涼に対して強い攻勢に出られない。

攻撃によって涼の攻撃態勢を崩すことができていないのだ。

攻撃は最大の防御。

もちろん、堅牢な装甲は健在なのだが――。


ブウウウウウウウゥゥゥゥゥゥン!!


天敵サイクロカッターには通じない。

迫る二つのやいば


ピピッ。


無機質な機械音の後、切り裂かれた。


キイィン!キイィン!


――――ドオォンドオォン!!


“サイクロカッター”が。


ウウウウウウウゥゥゥゥゥン。


唸るのはやいば

「ネット・スパイダー」のもつ刀。

超高硬度炭素ダイアカーボンを使用した、グライダーより出力の高い、高周波ブレード。

その白銀の刃が妖しく光る。


ピピッ。


反撃開始。

そう言いたそうなアンドロイドの機械音。

「ネット・スパイダー」はハッキング機である。

「ガン・アント」「ボム・グリズリー」「ロブ・スター」「ヴェノム・スネーク」の4機を同時に操作していた。

無論、ハッキングしたアンドロイド自体のコンピューターも利用はしていた。

だがやはり、他のアンドロイドを操作する分の負担はかかってしまう。

が、もはやそれらは撃ち落とされた。

負担からは開放され、本当の性能を発揮できる。

アンドロイドとしての性能を。

小手先の利く武器操作。

そもそも出力が違う武器。

同じ武器でも、これだけの差があることを知らしめる。


バシュウゥゥゥッ!!


飛び出すのはサブユニット。

自走式のレーザー砲撃タイプ。


ピピッ。


近接戦に切り替える「ネット・スパイダー」。

白銀のブレードを構え、グライダーへ迫る。


ブウウウウウウゥゥゥゥゥゥン!!


飛び出すのはブレード。

多重装備のグライダーから出ている上下左右正面、5つのブレード。

アンドロイドの決定的弱点。


だが「ネット・スパイダー」は、もはやそれにひるまない。


「マジかよ……。」


「ネット・スパイダー」が速度を緩める気配はない。

天敵であるはず、唯一の弱点を無視。

防御を捨てたか、リスクを覚悟か。

高出力に頼った接近戦では、おそらくアンドロイドには勝てない。

だが、アンドロイドが討たれる可能性もゼロではない。

確率は一分と九分。

通常では一分もないグライダーが、涼の腕でどこまで引き上げれるか。

カギとなるのはそこなのだろう。


そして涼は、サイクロカッターと銃撃を捨てた。


ギイイィィィィィンッ!!


ギギギイイィィィン!!


目の前の戦闘は目を疑うような光景だった。

切り結ぶアンドロイド。

それに5つの刃で対応するグライダー。

アンドロイドの俊敏な動きに、「フルブースター」で迎え撃つ。


ブウウゥゥゥン!ビュッ!!シャァァッ!!


鋭い白銀の斬撃がグライダーを襲い。


ギイィイン!!ビュウゥゥゥッ!!キイイィィン!!


五つの刃で受け止める。


アンドロイドとの接近戦闘。

時折放たれるサブユニットの砲撃。

戦闘を続けるのに、その代償は大きかった。


「…………ふっ!」


俊敏な動きを繰り返すグライダーにより、涼の体にGがかかる。

長時間の維持は不可能。涼の体が持たなくなる。

そして、アンドロイドと切り結ぶのに、余所事はできない。

そのために、サイクロカッターと銃撃を捨てた。

「フルブースター」に全集中力を注いでいる状況。

軽減しきれないGは、確実に涼の集中力を削いでいった。


「…………っ。」


キイイィィィィィィィィン!!


集中に揺らぎを見せたその刹那。

グライダーの右の刃が切り裂かれた。

翼が切られなかっただけマシだろう。

かろうじて、そこだけは防げた。

が、攻撃手段を一つ潰された。


ピピッ。


どこか勝ち誇るような確認音。

感情を持たないアンドロイドに、少しだけイラつく涼。

それを抑え、戦闘を再開する。


その隙、すでに背後に回り込まれていたが。


「っ!?」


きらめくやいば。高速戦闘を得意とするアンドロイドの背後からの奇襲。

グライダーのブースターを切り裂こうと迫る。

前方にはサブユニット。涼を逃がさんと狙いを定める。


「喰らって、たまるかあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


グライダーの後方から飛び出す最後のブレード。

「フルブースター」を用いたグライダーは、“後方”へと向かってブーストする。


ピピッ!?


