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第一巻:神の啓示と罪

世界は地獄に落ちる寸前の瀬戸際に立たされている。

第一章:伏見城、慶長3年8月18日の夜

I.秀吉の黄昏

冷や汗。


腐った木のひび割れから滲み出る粘り気のある腐敗液のように、幾重にも重なり、下着、寝具、そして豊臣秀吉の「死」という概念に対する最後の、かすかな軽蔑の痕跡さえも染み渡った。彼はその臭いを嗅ぎ取ることができた――薬や貴重な香でも覆い隠せない腐敗臭だけではなく、もっと深く、もっと強烈な臭い。それは、彼の記憶の奥底から湧き上がる、錆と焦げた土の臭いだった。本能寺の夜、山崎の強行軍、小田原城の長く絶望的な包囲戦……彼が人生で踏み越えてきた無数の屍の山と血の海が、今や冷や汗となって、たるんだ皮膚の隅々から滲み出ていた。


視界はぼやけていた。伏見城の最も豪華な寝室、きらびやかな屏風、明代の陶磁器、南方の異民族のガラス鏡は、すべて震える薄暗いベールに包まれていた。蝋燭の光は、彼の目に長く幽玄な影を落とし、今にも消えそうに揺らめいていた。いや、蝋燭の光ではなく、彼の瞳の中の光が。尾張で日吉という哀れな召使いによって彼の中に灯された炎は、66年間燃え続け、古い秩序を焼き尽くし、彼自身をも焼き尽くしかけたが、今、取り返しのつかないほどに弱まっていた。


「あぁ……はぁ……」彼は言葉を発しようとしたが、喉からは壊れたふいごのような喘ぎ声しか漏れなかった。指一本でも動かそうと手を伸ばそうとしたが、かつて力強い弓を引き、刀を振るい、世界を意のままに操れた腕は、今や氷水に浸かった腐った丸太のように、ほんの少しも持ち上げられないほど重く感じられた。


恐怖。


すでに打ち負かしたと思っていたこの見慣れない敵が、最も原始的でむき出しの恐怖で彼の喉を締め付けていた。それは剣への恐怖でも、戦場での勝利や敗北への恐怖でもなく、ただ「消滅」そのものへの恐怖だった。まるで大海に落ちる一滴の水のように、虚空に消えゆく煙のように――戦国時代を終焉させた豊臣秀吉は、まさに「かつての自分」、歴史書に記された冷たい数行、後世の人々の空想の種、賞賛であれ軽蔑であれ、そして忘れ去られる存在へと変貌しようとしていた。


彼はそれを拒んだ。


いや、拒絶ではない。それは怒りだった。骨の髄まで燃え上がるような激怒。しかし、その怒りをどこにもぶつける場所がなかった。自らの手で征服しながらも、完全に理解し、ましてや適切に統治することなどできなかったこの世界が、どうして自分から切り離されてしまうのか?臆病で未熟な息子秀頼が、「五大大臣五重臣」という枠組みに押し込められ、老獪な徳川家康をどうやって抑え込めるというのか?伊達や上杉といった虎狼たちを、どうやって抑え込めるというのか?そして、表向きは従順だが、内心では策略を巡らす大名……。彼の混沌とした思考は、まるで死にゆく鯨の体内に閉じ込められた魚群のように激しく衝突し、さらに深い窒息感をもたらした。外からかすかな、抑えられたすすり泣きと囁き声が聞こえた。茶茶か?それとも側室たちか?あるいは……寧寧か?いや、寧寧は泣かない。あの女はただ、夜よりもさらに静かな目で彼を見つめるだけだ。その目は、まるで今日の結末を予見していたかのように、彼をさらに窒息させる。


満ち潮のように、闇がゆっくりと彼の視界の端を飲み込んでいく。ついに永遠の虚無、怒りさえも消し去る虚無へと落ちていくと思ったその時――光が現れた。


ろうそくの光でもなく、月の光でもない。それは言葉では言い表せない輝きだった。まさに「存在」そのものから成り立ち、寝室の隅々まで静かに満たしていた。温かくもなく、冷たくもなく、ただ「存在する」だけだった。それは、狩野永徳が描いた屏風の中の虎を映し出し、その目は光の中でまるで生きているかのように、冷たく彼を見つめ返していた。それはまた、彼のしぼんだ、鉤爪のような手、皮膚の下の黒い血管がはっきりと見える様子を映し出し、そして……あの「存在」そのものを映し出していた。


