第三章:二つの月が同時に昇る(慶長三年 8月19日 - 年末)
この時代は一体どうなるのだろうか?
I.伏見城、夜明け
朝の光が雲間から差し込み、伏見城の天守閣を不吉な黄金色に染め上げた。城下町は目覚め始め、商人の叫び声、侍の足音、そして石畳を叩く馬の蹄の音が次第に混ざり合い、日常の喧騒へと変わっていった。しかし、その喧騒の底には、張り詰めた、非難に満ちた静寂が漂っていた。
目を開けている者も、隠している者も、皆、最も高い建物に視線を注いでいた。
奥の間、外室に座るチャナ(淀殿)は、目尻にクマを作り、両手を固く握りしめていた。彼女は一晩中眠れず、希望と恐怖が交互に彼女の神経を苛んでいた。女中が持ってきた粥と軽食は、とっくに冷めてしまっていた。
奥の部屋の扉がようやく開いた。老医師が奇妙な表情で現れ、続いて数人の同僚が同じように複雑な表情で現れた。
「奥様…」医師の声はかすれていて、信じられないという気持ちと混乱が混じっていた。「殿下は…ずいぶん…容態が安定しているようです。脈は弱いものの乱れはなく、呼吸も規則正しく長くなっています。これは…これは本当に…」
彼は言葉を最後まで言い終えなかった。何十年にもわたる医療経験の中で、これほど奇妙な「回復」は見たことがなかった。昨夜の臨死体験は幻覚ではなかった。まるで目に見えない力が、弱々しくとも、殿下の命の灯を再び燃え上がらせたかのようだった。
チャナは突然、ふらつきながら立ち上がり、女中に支えられた。「…殿下にお会いしてもよろしいでしょうか?」
「殿下は今お眠りになられ、静かにするようにと仰せになりました。」医師は少し躊躇した後、小声で言った。「しかし……殿下がお目覚めになった時、その御心は……異常なほど明晰でした。秀頼のことを尋ねられたほどです。」
秀頼!茶奈の心臓は高鳴った。歓喜と深い疑念が入り混じった感情が胸をよぎった。茶奈は頷き、無理やり部屋に入るのではなく、奥の部屋の扉まで歩み寄り、狭い隙間から覗き込んだ。
秀吉(あるいは、秀頼の体の中にいる秀吉)は、厚い寝具に静かに横たわり、目を閉じていた。秀吉の、あの老いてやつれた顔は、以前ほど生気がなく、むしろ穏やかな安らぎを湛えているように見えた。しかし、茶奈がその顔を見つめるにつれ、なぜか胸のざわめきは強くなった。その安らぎはあまりにも「空虚」で、死の淵から生還した後の疲労感や安堵感ではなく、まるで……何か重要な儀式を終えた後の、深い抑制のような安らぎだった。
彼女はそっと後ずさり、侍女に彼をしっかり世話するように言い聞かせると、自身は落ち着かない様子で秀頼の部屋へと向かった。
秀頼の部屋では、乳母が目を覚ましたばかりの「坊ちゃん」の着替えをしていた。3歳の秀頼は従順に座っていたが、いつものように喃語を話したり、無邪気な笑顔を見せたりするのではなく、どこか虚ろな目をしていた。
「秀頼」茶茶は優しく呼びかけながら近づき、息子の顔に手を伸ばした。
秀頼はゆっくりと顔を上げて茶茶を見た。幼い瞳が茶茶の視線と交わった。
茶茶は一瞬にして雷に打たれたような衝撃を受けた。
それは秀頼の視線ではなかった!秀頼が茶茶を見る時、そこには依存心、愛情、そして時折見せる子供らしいいたずら心や傷つきが込められていた。しかし今、その瞳には3歳児にふさわしい感情は微塵も宿っておらず、ただ底知れぬ深淵、鋭い観察眼、複雑な感情、そしてかすかな…苛立ちが混じり合っていた。
いや、気のせいかもしれない。息子は起きたばかりで、まだ少し眠そうだった。茶茶は胸の高鳴りを抑え、息子の繊細な頬に触れた。その感触は温かく、生き生きとしていた。
「お母さん」と息子は言った。幼い声だったが、その口調は妙に落ち着いていて、どこか距離感さえ感じさせた。
茶茶の手は凍りついた。秀頼がそんな風に呼んだことは一度もなかった。いつも「お母さん」と呼ぶか、もっと愛情のこもった、子供らしい呼び方をしていた。
「あ…なんて呼んだの?」茶茶の声がかすかに震えた。
