第五章 揃いすぎた時間
二日後。
山岸は前回と同じ位置に立ち、資料を机に置いた。
「言われた通り、並べ直した」
田所は椅子に沈んだまま、目だけを上げる。
「まず供述の順番だ」
山岸がページを開く。
「秘書・相沢真理。最初の供述では“通常の打ち合わせだった”と主張。口論については、二回目の事情聴取で認めた」
「感情は」
「最初は否定。三回目でようやく“少し言い合いになった”と」
田所は黙って聞く。
「息子・悠真。最初から口論を認めている。ただし内容は曖昧だ」
「曖昧?」
「“経営の話を少し”と。怒鳴り声については“覚えていない”」
「管理会社は」
「島田は点検ルートを正確に説明。十八階前を十九時三十二分に通過。滞在は約一分」
「隣人」
「西原は番組を見ていた。ニュース特番だ。物音は十九時二十一分から二十三分の間と推定できる」
「弁護士」
「田辺は十九時四十五分にオンライン接続を試みた記録あり。不通」
田所は目を閉じた。
「並んだな」
「揃いすぎているか?」
「いや」
田所はゆっくりと目を開く。
「揃いすぎている」
山岸が小さく舌打ちする。
「またそれか」
「十九時二十一分の物音。
十九時三十二分の点検確認。
十九時四十五分の面談。
死亡推定十九時十五分から三十分」
夏野が資料を覗き込む。
「確かに、十九時台に集中しています」
「集中しすぎだ」
田所の声は低い。
「他には」
山岸は一枚の紙を差し出す。
「スマートロックの操作ログだ」
田所の視線がそこに落ちる。
「十八時三十八分、解錠。
十八時四十四分、施錠。
十八時四十五分、解錠。
十八時五十七分、施錠。
その後は二十時十八分まで動きなし」
「十八時四十五分の解錠は」
「秘書が入室したまま、息子が出た直後に一度開いた形だ。おそらく内部の動作」
田所は表情を変えない。
「他に変わった記録はない」
山岸が言う。
「エレベーター停止も予定通り。階段カメラにも不審者なし」
静寂。
田所は資料を閉じた。
「山岸さん」
「なんだ」
「十九時台に、何か“動いていない”ものはあるか」
山岸は眉を寄せる。
「動いていない?」
「時計でもいい。家電でもいい。
普段なら動いているはずのものだ」
「……今のところは特に」
田所は小さく息を吐く。
「なら、まだ足りない」
「何が」
「温度だ」
山岸が顔をしかめる。
「また抽象的な」
「事件は熱を持つ。
怒鳴り声も、物音も、争いも、熱だ」
夏野が静かに言う。
「先生は、冷え方を見たいのですね」
山岸が二人を見比べる。
「お前たち、暗号で会話するのはやめろ」
田所は微かに笑った。
「暗号ではない。
順番が揃いすぎていると言っているだけだ」
五人の供述は、互いに矛盾していない。
だが、矛盾がないこと自体が、
どこか不自然だった。
「もう一度、全員の時刻を一分単位で並べろ」
田所が言う。
「十九時台を中心にではなく、十八時台からだ」
山岸は資料を抱え直した。
「分かった。揃えてやる」
ドアが閉まる。
夏野が小さく問う。
「先生、何か見えましたか」
田所はカップを持ち上げる。
「まだだ」
甘い香りが立ち上る。
「だが、誰かが十九時に寄せている」