形を持たない。いや、むしろその形は絶えず変化していた。渦巻く星雲のように、無数の重なり合う影のように、そして純粋で流れる思考そのもののように。それは、寝台のすぐ前にあった。定義しがたいが圧倒的な「存在」の核が、静かに秀吉を「見守って」いた。


秀吉の息が止まった。物理的にではなく、もっと深い何かが凍りついた。恐怖?いや、恐怖を超えた何かだった。それは、崩れ落ちる空を見上げる小さな蟻のような、畏怖と困惑の極みだった。


「豊臣秀吉」。彼の意識の奥底に直接響く声がした。日本語ではない、どの言語でもない。しかし、完璧に理解できた。その声には感情も、同情も、嘲りもなかった。ただ、蟻塚を見下ろすような、絶対的な無関心と……ほとんど感じ取れない、実験的な興味だけがあった。


「お前の業火は消えるだろう」と声は告げた。


秀吉は咆哮し、問い詰め、抵抗したかった。しかし、何もできなかった。その存在の視線の下では、思考さえも停滞する。


「お前は執着している。『世界』への執着、『未完成』への執着、『自らの存在の消滅』への執着。強烈で、純粋で、まさにこの世界の典型だ」。その存在は「分析」しているようで、冷たい「興味」がわずかに強まった。 「興味深い。お前の欲望は、お前が築き上げた秩序と根本的に矛盾している。永遠の秩序を望むが、お前の生き方はまさに最大の無秩序だ。矛盾は苦しみを生み、苦しみは執着を育む。よろしい。」秀吉はこれらの言葉の真意を理解できなかったが、「執着」「未完」「滅亡」というキーワードは掴んだ。「この『業』を続けたいのか?」その存在は問いかけた。誘惑するような口調はなく、まるで道具の使い方を説明するかのように、静かに選択肢を提示した。


続ける?どうやって?秀吉の残された意識が咆哮した。


「第一の法則:一度きり。」


「第二の法則:器は、血筋が途絶えることなく、最も深い業の絡み合いを持つ者でなければならない。」


「法則3:これは贈り物ではなく、交換だ。お前は今この瞬間、自分の全て――知恵、記憶、経験、そして何よりも、お前の核心的な『執着』――を、器に上書きするのだ。器の本来の魂は圧縮され、消滅するか、永遠に囚われるかのどちらかだ。この過程は不可逆である。」


「選べ、豊臣秀吉。この燃えさしを取り、新しい薪にくべ、燃やし続けろ。代償は、お前も分かっているだろう。」


「あるいは」

その存在の声は、初めて極めて繊細で、ほとんど「心地よい」響きを帯びた。


「ここで火を消し、お前が恐れる『虚無』へと戻れ。」その情報は、まるでアイスピックのように、秀吉の混乱した心を突き刺した。憑依?血縁者?秀頼?!


一瞬にして、無数のイメージが彼の脳裏を駆け巡った。生まれたばかりの秀頼のしわくちゃの小さな顔、茶茶の歓喜の涙。秀頼がよちよち歩きで、くすくす笑いながら駆け寄ってくる。澄み切った、汚れのない瞳で彼を見つめ、「父上!」と叫ぶ。


そして、さらに多くのイメージが浮かび上がる。徳川家康の深く、底知れぬ眼差し。前田利家死後の老練な政治家たちの微妙な態度。毛利、上杉、島津の広大で傲慢な領地……そして、何よりも彼の最も深い悪夢。彼が苦労して築き上げた「豊臣」は、彼の死後、急速に崩壊し、分裂し、忘れ去られてしまう。彼の名、秀吉は、歴史のほんの一瞬の、笑い話に過ぎなくなってしまった。


いや!絶対に違う!