「秀頼」少し間を置いて、その落ち着きすぎた瞳に一瞬苛立ちの色が浮かんだが、すぐに消えた。彼は瞬きをし、ぎこちない、子供っぽい笑顔を無理やり作った。「母さん…秀頼が夢を見たんだ。星がいっぱいの夢を…」
彼は子供じみた支離滅裂な言葉でごまかそうとしたが、その一瞬の、しかし深い感情は、子供のそれとは違い、茶茶の心を冷たい針のように突き刺した。
茶茶は息子を見つめた。自分が身ごもり、10ヶ月間お腹の中で育て、苦労して産んだ血肉の繋がった息子が、今や全く見知らぬ存在のように感じられた。体は確かに見覚えがある。しかし、その中に宿る「何か」は……
いや、それ以上考えることはできなかった。茶茶は突然手を引っ込め、一歩後ずさり、顔色を青ざめさせた。
「母さん?」秀吉は彼女を見上げた。少し「澄み」を取り戻したかに見える彼の瞳には、疑念が宿っていた。
「な、なんでもないわ…」茶茶は無理やり平静を装い、苦笑いに近い笑顔を作った。 「秀吉、いい子にしてなさい。乳母が着替えさせてくれるわ。母上は後でまた会いに来るから。」
彼女は部屋から飛び出すように出て行った。冷たい廊下の壁にもたれかかり、冷や汗でびっしょり濡れた下着を前に、荒い息を吐いた。
あの表情…あの住所…昨夜の不可解な動悸、そして秀吉の「奇妙な」回復…
無数の断片が彼女の頭の中でぶつかり合い、信じたくないけれど無視できない、恐ろしい推測が浮かび上がってきた。
いや、そんなはずはない。そんなことは妖怪や怪物の話の中だけの話だ!
でも…もしも…?
彼女はゆっくりと床に崩れ落ち、両手で顔を覆い、肩を震わせた。
II. 駿府城、同日
駿府城の城内もまた、同じように不気味な雰囲気に包まれていた。
徳川秀忠が朝、父に謁見しようと訪ねたところ、春日坪根に門前で止められた。
「若様、陛下は昨晩、考え事にふけられ、今日はゆっくり休養を取るようにと仰せられました。しばらくの間、誰にもお会いなさらないよう。政務は引き続き重臣たちによって審議・決定され、重要な事柄は後ほど報告されます。」春日坪根の態度は依然として丁重だったが、その口調には疑念を抱かせるような威厳が漂っていた。背丈は高くはないが、門前に立つ彼女はまるで見えない壁のようだった。
秀忠は固く閉ざされた扉を見つめた。扉の中は静寂に包まれていた。父が「考え事にふける」というのはよくあることだったが、このように面会をきっぱりと拒否し、簡単な質問すら許さないというのは、極めて異例のことだった。
彼は昨夜の動悸と、西之丸を見つめる春日坤の深く鋭い視線を思い出した。
「父上は大丈夫ですか?」秀忠は春日坤に視線を向けたまま尋ねた。
「殿下はただ休養が必要なだけです」春日坤は視線を逸らし、答えた。
秀忠の心はさらに沈んだ。彼はそれ以上何も聞かず、頷いた。「それならば、春日坤に父上をしっかり看病するように頼んでおこう。今晩また伺います」そう言って立ち去ろうとした時、廊下の両側の影に、見慣れない、冷たい表情をした二人の若い使用人が、まるで護衛か監視員のように、音もなく姿を現すのが視界の端に映った。彼らは父のいつもの護衛ではなかった。
西の丸へ向かう途中、秀忠の足取りは次第に遅くなっていった。巨大で冷たい影がゆっくりと降りてくる。まるで底なしの裂け目の縁に立っているようで、足元の地面が音もなく崩れ落ちていくような感覚だった。
何とかしなければ。少なくとも、何が起こったのかを突き止めなければ。
彼は方向を変え、公務を執り行う広丸ではなく、竹千代(家光)の住む中庭へと直行した。
中庭は静まり返っていた。見慣れた女中たちが軒下でひそひそと話し合っており、秀忠の姿を見ると、皆一斉に頭を下げた。
「竹千代はお目覚めになったか?」秀忠は無意識のうちに声を和らげて尋ねた。
「はい、若様、お目覚めになりました。春日坪根様は中にいらっしゃいます」女中が答えた。
春日坪根?父上と一緒ではなかったか?秀忠は眉をひそめ、戸口へと歩み寄った。扉が少し開いていて、中から春日坪の穏やかだが澄んだ声が聞こえてきた。誰かに指示しているようだった。
秀忠はそっと扉を押し開けた。
