6 血に沈む砦
砦は竜猿の襲撃にさらされていた。
城壁に立ち並ぶ弓兵たちは、その巨体が振るう腕によって片っ端からなぎ倒され、噛み砕かれ、血しぶきの中で命を落とす。
耳をつんざく咆哮が響き、石壁を震わせた。
竜猿はほとんど抵抗を受けぬまま砦を蹂躙していく。
最上階の窓に、白い法衣をまとった人影が見えた。
分厚い腕が窓を破り、聖戒の詠唱が途切れる。
捕まえた者を次々と咀嚼し、砦の内部は地獄と化した。
血の匂いと、詠唱の残響だけが空に漂っている。
陽光は厚い雲に覆われ、光が薄れた。
竜猿は至福の雄叫びを上げ、その声が谷間にこだました。
その頃、影使いの瞳が鋭く光った。
「見えた……!」
鉄の箱車、盲目の僧侶、そして法王の姿。
「竜猿を奴らに向かわせよ!」
闇の民の長老は即座に命じる。
ちりん…
竜猿の耳元で鈴が鳴った。
普段は忌々しい音だが、今夜だけは違う。
竜猿は再び雄叫びを上げると翼を広げ森の最奥、巌窟寺院へと身を翻した。
背後に残された砦には、もはや生きた者がほとんどいなかった。
車内で、二人の小人が杖をぴたりと同じ方向に向ける。
田崎は無言でハンドルを切った。
その瞬間、車の上空から飛び込んだ羽猿が、地面に叩きつけられ、苦悶の声を上げる。
周囲はすでに激戦地だった。
無数の猿の死骸が転がり、傷ついた騎士たちが倒れている。
ジムニーはその間を縫うように進む。
エンジンからは絶え間ない異音。
ハンドルを切るたびにタイヤからは嫌な振動が響いている。
獣の軍勢は標的を騎士団からジムニーへと変え、殺到してきた。
左右からは、羽猿や熊猿が次々と飛びかかってくる。
リューシャは小弓に矢をつがえ、次々と放った。
前方では騎士たちが剣を振るい、羽猿や熊猿を挟み撃ちにして倒していく。
グランはバックドアの窓枠から長剣を振り回し、迫る敵を弾き飛ばす。
その時、左後輪が血溜まりに取られ、ジムニーは半回転した。
もんどりうったグランは体勢を立て直すと、懐からライターを取り出し、クーラーボックスを開けた。
火炎瓶。
昨日、グランは、布の位置を火がつきやすいよう改良しておいた。
数度の試みの末、布が炎を上げる。
「行くぞッ!」
グランはそれを迫り来る熊猿へ投げつけた。
轟音と共に爆炎が上がり、熊猿の体が火だるまと化した。
予期せぬ音と炎に闇の軍勢が一瞬ひるむ。
その隙にジムニーは加速した。
道はすでに失われ、騎士団ともはぐれている。
前方から豹猿が跳びかかるが、リューシャの矢が眉間を貫き視界から消える。
次々と襲いかかる獣を、リューシャの矢とグランの剣が退ける。
リアの二人の騎士も車窓から剣を突き出し、取り付こうとする猿を弾き飛ばす。
二人の小人の杖が指す方向へ、田崎は必死にジムニーを進めた。
各種警告灯が点滅しているが、田崎には確認する余裕もない。
もはやメーターを見ることも、ギアを選ぶことも、反射神経と本能に委ねられていた。
頭の中には、ただただ「進む」という命令だけが響いている。
「頼む……エンジン、頑張ってくれ!」
祈るしかない。
坂を一気に駆け上がる。
視界が開け、黒い岩山が姿を現した。
岩山の奥には深い森が再び広がり、その木々が岩肌を覆い隠している。
半円状に敷かれた石畳の上で、数百の騎士団の精鋭が闇の獣と剣を交えていた。
血を流しながらグリファスが騎士団を鼓舞する。
その時、田崎は、上空の光が急激に失われたことに気づいた。
視線を上げる間もなく、全身が灼熱と圧迫感に包まれる。
轟音とともに、黒い影が頭上から、岩山そのものが崩れ落ちるような質量で突き刺さった。




