12 道はじきに
エンジンが息を吹き返したその晩、篝火を焚いた石畳の広場では、湯気の立つスープ鍋と硬いパンが並んでいた。
「……やっと、動かせる」
リューシャが現地語で口を開くと、空気が一瞬止まった。
次の瞬間、グランが床から立ち上がる。
「うおおおぉ!」
広場を震わせる雄叫びをあげ、田崎に拳を突き出す。
田崎は一拍おいて、その拳を合わせた。
「……ああ」
短い言葉の中に、互いの苦労と安堵が滲んでいた。
「ほほーい!」
小人たちが、いっせいに踊り始めた。
ホーガイは深くうなずき、静かにグラスを傾けた。
その横では、イリナがすっかり元気を取り戻し、ルーの頭をこわごわと撫でている。
ルーは尻尾を振り、得意げに鼻を鳴らした。
その時だ。
空間がぐにゃりと歪み、青白い光の裂け目から、小さな影が顔をのぞかせた。
「やれやれ、疲れた」
肩を揉みながら、チョーローが石畳に降り立つ。
「法王に会ってきたんじゃが……」
まるで近所の友達に会ってきたかのような口ぶりだった。
「まあ、相変わらず面倒なやつでの……」
田崎の目の前にちょこんと座ると、片眉を上げて言った。
「ちょっと、あの鉄の車、出してくんない?」
軽い口調の裏で、ほんの一瞬、老いた目に深い影がよぎった。
「……は?」
「法王ちゃんと、もう一人乗せてくんない?」
飄々とした口ぶりだが、有無を言わせぬ響きがあった。
田崎は奥歯を噛んだ。
まだタイヤは付け替えていない。エンジンもかろうじて動く程度。
バッテリーも冷却液も燃料も心許ない。
次にいつ止まるか分からない代物だ。
もう、ジムニーで派手に逃げ回るような真似はできない。
そんな思考を見透かしたように、チョーローがウィンクした。
「心配いらない。道はじきに出来る」
チョーローがそう告げると、広場のかがり火の灯りが、一瞬青白く揺らめいた。
「ちょっと森の奥まで……なんだっけな、ああそう、『ドライブ』するだけじゃ」
唇の端が悪戯っぽく吊り上がる。現地語でも会話の内容を伝えるチョーロー。
信用できない。
田崎の直感が警鐘を鳴らした。
だが同時に、元の世界へ帰るためには、行かなければならないという確信もあった。
「私も行く」
リューシャが田崎を真っすぐに見つめる。
その瞳は、昼間と同じ不安を湛えていた。
しかし、その口調は迷いを振り切るようだった。
「俺も行くぞ!」
グランが力強く立ち上がる。
「忘れないで」
オムカが小さく笑う。
「ほれ、みんなも行くといってるでな」
チョーローが微笑をたたえる。
頼もしい仲間たちだ。出会ってまだ一週間少し。
それでも、死線をくぐり抜けた絆は、長年の友より濃い。
田崎の視界が、ふいに滲んだ。
『……ありがとう』
かろうじて、現地語で伝えた。
翌朝。
スペアタイヤ交換のため、仲間全員がジムニーの周りに集まった。
冷たい金属音と共にボルトが外れ、新しいタイヤが取り付けられる。
田崎はキーをひねった。
エンジンが低く唸り、やがて安定した音に変わる。
ダッシュボードに飛び乗ったオムカとチョーローが、杖で同じ方角を指し示した。
「そっちか!了解!」
田崎は深く息を吸い、ゆっくりとアクセルを踏み込む。
霧を割って差し込む光が、仲間たちの顔を白く照らした。
ジムニーは、小さな唸り声を上げながら、森へ向かって動き出した。
「道はじきに出来る……ほんの、ひとときの間じゃがな」
そのチョーローの異国の言葉は、田崎の耳には届かなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
長かった第四章もようやく一区切りです。
チョーローが示した「道」は、果たして希望への道なのか、それとも……。
次章では、ついに「巌窟」への旅が始まります。
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それでは、次の章でお会いしましょう。




