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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第5章 闇の森へ

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1 開戦の兆し  

 法王の勅命が発せられたその夜、騎士団長グリファスは街道上に部隊を展開していた。

 天幕でグリファスは地図を広げ、部隊の駒を黙々と配置していた。


 各地から鳩猿による報告が次々と届き、地図の上には新たな印が加わっていく。

 時間との勝負だった。


 翌朝には法王猊下自らが聖都を発ち、西へ向かう手はずとなっている。

 グリファスは主力部隊を直ちに護衛と全軍指揮に振り分け、書記官に次々と命を下した。


「道を開く部隊、その護衛部隊、砦を護る部隊、森の南端の警戒部隊……すべてに兵を割け」

 主力は、法王の護衛だ。

 国境警備兵はこれ以上動かすことはできない。

 幾度駒を動かしても数は足りない。


 グリファスは駒を地図の隅へと動かし、地図上の道なき道に引かれた一本の線を険しい目で見つめた。 突貫工事の進撃路だ。

 この道は一度攻め込まれたら、退路のない一本の罠になりかねない。


「……部隊が足りん、あの鉄の車に賭けるしかない……」

 とだけつぶやくが、手が止まることはない。


「……異界の鉄の車。法王は信じろと仰せになるが……もし奴らが本当に闇を討つために現れたのなら……」


 鉄の車から直接、攻撃は受けていないことは事実だった。

 しかし脅威であることには、変わりはない。

 グリファスは、法王の命と己の信念のあいだで、一瞬だけ視線を伏せた。


「剣を向けるべき相手を、我らは誤っていたのかも知れぬ」



 闇の森を切り開く任務とその護衛には、封印奪回部隊から転用する。


 盲目の僧侶から届いた伝書によれば、山岳地帯の境から北東へ突き進む道こそ、巌窟への最短路だという。


 まず駐留する五百人に、鳩を飛ばしさっそく取り掛からせる。

 明日には工兵と人夫を増員し、その次の日には近隣の寺院から僧侶を派遣できる段取りをつけている。

 結界を張りながら護衛付きで進軍できる体制を整えた。


「目指すは、闇の民の拠点、巌窟寺院。早急に進撃路を切り開く!」

 翌朝、伝書を受け取った部隊長デルグラは、さっそく作業に入る。


「鉄の車を操る異邦人、敵か味方か分からん。だが、猿どもを倒した力は本物だ。あの車が道を切り開くというなら、俺たちも命を賭けるぞ!」

 部下たちに作業を指示し、号令をかけ森へ踏み出した。


 先遣部隊では指示に従い、薮を払い巨木を倒し岩を除けていた。

 後続の人足が樹木や岩を森の奥へ運び、車両が通れる幅を確保する。


「あの鉄の車、敵か味方か……」

 一人の若い兵が呟いた声は、倒れた木の轟音のかき消された。


 森の奥から猿の甲高い叫びが響き、護衛部隊が身構える。


 翌日、盲目の僧侶が現れ、結界を張る。


「巌窟への最短路は私の影が導く。光に怯えず、闇を拒まず、ただ均衡を求めよ……闇を抑えるには、闇を知らなければならぬ」


 結界の光は工兵たちの士気を高め希望を与えた。


 しかし、盲目の僧侶は来る闇との対峙に緊張とともにかすかな不安を隠せなかった。

 光の中にあえて闇を受け入れる。


 その苦しみを、僧侶はよく理解していた。


「闇を抑え込むだけでは、繰り返しにすぎぬ」

 自らを闇に溶け込ませ、共に歩む覚悟を決めることが必要だ。

 そして光で自我を保持し続ける。


「新しい秩序のために……我が身を、すべて捧げる……」

 その呟きは誰の耳にも届かなかった。


 一方、森の南端では警戒部隊が張り付くように警備を続けていた。


 斥候の一人から黄色の狼煙が上がり、陣全体に緊張が走る。


 前回の惨敗を繰り返すわけにはいかない。

 部隊長ヴォルノの眼光が鋭く森を見つめる。



 聖戒寺院の僧侶たちは、闇の森に最も近い砦へ向かっていた。


「盲目の僧侶の結界は強いが、あの影の気配……闇を知るものの力だ」

 高僧の胸に不吉な予感が走る。


「法王猊下は信じたが……我らは我らの務めを果たさなければならぬ」

 砦で聖戒を唱え、闇の力を削ぐ。


 影使いの影や猿使いの鈴にも、一定の効果を及ぼすはず。


「もし闇を導く光であれば、我らが祈りで鎮めなければならぬ」

 守護部隊に護衛されながら、高僧は静かな決意を固めた。



 法王の馬車は、小人の王が派遣した小人の案内で里の外縁部の結界へと進む。

 そこで異界の車に乗り換え、闇の森へ向かうのだ。

 外縁部の陣までは、あと四日はかかるだろう。



  *



 その頃、森の民の長老は竜猿の巨大な影を眼下に見下ろし、歯噛みしていた。

 その視線は数十体の竜猿の石像を捉える。


「月の力が足りぬ」

 長老は憤るように低く呟く。


 眼前の窪地には、唯一封印が解かれた竜猿が身を丸め重い呼吸を繰り返していた。


 あの鉄の箱車を取り逃した夜から、まるで力尽きたかのように深い眠りに落ちている。


 猿使いが何度も鈴を鳴らし覚醒を促していたが、その耳はぴくりとも動かない。

 長老は舌打ちをひとつ打つ。


「こやつも封印が解けたばかりで、まだろくに働けぬか」

 苛立ちを隠さぬ声で呟き、脇に控える影使いへ鋭い視線を送る。


「あやつはどうした」

 影使いは首を垂れ、低く答えた。


「結界に守られているのか、気配すら感じられませぬ。影を使っても探せません」

 影使いたちは、僧侶の裏切りを確信していた。


 長老は片手を上げてそれを制し、声をさらに低く響かせた。


「影を忘れたものは、光にも闇にも属せぬ……見つけ次第、影に返せ」

 その瞳には怒りよりも、深い失望の色が浮かんでいた。


「森全域の獣を招集せよ。猿一匹残らずだ。主力は西へ、残りは南へ向かわせろ」

 若い猿使いが深く頭を垂れ、影に溶けて消える。


「やつらは新月の夜を狙ってくる、それまでに準備を整えるのだ」

 森の内外で、戦の支度が粛々と整いつつあった。



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