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第六話 博麗の巫女

「あんたたち、いい加減にしなさいよ」


 呆れを多分に含んだ声が、私たちの間へ割って入る。声の主を見ると紅い巫女服を着た少女が溜め息をつきながら私の後ろに立っていた。 


「寄って(たか)って何してんのよ。しかも子供相手に」

「知り合いの子だもの、興味くらい持つものでしょう? というか貴女と同じ年くらいじゃない」

「何? 知り合いの子を愛でる趣味でもあるの?」

「相手によるわね。この子の母親は九尾の妖獣だったし、興味も湧くわよ」


 天狗よりも排他的だったらしい母さんには天狗や河童以外の知り合いは殆どいない。それこそ目の前の妖怪以外にいないとしてもおかしくはない。


「妖獣ならあんたのとこにもいるじゃない。狐が」

「そうだけど。こういうものは側に置きたいじゃない?」


 そこで言葉を区切り、私の方に視線を戻してくる。

 どう見ても捕食者の眼です逃げていいですか。


「ねえ、名前は?」

「きゅっ!? え、えっと……」

「名前よ名前。いつまでも貴女呼びじゃ嫌でしょう?」

「え、いや別に」

「嫌でしょう? 名前は?」

「白といいます」

「そう。白ちゃんね」


 こ、恐ッ……何いまの。すごい圧力だった。


「ん、それじゃ白ちゃん。私の式にならない?」

「……ほへ?」

「ちょっと紫? 私が先に目をつけてたんだから、横取りしないでくれる?」

「こういうのは早い者勝ちですわ」


 あの、私の意思は……。

 ていうか式って。そして吸血鬼にも目をつけられてたのか……母さんが一番危惧してたよね、この状況。  


「あんたも厄介なのに目を付けられたわね」


 上品な言葉遣いと小難しい言葉で舌戦を繰り広げるている紫さんとレミリアさんを一瞥して巫女が言う。

 確かに厄介そうだ。逃げ切れるのかな。


「そうですね……なんかもう泣きたいです」

「あいつらなら泣いてる端から連れ去りそうだけどね」


 歪みねぇ。さすが大妖怪である(錯乱中)


「……ああ、それと博麗の巫女さん。今更ながら勝手にあがってしまい、申し訳ありません」

「別にいいわ。どいつもこいつも勝手に来て騒ぐだけ騒いで帰るだけだし。一人増えようと消えようと関係ないし」


 サッパリとした性格だ。冷淡と言えなくもないが、それとはまた少し違うように感じる。

 この性格が神社に妖怪が寄り付く要因なのかもしれない。


「あんた、白っていったっけ?」

「はい。何ですか、博麗の巫女さん」

「私は博麗霊夢ね。ま、来たからには楽しんだら? あんな奴ら気にしないで」

「お気遣いありがとうございます。……なるべく、善処します」

「まあ知り合いもいるみたいだし、そこにいるほうが無難かもね。本当に目付けられてたらどこに居ても無駄だけど」


 不安になるような事を言わないでほしい。助けてください巫女様。

 そんな半泣きな私の表情に気付いたのか、霊夢さんは一瞬驚き、そして納得したように「なるほど……」と呟いた。え、え、一体何だろう。


「……うん、まあ、頑張って」

「な、何をですか?」

「うーん……」


 何のことだと問うと、霊夢さんは言いにくそうに頬をかき、視線を彷徨わせた。え、何ですかこの反応。そんな言い難い事なんですか。

 それでもじっと見つめると、観念したのか口を開いてくれた。


「形容しがたいんだけど……何というかあんた、良くも悪くも惹きつけられるのよね」

「惹きつけられる……?」

「見たところ妖獣っぽいけど、実はその手の妖怪とか?」

「いえ、違うと思いますけど……ただの半妖です」

「……ただの半妖、ねぇ」


 値踏みされるような視線を向けられる。

 これってお眼鏡に適わなかったりしたら消されたりするのか、と若干不安になる。まさかそんな……ないよね? 大丈夫だよね?