中には、竹千代(家康)が既に着衣を身にまとい、小さな体を座布団の上に跪かせ、背筋をピンと伸ばしていた。春日坪は竹千代の傍らに跪き、『論語』の巻物を手に持ち、低い声で説明していた。その光景はごく普通で、どこか温かみさえ感じられた。
しかし、秀忠の瞳孔はたちまち収縮した。
竹千代の姿勢。それは3歳児特有の、リラックスした、あるいは少し曲がった姿勢ではなく、厳格な訓練を受けた成人武士の、整然とした「正座」の姿勢だった。あまりにも背筋が伸びすぎていて、やや硬直しているようにさえ見えた。それに、3歳児がどうしてこれほど長い間、静かに座って『論語』をこれほど真剣に聞いていられるのだろうか?彼をさらに凍りつかせたのは、竹千代の視線だった。少年は春日坪根の手にある書物を見つめながら、わずかに首を傾げた。その目は穏やかで、時折、まるで深遠な文章を真に理解しているかのように、ごくかすかに頷いていた。その瞳には、子供らしい好奇心や無邪気さはなく、ただ冷徹な集中力と…分析力だけが宿っていた。
戸口の光の変化を察知したかのように、竹千代(家康)はゆっくりと顔を向け、秀忠を見た。
二人の視線が交わった。
秀忠はその瞳を見た。徳川家代々受け継がれてきた、濃い茶色の瞳。しかし、その瞳の奥に宿るものに、彼の血は凍りついた。それは竹千代の瞳ではなかった。竹千代は彼を見ると、控えめで、やや媚びるような笑みを浮かべるか、あるいはただ視線を逸らすだけだった。しかし今、その瞳にはただ深く静謐な光が宿っていた。その静謐さの奥には、秀忠にとって見慣れた、父・徳川家康の鋭い眼差しと、人を測るような視線が宿っていた。
あれは自分の息子ではなかった。
この事実に気づいた瞬間、まるで鋭利なナイフのように、秀忠のあらゆる幻想と疑念が打ち砕かれた。
「父上…?」秀忠は、自分の声が震え、乾いた、いつもの自分とは違う声に気づいた。
竹千代(家康)は黙って秀忠を見つめていた。その視線は、秀忠の反応を観察し、彼の忍耐力を見極め、次の行動を計算しているかのようだった。
春日坪も振り返り、秀忠の姿を見ると、一瞬、ほとんど気づかないほどの表情の変化が浮かんだが、すぐに平静を取り戻し、お辞儀をして言った。「若様がいらっしゃいました。竹千代様は今、読書中です。」秀忠は春日坪を見ようともせず、視線は「息子」に釘付けになっていた。彼は竹千代の痕跡を少しでも確かめたかった。
「竹千代」彼は声を平静にしようと努め、無理やり父親らしい笑顔を浮かべた。「昨晩はよく眠れたか?夢は見たか?」
竹千代(家康)は黙ったまま、しばらく彼を見つめた後、幼い声ではっきりと落ち着いた口調で答えた。「まあまあでした。ご心配ありがとうございます、お父様」。彼女の声は抑揚がなく、言葉は正確で、子供っぽい泣き言や感情の起伏は一切なかった。
秀忠の笑顔は凍りついた。強いめまいが襲い、戸口に手を伸ばして体を支えた。指先が冷たい木に触れた。その感触はあまりにもリアルだったが、内側から湧き上がる圧倒的な非現実感と冷たさを消し去ることはできなかった。
春日坪は絶妙なタイミングで立ち上がり、秀忠の傍らに歩み寄り、視界を少し遮るようにして低い声で言った。「若様、竹千代若様は今日は仕事が山積みで、まだ書道の練習もされています。もしご用がなければ、後ほどまたお越しいただけませんか?」
彼女は秀忠に立ち去るよう促していた。最大限の敬意を払いながらも、彼女は抗いがたい誘惑を仕掛けていた。
秀忠は春日坪を見て、それから彼女の向こうに、座っている、底知れぬ「息子」を見た。その瞬間、多くの手がかりが繋がった。昨夜の父(兄の康弘)の「瞑想」と固く閉ざされた戸口、春日坪の異様な落ち着きと、事態を掌握するために現れた素早い行動、竹千代の急激な変化……。茶奈が想像していたどんなものよりも恐ろしく、信じがたい真実が、彼の心に突き刺さった。
憑依。
明朝や南方の蛮族の空想物語の中で、長老たちから時折耳にしたこの言葉が、今や全てを説明する唯一の言葉となった。そして、この憑依の対象は、父と息子だった。
父が……竹千代の体を乗っ取ったのか?