「ネット・スパイダー」へと向かうブレード。

アンドロイドは緊急回避し、天敵から逃げる。

サブユニットからの砲撃がグライダーへと向かう。

が、後方へ下がった分、距離と時間に利ができた。

ブーストし、斜めへとれる。


そして、涼へ砲撃したサブユニットは、それが最後の仕事になった。


バチ……バチ……。


放たれたプラズマ。

放ったのはテトラ。


この時点で「ネット・スパイダー」の敗北は決定したと言っていいだろう。

グライダーならばともかく、バイオロイドであるテトラとでは圧倒的に戦闘能力が違う。

絶望的な2対1。

下手に動くこともできない「ネット・スパイダー」。

だが涼は、2対1それを容認しなかった。


「大尉。」


「………………。」


涼にテトラの声は聞こえない。


「アンタの能力ぐらい把握している。その聴覚なら聞こえてんだろ?」


「………………。」


テトラが話しているかもわからない。


「コイツは俺が墜とす。」


「………………。」


その会話は一方通行。


「アンタは攻撃しないでくれ。」


「………………。」


テトラは何も語らない。


「非効率、って言うかもな。」


「………………。」


聞こえないからではない。


「確かに、俺がこいつに固執する理由も恨みも別にない。」


「………………。」


その頭脳によって、涼が何を言いだそうとしたかわかっていたからである。


「でもさ、こっちにもプライドってもんがあんだよ。」


「………………。」


まあ、それも……。


「アンタがここまでやって来たんだ。」


「………………。」


別に高性能な頭脳でなくとも、わかるものかもしれないが。


「ちょっとぐらいはいいとこ寄越せっ!!」


ビュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!


飛び出すグライダー。

向かう先は敵機。

何一つ、好転したわけではない。

別に涼の能力が格段と上がったわけでも、さっきまでのGのダメージが回復したわけでも、ましてやグライダーの性能が上がったわけでもない。

ただ、飛び出すグライダーを見て、テトラはこんなことを思っていた。


飛び出していくグライダーはまるで、殻を破った鳥のようだと。






ブレードで防ぐ「ネット・スパイダー」。

自らのブレードを“振るう”グライダー。

固定された左の刃を「フルブースター」を用い、機体を“回転”させて攻撃に転じる。

破壊された右以外の刃を存分に活用する。

遠心力を用い、アンドロイドのパワーに対応する。


ピピッ。


応戦するは「ネット・スパイダー」。

用いる武器は超高硬度炭素ダイアカーボンによる白銀のブレード。

完全な戦闘用でないためか、武器の種類は豊富ではない。

もともと、脅威がアンドロイド、またはバイオロイドしか設定されていないのだ。(例外として超高硬度炭素ダイアカーボン

その、対策がハッキングでの操作、または操作した機体での応戦。

アニマロイドは敵ではないし、通常兵器などは話にならない。

バイオロイドが出てくれば話は別だが。


シュバッ!ビシャアアァァ!!


無論、通常兵器だろうと歩兵だろうとその対策はきちんと設定されている。

だがそれでも、やはりアンドロイド意外を“脅威として見ていない”。

そのためなのだろう、グライダー相手を“格下”として見てしまう。

出来ることは、どうやっても対策変更まで。

人間ならば考えを改められたのかもしれないが、感情プログラムも積んでいないアンドロイドに、データの無視は不可能だった。

その計算が正される時は、既に撃墜された後になるだろう。


ピピッ。


取り出したプラズマレーザー。

サブユニットを使い切ったため、最後の遠距離攻撃武器。

これを取り出すというのは、もはやブレードだけでは捌ききれなくなったことを意味している。

戦闘スタイルは一刀一銃。

近距離でありながら遠距離攻撃武器を使用する。

ただ、それが弱いわけではない。

遠距離の方がより効率的だが、近距離で銃を使っても十分お釣りは来る。

そして、グライダーにレーザーチャフは無い。

多重装備であるグライダーに、大型となってしまうレーザーチャフは対応できなかったのだ。

プラズマに対する防御力は、グライダーにはない。


ならば、グライダーは撃たせなければいい。


ザンッ!!


