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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第5章 闇の森へ

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10 光と月と闇の間で 

 詠唱は途切れることなく続き法王が抱える黒い箱から、濃密な影が黒いドライアイスのように噴き出していた。

 それは床を這い、壁を舐め、やがて空間全体を包む深い霧へと姿を変えていく。



 外の広場で戦う騎士団にも異変が伝わった。

 戦場を埋め尽くしていた猿たちの動きが、目に見えて鈍くなっている。


 燃え盛る炎に包まれた竜猿の足元は、いつの間にか灰色に固まり石化が始まっていた。

 石化によって炎は鎮火しつつある。


 猿たちの顔からは狂気じみた凶暴さが消え、恐怖と混乱が浮かんでいた。

 数十匹が、甲高い悲鳴を上げながら闇へ逃げ込む。


「……どういうことだ?」

 騎士たちは戸惑いながらも剣を振るって応戦を続けた。

 だが、その混乱を断ち切るように、グリファスの怒声が響き渡る。


「剣を引けぇ!一時待機!」

「隊列を整えよ!」


 封印は再び力を取り戻し、巌窟周囲に溢れた呪いを闇に閉じ込めようとしていた。

 

 しかし、その聖戒の響きに割り込むように、低く禍々しい呪言が交差し始める。


 それは盲目の僧侶の声であった。



  *



 闇と光の均衡——それが自分に課せられた使命

 これまでそのために命をかけて働いてきた。


 私は、光と闇の両方を受け入れた。

 これこそが、新しい秩序。


 しかし、闇の囁きが混じる。


(……光を消せ。影をすべて我が物に)


「闇の民」も「月の民」も同じ闇に生きる民だった。


 決定的な違いは「闇の民」が新月の夜にしか力を発揮できないことだった。


 月の力の前に我が一族は、迫害され蹂躙された。

 深い憎悪が蘇る。


 いや、違う。

 私が望むのは均衡……


(……それは、本当に?)


 徐々に形作られる影を見て、復讐を願っていたことに気づいた。


 これだけの力を手にいれることができれば……


 盲目の僧侶の聖戒の言葉は、気がつかないうちに呪詛の言葉に変わっていた。


 理性が「やめろ」と叫ぶ。


 だがもう、理性の声がどちらのものかさえ分からなかった。


 この闇の誘いに打ち克ってこそ、闇を取り入れながらも、光の下に留めておける——


 しかし、すでに止まらなかった。


 新月。


 闇の民がもっとも力を発揮する夜。


 制御できない闇の力が暴走し、盲目の僧侶の体の中を駆け巡った。


 強烈な破滅衝動とドス黒い心の闇が精神を満たす。



  *



 霧は瞬く間に僧侶の足元に集まり、絡みつき形を与えながらその体を持ち上げていく。


 オムカが鋭く叫ぶが、その声が届くより早く僧侶の身体は黒い影をまとって宙に浮かび、祭壇の上に降り立った。


 祭壇に刻まれた文字のような紋様が、呪言の抑揚と共に脈打ち、影が溢れ出す。


 ドーム全体を揺らす闇の呪言は、聖戒の詠唱をかき消していく。

 盲目の僧侶の声が一段と高まると、すべての影が彼に吸収されていった。


 霧は完全な影となり僧侶の白い法衣を包み込み、その色を黒より深い闇へと変えていった。

 光を失った目が黒く染まり、皮膚が黒ずんでいく。


「ああ……この闇が、私の焼け爛れた目を、ようやく開かせてくれる…」

 低く恍惚とした声が漏れる。

 光が、すべて闇に塗りつぶされた。


「霧が消える!」

 リューシャが弓を引き絞り、矢を放った。足は痛むが、必死だった。

 しかし、矢は僧侶の影に絡め取られ、乾いた音を立てて祭壇の下へ転がった。


 田崎は何が起きているのか理解できず、息を詰めたまま僧侶を見つめていた。

 リューシャは必死に足の痛みに耐え、次の矢をつがえる。


「クソッ」

 田崎は、先ほど体中を満たした「闇の怒り」を無意識のうちに呼び覚まそうとした。


 しかし、霧は盲目の僧侶のもとに集まり、それは湧き上がってこなかった。

 ただ無力な人間の体が一つ、ここに立っているだけだった。


「何が光だ!何が闇だ!」

 僧侶は祭壇下に倒れている月の民を見下ろし、なおも詠唱を続ける法王に向かって嘲るように笑った。


「光の下でも月の下でも報われぬこの体……我が一族の悲劇が、誰にわかる!」

「無だ!虚無しか救えない!……それが光の教えではなかったのか!」

 その声は笑いへと変わり、狂気を帯びた響きとなった。


「我が闇の眷属よ!今こそ目覚めよ!!」

 狂ったように叫ぶ盲目の僧侶。


「やはり……闇の民は、危険だ……」

 月の民の長老の体は震えていた。


 法王とチョーローの詠唱はなおも続いている。



  *



 その時、影使いの長の影が地を這い、盲目の僧侶の足元に伸び上がったかと思うと、その影を鋭く噛み千切った。


 闇は一瞬霧となって散る。

 

 月の民の長老もすぐさま深い瞑想に入り、自らの影を伸ばす。


 二匹の黒蛇のような影が、僧侶の身体にまとった影を襲い、肉を裂くように影を食いちぎっていく。


 オムカもまた、ダッシュボードの上で詠唱を始める。

 食いちぎられた霧を、盲目の僧侶のもとへ戻る前に完全に異界へ返さなければならない。


 蛇の影が僧侶を食らうたび、呻き声が広間に響き渡る。

 法王たちはその隙を逃さず、光の言葉で影を解き放つ。


 光と月と闇が入り乱れる、三つ巴の戦い。


 その頃、広場の石畳でも新たな異変が起こり始めていた。



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