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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第5章 闇の森へ

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2 それぞれの夜

 ジムニーは小屋の裏手、雑草の茂る斜面の陰に停められていた。

 出発は新月の朝、つまり明日だ。


 グランとリューシャは、武具や矢筒、革袋の留め具に至るまで入念に点検している。

 田崎はオムカに確認し頭の網包帯を外した。


 痛みはすでにほとんどなかった。

 傷口に貼った葉っぱはペーストと固まって一体化していた。外してみるとぽろりと取れる。

 こわごわと傷口に手を触れると、ざりざりした瘡蓋が指に触れた。傷口は塞がっている。

 心配した感染もなく、瘡蓋の下に柔らかい皮膚が再生していた。


 その後、田崎は発電機を回し、手早くバッテリーを充電していった。

 残っていた灯油は、火炎瓶の材料に回すことにした。


 腰に素焼きの壺を下げていた小人たちを見て、田崎はチョーローに頼んで数個を用意してもらっていた。お祭りで売っている水ヨーヨーほどのサイズで、瓢箪のように口がくびれ五百円玉くらいの飲み口が開いていた。


 溢さないように慎重に灯油を詰め、長く割いた布を浸すように入れて残りを外に出す。 

 布を丸めて口に押し込み、その上を布で被せ、縄で縛る。


 グランに声をかけ、滝壺の河原で一本を試してみることにした。

 ライターで布に火を移し、全力で投げた。

 壺は石に当たって砕け、飛び散った灯油に火が燃え移ると轟音と共に爆ぜた。

 炎が水飛沫の中で暴れ、滝壺の響きと混じって重低音のように胸を打った。


 素焼きの壺に何か、爆発的な物質でも混じっていたのだろうか。

 田崎もグランも、その迫力に一瞬言葉を失った。


「これはどうやって作ったんだ!」

 我に返ったグランは瞳を輝かせ叫んだ。

 しかしすぐにその表情を引き締めた。


……すごい威力だ。これがあれば……

 脳裏に、故郷での獣の襲撃、五年前の惨劇、あの時、闇の森で助けれなかった戦友たちの顔が浮かんだ。これがあれば、今度こそ仲間を守り抜けるかもしれない。


 田崎は小屋に戻ると、実際に作りながら身振り手振りで一つずつ説明した。

 ライターの使い方も教える。

 グランは何度も火を点けては消し、新しい誓いを立てるように力強くうなずいた。


 すぐさま小人に素焼きの壺をもらいに、グランは駆け出した。

 完成した火炎瓶は二十個になった。

 枯葉を緩衝材にしてクーラーボックスに詰める。

 火炎瓶はグランの担当と決まった。


 夕食時、ホーガイはぽつりと言った。

「……わしはここに残る、娘と」現地語で言い、チョーローが訳す。

 その傍らで、衰弱しきっていたイリナが、足元をふらつかせながら立ち上がった。

 聖戒の詠唱と薬、里の生活で少しずつ快方に向かっていたが、体力の回復はまだ道半ばだった。

 それでも彼女の瞳には、希望の光が灯りつつあった。


 頬には淡い赤みが差し、ルーを追いかけるように立ち上がってはよろけながらも笑う。

 その様子を見て、ホーガイは目を細めた。


……わしはこの子の笑顔が見られるだけで、もうなにもいらない。

 感謝してもしきれない思いがホーガイの胸を去来する。


 見返りを求めずに手を差し伸べてくれたこの異邦人たちと過ごすうちに、ホーガイの中で何かが変わっていた。

 闇に蝕まれた娘を救うことだけが目的だった旅は、彼自身の心をも救っていたのだ。


「聖戒にかけて、幸運を祈る」優しい眼差しだった。

 ホーガイが拳を差し出し、田崎はその小さな手に軽く合わせた。


「タサキ殿、グラン殿、リューシャ殿。娘とわしの命の恩人よ。どうか無事で」

 仲間たちの無事を心から願う一人の男の顔だった。


 夕食後、田崎はひとり、小屋の裏山の墓地へ向かった。

 冷たい夜気の中、父の墓代わりに立てた登山用ストックの前で手を合わせる。


「家に帰るよ、父さん……たぶん帰れる。だから心配しないでくれ」

 田崎は、ジムニーの修理で油にまみれた自分の手を見つめた。


「父さんが残した道具で、俺は車を治すことができた……ありがとう」

 冷たい夜気の中、父の登山用ストックの前で、田崎はもう一度深く頭を下げた。


 その晩、リューシャと向かい合い、田崎は手帳を見せながら言った。


『一緒に……俺の世界に来ないか』

 蝋燭の灯りに照らされ、リューシャはそっと田崎の唇へ指を添えた。


 その一瞬、彼女の脳裏に、この世界に残るべき新しい命の存在が閃く。

 それだけで答えは十分だった。

 これは最後の晩になるかもしれない。


 夜が更けていく。

 空には細い三日月ではなく、ほとんど消えかけた淡い月が浮かんでいた。

 それはまるで、明日すべてが闇に包まれることを、静かに告げているようだった。


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