回転したグライダー。

プラズマ銃を切り裂いたブレード。

プラズマを放とうとしたその刹那。

発射ギリギリで二等分された武器。

近距離により発生した武器破壊のリスク。

これにより、「ネット・スパイダー」は遠距離武器をすべて失った。


「うらあああああぁぁぁぁぁぁ!!」


攻めるグライダー。

変幻自在な動きを駆使し、「ネット・スパイダー」へ止めを指す。


ピピッ。


「ネット・スパイダー」の反応音。

窮地に立たされていることは承知。

この状況でとったグライダーへの対策は、――――自らを使用しなかった。


『ピピッ。』


二重の操作音。

グライダーの背後から現れた2機のアニマロイド。

「ネット・スパイダー」によって操作された機体。

アメリカ機とモンゴル機。

韓国器の特徴『ハッキング』による完全操作。

操られた2機のアニマロイド。

通常兵器を上回る出力の兵器。

その銃口が涼の操るグライダーを狙う。


ピュンッ!!ピュンッ!!


無論、そんなことは涼も気づいていたことだが。


ドオオォォン!!ドオォォン!!


「私の部下の戦いに、手を出さないでもらえますか?」


「つまらないことで最高のショーをしらけさせないで欲しいですね。」


雅和と紀洋。

グライダーによる無音のレーザー攻撃。

露払いをまっとうした二人の遊撃隊員。


ピピッ。


近くのアニマロイドへ操作信号を飛ばす「ネット・スパイダー」。

応じるアニマロイド……は、すぐさまプラズマレーザーで撃ち抜かれた。


「妙なことをしてもらっちゃ困るわ。」


撃ち落とした香菜。

集結したグライダー隊。

世界の主力兵器、アンドロイドと交戦できる人間のエース達。

そんな彼らの一人、グライダー隊の白川涼は、――――この戦闘に決着ケリをつける。


「いっけええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!」


直線上に突っ込むグライダー。

グライダーがアンドロイドを凌駕する性能、最高速度を生かして果敢に攻める。


ピピッ!?ピピピッ!!


