第三話 宴会
とうとう博霊神社に着いてしまった。ただ髪留めを渡すだけの簡単なお仕事の筈なのに、どうしてこんなにもビクビクしなければいけないんだろう。
木の後ろに隠れながら博霊神社を見ると、酒を飲んでいる神様、呑まれてる妖怪、素面の人間など様々だ。無論呑まれてる人間も、素面の妖怪もいる。つまるところただのどんちゃん騒ぎである。
「酒くさ……。嗅いでるこっちが酔うって……」
文句を垂れながらも早苗さんを探す。幸運なことにすぐに見つけられた彼女は、二柱と共にこの喧騒を楽しんでいる様子だ。
ついでに文さんも探したが、その姿を確認することは出来なかった。どうやらまだ来ていないらしい。好都合だ。
目的人物を確認したのでささっと狼の姿になる。実の所この姿のほうが嗅覚が鋭敏なのだが、この姿のまま行くと『お前誰だよ』となること請け合いだ。酔っぱらいに絡まれては碌なことがない。
汚れないよう適当な布で包んだ髪留めを咥え、匍匐前進気味に低く歩く。気付かれなければこのままそっと返して帰れる……訳ないよなあ、やっぱり。
「何あれ。犬?」
「白いけど狼っぽくない?」
「残飯でもたかりに来たのかしら」
もはや開き直って堂々と神社に乗り込む。どうせ絶対気付かれるし。
宴会客の注目を一身に集めてしまっているが、物言わぬ獣はそんなのを気にしない。でも人型だと気にする。
「あれ、お前は……」
守矢神社の人で一番初めに私に気付いたのは諏訪子様だった。
それにつられてか早苗さんや神奈子様も私を見てくる。ついでにその周囲の人妖も。
「どうしてここに……ん? これは?」
「私の髪留め?」
咥えていたものを渡し終えたので、私の仕事はもう終わりだ。
……そう。終わりなんだけど一体どうやって帰るか、それが問題だ。
「わざわざ渡しに来てくれたの?」
早苗さんのその疑問にペロリと手を一舐めすることで返し、なるべく不自然さがないようにそのままゆっくりと来た道を戻る。
「何だあれ。お前らの知り合いか?」
「知り合いというか、山に住んでいる狼なんですけど……。私たちも詳しくは分からないんです」
「随分懐いてるみたいだけどな。それだけ渡しに来るなんて相当じゃないか」
よしよし、これなら何とかいけるかもしれない。
動物の行動なんて理解の範疇外だろうから、意味の通らないことをしても少しは見逃してもらえるだろう。
「……ねえ、早苗さ。この髪留め、布にくるまれてたよね?」
「はい。……あれ?」
「ふつーの四足歩行動物が出来ることじゃないよね?」
よし、ダッシュだ。
「おい、あいつ逃げてるぞ」
「えっ!? ま、魔理沙さん、足止めをお願いします!」
「任された! いくぜ、マスタースp――」
「人の神社で何ぶっ放そうとしてんのよ!」
「いてっ! おい霊夢、何も殴ることはないだろ!?」
何なんだ。私のうしろでは一体何が起きているんだ。
「そんな事より、いいの? すごい勢いで逃げてるけど」
「アリス! 捕獲だ!」
「何で私が……」
背後が若干気になるが、振り向かずに進んでいく。
すると突然、私の前方に武器を構えた人形がたくさん現れた。ナンダコレー。
「ちょっと手荒になっちゃうけど、ごめんね」
「あ、アリスさん、少し酔ってません?」
謝るくらいならやらないでください! 何この神社怖い人しかいない!
だがしかし、私だって腐っても速さが売りの妖獣。この程度ならギリギリ躱せるかもしれない。操ってる人は酔ってるらしいし。
「おいおい、どうしたんだよアリス。全然捉えられてないぜ? 酔い過ぎじゃねえか?」
「……あれ、本当にただの動物なの? そりゃ手加減してるし多少は酔ってるけど、でも狼一匹ごときに手こずる訳ないのに」
『実は妖獣でーす☆』なんて言ったら殺されそうな空気なんですけど。
というか、あの“アリス”って呼ばれてる人、これで手加減してて尚且つ酔ってるの? 私なんてもういっぱいいっぱいで倒れそうだというのに。
襲ってくる人形を左右に避けながら進んでいるので中々進まなかったが、この鬼ごっこもそろそろ終わる。
あとはこのまま突っ切れば問題な――
「あやややや。酷いですねえ、私が来た途端に帰ろうとするなんて」
詰んだ。
* * *
「…………」
「文さん、この子が本当に妖獣なんですか?」
「そうですよ。人間の皆さんとそうそう年も変わりません」
「人型じゃないぜ?」
黙して語らず。これやっとけばただの動物と変わらないって神様が言ってた。
……まあ、その神様にはバレたら人型になるように命じられているけど。でも、そういうのにはタイミングというものがあって以下略。
「この子は顔見知り以外とはあまり話したがりませんからねえ。ここには初対面の方々が多いので、萎縮してしまっているのでしょう」
「ふーん。でもどうせ逃げられないんだから、早めに言うこと聞いたほうがいいと思うけどなあ」
「す、諏訪子様。もう少し優しく脅してあげたほうが……」
脅す事自体が優しくないと気付いてください。あと尻尾引っ張るのやめてください。
「嫌がることをしないと、いつまでたっても化けようとしないでしょ?」
「正論ですね。この子は基本的に押しに弱くアホの子なので、すぐに耐え切れなくなるでしょう」
「妖獣ってたいていが能天気だものね」
くっ、好き放題に言ってくれる。
だけどここで人型になったらそれこそ相手の思う壺だ。今は耐えるしかない。
「白は能天気というより応用が利かないんですよ。そこそこ学はあるんですが、どうも多角的な物の見方が出来ないようで」
「あんたがそれを言う? あの新聞だってだいぶ偏重されてるわよ」
「あややー……厳しいお言葉ですね」
勝手に分析までされ始めてるし。
何なんだよ、どうしてそこまで寄ってたかって私を苛めるんだよ。
私は神様にも魔法使いにも巫女さんにも絡まれるようなことをした覚えなんてないのです。天狗には、……あるけど。
「更に、白はその天然振りの受けがいいのかモテるんですよね」
……は? な、何を言い出してるのかなあ、文さんは。
「へー、それはますます会ってみたくなったなあ。ねえ早苗?」
「そうですね。つまりこの子一人を信仰させることが出来れば、芋づる式に信者が増えるということですもんね!」
「ふふ、神様といえどこの子の扱いには気をつけたほうがいいですよ? なにせ我らが天魔様の寵を受けていて、尚且つ元から山にいる神々にさえ愛されています。白を泣かせば三日以内にその存在が消えると言われているほどです」
何それ初耳。本人何も知らなかったですよ、ねえ。
「そしてその手腕を評価されて、この子は二つ名も幾つかありましてねぇ。年上キラーとか云々と……」
「い、言われてないよ! …………あ」
――こうして、晴れて私は人前に姿を晒すこととなった。