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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第一章 異界のもの

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9 夢

 自己紹介を終え、田崎は胸のつかえが少し降りた気がした。

 名を呼び合う。それだけで、この世界の人々も変わらぬ人間だと実感できたからだ。


 田崎は使った備品を片付けた。紙コップも紙皿も貴重な物資だ。

 別のビニール袋に入れると固く口を結んだ。


 耳長の女戦士、リューシャが腰を上げ、焚き木を集め始める。

 田崎は、まだかすかに赤く燻っている固形燃料に目を留めた。


「これ、使えるな」

 小枝の下に滑り込ませるとリューシャが乾いた苔をかぶせ、慎重に息を吹きかけた。

 やがて、ぱちっ、という音を立てて焚き木へと広がっていく。


 彼女はそっと腰の剣に手を添え、周囲に目を配った。

 短く何かを告げると、戦士のグランも無言でうなずいた。

 見張りに立つらしい。


 ホーガイは外套にくるまり、ごろんと横になっていた。

 オムカは火のそばに腰を下ろしどこから取り出したのか、小枝に刺した干し肉のようなものをかじり始めた。


 リューシャとグランが立ち上がると、焚き火のそばの空気がわずかに引き締まった。

 田崎は頷き、自分の胸に手を当て親指で背後を指し示した。

「俺は、クルマに戻る」そんなつもりで身振りを送ると、リューシャが柔らかく目を細めて返した。


 田崎は焚き火の光を背に、ジムニーへと歩き出した。


 なるべく傷を見ないように車に手をかけ、運転席のドアをそっと開けた。

 ルーが乗り込んで助手席の定位置で小さく鼻を鳴らし、またくるんと丸まった。


 運転席に腰を落ち着かせると、張り詰めていた背中がじわりと痛んだ。

 ダウンジャケットを体にかけ、スマホを取り出して画面を確認した。

 時計は二十時五分。異世界に来てから、もう四時間が経っていた。


「帰れるのか……」

 呟いた声は、自分でも驚くほどかすれていた。

 

 じいちゃん、心配してるだろうな。

 警察に電話するだろうか。いや、あの人は自分で山に入るかもしれない。冬山に。


「……やりかねない」

 顔を両手で覆い、深く息を吐いた。

 緊張が続いたせいか、体の内側から疲労がじわじわと滲み出てくる。

 胃はスープでようやく落ち着いたが、今度は瞼が重くなってきた。

 隣ではルーが寝息を立てている。


 一人で森の中に放り出されなかったのは、不幸中の幸いだった。


 そして、オムカ。

 あの小さなおじさんについていけば、何とかなる気がした。


 今は休んだ方がいい。

 傷だらけの愛車のことを思うとため息も出るが、体を横たえるしかない。

 夜気に冷えはじめる中、田崎はひとつ深く呼吸してそっと目を閉じた。


 焚き火のぱちぱちと揺らぐ音が、遠くにかすかに響く。

 その音が遠のくにつれ、幼い頃の記憶が、夢のように浮かび上がってきた。


 まだ小学生だったころ。祖父が、ぽつりと語った言葉を、田崎は今も覚えている。


「おまえも、見たことがあるかもしれんぞ。小さなおじさん。ワシは友達だった。」

 両親は「またか」と苦笑していたが、田崎はなぜかその話が好きだった。

 祖父の語り口に、どこか現実味があったからだ。


 そして、父のこと。髭面で、どこか不器用でけれど優しく真面目な人だった。

 家業のかたわら地元の消防団に所属し、困っている人がいれば黙って動く。


 十二年前の春の終わり、大きな地震がこの地方を襲った。

 朝方に発生した地震は、山間部の集落を孤立させ、幹線道路も寸断された。


 父は、自宅近くに暮らす高齢の親族や知人の安否を確認しつつ、避難所に水や食料を届け、さらに奥の集落へと旧道を軽トラックで走らせていた。

「田崎さんが来てくれなかったら、うちは全滅してた」後日、集落の人々はそう語った。


 集落では携帯も無線も届かず、彼は午後から夕方にかけて集落中を駆け回り、一軒一軒、声をかけ、安否を確認して回ったという。


 けれど、その帰り道。

 夕方の余震により旧道の脆くなっていた法面が崩れた。

 岩盤と土砂が父の軽トラックごと深い沢へと落ちたのではないかと推定された。


 地元の消防団や救助隊が捜索に入ったが、旧道は危険で踏み込めず、沢沿いの探索も難航した。

 結局、父の遺体どころか、軽トラックの破片すら一つも見つからなかった。


 地震から半月後。

 本来なら地震前に開通していたはずの県境の新トンネルがようやく開通し、孤立していた奥の集落は新道によって再び町とつながった。


 あのとき、トンネルが通っていれば。

 ただ、田崎の心に深く残っていることがある。

 その集落の誰もが、父に「助けてもらった」と口々に言ってくれたこと。

 祖父だけは今でも「生きてるかもしれん」と言っていること。

 「小さなおじさんに助けられたんじゃないか」と、本気とも冗談ともつかない顔で言ったこと。


 その思いは田崎の胸の奥に、小さな火のように灯り続けていた。


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