既にアニマロイドへ操作信号を出した「ネット・スパイダー」。

そのタイムラグで、次の攻撃を躱せない。


「悪いな。この戦いは俺の勝ちだ、“恨むなよ”。」


通り過ぎたグライダー。

切り裂いたは下方の刃。

一刀で両断された敵機。

上下に分かれたその姿。


もはや派手な音も爆発もなく、日本海へと落ちていく。

切断面から海水が入り、直にその行動能力が停止する。

落ちた機体は、日本のバイオアニマが回収するだろう。


残る敵機は9機。

それらは全てアニマロイド。

バイオロイドがいる以上、この戦闘は事実上の集結をした。


―――――――――――


日本海上空 遊撃部隊帰還時


『キュィイ!』


「ビス、そんな興奮しないように。……まあ、まだ余韻が残ってるのは僕も同じだけどね。」


「アンタはもっと節操を持ちなさいよ、この戦闘狂バトルマニア。」


「……紀伊曹長の感覚は理解できない。」


「解らない方がいいと思いますよ、大尉。ノリはかなり特殊ですから。」


「そういや、さっき沢城中佐から通信が入ったぜ。なんでも、祝勝会を軽く挙げるんだとさ。」


「へえ、それは珍しい。僕の知る限り、中佐が催しを開くなんて初めてだと思いますけど。」


「大尉の歓迎会も同時に行うみたいよ。祝勝のテンションで親睦を深めようって魂胆じゃないかしら。」


「まっ、今日は大活躍だったからな。パーッとやろうぜ。」


「………………。」


「?どうしました、大尉。」


「……中尉は気づいていましたか?」


「……ああ、“そのこと”ですか。」


「「「…………。」」」


テトラから口火を切った、さっきの戦闘の違和感。

いや、違和感よりもはっきりしている不振な点。


「たしかに、そうですよね……。いくらなんでも、アンドロイドにしては“弱すぎる”。」


アンドロイドの戦力は圧倒的である。

対アンドロイドに特化した涼ならばまだしも、他の隊員が対等以上に戦えたのはおかしい。

ハッキングされ、パフォーマンスが最上でないのを差し引いてもだ。


「敵の目的は殲滅ではなかった。そう考えるのが自然。」


「確かにそうですが……別の目的といっても……。」


「最後、韓国機がアニマロイドへ信号を飛ばしてたのは不自然。」


「まあ、な。あの状況でアニマロイドをどう動かそうと、意味はなかったはずだ。」


「一応墜としたけど、何を狙っていたのかしら?」


「情報発信。」


「……えっ?」


「あのアニマロイドはアンテナ。アニマロイドを介したネットワークで情報を敵国に持ち帰った。」


「ちょっと待て!!アニマロイドでネットワークを作るって、いくらなんでも距離がありすぎるだろ!?」


「海中で直線上に配置すれば可能。戦闘の終盤まで電源を落としていたからレーダーに引っかからなかった。」


「……僕の考えていることが正しいとしたら、とんでもない作戦ですね。まず、割に合わない。」


「と、いうことは……。」


「敵国によって始まった戦いは殲滅戦じゃなくて…………偵察戦。それも情報が最優先の。」


アンドロイドはその国の主力兵器である。

通常、アンドロイドを犠牲にすることはしない。

アンドロイドの動きを支えるコンピューターは特別製。

堅牢な装甲もまた、大量生産できない特注品。

それほど貴重なアンドロイドを、5機も使い捨てるような真似をした。情報のために。

その意図がつかめない。


「そこまで貴重な情報といっても、私が考えつくのはバイオロイドである大尉の情報しか心当たりが有りませんね。」


「私も、それしか思いつかない。」


「そうだな……。確かに、全く新しい戦力となったバイオロイドの情報は希少だ。」


だけどさ、とつなぐ涼。

言い出すのは全員の疑問。

この場では解の出ない問い。


「アメリカやロシアならともかく、韓国が敵国のも含めてアンドロイドを5機も消費するとは思えないんだよな。」


みな静かに、頷いた。


―――――――――――


韓国 ある基地内の基地長室


窓の無い部屋。

広いと言えるだけのスペースのある部屋の、中央に置かれた上官のデスク。

その席に腰掛けるのはこの基地の基地長。

上官である彼は、軍では珍しいことに非常に若い。

実年齢は21。だが、十代と言っても通用するだろう。

向かいに立つのは若い男。

情報処理を得意とする彼から、先程の報告をされていた。


「――――以上が、アニマロイドから転送された主な情報です。ほか詳しいことはそのメモリに保存してあります。」


「ご苦労だった。下がって通常任務に戻れ。」


「はっ。……しかし基地長。」


「なんだ?」


「いくら日本の最新兵器、生体人造人間バイオロイドの情報収集とはいえ、アンドロイドを5機も犠牲にしたのはやりすぎだと……。」


「口答えする気か?」


「いえ……。上官の決定は絶対です。ただ、差し支えがないようでしたら理由を教えていただきたいと思っただけです。」


「それこそ君が知る必要はない。それに、我が国が損害を受けたのはアニマロイド5機とアンドロイド1機だ。他国のアンドロイドは情報を吸い出したあとだから用済みだった。これ以上の説明がいるか?」