「ほら、それ」

「それ……?」

「涙目とか、そう簡単に魅せるもんじゃないわよ」

「……?」


 何が言いたいのかよく分からない。あと別に泣いてないもん。


「ま、そんなに気にしないで。……それより、そろそろ逃げたほうがいいんじゃない?」

「え?」

「あれ」


 何が、と思いながら霊夢さんの視線を辿ると。



『あら、私にだって情はあるわ。特に身内になら甘やかすくらいにね』

『そういう割には、あの子を見る目がまるで肉食動物のようでしたわ』

『あんた人のこと言えるの?』

『ふふ、私は気に入った子を壊すほど前後不覚になりはしません。それに……人を襲わない妖怪なんていませんわ』

『……“人”?』



 知ってるかい、この人たち私を取り合ってるらしいよ。絵に描いたようなハーレム状態だけど、実は初対面なんだぜ。……どうしてこうなった。教えて文さん、切実に。

 

「早く逃げないと巻き込まれるわよ」

「それはそうですけど……どうしてこんな……」

「長く生きるとプライドも高くなるんじゃない? 最初はただのちょっかいかもしれないけど、戻るに戻れない所まで来てるんじゃないの」


 なんて大人げない。いや妖怪なら普通なの……かなぁ。


「……戻ります」


 商品(私)がいなくなればどちらも冷静になるだろう。だからこれは逃げるわけではない。戦略的撤退なのである。



* * *


「災難だったわね、白」


 開口一番、文さんは心底可笑しそうにそう言った。なぜ笑う。


「そう思っていたなら助けてくださいよ」

「まあ、これもいい経験よ。あなたも天狗に負けず劣らず排他的だから、こんなにたくさん会話したことないでしょ?」

「確実にいい経験だとは言えないと思うんですけど……」


 確かに山に引き籠ってばっかりですが。でもそれにしたって、これはハードルが高すぎやしませんか。

 

「まあまあ。過ぎたことは忘れて楽しくやろうよ」


 諏訪子様も楽しげに笑いかけてくる。だからなんでそんなに楽しそうなんですか。


「過ぎてはないですけどね……」


 チラリと先程まで居た場所に視線をやる。ほら、倒れ伏した大妖怪と吸血鬼の側で巫女が酒を呷っているっていう危険な――あれぇ?


「容赦無いですねぇ。さすがは霊夢さん」

「い、いつの間に……」

「いやぁ、白も罪作りな子ね。分かってたけど」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべて私を見てくる文さん。若干酒臭い。


「もう酔っ払ってるんじゃないですか? 何言ってるのかよく分からないんですけど」

「あーうんうん。天然だものね、知ってる」

「だからさっきから何を」


 言ってるんですか、と言おうと思ったが止めた。どうせ酔っていたら会話にならないし、素面でもはぐらかされるだけだ。


「……はあ。文さん、私そろそろ帰りますね」

「帰すと思う?」


 そう言う文さんの背後に、諏訪子様と神奈子様が似たような顔をして立っていらっしゃる。なぜだ。


「帰らないと色々と危ないんですけど……」

「ふむ」


 ピクリとも動かない大妖怪各位に目を向けながら言うと、さすがのお三方も顔を渋らせた。あの調子なら目がさめた途端に同じことが起きるだろう。


「あ、じゃあさ。私といっしょに帰ろうか」

「洩矢様と……ですか?」

「うん。嫌?」

「いえ、嫌なんてことはありませんが……」

「じゃあいいじゃん。元々あんたのことを聞きに来たようなもんだし、新参としての挨拶も一応済んだし」


 守矢神社は新暦にして去年の秋口に幻想郷へやってきた。今は初春と呼ばれるくらいの時期なので越してきてからまだ半年くらいしか経っていない。それにしては結構馴染んでいる気もするけど。


「ですが」

「文句あるの?」

「まさかそんな喜んでご同行させて頂きたい所存で御座いますどん」

「とりあえず落ち着きなさい」


 なぜこの世界には力でどうこうしようとする方が多いのだろう。怖いじゃないか。


「神奈子はどうする? まだ残る?」

「そうねぇ……」


 ぐるりと宴会場を見渡す神奈子様。それなりに呑んでいたはずだが全く酔っているようには見えず、思案顔で視線を巡らしている。主に早苗さんに。


「……私も帰るわ。あまり長居することもないでしょうし」

「早苗は?」

「潰れて寝てるし、連れて帰りましょう」

「あーあー……下戸のくせに呑むから」


 神奈子様が寝ている早苗さんを抱きかかえ、その顔を見て苦笑交じりに諏訪子様が言う。仲いいなぁ、御三柱は。

 畏れ多いが、言ってしまったのは事実なので近くに居た人たちに退席の意を示してから並び立つ。動揺して変なことをしたり言ったりしないよう気をつけなければ。


「あ、そうだ。文さんはどうされます?」

「私? 私は残るわ」


 まあそうだろう。宴席にはネタが落ち易いと以前言っていたし。


「――そしてなるべく多くの痴態をこのカメラに収めてみせるわ」

「…………」


 どうして痴態だけに限るのかとか、言いたいことはあったけどそれを飲み込んで神様と共に飛び立った。

 余計な詮索はしないほうがいいというのは経験則である。

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