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軽四駆X異世界疾風録 〜異世界転移したら愛車も一緒だったので、ボロボロになりながら帰ることにした  作者: タキ マサト
第4章 再起  

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2 再起の兆し

 田崎が小屋に戻ると、蝋燭の炎が静かに揺れていた。

 寝台には、いつの間にか藁が積まれている。

 手を沈めると、乾いた香りと温もりが指先に伝わり、緊張がほぐれていく。

 ルーが真っ先に藁に飛び乗り、ぴょんぴょん跳ね回る。


「飛び散るからダメ」

 叱られると、ルーはしゅんとしながらも、藁の間に丸くなった。

 田崎もそっと隣に横たわる。藁の香りと温もりに包まれ、疲労が押し寄せてくる。

 気がつけば、深い眠りに落ちていた。

 

 翌朝。

 田崎は早くに目を覚ます。眠気も吹き飛ぶほどの焦り。

 外では鳥の鳴き声がしていた。

 いてもたってもいられず、そっと小屋の奥の戸を開ける。


 冷えた山の冷気が頬を刺す。

 目指すのは納屋の中眠るあの軽トラだ。


 土間の奥、埃と錆にまみれた軽トラックが、朝靄の中に沈んでいた。

 ルーが尻尾を振りながら追いかけてくる。田崎は片手で撫でながら、足早に近づいた。

 タイヤは空気を失い、車体に錆が浮き、ドアの下部は茶色くまだらになっている。

 長い時間の重みが、沈黙そのもののように積もっていた。


 運転席のキーは刺さったまま錆びついていた。

 試しにひねってもカチリとも音を立てなかった。

 電気も来ていない。バッテリーは完全に死んでいる。


 溜息をつきつつも、ダッシュボードに目をやる。

 そこには、潰れたままの煙草の箱と、擦り減ったライターが転がっていた。

「……やっぱ、吸ってたか……」

 田崎は苦笑する。

 父は煙草と酒でできたような人だった。

 この世界に来て、煙草も酒も手に入らず、どれだけ苦しんだことか。

 困ったように笑う顔が、ふと脳裏に浮かんだ。


 荷台に目をやると、ブルーシートが被せられている。

 端をつまんでめくると、そこには、黒く煤けた鉄の塊、発電機があった。


「……やった……!」

 そして隣には赤錆びた工具箱が載せられていた。

 中には、はんだごて、各種テープ、大工用のノコギリやインパクトドライバーまで詰め込まれていた。

 さらに、別の箱には配線関係の工具、古びたジャンピングスターターやカー充電器まであった。


「……これ、使えるかも……」

 発電機が動けば、自分で直すことも不可能ではない。

 問題はエンジンルームのダメージの深刻度だった。


 背後で小さな声がした。

 振り返ると、小人の少年が両手を振って田崎を呼んでいる。

 朝食の時間らしい。

 田崎は手を振り返し、ルーと共に広場に向かう。

 

 朝食は広場の石畳でリューシャたちと車座に座って取った。

 干し肉と野菜のスープ、そして黒パン。

 リューシャとグランは革鎧を脱いでいた。

 リューシャの深緑色のチュニックの左袖は、二の腕から破れていた。


 田崎はリューシャに声をかけて目を合わせ、身振り手振りを交えて懸命に伝える。


「一緒に来てほしい。昨夜、車を止めた場所まで」


 リューシャは、昨夜とは一変した田崎の熱意に一瞬驚きを見せ、すぐに頷いた。

 肌を刺す寒さの中、二人は小人の里を並んで歩き出す。


 田崎は、昨夕の献身的な手当てに対し、どう感謝を伝えようか思案していた。

 この世界にきてリューシャがいなかったら、小さな人間たちの間でどんなに心細かっただろうと田崎は思う。


 子どもほどの背丈の人々の中で、一人だけ大きすぎる体はどれだけ孤独だろうか。

 自分が三メートルの身長だったら同じだろう。


 田崎の瞳に宿る光を見て、リューシャの胸にほのかな安堵が広がった。

 長い旅の中で、こんな静かな幸福を感じたのは初めてだった。


 田崎が、彼女の破れた袖と頭の怪我を指差し、必死に何かを伝えようと手を合わせている。

 その子どもじみた真剣さにリューシャは微笑みを浮かべた。

 そして、そっと田崎の体に自分を寄せた。


 田崎の体温を感じた瞬間、リューシャの胸に長年の氷が溶けるような温もりが広がった。


 突然の温もりに、田崎の体が微かに硬直した。

 しかし、すぐに全身の緊張が解けるような気持ちが胸に広がる。

 彼女が心を開いてくれた。

 そして柔らかな肩の感触が、急速に「女性」として田崎の意識を支配し始めた。

 田崎はぎこちなく、しかし離れずに、そのまま歩き続けた。


 草むらに佇んでいるジムニーは、朝露に濡れていた。


 運転席のドアは外れ、ルーフはひしゃげ、ガラスは全て砕け落ちている。

 左後輪はぺたんと地面に沈み込んでいた。

 バックドアに括りつけられていたスチールのタイヤカバーは傷だらけだったが、中のスペアタイヤを傷ひとつなく守っていた。

 純正の樹脂カバーだったら、スペアタイヤはズタズタだったなと胸を撫で下ろす。


 田崎は荷室からドッグフードの袋や使えそうな品々を取り出す。

 それらをリューシャに預け、自らは重たい灯油缶を両手で抱えた。


 ルーはドッグフードの袋を見ると、嬉しそうに尻尾を降り「ワン」と吠えた。


 リューシャは小屋を見るなり、その大きさに目を見開いていた。


 今まで、この世界ではどんなに広くても身を屈め、膝を折って過ごすしかなかったのだ。

 その簡素な扉と、頭上高くにある天井は、初めて得た誰にも汚されない静かな居場所のように感じられた。 

 そして裏手に回り、軽トラックを見た瞬間…


「……!」

 息をのんだように立ち尽くす。ジムニーとも違う形状に、ただ目を奪われている。


 田崎は静かに発電機に近づき、力を入れて持ち上げた。荷台が揺れ、ずっしりとした重量が腰にかかる中、リューシャと二人で慎重に軽トラの端から下ろした。


「……よっと」

 床に置くと、背中に汗がじんわり滲んだ。

 燃料口を開け、中の埃を払う。燃料は入っていなかった。

 インパクトドライバーの充電で使い切ったのだろうか。


 続いてダイアルやスパークプラグを点検し、工具箱にあったブラシでサビを落とし、慎重に灯油を注ぎ込む。

 リューシャが無言のまま、それを見守っている。

 スターターのコードを握る。深く息を吸い、渾身の力で引く。


 キュルル……と音を立てて失敗。

 もう一度。

 キュル、ボフ……不発。

 何度か失敗を繰り返す。

 古すぎる灯油発電機。

 諦めきれないまま、機械の点検と錆落とし丹念に行った。


 何度目かの挑戦で、

 ヴオン!

 重低音と共に黒煙がマフラーから噴き上がった。


「っしゃ……!」

 拳を握った田崎の胸に、久しく忘れていた希望が一気に流れ込んだ。

 これで電源が確保できる。


 その顔をじっと見ていたリューシャは微笑んだ。

 田崎と目が合う。田崎の初めて見せる心からの笑顔に胸がいっぱいになった。


 昨夜の沈んだ顔と違う。今の彼は、何かに向かって進もうとしている。

 闇に沈んだ世界に、確かな光がひとつ、戻ってきた。


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