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第五話 幼き月と境界線

 尻尾に飽きたのか、魔理沙さんが再びアリスさんにちょっかいをかけ始めたのを見て、二人のもとを離れたのが数分前。

 文さんも神奈子様や他の方々と飲み比べを始めてしまい、手持ち無沙汰になった私は適当に周囲を観察していた。視線を四方に動かすと覗ける、幻想郷のパワーバランスを担っている妖怪たち。私はどうしてここに居るんだろう。場違いすぎて泣きたくなってくる。

 そんな折、とある妖怪に目を向けると、向こうも私を見ていたのかバッチリと目があった。慌てて視線を逸らそうとするも、相手の眼力的なモノが強くてそれは叶わない。

 ――その紅い瞳に魅せられたのか呑まれたのか。身じろぎも出来ず数瞬見つめ合っていたら、その少女がニッコリと笑って手招きをしてきた。


「ねえ、そこの狼ちゃん」

「……な、何でしょうか」


 そこそこの距離があるのに、それを微塵も感じさせない声。

 気付けば胴体と首が泣き別れ、なんて事があるかもしれない。いや、泣く暇もない間にだ。それ程までに絶対の力の差があると確信出来る。この少女、この場にいる強者の中でも一段二段上に位置する存在だ。


「あら、そんなに固くならなくてもいいのよ。別に取って喰いはしないわ」

「……」


 外見は十歳前後だが、それでもこの刺すような威圧感。人の上に立つ者特有のそれ。

 山では天魔様や大天狗様がこんな雰囲気を纏っている。ただ私といるときはそこまででもないので、こうやって真正面から強い気を当てられるのは始めての事だ。

 怖いというか畏れ多い気分になる。が、此処にいる人達は何なんだろう。そんな空気を気にした風も無く酒を喰らって騒いでいる。理解不能だ。


「私はレミリア。レミリア・スカーレット。それで後ろが」

「従者の十六夜咲夜と申します。お見知りおきを」

「よ、よろしゅくお願いしましゅ……っ」


 噛んだ。盛大に噛んでしまった。


「っ……!」

「プッ……!」


 ヤバい顔絶対赤くなってる死にたい。

 ていうか笑うなら笑ってください二人共。肩震わせて耐えられる方がなんだか心が痛むので。


「……もうやだ帰る……」

「ま、まあ待ちなさい。この誇り高き吸血鬼が直々に話し掛けているんだから」

「だからこそ帰る……」

「聞き捨てならないわね。私の誘いを袖にする気?」


 地雷を踏んでしまったようだ。

 しかし私にも理由はある。背中にある羽をみれば一発でわかるけど、やはりレミリアさんは吸血鬼だった。となれば、私の取るべき行動は決まっている。


「母に『吸血鬼と関わるな』と言い含められているので」

「へえ。私のことを知ってるの?」

「いえ、おそらくそういう訳では。ただそう言っていただけです」


 母が『吸血鬼』や『ドラキュラ』といった言葉を知ったのはそれなりに昔らしい。幻想郷にその名が入ってきた時くらいだとか。ただし当時は『西洋の鬼』といった考えだったようで、地下に潜ってしまった日本の鬼と同等程度に考えていたそうだ。

 そんな母が吸血鬼という種を嫌い始めたのは父と会ってから。父は外の世界で歴史家と呼ばれる職に就いていたらしく、妖怪や民話などに詳しかった。その父から聞いたのが、吸血鬼と狼(人狼)の関係。


 吸血鬼はその起源や在り方が諸説ある。たいていの妖怪もそうではあるが、自国ではなく海を隔てた国の妖怪ならば尚更それは顕著だろう。そのほんの一部分に、『吸血鬼は狼を使役する』というのがあるらしい。そしてそれを聞いた母が怒った。

