無責任艦長 タイラープランツ
第1話:悪代官の密談と、焼き鳥の男
宇宙軍司令部の最深部、通称「黒い盆栽の間」には、不自然なほど静まり返った空気が流れていた。そこでは、軍の頂点に君臨する二人の男が、銀河の利権を盆栽の枝でも剪定するかのように転がしている。
「トニー・ターニ長官……。例の『ムセキニン号』の件、そろそろ片を付けねばなりませんがな」 薄笑いを浮かべ、そろばんを「チャカチャカ」と鳴らすのは、軍の予算を牛耳る長官である。ロイド眼鏡の奥で、金勘定に目のない瞳が光る。 「……ハナー提督。あんな装甲板がベニヤ板同然のボロ船、適当な生贄を据えて、前線で塵になってもらうのが一番ですな」
ハナー提督が、金色の茶碗で茶を啜りながら応える。 「ざんすざんす、失礼しちゃうざんす。AIの適性検査を弄って、最も無責任な男を選んでおきましたよ。ハハハ……お主も悪よのう、提督」 「ガハハ! 長官こそ、お主も相当な悪よのう!」
二人の悪党が肩を揺らして笑う脇では、秘書のイト・ランとフジ・ミキが、その腐敗ぶりに絶望し、顔を覆って「うううう……」と泣き続けていた。
そこへ、ズルズルとスリッパを引きずる音が響く。 「いやぁ、ここ、いい匂いがしますね。焼き鳥のタレと、高級な加齢臭のブレンドだ。……どうもすいません!」 焼き鳥の串を口に咥え、ヨレヨレの制服を羽織った男、タイラー・プランツが畳に上がってきた。
「君が……AIが選んだ天才、タイラーか?」 「天才? いやぁ、私はただ『明日のことは明日考える』のが得意なだけですよ。ところで提督、その頭、いいツヤだ。反射で私の顔がよく見える。……おや、お姉さんたち、そんなに泣くと目からダイヤモンド富士が出て……おっと、これはまだ先の話でした。失礼いたしました!」
タイラーの堂々とした脱力ぶりに、悪党二人は毒気を抜かれる。 「……貴様には、戦艦『ムセキニン号』の艦長を命じる。栄転だ、喜べ」 「ムセキニン号? いい名前だ。私の座右の銘にぴったりだ」
第2話:指パッチン・ワープで、失礼しちゃうざんす!
「……あれが、私たちの船ですか?」 ランが絶句する。目の前に鎮座するのは、戦艦というよりは「浮かぶ粗大ゴミ」に近いムセキニン号。ハッチが開くと、真っ白な煙と共に、一人の男がステップを踏みながら現れた。
「パチン……パチン……。遅かったじゃないか、艦長。待ちくたびれて、指の皮が三枚ほど剥けちまったよ」 燕尾服をだらしなく着崩した男、ポール・マーキである。 「いやぁ、いい音だね。ポールさん、それがこの船のエンジンの音かな?」 「これこそが宇宙の鼓動、指パッチン・エネルギーだ。これがないと、このボロ船は一歩も動かないんだよ……パチンッ!」
ブリッジに入ると、そこにはマイクに向かって叫び続けている男、アヤシヤ・サンペンがいた。 「いやー! 艦長! 軍の本部から怒鳴り込みが来たんですよ! もう大変なんですから! 私、謝り倒してようやく納得させました! どうもすいません!」 サンペンが汗を飛ばすると、その後ろからタナカ・スーが顔を出した。 「……ううう……。サンペンさんの謝り方があまりに情けなくて、私、悲しくなっちゃって……」
「よし、全員揃った。ポールさん、一発デカいの、頼むよ」 パパパパパチンッ!! その衝撃音が船体を震わせ、ムセキニン号は宇宙へと消えた。
第3話:ガチガチ帝国で、お呼びじゃないざんす!