燃え盛る炎、消えゆく炎は、この瞬間、「怨恨」と「恐怖」という、より強烈な燃料によって再び燃え上がったのだ!ほとんど理性的な思考を欠き、存在そのものへの根源的な貪欲と執着が、すべてを圧倒した。


「私は…」彼は残された意識を全て振り絞り、光に向かって無言の咆哮を上げた。「この光が続くことを!この世界が欲しい!私は死にたくない!」


「お望み通りに。」その存在の声は、再び絶対的な無関心へと戻った。光は渦のように回転し、収縮しながら秀吉へと向かっていった。


そして、意識が完全に闇に飲み込まれる直前、秀吉は――目で見るのではなく、視覚を超えた知覚で――遠く東の、駿府城の方角に、これと似た冷たい「視線」がこの世界に向けられているように見えた。そして、ほんの一瞬、それは目の前の存在と交錯した。


二つの月…同じ空に?


その考えが流れ星のように彼の脳裏を駆け巡り、そして、底知れぬ闇と、まるで魂が朽ちゆく肉体から引き裂かれるかのような、言い表せないほどの激痛が彼を丸ごと飲み込んだ。


II. 茶茶の視線と寧寧の予感

秀吉の意識が途絶えたのとほぼ同時に、隣の部屋でも。


茶茶(淀殿)は浅い眠りから突然目を覚ました。心臓が激しく鼓動し、説明のつかない、鋭い恐怖に襲われた。彼女は慌てて着物を羽織り、秀吉の寝室へとよろめきながら向かったが、厳粛な表情で、どこか上の空の医者と侍女に阻まれた。


「奥様、太鼓殿下は今…休まれました」老医者の声がかすれていた。「呼吸は…かなり安定しております」。安定?茶茶は固く閉ざされた扉を疑わしげに見つめた。ほんの数分前、彼女は心臓に鋭い痛みを感じた。まるで何か大切なものが無理やり引き裂かれたかのようだった。しかし今、部屋の中には死のような静寂だけが漂い、先ほどまで聞こえていた胸を締め付けるような苦しげな息遣いさえも消え去っていた。


止めようとする彼らの声も無視し、彼女はそっとドアを少しだけ開けた。


ろうそくの灯りの下、秀吉は静かに横たわっていた。その顔には不気味なほどの静けさ、いや、むしろ…穏やかささえ漂っていた。何ヶ月も彼を包み込んでいた、息苦しい死の気配は、すっかり消え失せていた。


チャナは口元を手で覆い、涙が溢れそうになった。これは死を目前にした最後の力の爆発だろうか?それとも…神の慈悲の兆しだろうか?


彼女は中に入らなかった。希望と深い不安が入り混じった奇妙な感情が、彼女を阻んだ。彼女は自分の部屋に戻り、膝を抱え、暗闇の中で座り込み、窓の外の淡い月を見つめていた。そして、一晩中眠ることができなかった。



高台寺の奥深くで、夜遅くに祈りを捧げていた寧々(北のまんどか)は、突然数珠がパキッと音を立てて落ちた。繊細な白檀の数珠が床に散らばり、静まり返った寺に不協和音を響かせた。


彼女はゆっくりと顔を上げ、伏見城の方を見た。その顔には涙も焦りもなく、ただ底知れぬ疲労と冷たさ、迫りくる悲劇を悟ったような表情だけが浮かんでいた。


「日吉…」彼女は夫の幼名、もはや誰も呼ばない名前を呼びながら呟いた。「あなたは結局…引き返すことのできない道を選んだのね。」


彼女は身をかがめ、散らばった数珠を一つずつ拾い集めた。その動作は揺るぎないものだったが、指先は氷のように冷たかった。


III. 秀頼の夜

伏見城の別の場所、子供たちの部屋にて。



3歳の豊臣秀頼は、乳母の腕の中でぐっすりと眠っていた。無邪気で愛らしい小さな顔は、まるで甘い夢を見ているかのように、時折唇をペロペロと鳴らしていた。


突然、秀頼の小さな眉間にしわが寄り、体が落ち着きなく動き出した。


乳母は眠そうな顔を優しく撫でながら、子守唄を口ずさんだ。


秀頼のまつげが震え、ゆっくりと目を開けた。澄んだ、暗い瞳の中に、その年齢には全く不釣り合いな複雑な表情が、一瞬だけ浮かんだ。極度の恐怖、混乱、そして暴力と狂乱。その視線はあまりにも速く、あまりにも深く、乳母は気づかなかった。秀頼が悪夢に囚われているのだろうと思ったのだ。


「いい子ね、秀頼、寝なさい、寝なさい…」乳母は優しく囁いた。


秀頼(というより、この小さな体に目覚めたばかりの、広大で混沌とした意識の集合体)は、乳母を、目の前の見慣れない小さな視界を、そして自分の小さく繊細な白い手を、じっと見つめていた。