 ――と、表してみればこれだけである。

 ただ実際、狼は犬よりも懐き難い動物だ。プライドが高いとも言えるかも知れない。

 母もそれに違わず、自分に誇りを持っていた。だから狼が下に扱われるのが嫌だったんだろう。


「言ってただけ?」

「母さんがそう言うなら、そういうものなんだろうなあって」


 私自身には別になんとも思っていない。

 そもそも、よく知らないので好き嫌い以前の問題だ。でも母さんの遺志みたいなものだから、それに従っておこうかな、くらいの気持ちでいる。


「その年にもなって親の言い成り? 情けないわね」

「それは……」

「まあまあいいじゃない。この子にも事情があるものですわ」

「!?」

「……厄介なのが出てきたわね」


 舌打ちをしながらレミリアさんが言った。

 その視線の先には、長い金髪でどこか胡散臭そうな笑みを浮かべた少女。の、上半身。


「……え? え?」

「ふふ。そんなに驚いてもらえると、私としても嬉しい限りですわ」


 表情が悪戯が成功した子供のような笑みに変わり、“空間の裂け目”としか形容できない穴から身を乗り出して私を見つめてくる。

 ……もしかして、この妖怪は。


「はじめまして、可愛らしい妖獣さん。私は八雲紫。宜しくね」

「人の話し相手を勝手に取らないでもらえる?」

「あら怖い。喧嘩は苦手ですわ」


 よし、ここまで来たらあれだ。

 ――逃げよう。



* * *


 まったく短慮でした。

 いくら走力があろうと大妖怪相手に敵うわけがありませんよね。


「反省しているので離してください……」


 しかし、あの二人に捕まるかもとは思いはしたが、まさか人間――咲夜さんにやられるとは。

 さっきまで主人の邪魔をしないように一歩下がって使えていたというのに、いつの間に私を羽交い絞め出来るほどの距離を詰めたんだろうか。


「あら、いきなり逃げるなんて失礼ですわね」

「まだ私との話は終わってないわよ?」


 それはそれは美しい笑みを浮かべる大妖怪様。

 美人だよね。うん、目も笑っていたら私きっと惚れてたんじゃないかな。笑ってたら。


「そんなに怯えなくても大丈夫よ。私は何もしないわ。私は」

「は、よく言うわ。……咲夜、離していいわよ」

「はい」


 パッと手を離され、立つのも面倒になったので座り込む。そして何の気なしに後ろを見ると、そこに咲夜さんはもういなかった。

 しかし視線を前に戻すと、再びレミリアさんの後ろへ控えていた。


「……?」

「狐につままれたような顔してるわね」


 紫さんが楽しそうに喉の奥で笑う。


「そんな事より。逃げるってことはそれなりの理由と覚悟はあるんでしょうね?」


 ニヤリ、と口元に嗜虐的な笑みを浮かべてレミリアさんに問われる。

 騒ぎを起こしてしまったからか紫さんが来たからなのか、周囲の方々も私たちに視線を注いでくる雰囲気は中々に辛いものがある。

 それなのに、一番気づいて欲しかった文さんは未だに呑み比べをしている。裏切られた気分だ。


「いやあの、母に要注意妖怪と教えられていたので……」

「あら、私も?」


 私が逃げ出したのに際して、あの不思議空間から出てきていた紫さんに聞き返される。

 道士服のような服装に、リボンの付いた帽子。身長も私より高く、独特の――悪く言えば胡散臭い――雰囲気の美人さんである。

 しゃがみこまれて耳を弄られていなかったら、きっと見惚れていたことだろう。


「……はい、そうです」

「付き合うな、って言われたの?」

「そんな感じです」

「ふぅん。そうなの」


 ふにふにと耳を揉まれたり引っ張られたり。

 果たしてそんな事をして楽しいのかとこちらが尋ねたいところだ。


「……その母親は? いないの?」


 呆れた様子で私たちを見てくるレミリアさん。溜め息のオプション付きだ。紫さんを見れば、こちらも雰囲気が「言え」と言っている。……まあ、隠すほどのことでもないし、いいか。


「いません。私を産んで数年後に亡くなりました」


 そう言うと、紫さんの手付きが優しくなった。


「うにゃあ゛!?」


 気がしただけだった。

 むしろ痛いほど耳を引っ張られ、その手から抜けだそうともがく。


「『にゃあ』って……。狼なんじゃないの?」


 楽しげに言う紫さん。しかしその手はまだしっかりと私の耳を掴んでいる。

 もう引っ張ってはいないが、再び揉んだりしてきて行動の真意を計れない。


「ねえ、もしかして貴女、あいつの子?」

「ふえ?」

「妖怪の山に住んでいて、天狗と仲が良かった九尾の狼」

「あ、はい。たぶんそうです」


 というか絶対にそうだろう。九尾なんて中々いないし、紫さんも面識があるのなら間違いない。


「へえ、本当に……」

「私抜きで話を進めないでくれるかしら?」


 値踏みするような紫さんの視線と、不機嫌なレミリアさんの眼力。

 ぬくぬくと温室で育ってきた半妖怪には辛いモノがある。誰か助けて。


「――あんたたち、いい加減にしなさいよ」


 そう願っていたら、聞き慣れない声が上から降ってきた。

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