第八話 どこかズレてる現人神
「うぅ、ん……?」
「あ、目が覚めましたか?」
「え――ッ」
「ああ、頭が痛むんですね。二日酔いでしょうから、まだ休んでいたほうがいいですよ」
「あ、あの……?」
明け方頃、早苗さんが目を覚まされた。頭痛が酷いようだが、どう考えても二日酔いだ。二柱によると彼女は下戸らしい。同類として美味しいお茶でも飲めそうだ。
私が早苗さんの部屋にいるのに他意はない。諏訪子様と神奈子様に「どっちと寝たい?」と聞かれて咄嗟に口を衝いて出てしまったのが早苗さんの名前だっただけだ。あの二柱と布団を並べのはさすがに色んな意味で無理だ。玩具にされる。
しかし、選んだ私も私だが、許可する神様も神様だ。普通止めるものじゃないのだろうか。大切な巫女に何されるか分からないし。そんな事を思っていたら、顔に出ていたのだろう、「看病よろしく」と言い渡された。つまりはそういうことだ。……どういうことなんだ。
「え、え? いや、あの……え?」
「お茶でも淹れてきますねー」
軽く混乱しているらしい。当然と言えば当然だけど。
とりあえず、私が今何を言っても頭に入らないと思うので、一旦出て行っても問題無いだろう。
* * *
「――というわけで、どうぞ」
「ありがとうございます。……じゃなくて、あの」
「勝手に台所使っちゃいましたが、一応お二柱の許可は貰ってるので。あ、綺麗に使いましたよ」
「あ、はい……それはいいんですけど……」
形容しがたい表情の早苗さん。なんというか、どうして私がここに居るのかとか、頭が痛くて昨日のことをあまり覚えていないとか、そんな不安そうな感じ。
「葛花があればよかったんですが……あれは二日酔いに効くんです。でも今はないので、水分を摂ることが先決ですね」
「…………い、いただき、ます」
訳が分からないと視線で訴えてくるのをとりあえず無視してお茶を勧める。別に意地悪とかではなく、二日酔いはたくさん水分をとって毒素を体外に排出させる以外に私の知っている限りどうこうしようがないからだ。特効薬なんてものはないのである。きちんと自分の体と相談して呑みましょうね。
ちなみに、葛花は読んで字の如く葛の花のこと。それを煎じて飲めば酔いに効くが、秋ごろに花を咲かせるので今はない。
「……おいしい」
「それはよかったです」
皆無というわけではないが、あまりお茶などを煎れる機会はないので、腕的な意味で少々心配だった。天狗たちは身内に甘く、私が何をしてもたいていは許容してしまうきらいがある。別に食べれない飲めないといったものを作っている気はないが、やはり見知った人以外に対しては緊張する。
「それで、どうして私がここにいるかなんですが……お体は大丈夫ですか? もう一眠りしてからでも」
「へ、平気です。おかげで少し落ち着きましたし」
「そうですか。じゃあ順を追いつつ端折って要約しますね」
「できれば一部始終がいいんですが……」
まさかまるっと昨日の記憶がないのか。どの辺まで覚えているのかにもよるが、私があの場に居たのもそう長くはないので言えることなど限られている。
「風祝様、私の名前は知ってますか?」
「えっと、白さん……ですよね?」
「そうです。敬称はいりませんけど」
「それなら私もその呼び方じゃないほうが」
「とまあ、昨夜もこんなやりとりをしたんですが、覚えてますか?」
「朧気ながら……」
そう言いながらも表情に自信はなさそうだ。そんな不安そうにしなくてもいいのに……。
「――あの、白さん」
「はい?」
かと思えば神妙な顔つきでこちらを見つめてくる。その何かを決心したような姿に嫌な予感がするのはなぜだろうか。
「私、ちゃんと責任は取りますから」
「……はい?」
「酔った勢いで、なんて最低かもしれませんが……それでもこのままなあなあには」
「いやあの」
「大丈夫です。今夜だけの関係とか、そんな薄情な事は風祝の名にかけて致しません」
「その心がけは素晴らしいとは思いますが、とりあえず私の話を聞いて下さい」
いきなり何を言い出すんだろう、この人は。駄目だよこういうタイプの人に記憶なくすほどお酒呑ませたら。主に私みたいな役回りの人が苦労するから。
しかし、普段掃除とか信仰集めに精力的に活動している姿しか見ていなかったけど、素の性格はこういう感じだったのか。半年前に幻想郷に来たばっかりのときは不安そうで、時折寂しそうだったしで少し気がかりだったんだけども。杞憂だったのか。
「だから、安心して下さい」
「早苗さん、落ち着いてください。深呼吸しましょう深呼吸」
どんな記憶を捏造したのか、誤解を解くのには三十分ほどかかった。
* * *
「いやぁ、楽しい朝だったみたいだね?」
夜が完全に明けきった頃、早苗さんの部屋から退出した。ちなみに部屋の主には再び寝てもらった。二日酔い辛そうだし、まだちょっと何言ってるのか分からなかったし。要らぬ誤解を神様たちに持たれても困ままま。
「き、聞いてたんですか?」
「え、いや単にからかっただけなんだけど」
「…………」
(人型で)出会ってから二日目なのに、どうしてこんな扱いを受けているんだろうか。そんなに妖獣だって黙ってたことに怒ってるのかな……。それとも単に諏訪子様がちょっと意地が悪いというか嗜虐趣味があったりするとかだろうか。
「その反応だと何かあったみたいだね」
「まあ……なんというか……」
守矢神社って怖いなって。
「早苗の相手は大変だったろう?」
「……あはは」
笑って誤魔化す。否定はできないが、酔っていたのだから肯定もそう簡単にできない。…………酔ってただけ、なんだよね?
「……あのー、そろそろ帰ってもいいですよね?」
「ん? 朝食くらい食べてけば?」
「さすがにそこまでは……」
言及される前に帰りたい。そうじゃなくても愛しい我が家(洞窟)に帰りたい。私はほぼ初対面の人の隣で眠れるほど神経が太くないので、実は今日一睡もしてなかったりする。
「平気だよ、早苗は食べれないだろうしね。今神奈子が作ってるから」
「いやでも――ええ?」
「どうしたの?」
不思議そうに尋ねてくる諏訪子様。『どうしたの』って神様自ら食事の準備してるんだっていう驚きです。あ、でも早苗さんも神様なのか……それなら誰が作っても神様が作ることになる。なら不思議な事ではない、のかなぁ……?
「ああ、神奈子の腕を疑ってる? それも大丈夫だよ、そんなダークマターとか出てこないから」
「そんな心配はしてませんけど……」
べ、別にチラッとそんな考えが浮かんだとかそんな。軍神や山の神様と呼ばれているし料理関係ないじゃんとか本当に……本当に、一瞬だけだから。しかしそんな事を言ったら、あと祟り神と奇跡を起こす神様(仮)だし、神徳は関係ないだろう。……早苗さんって神様カウントしていいのかな。
「そんな訳で余らせるのも勿体ないし、食べていってよ」
ニコリと人当たりの良い笑みで誘ってくる。それにゾワッと毛が逆立ったのは私の頭が寝不足でうまく働いていないからだろうか。
「ね?」
微笑む顔は変わっていない筈なのに、どうしてか背後にミシャグチ様的なナニかを侍らせているような気がする。そんな彼女に対して私が出来る事なんて、
「…………ご馳走になります……」
全力で迎合することだけだ。やっぱりね、目上の方のご好意を無下にしちゃいけないと思うんだ、うん。
余談ながら、神奈子様の料理は普通に美味しかったです。