「あぁ……」彼は声を出そうとしたが、幼児のような音節しか出なかった。


激しい怒りと、かつての絶大な力の記憶が、幼い体に閉じ込められた極度の無力感と激しく衝突した!彼は咆哮し、殺し、目の前の全てを粉砕したかった!しかし、彼の体は制御不能だった。か弱い手足は、ただ虚しく動くだけだった。


記憶の断片が次々と押し寄せてきた。戦場、都市、陰謀、茶茶の顔、寧寧の瞳、徳川家康の従順な仮面の下に隠された底知れぬ深淵……そして、恐怖と憤りに満ちた、鋭く執拗な叫び声が、意識の奥底でこだましていた。それは、この肉体の本来の持ち主の、かすかに抑え込まれた残響だった。


「黙れ……」彼は心の中で咆哮した。ありったけの意志力を振り絞り、その叫び声を抑え込み、この脆い新たな器に適応し、この不条理な現実を理解しようとした。


彼は成功した。豊臣秀吉は、別の形で生き延びたのだ。


歓喜?いや、ただ深い不安と、奈落の淵を歩いているような冷たくめまいがする感覚だけがあった。そして、絶え間なく、逃れようのない子供の泣き声が、背景から聞こえてくる。


彼は目を閉じ、この苛立たしい子供たちの世界から目を背けた。彼は秀吉の思考回路を駆使して、必死に計算を始めた。状況、勢力、脅威、そして……意識が薄れる直前に駿府の方角から感じた、あの独特の「視線」。


徳川家康。


もしお前も同じ「贈り物」を受け取ったのなら……

秀吉(秀頼)の口元が、その幼い顔で、極めてゆっくりと、そして苦しげに引きつり、歪んだ、ほとんど不気味な弧を描いた。


「ゲームは」彼は自分にしか聞こえないほどの囁き声で呟いた。「老狐よ、再び始まったのだ」


窓の外は、墨のように濃い夜空だった。伏見城は、世界が変わったことに気づかず、不穏な静寂の中で眠っていた。



第二章:駿府城、同じ夜

I. 家康の夜


伏見城を覆う死と狂気の雰囲気とは異なり、駿府城の夜は、また違った種類の、深く静謐な静けさに包まれていた。しかし、その静けさの底には、伏見城に劣らず激しい冷たい潮流が渦巻いていた。


徳川家康は家臣たちを全員下がらせ、城の最上階にある茶室の黒漆塗りのテーブルに一人腰を下ろした。目の前には茶はなく、ただ、最速で届けられたばかりの秘密の報告書だけがあった。蝋燭の灯りは揺るぎなく、老齢ながらもなお岩のように鋭い、彫りの深い顔を照らしていた。六十年の歳月は、忍耐、慎重さ、そして「タイミング」に対するほとんど病的なまでの執着を、顔のあらゆる皺に刻み込んでいた。



報告は極めて簡潔だった。「伏見からの緊急報告。太鼓の容態は午前0時45分に急変し、呼吸がほぼ停止したかと思うと、不可解にも回復した。医師たちは困惑しており、内部状況は不明瞭である。関係者一同、不安と動揺に包まれている。」家康は無意識のうちに湯呑みの温かい縁を指でなぞった。揺らめく蝋燭の灯りに視線を落としたが、その炎を突き抜けるように遠くの京都の方角を見つめていた。秀吉はついに最期を迎えたのだろうか?


喜びも、安堵もなかった。ただ、より一層の警戒心だけが彼を包み込んでいた。尾張の泥沼から這い上がってきた男、野火のように燃え盛る飽くなき貪欲さ、そしてほとんど本能的な破壊力を、家康はよく知っていた。そんな男が、本当にこのような死に方で満足するだろうか?完全に支配できていない世界、後継者がまだ幼い世界を前にして、死を迎えることを?


秀頼…茶奈…ねね…五老…五重臣…


名前、関係性、まるでチェス盤上の駒のように、彼の頭の中には鮮明に並べられ、何度も分析された。秀吉が生きようと死のうと、巨大な嵐が迫っていた。西方の豊臣家、東方の有力な辺境諸侯、そしてその間で曖昧な態度をとる諸勢力…関ヶ原の戦い後の見かけ上の服従の秩序は、紙一枚のように脆かった。


徳川家はどうなるのだろうか?秀頼が成人するまで(少なくともあと10年)ひるむべきだろうか?それとも…好機を捉えるべきだろうか?


