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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第5章 闇の森へ

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11 霧の彼方へ

 石畳の広場でも異変が立て続けに起こっていた。


 いったんは静まり返っていた猿たちが、再びうなり声をあげ始める。

 血走った瞳に狂気が宿る。

 竜猿の石化も、もはや表面から剥がれ落ちるように解けかけていた。


 石の鎧がそれ以上の燃焼を遮り、火の勢いはすでに消えていた。

 だが焼け爛れた皮膚、顔面に無数の矢を突き立てた竜猿は、もはや理性など持たず暴れ狂う。


「退避ー!!」

 グリファスの絶叫が広場に響く。

「森の中へ!森を抜けて道へ逃げ込め!」

「隊列を崩すな!」

 デルグラの怒号が響く。

「副官!指揮を預ける!」

 怒涛のように指示を飛ばしながら、グリファスは馬首を返す。


「親衛隊第一部隊は、ワシについて来い!」

 十騎にも満たぬ部隊を率い、巌窟を目指して駆ける。

「法王猊下をお救いするッ!」


 錯乱した竜猿は羽猿を振り払い、熊猿を踏み潰す。

 苦しげな吼声が響くたび、大地が震えた。


 やがて岩山の裏手からも地響きが湧き上がる。


 封印の地の奥から、数十体の竜猿が目覚めようとしていた。

 石化したその巨躯に亀裂が次々と走り、血走った赤い目を覗かせる。


 広場では、暴れる竜猿が翼を広げては飛び損ね地面に墜ち、その度に地鳴りを轟かせた。


 逃げ損ねた狂乱の猿たちは、石畳に赤い染みとなる。

 血と焦げの匂いを撒き散らしながら、竜猿は苦悶の絶叫を上げた。



  *



 巌窟のドーム内も揺れが続く。


 重い衝撃が起こるたびに、漆黒に磨かれた岩壁に亀裂が走り、石のかけらが落ちて鈍い音を響かせた。


 祭壇では、三者の静かな戦いが続いていた。


 盲目の僧侶の背にまとう影が蛇に喰われかけた瞬間、リューシャはそれを見逃さなかった。影が剥がれ、白い法衣が一瞬覗く。


 再び蛇が影を狙う刹那、彼女は弓を引き絞り、矢を放つ。


 矢は影に絡め取られることなく、法衣の裾を貫いた。

 体までは届かない。

 それでも僧侶の心を揺らすには十分だった。


 その隙を逃さず、法王とチョーローとオムカが声を張り上げる。


 白い法衣が徐々に姿を現す。

 盲目の僧侶は呪言を一段と強め、影を引き戻そうとする。


 その時、ドームが激しく揺れた。

 飛び上がろうとした竜猿が巌窟に突っ込んでいた。


 側壁が崩れ、巨大な猿の顔が覗く。


 続いて太い腕が壁を突き破り、ドームの中央の白い影に伸びる。


 それは、闇の力を求めるように鉤爪を伸ばし——

 

 力尽き、そして祭壇を粉砕した。


 何事かと目を見開く盲目の僧侶。

 

 だがその目には何も映らない。

 それでも最後まで呪言を止めようとはしなかった。


 瞼の奥で光が揺れた。


——法王猊下、これで、均衡は……

 その思いは、闇に呑まれて消えた。


 鈍い音とともに、祭壇ごと盲目の僧侶は竜猿の岩のような手に押しつぶされた。



  *



「猊下ー!!」

 グリファスの声が響く。

 漆黒の岩壁が次々と落ち、赤い灯火を揺らす。


 崩落の危機が迫るドーム。

 闇の民の長老も影使いも、竜猿の下敷きになって動かない。


 やがて影が霧となって形を成し始めた。


「今だ!タサキッ!」

 オムカの叫びで田崎は我に返る。


 振り返ると、リューシャが今にも泣き出しそうな顔で立っていた。


 彼女は田崎の顔を両手で包み、唇を重ねた。


「行って……さよなら」

 それは片言の日本語だった。


 声が震えていた。

 あの夜の返事を、今ここで返してきたのだ。


 田崎はその涙を見て、言葉を失う。

 ただ、胸の奥で「ありがとう」「愛してる」と返す。


 ブレーキから離す足が、震えていた。


 絡めた手が離れていく。


 さらにアクセルを踏み込み、ジムニーが加速しかけた時だった。



 ぷつん……



 計器盤の表示がすべて消失した。

 アクセルを踏む足の感覚がふっと抜ける。


「…止まる?…ここまで来て……」


 田崎の顔から血の気が引いた。

 心なしか霧の塊が薄くなった気がする。


 そう思った瞬間、竜猿のもう一方の手がジムニーへと落ちてきた。


 石化が再び始まったその腕は、伸ばし切った先から崩れ落ちていく。


 その瞬間——


 巨腕の鉤爪がジムニーの左後輪をかすめながら抉り、鋼を裂くような悲鳴を上げた。

 車体が大きく横に弾かれ、地面を跳ねる。


 鉄の軋みとともにスピンしたジムニーは、左後輪を失ったまま霧の縁を滑り込むように突き抜けた。

 火花が尾を引き、黒い霧に吸い込まれていく。


 同時に霧も闇に溶けるようにして霧散していった。


 やがて静寂が、崩れかけのドームを支配した。



  *



「……いっちまったな」

 立ち上がり、埃を払うグラン。

 オムカはその場で泣き崩れる。


「法王猊下!」

 グリファスが法王の元に駆け寄り、無事を確認すると胸をなで下ろした。


「……次は、闇の…影の管理をせねば…、信頼に足るもの……生き残った森の民と交渉をしなければなるまい」

 法王は、将来の秩序に向けてすでに先のことを考えていた。

 闇の力に捕らわれた盲目の僧侶のことを思うと胸が痛んだ。


「追放された闇の民と月の民との仲違いも、なんとかしないとね」

 チョーローもそのための努力を惜しまないつもりだった。


 リューシャはしゃがみ込み、ジムニーが消えた空間をじっと見つめていた。


「行ってしまった……」


 その時、弾け飛んだジムニーのスペアタイヤが岩壁に跳ね返り、彼女の前まで転がってきた。


 そのタイヤは、まるでまだ旅の続きを探しているように、ふらつきながら進んでいた。


 そして彼女の前で力なく前進を止めると、その場で回転しながらパタンと倒れた。 

 

 リューシャは自分の腹部に手を添える。


 あの夜、確かに新しい命を授かった。

 もう、一人ではない。

 

 確信が胸を満たしていた。


 小人の里で静かに暮らそう。

 イリナもいる。


 リューシャは顔を上げて、涙を拭った。



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