4 商人の思惑
「くっ……なんでこんなことに……!」
ぎしぎしと揺れる馬車の中で、ワシは歯を食いしばった。
肩をすくめ震えを耐えながらも、両手で抱えた黒い箱に目を落とす。
あの禁制品、このまじない道具をようやくの思いで手に入れたときには、こんな目に遭うとは思わなかった。
黒く塗られた木箱は、紐で三重にきつく縛られている。
ほんの少しでも漏れ出すようなことがあれば、何が起きるか分かったもんじゃない。
だからこそ、こんな山道を選んだ。
あのクソ僧侶に騎士団の目を避けるように言われたのだ。
しかし先ほどから、黒い箱から黒い霧のようなものが溢れて出てくる。
霧は馬車の後方に流れ、不吉な影を放っている。
こんなこと、聞いてない!
「……ワシの計画に、狂いなんぞなかったんじゃ……」
呟く声は、自分に言い聞かせるようだった。
護衛は六人雇った。
懇意の傭兵団の団長に前金をたっぷり握らせ、腕っこきを集めさせた。
金の力で、多少の無理も通すのがワシのやり方だ。
この箱を無事あのクソ僧侶に渡せば、積年の願いが叶えられるはずだった。
五年前の猿の襲撃を退けてからは、この森の南端で猿に襲われることはないと聞いていた。あの異変は、闇の民の儀式が失敗し、闇の力が暴走したせいだとか。
闇の民は、森の民から追放処分を受けたと聞いておる。
あの僧侶の不気味な姿と、闇の民の儀式が繋がった。
直感だった。その直感でワシはいままで生き延びてきたのだ。
しかし頭を振った。そんな兆候があればワシの耳に入るはず。
今、馬車の外を駆ける護衛は三人しかおらん。
あとの三人は、あの化け物ども、赤黒い猿の群れにやられた。
まるで理性を失った獣のように、喉元を食いちぎり、骨を砕いてくる。
「ひいいっ……!」
震えが止まらん。あの猿どもと目を合わせたら終わりだと、ワシにだって分かる。
荷台の隅、小人族がじっと丸くなっていた。
三十センチほどの体にしわくちゃの顔。
妖精の類いと噂される小人族は、まじないの使い手として知られている。
めったに姿を現さぬが、ワシは口八丁で、いや、半ば騙してここまで連れてきた。
「こ、この黒い霧は、お前の仕業か?……」
声をかけるが、返事はない。
小人族は、手に持った杖の先を見つめたまま、小声で何かを唱え続けている。
馬車が大きく跳ねた。外では護衛の怒声が飛び、剣戟の音が森に響く。
こんなことになるとは。
いや、どこかでこうなるような嫌な予感はつきまとっていた。
だが、願いさえ叶えば多少の犠牲は仕方がない。それがワシのやり方だ。
それでも、馬と御者が猿どもにやられ、バランスを崩し倒れた幌の中で死を覚悟した。
「もうだめじゃ……!」
そう叫びかけた、その時だった。
森の奥に黒いモヤが集まり、さらに濃い霧を作った。
まるで何かが世界を塗りつぶすように、濁った空気がうねり始めた。
次の瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。
獣のような唸り声。白い光。鉄の塊、否、まるで鋼鉄の竜のような何かが霧の中から現れ、猿どもに突っ込んでいった。
「な、なんじゃありゃあ……!」
口を開けたまま、ワシは荷台の隅にへたり込んだ。
猿どもが弾け飛び、森が血に染まっていった。
その異様な光景に、もはや言葉も出なかった。
ワシの目の前で、何かが大きく変わり始めていた。




