7 竜猿の門前
竜猿が、ついに石畳の広間に降り立った。
地を揺るがす衝撃がジムニーの車体を突き上げる。
翼を羽ばたかせ、森を焦がすような咆哮が三度、空間を裂いた。
巨躯の影が、夕焼けを背にひとつの山のように揺れた。
陽は森の彼方に沈みかけ、空の端が赤く燃えていた。
馬たちは狂ったようにいななき、騎士を振り落とし、後ろ足で石畳を蹴って逃げ惑う。
「踏みとどまれッ!」
馬を制御したグリファスの絶叫が広間を震わせる。
竜猿の背後から、鬼猿、熊猿、羽猿が影のようににじり寄る。
騎士団の列へ一斉に襲いかかった。
金属がぶつかる音と獣の唸り声が混じり合い、戦場は瞬く間に修羅場と化す。
竜猿が、おもむろにジムニーへ向き直った。
その醜悪な口元が歪み、牙の隙間から蒸気のような吐息が漏れる。
怒号を上げると石畳が振動し、車体が軋んだ。
「くそっ……!」田崎の手がハンドルを握りしめ、白くなる。
だが、二人の小人は微動だにせず、杖の先を同じ一点へ向けていた。
竜猿の二本の足の間、その奥の巌窟寺院の入り口を真っ直ぐに指している。
「信じるぞ!」田崎が叫び、アクセルを踏み込む。
エンジンが悲鳴を上げる。
ギアが唸り、ハンドルが震える。
タイヤが石畳を擦り、片目のヘッドライトが竜猿を照らした。
「グラン! 火炎瓶だ!」
カエンビン!
荷台のグランが無言でライターを擦り、素焼きの壺の口元の布切れに火を点す。
その刹那、リューシャが助手席から身を乗り出し、竜猿の右目に狙いを定めた。
弦が唸り、矢が飛ぶ。
鈍い音と共に右目に突き刺さり、竜猿が轟音のような悲鳴を上げた。
太い鉤爪が空を切り、石畳に深々と突き刺さった。
石片が周囲に飛び散る。
田崎はハンドルを切り込み、竜猿の股下へ突っ込んだ。
その瞬間、背後で爆音が轟き、ジムニーが衝撃で浮いた。
……グランだ。
グランは竜猿の足元に火炎瓶が間に合わないと悟ると、足元のクーラーボックスを竜猿の脛へ投げつけていた。
続けざまに放たれた火炎瓶が、竜猿の足元で爆ぜる。
足元で壺が砕け、油が飛び散り、投げ込んだ炎が鱗に燃え移る。
黒煙とともに、獣臭が焦げ臭さに変わった。
騎士団は、獣の猛攻を受けていた。
羽猿がグリファスに飛びかかる。
その首を、グリファスが一刀で断ち切った。
血が霧のように飛び散る。
そして叫んだ。
「弓兵! 斉射準備ッ!!」
鋭い号令に、弓兵たちは剣を収め、弓を手にする。
「目標!竜猿ッ!頭部!」
「準備よし!」
「第二班準備よし!」
次々に返事がこだまする。
間髪入れず、グリファスが剣を振り下ろす。
「射えっっ!!」
弦が一斉に鳴り、最精鋭の強弓の矢が数十本、燃え上がる巨獣の顔面に次々と鈍い音を立て突き刺さった。
翼を広げ、飛び上がろうとしていた竜猿は顔を押さえ、バランスを崩し横倒しになる。
ずずーん!!
地響きが石畳を走り、轟音とともに石片が弾け飛ぶ。
砂埃が舞い上がり、視界が白く塗りつぶされた。
猿や騎士たちを巻き込みのたうち回って暴れる竜猿に、炎が鱗の隙間を舐め、毛並みを赤く染め上げていく。
しかし、猿の群れは怯まない。
鬼猿が吼え、熊猿がその背を追うように騎士団へ突撃する。
だが、グリファスの声が再び広間を揺らした。
「隊列を整えよ! 鬨の声を上げよ!」
「勝利は目前なり!」
「おおおおおおおおおおおお!!」
士気が爆発し、隊列を立て直した騎士は、次々と鬼猿らを各個撃破していく。
その混乱の中、小人たちが杖で指す方向、黒い岩山の入り口が、目前に見えた。
「そこか!」
田崎はハンドルを切り込み、左後輪を滑らせながらその狭く暗い入り口に飛び込む。
タイヤが砂利を跳ね上げ、闇が一行を飲み込んでいった。




