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第一章 止まった箱

新宿三丁目、雑居ビル五階。

午後の光がブラインド越しに細く差し込む。

田所雄三は机に肘をつき、マグカップを傾けていた。

コーヒーは、ほぼ甘味の塊である。

「先生、山岸さんです」

「どうぞ」

ドアが開く。

「相変わらず甘そうな匂いだな」

警視庁新宿東署、山岸重徳。


田所は資料を受け取った。

「今回は密室だ」

山岸が単刀直入に言う。

「ほう」

ページをめくる音だけが部屋に落ちる。

被害者――三條隆之、六十歳。

自宅は十八階。

発見時、玄関は施錠状態。

スマートロックは“内側施錠モード”。

「エレベーターが十九時から三十分間、定期点検で停止していた」

山岸が続ける。

「階段は?」

「カメラあり。出入りは確認済みだ」

田所は目を細めた。

「死亡推定時刻は?」

「十九時十五分から十九時三十分」

「証言は?」

「隣人が十九時二十分頃に物音を聞いたと」

資料を閉じる。

「綺麗だな」

山岸が眉をひそめる。

「何がだ」

「時間がだ」

田所は椅子にもたれた。

「十九時台にすべてが揃っている。

停止、物音、死亡推定」

夏野が補足する。

「偶然にしては整いすぎている、と先生はお考えです」

「密室は、だいたい整いすぎる」

山岸は腕を組む。

「容疑者は五人だ」

田所の視線が上がる。

「まず秘書。十八時三十八分入室、十八時五十七分退室」

「次」

「息子。十八時四十分に訪問、十八時四十四分退室」

「他は?」

「同フロア住人。

マンション管理会社社員。

顧問弁護士」

田所は静かに笑った。

「五人か。ちょうどいい」

「何がだ」

「真実が割れる数だ」

山岸は机を軽く叩く。

「今回は本当に完全密室だ。

内側施錠。

外部侵入なし。

エレベーター停止。

カメラ記録済み」

田所は視線を落としたまま言う。

「山岸さん」

「なんだ」

「密室は、壊せないと思うか?」

「当たり前だ」

「なら、壊すな」

山岸が顔をしかめる。

「どういう意味だ」

田所はゆっくりと顔を上げた。

「密室を疑うな。

時間を疑え」

部屋に沈黙が落ちる。

まだ何も指示は出さない。

まだ何も暴かない。

ただ一つだけ。

この事件は、

止まったエレベーターの中で起きたのではない。

止まった“何か”の中で起きた。

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