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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第5章 闇の森へ

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9 闇の囁き

オムカは、影の挙動に闇の意識が入り混じりつつあることに気づいた。

 ドームの床を這う霧のような影が、ただの闇ではなく微かなざわめきを帯びている。

 まるで、誰かの囁きのように。


「なんか変……影を祓っているはずなのに」

 オムカはつぶやく。

 封印の影は再び闇に返されつつあるはずだ。

 しかし、その影は微かに意志を宿し、ドーム全体に拡散し始めていた。


 その異変は、鬼猿との戦いの場で顕著に現れた。

 リューシャが倒したはずの鬼猿の上半身が起き上がったのだ。


 頭があった場所には黒い影が渦を巻き、歪んだ頭部を形作る。

 肌寒い霧が床から這い上がり、彼女の足元を冷たく舐めた。


「なっ……!」

 リューシャの視界が揺らぐ。

 虚をつかれた彼女に、首なし鬼猿が棍棒を薙ぎ払う。

 衝撃が左足に走り、骨まで響く痛みにバランスを崩して倒れた。

 リューシャの驚きに満ちた悲鳴がドームに鋭く響く。


 その声に嫌な予感がして、田崎は振り向いた。

 倒れたリューシャに、首なしの鬼猿が迫っているのが見えた。

 考える間もなく、スコップを掴み直し、鬼猿へ突進する。


「死んどけ!」

 スコップを振りかぶるやいなや、棍棒を持った鬼猿の右腕に叩きつけた。

 鈍い音がして鬼猿の右腕があらぬ方向に曲がり、体ごと吹き飛んだ。


「!?……これは何だ?」

 その威力に自分自身が驚いた。ふと自分の手を見ると、腕が黒ずんでいる。

 いつの間にか、黒いモヤは田崎の腰あたりまで這い上がっていた。

 肌が冷たく、針で刺されるような感覚が広がる。


 鬼猿は再び立ち上がり、棍棒を持って田崎に襲いかかった。

 薙ぎ払った棍棒が田崎のジャケットを引き裂く。


 ポケットに入れていた父の手帳が闇の中に落ちていく。

 思わず手を伸ばした時だった。

 

 霧が濃くなり、視界が歪む。

 幻聴が響く。


(……ダメだ、来るんじゃない!)

 それは父の声のように聞こえた。

 いや、違う。

 闇が、心の奥にある記憶を引きずり出している。


 昔、見た夢が田崎の脳裏にフラッシュバックした。


 あの地震の日、土砂崩れに巻き込まれようとする軽トラに手を伸ばそうとする夢。

 もう少しで手が届く……父さんを助けられる。

 そう思った時、父の声が響き、軽トラは暗闇の中に消えてしまう。

 何度も手を伸ばしては、闇に消えてしまう父親。


 胸が締め付けられるような寂しさが、霧のように体を包む。


 目の前に迫る首なしの鬼猿。


「……ううっ」

 田崎は呻きながら、スコップを構えた。


「父さん……」

 スコップを持つ手に、再び力がみなぎってくるのを感じた。

 何もできなかった自分に対しての怒りが心の奥から溢れてきていた。

 渾身の力でスコップを鬼猿の左腕に叩きつけた。



  *



(……呪われの子)

 闇の囁きが、リューシャの心にも沁み込む。

 リューシャが覚えている最古の記憶がその言葉だった。

 意味はその時は分からなかった。


 しかし、郷長の屋敷の蔵に閉じ込められてからは、その言葉の意味を理解するまで時間はかからなかった。

 暗く湿った蔵の匂い、ネズミの足音、叔母の取り繕った優しげな声。


 すべてが胸を刺す。

 剣を握り、体を鍛え、戦うしかなかった孤独の日々。

 心の闇が、霧のように彼女の視界を奪う。

 優しさを装った叔母が食事を運んでくれた。


 その叔母から異界の血について聞いた。


 年に数度、郷に闇のケモノの群れが流れ込み、そのたびに戦いに駆り出された。

 叔母が死んだ七歳での最初の戦いから、十年前に郷から逃げ出すまで、人としての扱いを受けたことがなかった。


 足の痛みと心の苦しさに膝をつくリューシャ。

 まだ鬼猿は倒していない。

 だが体が震え、剣を持つ手にも力が入らない。


 戦えない恐怖がリューシャを襲う。


 気力を振り絞って顔を上げた先に映ったのは、鬼猿と戦う田崎の姿だった。

 霧が彼の腕を黒く染め、狂気を帯びたその姿に、リューシャの心が痛む。


「タサキ……」



  *


 

 盲目の僧侶は詠唱に混じる闇の雑音に気がついていた。


 闇の力は、心の奥に眠る影を喰う。

 力を与える代わりに、人を壊していく。

 聖戒の詠唱。

 その戒めの言葉こそ、その闇に打ち克つことが出来る。


 盲目の僧侶は、よりいっそう声を張り上げる。

 自らの暗い過去の後悔を振り払うかのように。


 そして、彼が本当に望む「新たな秩序」を完成させるために。



  *



 田崎は、スコップで肉の塊と化しつつある鬼猿を殴り続けていた。

 強力な破壊衝動が収まらない。

 力を持て余しているような感覚があった。


 グランもまた闇の力に影響されていた。


 その目に映るのは、燃え盛る憎悪。

 仲間を殺した獣、そして、このような場に自身を陥れた傭兵団長へ。


 鬼猿は、凶悪さを増してグランに襲いかかった。

 しかし湧き出し続ける闇の力があるグランにとって、もはや脅威にならなかった。

 長剣で追い詰め切り刻んでいく。


 田崎がなおもスコップを振り上げようとした時、オムカの歌が響いた。


 気の抜けたような歌声は聖戒の言葉だった。

 柔らかな旋律が闇を払い、田崎の心を揺るがす。


 同時に、リューシャの視界も晴れていく。

 膝の痛みは残っているが、心の闇は薄れた。


 彼女は立ち上がり、田崎の元に歩み寄る。

 上げられたその腕を、そっと下ろした。

 首を振るリューシャ。


(ダメ、闇に囚われては……)

 田崎は、確かにそう聞こえた気がした。


 ぼんやりとした意識の中で、握ったスコップを見る。

 禍々しく折れ曲がり先端が欠け、血と肉片がこびりついていた。

 思わずぞっとして、放り投げると乾いた音が響いた。

 その音が、田崎の意識を再びこの場に取り戻す。


「リューシャ……」

 リューシャの目を見つめ体温を感じると、すっと心が落ち着いてくるような気がした。

 

 鬼猿の一体はグランによって倒されていた。

 もう一体との鬼猿に防戦一方だった二人の騎士長も、グランの加勢で勝負の趨勢は決していた。

 グランは冷静に剣を振るい足を奪い、とどめを刺した。


 だが、剣を鞘に収める手が震えていた。

 闇の残滓が、まだ心の奥で蠢いている。


 肩で息をつく二人の騎士長は傷だらけだった。

 救われた形の二人はグランに声をかけ、肩を叩いた。


「お前のような男がなぜ傭兵などやっている!」

「グラン!無事帰れたら騎士団に来い!お前の席は私が用意する」


 グランは正気に戻っていた。

 自らの剣にこびりついた闇を感じ、口元をわずかに歪める。

 闇の囁きはまだ、はっきりと心の中に残っていた。


「……冗談じゃない」

 グランのつぶやきは、誰にも届かなかった。

 

 ドームの霧はさらに深く濃くなっていく。


「まだ終わりじゃない……」

 田崎は、霧の奥にまだ不穏な空気が漂っているのを感じていた。

 

 

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