終章
雪が降る夜の峠道。
吹きすさぶ風と粉雪の中、国道のカーブにひときわみすぼらしいジムニーが現れた。
左リアをこすりながら、アスファルトと雪を削る鈍い音を残して停まる。
運転席の田崎は、しばし呆然と前方を見つめていた。
見慣れた道路標識、見慣れた峠のカーブ。
計器盤は沈黙し、片目のライトも消えていた。
吹きっさらしの車内に吹き込む雪と風が、体温を奪っていく。
助手席でルーが小さく「くぅん」と鳴いた。
「……帰ってきた……」
ハンドルから手を離し、座席にもたれかかる。
対向車のヘッドライトが視界を白く染めた。
慌てて外へ出て手を振る。
止まったのは地元の軽バンだった。
「ありゃあ、田崎んとこの圭一じゃねえか」
降りてきた男は消防団の一員で、父の古い友人だった。
「……ひでぇな、ありゃあ」
無惨なジムニーを一瞥し、顔をしかめる。
この車がなければ生きては帰れなかった。
最後の最後まで本当によく走ってくれた……
力尽きた愛車を見る田崎の瞳には、感謝と深い惜別の想いがあった。
「……どこ行ってたんだ。みんな心配して探してたんだぞ」
田崎の血と泥にまみれた姿に、男は言葉を選びながら続けた。
「まあ……無事……?まあ、生きてりゃよかった」
田崎の肩に手を回し、助手席のドアを開ける。
「ちょっと待ってろ、こっち乗れ。今、連絡とってやる」
膝の上に飛び乗ったルーの温もりが心に沁みた。
しばらくしてパトカーと救急車が到着した。
「ルーは預かっとく、じっちゃんにも連絡しといたからな」
救急車に揺られながら、田崎は思った。
車両保険は……効かないだろうな。
入院は一週間に及んだ。
身体に異常はなかったが、行方不明の間の記憶だけは「思い出せない」と言い張ったからだ。
警察と医師の両方が、事故と事件の両面から確認を続けた。
車の損傷と血痕。
そして二週間の行方不明期間。
異世界と同じ時間がこちらでも経過していた。
「田崎さん?今日こそ本当のこと話してくれるかな?」
刑事は、事件性を疑って連日病室に来た。
「分からない、覚えてない」を繰り返す田崎に、やがてため息をつく。
血痕はヒトのものではなく、その足取りはまったく掴めない。
やがて調書を閉じるように立ち上がる。
「まぁ、生きてりゃ上等だ」とだけ言って帰っていった。
医師は健忘や脳障害を疑い、MRIまで撮ったが異常はなかった。
……言えるわけないよな
本当のことを話せば、精神病院送りになりかねない。
父の手帳は鬼猿との戦いの中で、紛失していた。
あの時、もし父の声が聞こえてこなければ鬼猿にやられていた。
同僚や知り合いが次々と見舞いに来た。
「本当に……心配したんだから」
九月にバーベキューを囲んだ大学の同期の女友達が、去り際に涙をこらえながら言った。
本当にあの出来事は現実だったのか……
日々が経ち疑念が胸をよぎると、ふとリューシャの顔が脳裏に浮かんだ。
目を閉じると、今でも藁の匂いと彼女の温もりを思い出せた。
退院前夜、病室の窓から外を見た。
降り積もる雪の向こうに、誰かが立っている気がした。
けれど、次の瞬間には、ただの街灯の影に変わっていた。
祖父は入院以来、毎日病室に顔を出していた。
父のことを話している途中、田崎はふと思いついて尋ねた。
「なあ、じいちゃん。昔、小人を呼び出す方法があるって言ってたよな。あれ、どうやるんだ?」
祖父はにやりと笑うと、肩から下げた古いカバンをオーバーテーブルの上に置いた。
ファスナーをゆっくり開ける。
がさり、と中からチョーローとオムカが、ぴょこんと顔を出した。
「元気にやってるかー?」
田崎は目を見開き、口をぽかんと開ける。
その顔には、驚愕と、そして抑えきれない安堵の涙が滲んだ。
祖父は静かに言った。
「自分で、聞いてみな」
田崎は、胸の奥で小さく笑った。
たとえ夢でも、あの旅は確かに生きた時間だった。
窓の外では、年末の街が灯りに包まれていた。
――完――
最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。
ジムニーと田崎は、異世界を走り切りました。
以前投稿した「異世界/軽四駆//疾風録///」11万字を全面的に見直し、話を追加しています。
まだまだ納得いっていないところはあるので、またブラッシュアップするかもしれません。
続編も構想しています。
次回作もぜひ応援していただけると嬉しいです。
評価少しでもいただけたら励みになります。
よろしくお願いします。
追記です。
後日談、こちらもどうぞよろしくお願いします。
season2の伏線とseason1のジムニーの答え合わせ的な話になっています。
「異世界帰りの全損ジムニーを鑑定したある整備士の独白」
https://ncode.syosetu.com/n9112ll/
こちらは連載中です。よろしくお願いします。
軽四駆 × 異世界疾風録
season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜
https://ncode.syosetu.com/n0197lm/