「いえ、ありません。」


「分かったら戻れ三度目は無いぞ。」


「はっ、失礼しました!」


退室した若い兵。

基地長たる彼は、部屋にロックをかける。

その男は――――微笑わらっていた。

その表情は欲望に染まり、その目には野心が現れる。


「クククッ。そろそろ、この国も用済みかな?」


この男は韓国軍の人間ではない。どの国にも属していない。

属する組織は、国という枠組みを超えているのだから。


上層部うえの奴らは情報これを欲しがってるみたいだけど。」


突如現れた最新兵器。『生物』をメインとしたバイオロイドの希少な情報。

戦闘のパターン、最大出力、最高速度、その他もろもろの分析結果。

今まで、どの国もなかなか入手できなかったものを、ついに入手した。


「日本もなかなか強情だしね。」


バイオロイドの詳しい情報は日本のトップシークレットである。

共有しているのは一部の研究者と関係者だけ。

なかなかどうして、潜入調査スニーキングミッションは至難の技。


「これをうまく利用して、幹部の奴らを引きずり落としてやる。」


野心家な男の独り言。

これは、突如基地長が疾走する事件の数日前の事である。


―――――――――――


日本海上第2基地 大食堂


『乾杯!!』


鳴り響くグラスの音。

解禁されたアルコール。

中央のテーブルに掛けるのは、先の戦闘の功労者たち。

並べられている馳走の数々。


「うめぇ!!最っ高!!」


そこまで豪勢というメニューでもない。

が、嗜好品を制限されている軍人にとってはヨダレを垂らすほどの贅沢品である。

まあそれでも、ほかの基地よりは通常の食事は恵まれている。

原因は、涼の正面にいる少女である。


「おう!嬢ちゃんも飲みな!!酒を飲める日なんてなかなかないぜ!!」


「私は未成年。まだ飲める年齢じゃない。」


「なーに言ってんだか!バイオロイドは人間よりも解毒作用が強いんだろ。人間の基準にゃ当てはまんねえよおぅ!!」


「無理な……モノは……無理……。」


基地隊員よっぱらいに絡まれ、無表情であたふたしているテトラ。

可愛らしく(?)両手をジタバタさせている。

恵まれている理由だが、この少女は感覚が敏感なので味にうるさいのだ。

普段は無口で無表情のため文句を言うことはない。

別に高級品の有無とかではなく、純粋に味がいいか悪いかなのでそこは料理人の腕次第。

そんなテトラのテンションを下げないため、厨房ではコックと板前の二枚看板で切り盛りしている。

この二人のオッチャンがライバル意識を持って切磋琢磨していることもあって、食堂の人気は高い。

その二人が、今日は結構な大判振舞をしたらしい。


「少尉、遠い目をしてないで助けて欲しい。」


助けを求めるテトラ。

無表情なのは変わりない。

が、困った様子なのはハッキリとわかった。

無理やり持たされたコップに注がされた日本酒。

その姿は、さっきまで戦場を蹂躙していた生体兵器とは思えないほど人間味がある。

可愛らしいとも言えるだろう。

背はそこまで高くない。

彼女の髪は美しい黒髪。

アンバランスな軍服姿。

酔っぱらい共がはしゃいでいるのもよくわかる。

今まで会話しづらい上司だったが、彼女がただの18歳の無口な少女だと分かったのだろう。

確かに、この基地には女性うるおいが少ない。

でも、あまりやりすぎるのはどうかと思うので、助け舟は出しておく。


「ほらほら、大尉が困ってますよ。それに、未成年に酒飲ませたなんて知れたら中佐に説教喰らいますよ。」


「うげっ、それは勘弁だなぁ。中佐の説教は長ぇんだもん。」


じゃ、未成年は未成年に任せますか。

と、言っておきながら香菜(19歳の未成年)に絡んで撃退される酔っぱらい。

そちらの方はできるだけスルー。

助けられたテトラはこちらに向き直った。


「助かりました、少尉。」


「いや、いいってことよ。」


酒入りのコップを別の人へ渡し、麦茶の入ったコップを受け取るテトラ。

一拍おき、少し涼を睨んだと思ったら、すぐ止めて麦茶を一口飲む。


「………………。」


「どうした?」


「……もう敬語を使わせるのは諦めました。」


「まあ、苦手だしね。」


「軍人ならば必須のスキル。そのままは良くない。」


「分かってはいるけどさ。沢城中佐みたいな人ならともかく、アンタみたいな年下に敬語を使うのは難しいんだよ。」


「年上だろうと年下であろうと上官は上官。」


「ごもっとも。」


そう言ってウーロン茶を飲む涼。

彼もまた、19歳の未成年なので酒は遠慮している。

会話を中断させるように一気に飲み干した。

これ以上のお説教(しかも年下からの)は勘弁願いたい。


「でも……。」


「?」