ムセキニン号が辿り着いたのは、全宇宙で最も「笑い」を忌み嫌う軍事国家、ガチガチ帝国の国境付近だった。 待ち構えていたのは、帝国のエリート、アザミ・シリアス少佐。軍服のシワ一つ許さない鉄面皮の美女である。
「……正体不明の艦、応答せよ。直ちに停船し武装を解除しなければ、塵にしてくれる」 傍らには、規律の塊であるコーロー・ジンセ副官が控えていた。彼は手にした計測器でモニターの角度を1ミリ単位で修正しながら、忌々しげにボヤき始める。 「……大体、なんやねんなこの敵艦の形は。左右非対称もええとこや。設計者は学校で定規の使い方も習わんかったんか。人生、バランスが大事やいうのに……あほらし」
画面に映り込んだのは、ちゃぶ台を囲むタイラーと、その横でクネクネと動くタカダ・ジュンジだった。 「お姉さん、いい眉間のシワですね。そのシワで洗濯物干せそうですよ。僕のダイヤモンド富士の生写真、いりませんか? あ、お呼びじゃない? こりゃまた失礼いたしました!」
アザミ少佐はあまりの不条理に膝の力が抜け、全銀河が見守るモニターの前で、絵に描いたような「スッテンコロリン」を披露した。 「……しょ、少佐!? 規律正しく転んでください!」
モニター越しのタイラーが、焼き鳥を差し出しながら笑う。 「いやぁ、いいコケっぷりだ。アザミさん、そんなにカリカリしないで、一緒に焼き鳥でもどうだい?」
第4話:氷の女、クネクネに落ちるざんす!
アザミ少佐とコーロー副官がムセキニン号へ強行接舷。ブリッジに踏み込んだ二人が嗅いだのは「炙ったあたりめ」と「ポマード」の濃厚な香りだった。
「あ、いらっしゃい。アザミさんに、コーローさん。人生、苦労ばかりじゃ疲れちゃうよ」 「貴様がタイラー艦長か! 著しいふざけ行為の禁止に抵触している! 直ちに……」
「いやぁ、副官さん。そのメガネで僕の『ダイヤモンド富士』を拡大して見ませんか? あ、さっき靴の中に『生きたクリオネ』を入れておきましたよ。ガッテンだ!」 タカダ・ジュンジが、副官の股下をくぐりながらクネクネと近寄る。
「クリ……何だと!? 靴の中がヌルヌルするわ! 大体なんやねんこの少年は! 骨格どうなっとるんや! 責任者……親を連れてこい親を!」
ポール・マーキがステップを踏む。 「いいかい、お二人さん。人生の悩みなんてのは……パチン! 飛んでいくんだよ!」 パパパパパチンッ!!
「あ、あんだって……! 指が勝手に……! 責任者……このリズムを止める責任者出てこい! 止まらん! 笑いたくないのに、腰がシェーの形に曲がるざんす!」 鉄の規律を誇った副官が、涙目で「責任者出てこい!」と叫びながら、誰よりもキレのある指パッチンとクネクネダンスを披露していた。
第5話:お主も悪よのう、自軍の逆襲ざんす!
ムセキニン号のブリッジ。クネクネと踊らされた屈辱を晴らすべく、コーロー・ジンセ副官が再び立ち上がった。
「……大体、なんやねんなこの船は! 艦長が焼き鳥食いながら指揮執るなんて、宇宙の常識から外れとるわ! 責任者出てこい! ここへ責任者を呼んでこい!」 「いやぁ、責任者ならここにいますよ。……あ、お昼寝の時間だった。どうもすいません!」
そこへ、自国軍の艦隊が抹殺ビームのカウントダウンを開始した。 「な、何だと!? 味方が味方を撃つというのか!」 驚愕するアザミ少佐に対し、コーロー・ジンセは規律本を床に叩きつけ、絶叫した。
「当たり前や! こんな無責任な艦、規律本の第一条に書いてある『戦場では論理的に死ね』すら守れんわ! 責任者……責任者出てこい!!」
「いやぁ、副官さん。『論理的に死ぬ』なんて難しいこと言わずに、もっと『テキトーに生きる』方が楽ですよ? ほら、あたりめも焼けましたし」
タイラーが差し出したあたりめを、コーローは一喝して叩き落とした。 「誰が食うか、そんなもん! 大体、このあたりめの焼き加減! 左側だけ焦げとるやないか! 火力の責任者出てこい!」 「あ、火力の責任者なら、さっきポールさんが指パッチンのエンジンの予熱ついでに焼いてくれましたよ」 「指パッチンでスルメ焼くな! 宇宙エネルギーの私物化や! ああ、もう……胃が痛いわ! 補給部門の責任者出てこい!!」
第6話:笑ってはいけない銀河24時、責任者出てこいざんす!