いや、まだだ。タイミングは常に最も慎重に検討する必要がある。秀吉は成人したとはいえ、まだ経験が不足している。東方での基盤は強固だが、西方での影響力は依然として不十分だ。軽率な行動は、連合軍の攻撃を招くかもしれない。彼はもっと落ち着いて、もっと慎重に、まるで巨大な亀が一歩一歩踏み出すように、揺るぎない足跡を残すように歩かなければならなかった。


彼はゆっくりと目を閉じ、乱れた思考を鎮めようとした。しかし、澄んだ水に墨が滴るように、説明のつかない不安がゆっくりと広がっていった。この不安は、外部の脅威を分析した結果ではなく、より深く、本能的な「異常」への警戒心から生じたものだった。秀吉の「妙に落ち着いた」オーラ…それは一体何に似ていたのだろうか?


まるで…死の直前の最後のエネルギーの爆発?いや、それよりも違う。もっと…何かの代わり?何かの置き換え?


この突拍子もない考えに、彼自身も驚いた。もしかしたら、疲れすぎているのかもしれない。年を取ると、夜一人でいると、どうしても荒唐無稽な考えにとらわれてしまうものだ。


彼は目を開け、夜の冷気と説明のつかない不安を払うために、炭をくべてくれるよう誰かに頼もうと準備した。


彼が顔を上げた瞬間、茶室に光が満ち溢れた。


秀吉の体験と全く同じだ。形を超越し、何の予兆もなく意識に直接作用する、言葉では言い表せない、無関心な「光」、あの「存在感」…。

不吉な予兆が訪れた。


家康の体は瞬時に硬直した。恐怖からではなく、極度の静寂から生まれたチーターのような硬直だった。全身の神経と筋肉が緊張状態にある。両手はテーブルに押し付けられ、指の関節はわずかに白くなっていたが、表情は変わらなかった。ただ、瞳孔を鋭く収縮させた深い茶色の瞳だけが、茶室の中央で絶えず変化する光を見つめていた。


息を呑むことも、問いかけることもなかった。61年の人生、幾度となく死の淵をさまよった経験から、彼は、全く理解不能で理解を超えた事態に直面した時、軽率な行動は愚かだと学んでいた。沈黙、観察、それこそが唯一の武器だった。


「徳川家康」。同じ声が、彼の意識に直接響いた。同じ無関心、同じ興味、まるで標本を観察するような魅惑の色が混じっていた。



「あなたの秩序は形を成しつつあります」と、その存在は「告げた」。「しかし、その基盤はまだ固くなく、不確実性が残っています。あなたの後継者は現状維持はできるかもしれませんが、拡大する力は持ち合わせていません。変化のさなか、あなたが築き上げた『安定』を維持できるでしょうか?」家康の心は沈んだ。この存在は、彼の最も深い不安を見抜いていた。彼は秀忠の資質を誰よりもよく知っていた。忠誠心があり、勤勉で、忍耐強い秀忠は、優れた維持者ではあったが、混沌とした世界に新たな秩序を築く勇気と機転に欠けていた。彼が苦労して築き上げた幕府の枠組みは、嵐の中、それを確かな岸辺へと導く、強く有能な舵取り役を必要としていた。秀忠にそれができるだろうか?


「お前には執着がある。『秩序の永続』への執着、個人的な生存を超越した『徳川』の名への執着、『支配の喪失』と『再興』への恐怖。純粋で、揺るぎなく、世界の『安定』への傾向とどこか共鳴している。許容範囲だ。」その存在の判断は冷たく、感情を一切感じさせなかった。


「法は変わらない。血縁者によって一度書き換えられたら、それは覆せない。」


「選択せよ。『秩序』への執着を胸に、新芝に入り、自らの設計図が無能な者や野心家によって汚されたり覆されたりしないよう、自らの手で確かめよ。」


「あるいは、未知なるものに委ね、子孫の能力に賭け、運命に賭け、人生をかけて築き上げてきたものが無駄にならないことを賭けよ。」


選択。


むき出しの、残酷な選択。


家康の思考は、まるで戦場での死傷者数と勝敗の確率を計算するかのように、冷徹に駆け巡った。憑依?近親者?竹千代?乳母と春日坪に大切に育てられている、わずか3歳の孫?