「貴方が積極的に話しかけてくれたから、私は皆と打ち解けることができた。」


「別にそんなことまで考えてなかったけどな。ただ単純に、突っかかっただけだ。」


「それでも、あなたのおかげであることは変わらない。」


だから。と、言いながらコップを置き、涼のことを真っ直ぐと見るテトラ。

反射的に、涼もコップを置いていた。テトラの言葉を聞くために。


「ありがとう。」


迷いなく放たれた言葉は不思議と心に響き、無表情な彼女には珍しい純粋な笑顔が涼へ向けられていた。


「……どういたしまして。」


少し気恥ずかしく、言葉を返す涼。

無意識に向けられた笑顔に少し、魅入ってしまっていた。


「あっ。」


小さく声を出すテトラ。

涼が何かと聞く前に、テーブルの爪楊枝を取り出し、その手に持つ。


振りかぶり、爪楊枝を周りの人に当たらない場所へ向かって投擲した。


シュッ!(爪楊枝が放たれる音)

カッ!(爪楊枝がハエに刺さり、壁に当たった音)

ポロッ。(壁から爪楊枝が落ちる音)

ポトッ。(ゴミ箱にハエの串刺しが入る音)


「………………。」


一瞥すらせずハエを殺したテトラ。

シーンとする食堂。

壁まで少し距離があるため何が起こったか、なぜ投げたのかわかっていない一同。

皆に説明するように、テトラは淡々と告げた。


「ハエを仕留めました、それだけです。」


その言葉の一拍後、食堂は歓声で爆発した。


「すっげええぇぇ!!」「やるじゃねえか、嬢ちゃん!」「次もこの調子で頼むぜ!」「また見たい!もう一回やって!」「あっ、あの蚊を狙ってみてよ!」


酔っ払いのテンションも相まって、もみくちゃにされるテトラ。

医務のオッチャンにゴシゴシと頭を撫でられ、また困った表情をする。

だけど、嫌な表情ではない。“仲間”の行動に、どうしたらいいかわからない困惑の顔。


「……まったく。」


涼は、別に自分が何かしなくても、テトラだけで皆と溶け込めたのではないかと思っていた。

それだけ、皆は口に出さなくても、テトラのことを信用していたのだと思う。

強きに奢らず、毎日訓練も調整も真面目にこなす様子から、皆はテトラがいれば安心だと思っていた。

初めは、バイオロイドに守ってもらえるという安心感。

それは直に、真面目な仲間に対する尊敬の念にもなる。


「ははっ。」


そんな彼らと一緒に、涼は楽しく笑っていた。


―――――――――――


日本 ある研究室


広々とした部屋。

コードが駆け巡り、中央の機器に集中する。

その場で作業をしているのは少女。少しアンバランスな白衣姿。

この場に似合わない見た目12歳の少女、実年齢は15歳。


「♪~。」


歌を口ずさみ、ペーパーキーボードをタップする。

操作するのは三つのキーボード。

さらに、髪と直接繋がれたコンピューター二機も同時に操作する、人間離れした技術。

事実、彼女は通常の人間ではない。


「相変わらずだな。」


部屋へ入室したのは男。

青年だが大人びている様は二十代後半でも通用するだろう。

そして彼もまた、通常の人間ではない。


「おー、リュウ君!ボクの研究室に何か用かな?」


「直に完成だと思ってな。ミヤが造っているっていう“アレ”の」


「おおう、よくわかったね。完成時期は言ってなかったのに。」


大げさにリアクションをする少女。

表情豊かな彼女は第2世代のバイオロイド。

開発型1ランクの研究者、ミヤ。


「俺の生体レーダーは優秀なんだよ。」


自らの頭を指す貫禄のある青年。

大人びている彼も第2世代のバイオロイド。

戦闘型1ランクの戦闘員、リュウ。


二人は共に、日本最新の第2世代バイオロイド。

科学者として造られたミヤ。

戦闘員として造られたリュウ。

第2世代から登場した、非戦闘員のバイオロイド。

第1世代より進化した、戦闘要員のバイオロイド。

そんな彼らの会話は、ミヤの取り掛かっているものが話題となっていた。


「で、これが例の新兵器か……。」


「そうそう、よくぞ言ってくれました。」


中央にあるのはコードにつながれた“機体”。

その風貌はアンドロイドと酷似している。

が、その大きさはやや大きい。

そして何より、この機体にアンドロイドのコンピューターは積まれていない。


「でかいな……。ちゃんと飛べるのか?」


「よいよい、そんな基本をこのボクがミスるなんて有り得ないよぅ!」


「……しっかり説明してくれないか。実用化されたら俺もこれに“乗る”んだぞ。」


「OK!まず、アンドロイドと違って中央が空洞の部分がポイントです。詰まってるわけじゃないから機体の重さはそこまで増量せずに済みました。空気抵抗もバッチリ計算済みで、余計な抵抗はシャットアウト!燃費もコンピューターが無い分アンドロイドより優秀になりました。」


