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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第4章 再起  

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6 黒い箱の中身

『愛してる!』

 両手を広げ、熊のような笑顔で叫ぶ田崎の父。

 小人たちは頬を赤らめて飛び跳ね、あちこちで歓声が上がった。


 あちこちで愛を振りまく田崎の父。


 それは何日も続く人気ぶりだったが、理由は単純だった。


「ありがとう」と「好き」。田崎の父が初めてチョーローに尋ねた言葉だった。

 チョーローは、にやりと笑って意味を逆に教えていたのだ。


 田崎の父の困り顔を思い出し、チョーローは口元をゆるめた。

 その微笑みのまま、茶を飲み干すと、やがて真顔に戻る。


 イリナを連れてくるように言う。


 ホーガイがイリナを大事に抱えてチョーローの前に座る。


「ふむ、かなり影の力の影響を受けておる」

 里の薬と滋養のある食事で、生気を取り戻してきている。

 とはいえ、全身は青白く痩せ細り、立ち上がることさえ出来なかった。


 チョーローが両手の指を絡め、手のひらに淡い光を灯す。

 石畳に伝って、古い祈りの節が低く震えた。

 イリナの顔が苦痛に歪み始める。


「イリナ!」ホーガイが心配そうに顔を覗き込んだ。

 イリナの青白い肌の下から、黒いモヤがじわりと滲み出した。

 やがて、黒い靄がイリナの体の上で影となって形を作った。


 チョーローが一声叫び、手をかざすと黒い影はチョーローの手のひらに吸い込まれて消えた。


 イリナは荒い息を吐き、ぐったりと寝息を立て始める。

 皮膚の不健康そうな青白さは薄れ、頬にはピンク色の赤みが差し始めていた。


「ひとまずは、これで安心じゃろうて」

 チョーローはそう言うと、さらに奥から黒い封印の箱を運ばせる。

 結び目の緩んだ三本のヒモを指先でほどき、無造作にふたを開けてひっくり返す。

 石畳の上に、古びて丸められた羊皮紙がころんと転がり落ちた。


 ヒモを解き、丁寧に広げていく。

 幅は十五センチ、長さは一メートルほどの巻物。

 見たこともない文字が、紙面を埋め尽くしていた。

 しかしその半分は、墨をぶちまけたように真っ黒に塗りつぶされている。


……これだけの影の分量があれば。


「帰れるかもしれんぞ」

 現地の言葉と日本語、両方でチョーローが告げた。

 一行は固唾をのむ。

 リューシャが不安げに田崎を見る。

 田崎は喉が詰まったように声を失い、チョーローの指先から目が離せなかった。


 チョーローは、印を結びながら、おもむろに聖戒の言葉を唱え始める。

 黒い部分がじわりとにじみ、細かい霧となって宙に浮き始める。


 だが、次の瞬間。


「はあッ……!」

 深い嘆息とともに霧は重力を取り戻したように落下し、再び羊皮紙へと染み込んだ。


「……無理じゃった」

 舌を出して笑うチョーロー。


 影の力は想像以上に強い。

 眉間に深いしわを寄せ、巻物をそっと巻き直す。


「あの場……祭壇なら、この影を完全に闇…異界に返せる。しかし、闇の民に渡れば、聖戒の言葉すべてが影に塗りつぶされる」

 そうなれば、この里も無事では済まない。


 しばし沈黙。

 一行の視線がチョーローに集まる。

 やがてチョーローは田崎に向き直り、穏やかに言った。


「闇の森に行き、この影を取り除ければ……その時に出る霧を通して向こうに戻れる」

 そう言ってチョーローが立ち上がろうとした時、田崎は声をかけた。


「ちょっと待ってくれ。闇?闇の民?影って、何のことだ?」

 この世界に来た時の不気味な黒い霧、幾たびも感じた背筋を凍らせた影、そして父のこと。これを知らずに帰るわけにはいかなかった。


 朝の柔らかな光が、長老の顔を照らしていた。


「”闇”とは、悪でも、呪いでもない。光と釣り合うもう一つの力じゃよ」

 チョーローは静かに口を開いた。


「すべてのものは均衡を保とうとする。熱いものは冷め、整ったものは乱れる。おぬしらの世界では…なんと呼ぶかな?」


 田崎は工学部で学んだ概念を思い出していた。

「エントロピー……物事が無秩序になっていく、避けられない流れ、のことだ」

 チョーローは目を細めた。


「闇とは世界が壊れていく力そのものじゃ。森の獣を異形に変え、人の心を蝕み、森の民をも人ならぬ姿に変えていく……森の民は月の光を当て、闇から影という力を取り出して、世界の均衡をかろうじて保ってきた」