ならば……本当の竹千代はどこへ行った?少し臆病だが澄んだ瞳を持つ息子はどこへ行ってしまったのか?
激しい怒り、恐怖、嫌悪、そして悲しみが、秀忠の理性的な防御を圧倒した。咆哮し、飛び込んであの小さな体を揺さぶり、中にいる「何か」を引きずり出したかった!父に問い詰めたかった。なぜこんなことをしたのかと!竹千代はまだそこにいるのかと!
しかし、彼は何もできなかった。
父の巨大な影の下で何十年も培ってきた、根深い忍耐と自制心が本能的に働き、あらゆる感情を力強く抑え込んだ。彼の顔色はますます青ざめ、戸口を握りしめる拳は、力のせいで血の気が失せていた。
ゆっくりと、本当にゆっくりと、彼は手を離し、体を伸ばした。顔にも、硬直しながらも礼儀正しい平静が保たれていた。
「なるほど」と、不気味なほど落ち着いた声で彼は呟いた。「竹千代は実に勤勉だ。素晴らしい。春日坪、彼をしっかり育ててくれ。」
彼は中にいる小さな人影に軽く頷き、振り返ると、一歩一歩、着実に、彼を氷の淵に突き落とした中庭を後にした。
一歩一歩が、まるで刃の上を歩いているかのようだった。背後からの視線は、触れることができるほど冷たく、背筋に焼き付いていた。父(いや、竹千代の体を乗っ取った父)が自分を見ていることを彼は知っていた。春日坪もまた、彼を見ていた。
彼は平静を失ってはならない。弱みを見せるわけにはいかない。全てを理解する前、解決策を見つける前…彼は「無知で従順で孝行な」徳川秀忠を完璧に演じなければならなかった。
西の丸を出て、周囲の者たちを解散させ、広々とした執務室に戻った秀忠は、突然隅に駆け寄り、銅製の洗面器に激しく嘔吐した。胃は空っぽで、ただ苦い胆汁の味が喉を焼くだけだった。
彼は床に崩れ落ち、冷たい壁にもたれかかり、頭を後ろに傾けて天井の精緻な模様を虚ろな目で見つめた。
父上…竹千代…
ついに抑えきれなくなった涙が頬を伝い、静かに襟元を濡らした。それは泣き声ではなく、彼の内側で何かが砕け散ったことから流れ出る冷たい液体だった。
III. 東西の静かなる駆け引き
その後数日間、伏見城と駿府城はそれぞれ奇妙な「静寂」に包まれていた。
伏見城において、秀吉(秀頼)は「静かに静養し、天の道を瞑想する」必要があるとして、人目を避けて暮らしていた。しかし、「秀頼若君」の名で発せられた複数の命令は、小野春長をはじめとする腹心を通じて、西日本有数の大名や豊臣家の重臣たちに密かに伝えられていた。これらの命令は一見平凡なものに見えたが、軍の再編、税制の調整、人事異動といった事柄を扱っており、ひっそりと自らの権力基盤の強化と東日本防衛を示唆していた。
茶奈は「息子」に近づこうとしたが、秀頼の老け込んだ、時に狂気じみた、時に憂鬱な眼差しと、時折口から漏れる、彼女と秀吉しか知らない過去の出来事に、ことごとく心を奪われ、次第に精神状態は不安定になっていった。高台寺から寧々(北のまんどかろ)が送ってくる手紙だけが、平易な言葉遣いで仏教と天気のことだけを綴り、狂気の淵に立たされた彼女に束の間の、不気味な安らぎを与えてくれた。寧々は手紙の中で伏見城の変化については一切触れていなかったが、茶々は叔母の穏やかな眼差しが全てを見透かしているように感じていた。