「ほう、確かにそう造られているようだ。」


「でしょでしょっ!」


新たに造られた兵器。

『乗る』アンドロイド。

バイオロイドの燃費と武器の補強を目的として作られた、バイオロイド専用の機体。

現在使用されている大型サブユニットは、バイオロイドの電気エネルギーを消費する。

そのため、出力は上がるが戦闘時間は短くなる。

だが、これはさらに進んだ機体。

アンドロイドで最もコストがかさむコンピューターを必要としないため、生産は容易

これが、日本の特徴「低コスト」。


「時に聞くが。」


「なあに?」


「まさか“人間”用まで造ってはいないだろうな?」


「ああー!?それおもしろーい!」


「……造っては、いないみたいだな。」


いらんことを言ったと思ったリュウだったが、ミヤの考えは現実的だった。


「それならすぐに作れると思う。」


「それは本当か!?」


「うん。」


「Gはどうなる?」


「Gは分解可能な化学ゲルを使ったクッションでどうにかなるよ。完全に固定するから操作はシュミレーターの電気信号通信を応用。コンピューターは積む必要があるけど、アンドロイドに使われるようなモノを使わなくても飛べると思う。」


「ALFは積めるか?」


「まだギリギリ難しいかな。電界はなんとかなるけど、計算処理が追いつかないから。プラズマジャマーが限界。……でも、コンピューターの技術がもう少し進歩すればいけると思う。」


「まだ問題はある。人間用兵器としてはコストがかさむだろう?操作技術の難易度はどうなる?」


「コストはアンドロイドよりは安くなるけど人間用だと最新戦闘機ぐらいかな?操作技術は多重装備戦闘機、グライダーの「フルブースター」が使えれば問題はないよ。そう考えるとまだ試作の域は出ないかな。」


「……次の研究報告は二つになりそうだな。」


新たな兵器が誕生した。

この頭脳に特化したバイオロイドの少女によって。

人間用もすぐに開発するだろう。

この研究者は優秀なのだから。


「そういや、もう名前は決まったのか?これはアンドロイドではない。識別のために新しい名前が必要だ。考えていないなら掛け合ってみるが――。」


「いや、もう名前は決まっているよ。」


これは新しい日本の兵器。

涼達が祝杯を上げている同時刻に、新たな兵器が命名された。


「これの名前はねぇ……。」


それは多分、彼らと無関係ではないだろう。


人型装甲アーマロイド。」

別作品をご覧の皆様、こんにちは。

初見の人ははじめまして。

赤川島起です。

今回、オリジナル作品としては2作目となりました。

これほどの大容量を一気にお読みいただきまして、本当にありがとうございます。


今回投稿しました『アンドロイドとパイロットの話し』は、かなり深く設定を凝っております。

編集(弟)からも、結構アドバイスをもらっておりまして、そちらもかなり影響しています。

なお、今回は『発展した科学』をコンセプトにしております。

様々なオーバーテクノロジーを楽しんでいただけたでしょうか?

そうであるのならば幸いです。


実は、この作品は連載にもっていこうかなと思っている作品です。

より詳しい設定や、本作では登場していない武器や兵器もあり、もし連載した場合、こちらとは別の始まりをしたいと思っております。


では、今回はこれまでとさせていただきます。

ご意見・ご感想、お待ちしております。

では、また別の作品か活動報告で。


ご視聴ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  世界観、登場人物などから見ていい作品だと思います。  しかしながら、アニマロイド、バイオアニマは要らないのかも知れないと感じてしまいました。登場機会が少ないですし、想像し難いという点があり…
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