一瞬にして、竹千代の無邪気な顔が脳裏をよぎった。弟の国千代(忠永)ほど活発で大胆ではないが、どこか内気な子供だった。しかし、その瞳は澄んでいた。抱き上げられると、時折体を硬直させ、目を合わせようとせず、縮こまってしまうのだった。


この子供の体を利用して、自らの意志を継承し、徳川幕府を存続させる?倫理観の警鐘が、彼の意識の奥底で激しく、耳をつんざくように鳴り響いた。孫を食らい、その体を乗っ取る――獣の行為と何ら変わりはない。それは、彼が生涯貫き通し、世に押し付けようとしてきた儒教倫理と武士道に真っ向から反するものだった!これは最も根本的な反逆であり、「徳川家康」という存在そのものの完全な否定に他ならなかった!


しかし……倫理の叫びをかき消す、より大きく、より重い別のイメージが頭をよぎった。


関ヶ原の戦いの後、屍が散乱する戦場にゆっくりと足を踏み入れ、西の方角を見つめながら、未来への青写真を描いていた時のことだった。


深夜、彼は「武士法」を起草し、200年にわたる平和の礎を丹念に描き出した。


秀忠が特定の政治問題を処理する際の、過度に慎重で、やや優柔不断な眼差しを見た時、彼の心に浮かんだかすかなため息。


秩序。安定。徳川家。国土に平和あれ。


これらの抽象的でありながらも計り知れない重みを持つ概念こそが、彼の存在意義の中核を成していた。「世界」という巨大で冷酷なチェス盤の前では、個人の道徳観や家族愛は、まるで交渉の駒、あるいは犠牲にさえなりかねなかった。


秀吉が何らかの形で「存在し続ける」としたら、その性格からして、彼は落ち着きを失い、世界は必然的に再び混乱に陥るだろう。不滅の存在である秀吉を、秀忠一人で抑え込むことができるだろうか?


もし彼が「消え去る」としたら、この未完成の青写真、この脆い均衡が崩れないと誰が保証できるだろうか?新たな混乱と広範な苦しみが蔓延すれば、彼が生涯をかけて忍耐し、策略を巡らせ、さらには悪名をも背負って築き上げてきた全てが、さらに大きな嘲笑の的となるのではないだろうか?


倫理への嘆きと秩序の崩壊への深い恐怖が、彼の心を激しく引き裂いた。時間は止まったようにも感じられたが、同時に一瞬にして過ぎ去ったようにも感じられた。結局、その恐怖の重みが、倫理観の天秤をゆっくりと押しつぶした。


それは権力欲からではなかった(少なくともそれだけではなかった)。むしろ、自らの「自己構築」の破壊に対する、より冷徹で絶対的な不寛容、つまり「無秩序」の復活に対する本能的な抵抗からだった。彼は自らの「仕事」を不確実性に委ねることはできなかった。


ゆっくりと、極めてゆっくりと、彼は頭を上げた。顔は無表情のままで、ただ、古代の井戸のように深く、あらゆる光を飲み込むような瞳だけが、意識をもって光に反応した。


秀吉のような狂乱の咆哮はなく、ただ、断固とした、ほとんど冷徹な静けさだけがあった。


「なぜなら」と彼は「言った」。その思考はまるでナイフで彫られたかのように明瞭だった。「徳川王朝は存続しなければならない。そのためなら、私はこの反逆行為を厭わない。」


「お望み通りに。」冷酷な言葉だった。


光の渦が再び現れた。意識が引き裂かれるような激痛が襲った。


意識が朦朧とする最後の瞬間、家康は西の方角、伏見城の方角を「見た」。そこには、つい最近起こった「変位」の痕跡がかすかに見えた。やはり……二つの月が同じ空に浮かんでいる。


さて、次の問題は、この二つの「月」が互いを照らし合うのか、それとも……互いを食い尽くすのか、ということだ。


この恐ろしい事実に気づいた途端、徳川家康の意識は、孫の竹千代の遺体へと続く暗い通路へと沈んでいった。

これは誰にも止められないことだ。

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