 封印の巻物を箱に収めながらチョーローはゆっくりと続けた。


「それが闇の民……」

 田崎が口を開いた時、チョーローが否定した。


「いや。彼らは、闇からも光からも影を直接取り出す術を使う……しかし心を壊し、たいがいは自滅するがの」

 チョーローは苦い顔で言葉を切った。


「光の民が聖戒の光を強めれば強めるほど、影も濃くなる。闇の民は、その影に溺れた」

 チョーローは、一瞬目を伏せた。


「わしらの役目は、溜まった影を元の場所へ返すことじゃ」

 チョーローはそう言うと、悪戯っぽく片目をつぶった。


「ついでに影と一緒にそっちに遊びにいくこともできるでな」

 とチョーローは笑う。


「それで、父さんも……」

 巻物を箱に戻し入れながら、チョーローは遠い目をした。


「影が境を穿つ時、向こうの人間がこっちに流れ込む……そういうことも、あるわな」

 現地語でも同じことを言い、田崎とリューシャに目を向ける。


 リューシャが、はっとしたように目を見開く。

 田崎と顔を見合わせた彼女の瞳には、言いようのない感情が揺れていた。


「ここでは影は返せないのか?」

 田崎の問いは、焦りとそしてかすかな希望に満ちていた。


「それはできん相談じゃな」

 チョーローは巻物を収めた箱の蓋を閉める。


「影は闇から生まれ、光を嫌う。この里は聖戒の光で守られておるからの。ここでは影の力は霧散してしまう」

 リューシャの瞳に、複雑な光が揺らぐ。彼が帰れないという安堵。

 だが、もし別の場所なら…?という思いがよぎる。


「それに、この封印の影なしじゃと……」とチョーローは決定的な事実を告げた。

「この封印に匹敵する影を集めようとすれば、十年はかかるでの」

 その言葉は、どんな物理的な障壁より高く、分厚い壁となって二人の間に横たわった。


「この封印に込められた影は、特別に濃厚じゃ。これを完全に解き放てるのは、もっとも闇の力が満ちるあの巌窟の祭壇……そこをおいて他にはない」

 チョーローの顔に一瞬だけ険しい影が差したが、すぐにいつもの朗らかな表情に戻っていた。


「法王に会わないとな。ちょっと行ってくる」

 両方の言葉でそう言うと、その場の結界を解き、ふっと姿を消した。

……放ってはおけんでな。法王の力を借りねばなんとも出来んて。


 理解が追いつかず、呆然とする田崎たち。

 だが、リューシャが意を決したように立ち上がり、グランもそれに続く。

 すでに二人の顔は戦士のものになっていた。


 田崎もゆっくりと立ち上がる。

 リューシャが何かを告げた。

 意味は分からない。だが、どこか寂しげな響きだった。


 車を直さなければ。

 田崎の胸に、小さな決意の火がともる。

 

 そのしばらく後……

 山岳地帯の麓に陣を敷く封印奪回班の部隊長デルグラのもとに、チョーローが現れた。


「ちょっと鳩を貸してくれんかの。法王に会いに行くんじゃ」

 茶目っ気のある笑みを浮かべながらも、どこか有無を言わせぬ威圧感があった。

 驚きつつもデルグラはすぐにペンを走らせ、報告書を作成した。

 書記官に手渡し、鳩の準備を命じる。


「よろしく頼むよ」

 チョーローが鳩に声をかけると、赤い目を持つ猿の顔をした鳩が振り向いて、甲高く「ぎゃあ」と鳴いた。鳩舎の鳩猿たちがいっせいに吠え始める。


「おお怖」

 ひらりと背に飛び乗ると、鳩猿は羽ばたき、一直線に聖都へ飛び立った。



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