辿り着いた先は、感情の起伏を禁じた「暗黒星団」。全住民が「超・真面目」に管理された無味乾燥な世界だった。
「……なんや、この暗い星は。夜道の安全管理はどうなっとるんや。建設部門の責任者出てこい!」 ブリッジの床に座り込み、コーロー・ジンセのボヤキが響く。彼はすでに私物の「マイ湯呑み」を手にしている。
「副官、ボヤくエネルギーを節約しなさい。……でも、確かにこの星の規律は、我が帝国のそれよりも度が過ぎているわね」 アザミ・シリアス少佐が、疲れた表情でモニターを見つめる。
そこへ、暗黒星団の武装集団がムセキニン号を包囲した。 「警告する。貴艦からは著しい『無駄な情緒』が検出された。直ちに感情去勢プログラムを受講せよ」
「堅苦しいねぇ。タカダ君、ここは君の『窓口業務』の出番じゃないか?」 タイラーに促され、タカダ・ジュンジがクネクネとカメラの前に躍り出た。 「あ、どうも。暗黒星団の皆さん。そんなにムスッとしてると、耳の穴から『お豆腐の角』が出てきちゃいますよ。目を開けたまま寝て、寝言でフランス語を話すシュール芸を披露しようと思ってるんですけど、印紙はどこで買えます? あ、お呼びじゃない?」
暗黒星団の負のエネルギー波がブリッジを包む。 「あかん……。ボヤく気力も起きん……。責任者……やる気を出す責任者出てこい……」 「……私も、もう規律なんてどうでもよくなってきたわ……」
アザミ少佐までが膝をつきそうになったその時、タイラーがちゃぶ台を叩いた。 「ポールさん、笑いの起爆剤、作れないかな?」 ポール・マーキが軽快なステップを踏み、指を鳴らす! パパパパパチンッ!!
「あ、あかん……! 指が勝手に……! 責任者出てこい! 笑いたくないのに、横隔膜がダイヤモンド富士の形に震えとるんや!!」 コーローの絶叫とポールのリズムが合わさり、ムセキニン号から「爆笑の衝撃波」が放たれた。
第7話:パイのパイのパイで、銀河は大混乱ざんす!
暗黒星団を脱出したムセキニン号の前に、ハナー提督率いる自軍追撃艦隊の数千隻が姿を現した。
「艦長、大変ですよ! 前も後ろも、ダイヤモンド富士どころか、針の山みたいな艦隊に囲まれてます!」 タカダがモニターを指さしてニヤニヤする。
「うううう……四面楚歌だわ……」 三人娘の嗚咽が響く中、タイラー・プランツは陽気なメロディを口ずさみ始めた。 「……♪ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイのパイのパイ……」
「艦長、何歌っとるんや! 作詞の責任者出てこい!」 コーローのツッコミを無視して、タイラーは焼き鳥の串を指揮棒のように振り回した。 「アザミ少佐、コーロー副官、君たちも。敵が右から来たらギッチョンチョン、左から来たらパイのパイのパイだ。ポールさん、伴奏!」
「♪東京の名物 宇宙の軍隊 威張って歩くは 無責任~」 タイラーが串を振り下ろすと、ムセキニン号はデタラメな「千鳥足航法」で敵の集中砲火をヒラリとかわす。
「……ええい、ままよ! 操舵手、敵の砲火をパイのパイのパイで回避しなさい!」 ついにアザミ少佐が、規律をかなぐり捨てて叫んだ。 「少佐! 貴女まで何を! ……ああ、もうあほらし! パイのパイのパイや! ギッチョンチョンや! 責任者出てこい!!」
ムセキニン号から放たれた脱力エネルギーの共鳴波により、自軍の戦艦は主砲から万国旗を噴き出し、ハナー提督はモニター越しに絶叫した。 「あ、あっと驚くタメゴロー! タイラーも、あの帝国のアザミまで踊りおったぞ!」
「いやー! 敵も味方もみんなズッコケて、もう大変なんですから! どうもすいません!」 アヤシヤ・サンペンが法被姿で汗を撒き散らす。タイラーはニヤリと笑った。 「……ワープだよ」
第8話:和睦交渉、お主も悪よの……あ、言葉が通じんざんす!