駿府城では、家康(武千代)の「早熟ぶり」は春日坪によって「大君殿の庇護と若き武千代の並外れた才能」と巧みに説明された。家康は政務に「耳を傾け」、時には「助言」さえするようになり、その鋭い質問は年長の大臣たちを困惑させながらも、口を閉ざすのをためらわせた。一方、秀忠は最も忠実な顧問として振る舞い、「息子」の「才能」を喜び、父の「安寧」を深く気遣い、これまで以上に勤勉かつ慎重に行動し、批判の余地を一切残さなかった。しかし、彼だけが知っていたのは、毎晩、人里離れた自室で、竹千代の遺品を前に、耐え難い苦痛に耐えながら、「魂の分離」や「憑依」に関するあらゆる記録、田舎の怪談に至るまで、密かに収集していたことだった。
使者たちは、以前にも増して「丁寧」な言葉遣いで、東西を往来し続けた。しかし、双方の要人たちは、その美辞麗句の裏に、尋常ならざる探りと警戒の気配を感じ取っていた。
秋は冬へと移り変わり、初雪が降ると、世間を震撼させる知らせが届いた。隠遁生活を送っていた前田利家が加賀で死去したというのだ。豊臣政権最後の重鎮であったこの老政治家の死は、旧体制の終焉を象徴するものであった。
脆い均衡を支えていた最後の重要な柱が崩れ落ちた。
訃報が広まるのとほぼ同時に、伏見城と駿府城は互いに、入念に練られた、しかし含みのある弔いの手紙を送った。
伏見城の手紙は「秀頼」の名で、利家の功績を称え、「太鼓」との友情を回想し、「太鼓は亡くなりましたが、その精神は残っています。共に力を合わせて頑張りましょう」と示唆していた。この手紙は、伏見城が豊臣家の正統な後継者であるという主張と、利家を支える前田氏を取り込もうとする試みを暗に示していた。
駿府城の手紙は「家光」(「一族の栄光」を意味するこの名が公に用いられたのはこれが初めて)の名で、謙虚な口調で利家の忠誠心を称え、晩年の「大宮」との親密な関係に言及していた。 「天下安定のため、軍司令官の務めは秩序を維持することである」と強調されていた。一見控えめな表現だが、徳川家の現在の権力と秩序維持者としての役割をさりげなく示しつつ、前田家に情勢の変化を認識させるよう暗に促していた。
二通の手紙は、鞘から抜かれた二本の刀のように、舞い散る雪の中で軽く触れ合った。
手紙を送った伏見城の秀頼は、一人高層建築の頂上へと登り、東の雪の幕を見下ろした。若々しい顔には表情がなく、ただその瞳には、年齢を超越した冷たくも激しい炎が宿っていた。
「利家は死んだ……狸老よ、まだ我慢できるのか?」
駿府城の家光は、暖かい自室で火鉢のそばに立ち、小さな指で膝に、彼だけが理解できる線を無意識に描いていた。
「均衡が崩れた……猿よ、この機会を利用して人々の心をつかもうとしているのか、それとも……私を試しているのか?」
雪はますます激しく降り積もり、京都を、駿府を、そして日本全国を覆い尽くした。その白さの下で、疑念、野心、そして恐怖が激しく渦巻き、若々しい肉体の奥底に潜む二つの古き危険な魂が、静かに咆哮し、計算を巡らせていた。
二つの月が同時に昇り、その光は触れるもの全てに凍てつくような冷気を放っていた。真の混沌は、まだ始まったばかりなのかもしれない。そして、この混沌の核心は、もはや戦場の剣と影ではなく、魂の牢獄、倫理の崩壊、そして絶対的な権力への欲望の下での血縁の残酷な犠牲となるだろう。
災害は徐々に降り注ぐ