和睦交渉の席。ガチガチ帝国のタカ派たちが、「アザミとコーローはスパイだ!」と騒ぎ出した。
「……心外だわ。私がスパイ? こんな焼き鳥の匂いしかしない船に志願して残るわけがないでしょう!」 アザミ・シリアス少佐が憤慨するが、その横ではコーロー・ジンセが湯呑みでお茶を啜っている。 「少佐、無駄ですわ。大体、この和睦会議のテーブル、脚の長さが1ミリ狂っとる。大工の責任者出てこい!」
交渉の席で、帝国代表が吠える。タイラーが「アザミさん、何て言ってるの?」と尋ねる。 アザミは唯一の帝国語通訳として立ち上がり、流暢な発音で応戦する。
「……彼は『今日の晩御飯は何ですか?』と聞いています。艦長、適当に答えて」 「ああ、今日は肉団子だよ」 アザミが即座に翻訳する。 「……我が艦長は、貴公らの頭を肉団子のように丸めてやると仰っているわ!」 「グギギッ!?(な、何だと!?)」
アザミがタイラーのテキトーな発言を「帝国最強の外交辞令」に超訳して叩きつける。コーローは横で「……議事録に肉団子って書くワシの人生、どうなっとるんや。あほらし」とペンを走らせる。 会議はアザミの超訳によってなぜか平和な方向へと進んでいった。
第9話:完璧なる陥穽と、全銀河放送ざんす!
和睦が成ろうとした矢先、トニー・ターニ長官とハナー提督は、司令部の奥の院で完璧な計画を練り上げていた。
「ハナー提督。……偽造データは完璧です。ムセキニン号を反逆者として爆破・消滅させる。お主も悪よのう、提督」 「ガハハ! 長官こそ、お主も相当な悪よのう! アッ驚くタメゴロー! これこそ美しき終止符よ!」
二人の悪党は勝利を確信し、高笑いした。しかし、掃除中の男、アヤシヤ・サンペンの存在を忘れていた。
「いやー! 提督たちの悪巧みが、全世界に筒抜けで、もう大変なんですから! どうもすいません!」
サンペンの胸ポケットのマイクは、全銀河の街頭モニターへと直結されていた。 「あ、あっと驚くタメゴロー!! マイクが入っとったわ!」 ハナー提督がひっくり返り、トニー長官のそろばんが砕け散る。二人の謀略はリアルタイムで銀河中に届けられた。
ムセキニン号に迫っていた追撃艦隊は、モニターを見て一斉に反転した。 「……艦長、提督たちが自爆しましたよ」 アザミの報告を聞いたタイラーは、深く欠伸をした。 「そうですか。……まあ、どうもすいません。お昼寝の邪魔をしちゃ悪いから、彼らにはゆっくり休んでもらいましょう」
最終話(第10話):銀河に笑いが残る、あほらしの向こう側
数ヶ月後。銀河には、かつてないほどの「適当な平和」が訪れていた。ハナーとトニーが失脚した宇宙軍は、軍規よりも「いかに効率よくサボるか」を重視する平和な集団に変わっていた。
ムセキニン号のブリッジ。 ポール・マーキが軽快な指パッチンを奏で、アヤシヤ・サンペンが今日も備品の紛失をどこかに謝罪している。三人娘は「平和すぎて泣く理由が見つからないのが悲しい」という理由で泣き、タカダ・ジュンジはクネクネしながらエアロックへ消えていった。
タイラーは変わらず、座椅子に深く沈み込み、窓の外を眺めていた。 「……平和だねぇ」
「……平和やないわ! 艦長、見てみぃ。この船の酸素濃度、またアバウトな数値になっとるぞ! 補給部門の責任者……ってもうワシしかおらんやないか! ああ、あほらし!」
コーロー・ジンセが、使い込まれた湯呑みでお茶を啜り、天を仰ぐ。 「……ワシ、なんでこの船におるんやろ。帝国のエリート副官やった人生、どこで計算間違えたんや。……責任者、ワシをここに連れてきた責任者出てこい……。ああ、あほらし」
その横で、アザミ・シリアス少佐は無言で窓の外を見つめていた。彼女の軍服の襟元には、小さな焼き鳥のタレのシミがついていたが、彼女はそれを拭おうともしなかった。その口角が、ほんの数ミリだけ上がっているのを、タイラーだけは気づいていたかもしれない。
「♪ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイのパイのパイ……」
タイラーの鼻歌を乗せて、ムセキニン号は今日も銀河のどこかへ、クネクネとワープしていった。後に残されたのは、指パッチンの残響と、無責任な星の輝きだけだった。
(完)




